2014-05-08 20:48:02

旅は犬連れ

テーマ:アウトドア/狩猟
私は山が好きで、夏は必ず何處か山へ遊びに行く事にして居た。
そして山に行く度に犬を連れて行つたら良いだらうなあ!と思つて居た。そんな事を一番強く感じたのは、昭和五年の夏に南アルプスに行つた時、野呂川の日本犬(甲斐虎毛犬)がついて、野呂川の激流をものともせず泳ぎ渡つたり、岩から岩へ猿の様に飛び移つたりして行く姿を見て、俺も次に来る時は、必ず犬を連れて来てやらうと、其時決心したと云つては大袈裟だが、それに似たものをした。

其後シエパードを飼つたり、秋田犬を飼つたりして、山に連れて行かうと思ひ、その前に犬の足ならしの為めと思つて、夏の炎天下を小田急の豪徳寺から玉川迄、連れて行つて見た。處が行きは中々元気で、玉川へ着いても、泳いだり等して居るので、安心して居たが、帰りにはシエパードも秋田犬もへたばつて全く歩けなくなり、一里余を引つぱつたり、おどしたり、仕舞ひには担いで帰つて来た。
この一回の経験ですつかり、がつかりしてしまひ、其後はやむを得ず、犬と山行を断念して居た。

犬が案外人間より早く弱るのは、日頃の運動等によるが、一日中歩くと云ふ様な事は、普通の家では殆んどない故、たまに、主人公がかいがひしい服装などすると、犬の奴すつかりよころんで、はしやぎ廻り、歩かんでも良い道を歩いたりして、人が一里歩む中には二三里、それ以上は裕に走り廻り、今日は後、どの位歩く等全く考へないで、元気一ぱいはね廻るので、夕方にでもならふものなら、急にがつかりする。
それに犬には人間みたひな、やせがまんや、良く云へば精進力が尠いので、どうにも歩けなくなつてしまふのであらう。
へたばつたやつを、大声でどなりつけると、少しは歩くがとても長続きはしない。
こんな事で都會育ちの犬がすつかり嫌ひになつてしまつた。其後北海道のアイヌが兎狩に用ひて居た、小型のアイヌ犬牡(一尺三寸)を入手したので、此度こそはと意気込んで居た。そして昨年の夏、八月四日から友人二人と私と私の愛犬とで、奥日光へ出掛ける事にした。

其行程を簡単に書いて見ると、次の通りである。
八月四日夜十二時に日光驛着、これより直ちに湯本に向つて登山。途中東照宮のあたりからぽつ〃雨が降り出したが、蛮勇を振つて歩いて行く中、雨は益々猛烈となり、どうにも人間が歩けなくなつてしまつた。
此間犬は、久し振りに自由の天地に放たれた喜びに、實に見て居つてもうらやましい位であつたが、都育ちの犬見たいに、無駄歩きはせず、余裕綽々として、我々の十間位先を得意になつて歩いて行く。
そして我々が雨にたたきのめされてへたばつた頃も、平然と歩いて居た。これには、稍面目が無かつたが、目的地の中禅寺湖迄行けず、馬返と中禅寺の中間程の所に、アヅマ屋があつたので、其處へ天幕を敷いてて第一夜を露営した。體がすつかりぬれて居たので、随分寒かつたが、私だけは犬をだいて寝たので、他の連中よりは寒い思ひをしなかつた。

翌日は朝から雨でどうにもならぬので、午後三時迄アヅマ屋の下で雨宿をして居たが、やみさうもないので、雨中を中禅寺迄行き、湖畔の宿屋に着いた。
宿屋では犬をいやがるかと思つたが、犬が小さいので案外平気で泊めてくれた。犬は宿屋では縁側にのせて置いた。

翌日も雨で困つたが、雨中を切刈湖迄強行して、同湖畔に、雨中天幕を張り、再び野宿した。此時は三人用の天幕に大男三人が無理にもぐり込むので、犬の這入る所がなく、犬もこんな狭い所はいやと見えて、初めは私の腹の上で寝て居つたが、夜中には外へ出て、木の穴の中にでも、もぐり込んで居つたか、翌朝出て見た時には、體は少しもぬれて居なかつた。
このあたりの手際は、さすが北海道のアイヌ仕込みだなと感心してしまつた。此日は珍しく晴天なので、天幕を乾したりして居る所に、湖で人も犬も泳いだりして、散々に遊び、正午より八丁の湯に向つて出發した。
運悪く我々が出発すると、すぐ又豪雨で、實に此日の雨には泣かされた。
それに加へて西澤金山から噴泉塔の下の道、これは御存知かも知れないが、天気の日でも相當の悪路。
それが豪雨の中を下るのですべる、ころぶ等々ですつかりへばつてしまつた。
この何里かの下りか忘れたが、下り専門の道には遉のアイヌ先生も少し弱つたらしく、この時だけは人間と同じ位にへたばつて、竟に目的地の八丁湯迄行けず、噴泉塔の少し上の山道の真中で、雨の中を天幕を張つて再び野宿した。この時も犬は外で木の下で寝たらしかつた。
この雨続きに友の一人がすつかり體をこわし、翌日はやつと八丁湯迄行き、発熱するやら大騒ぎを演じて犬には愈よ頭が上らなかつた。

病人が癒りさうもないので、病人をおいて友人と二人で鬼怒沼に遊びに行つた。鬼怒沼の沼辺の所迄行くと、犬奴馬鹿に緊張するので変んだと思つて居ると、兎の臭がするらしく、犬のあとについて行つて見ると、忽ち兎を二匹おい出して来た。
犬はさすがアイヌ自慢の兎狩の犬だけに、實に上手で、今迄私は本や話で、日本犬は兎狩だけは何んと云つても犬界第一だと聞いては居たが、實見して全く其美技に感心してしまつた。
先づ高鼻で大體の方向を定め、藪の中に突入して行く。我々は犬の這入つた所でまつて居ると、しばらくすると我々のまつて居る所へ、兎が必ずピヨコタン〃と現れる。それに続いて犬の奴得意然と追つて来るが、我々いかにせん、飛び道具が無いので、どうにも出来ずに居ると、犬はうらめしさうに我々の面を見る。これには全く顔負けする。
其次からは、何んとかしてつかまへてやらうと、杖を振上げてまつて居ると、私の二三尺前に兎が出て来るが、どうしても兎の方が早くて打てない。こんな事を何回となくくりかへして居る中に、犬の奴主人にはともて兎は捕れんと見くびつたか、藪の中でガサ〃して居る中に、キイー〃と悲鳴が聞えるので、これはてつきり、狸か狐と格闘でも始まつたかと、声のする藪の中へ飛び込んで見ると、犬の體と同じ位の大兎を大将捕へて得意になつて居る。
生れて初めて兎の声と野兎を捕へた。
犬には其場で腸わた全部を提供した。犬は先づ肝臓を食ひ、次に腸をペチヤペチヤと喰ひ始めた。
そして大腸だけのこして満足したらしい顔をして居た。
このあたりの情景は、正に野趣満々で、この味は都育ちの犬や、そこらのボヤボヤした犬では味へない。翌々日は病人の熱もさめたので、豫定は銀山平へ出るつもりだつたが、丸沼へ出て沼田から帰京した。

犬を連れて山を味ふ。
しかも犬は兎や鳥を捕へて新鮮な肉に餓えた我々に與へてくれ、犬の緊張した動作や、野趣を満喫させてくれる。
この旅行で犬を連れて山へ行く自信がすつかり出来あがり、今年も亦行どこか兎の沢山居さうな所へでも出掛けやうかと思つて居る。

こういふと馬鹿に面白さうで、俺も行かうかなど云ふ方々が出来るかも知れないが、犬が都育ではまあ失禮かも知れませんが、八九分通りはだめです。
もつとも一日二三里づつしか行軍しないのなら良いかも知れませんが、我々のやうに小豫算で豪雨の中に露営したりする連中とは、とても一緒には行けない。

そして、連れて行く犬は大型も中型もだめで、小型にかぎる事。それは、旅の豫算の沢山ある人は良いが、我々無理して山へ行く連中では宿がいやがるのと、犬の食糧を特に我々が背負はねばならぬからで、これが我々の連れて行つた様な小型犬だと、三人で飯盒のめしを四口位づつ食べずに犬に残してやると、一匹の一食分位はどうやら出る。これに棒鰊の一本もやつとけば平気で居る。
この他夜など自分で野鼠や小鳥を捕へて食の不足をおぎなつて居るらしく、こんな芸當も都育ちでは出来そうもない。

それに小型の犬ならば、満員の乗合自動車にでも、たのめば乗せてくれる。これが中型や大型の犬ではいくら好意があつても乗せてはくれない。
此等の點を綜合して見ても、我々が山に連れて行く犬は、小型の山育ちの日本犬に限る様に思ふ。もつとも人夫や、貸切自動車をやとつて宿料も沢山出す人々の山旅なら、又別問題である。

最後に特に御注意したいのは、山村の猟師の日本犬、これが部落を通過する時、獰猛に我々の犬にかかつて来る事で、これには全く弱らせられる。
都會の犬見たひに常識がないので、無鉄砲にいくら杖等振廻したつて平気でやつて来る。
一匹ならまだ良いがニ三匹も出られると、どうにもならない。
何しろ、相手は山で猪熊を猟する連中なのだから相手が悪い。

我々が西澤金山で猟師の犬、後で聞いたら熊猟の名犬とか云ふ日本犬に襲撃された時は、全く弱つてしまつた。
正々堂々と喧嘩させれば良いと云ふ人があるかも知れないが、道中で脚でも咬まれたら、それこそおしまひなので、さう云ふ理にも行かず、この時は幸ひ同行の友人が五尺八寸と云ふ巨人だつたので、私の犬を頭上高くさし上げて、私が向の犬の脚を杖ではらひ〃通りぬけたが、山へ行く時はどうしても同行者が必要だと痛感した。

山から連れて来た日本犬は、たまには昔の山へ連れて行つてやらねば、可哀相で、連れて行つてやつた時の喜ぶ様は、又何とも云へないのである。

小松真一「山に遊ぶ記」より 昭和9年

愛犬を連れてアウトドア、なんて記事が雑誌に載っていたりしますが、読んでいてフクザツな気持ちになります。
嬉しそうに山道を歩き、発見した鹿の足跡に興奮する愛犬を眺めるのは幸せですし、何度でも行きたくなります。ただ、世間には犬嫌いの人も多いので、楽しい反面周囲への気遣いも忘れてはなりません。

宿や餌の確保、天候、放し飼いの問題など、昔の犬連れ旅行も大変だったんですねえ。
明治時代からハンター専門宿もありましたが、大抵の民宿は犬連れ客を敬遠します。犬を連れての登山旅行中、ニホンオオカミと間違われて愛犬を射殺されてしまった事件など、当時からトラブルも多発していました。
反対に「都会から来た旅行者が用済みの猟犬を山に捨てていく」という悪癖も明治時代から顕著化。これらは山中を徘徊する野犬の発生源でもあり、野生化したポインターが地元の家畜や子供を殺傷したなどという悲劇も起きています。どれもこれもマナーの問題ですね。
私も、山奥を歩いていて犬の死に出くわした事が何度かあります。鹿や猪の死なら見慣れていますが、あまりにも場違いな犬の遺骸には衝撃を受けました。吐き気を催すような甘酸っぱい腐臭の中、死にかけた野犬の周囲に樹々を黒く染めた蠅の大群が静かに「待機」している光景も見ました。ハエと云えばブンブンうるさいモノと決まっていますが、獲物の死を待つときは羽音ひとつ立てないんですよ。
深い渓谷の向こうから響いてくる、ハンターに置き去りにされたとおぼしき猟犬の悲鳴を聞いたこともあります。
せっかくの犬を連れてのアウトドア、犬にとっても楽しい旅であってほしいと願います。

あと、冒頭にある甲斐犬のエピソードは興味深く読みました。「戦前の甲斐犬」について書かれたモノは多いのですが、多くは戦後の思い出話。リアルタイムでの目撃談はたいへん貴重なのです。
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