環の会 -Motherly Network-           育ての親からの声

環の会で子どもを迎えた家族からの声をご紹介します。


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みなさま御無沙汰しております。
環の会説明会映像VTR縁を紡ぐ~新しい家族の形~(平成17年~)当時8ヶ月だった長女も11歳になりました。
4年生の3学期には2分の1成人式の参観会があり、とても大きく成長した姿を見ることができました。
我が家のテリングは迎えた8ヶ月からスタートしています。まだまだ赤ちゃんでしたが、子守唄にして聞かせていました。「産んでくれたのは○○ママ、一緒にいるのはお母さんよ。今日もたくさん遊んだねー」その日の気持ちで寝かしていました。いつの間にか、生みのママの名前を覚えていてビックリしました。日常生活の中で色々質問されたり、アルバムを見て「これは誰?」「○○ママだよー」、アルバムの1ページ目にはママと一緒の写真2ページ目からは3人家族になった写真を見ながら、家族になれて嬉しかったことなどを伝えてきました。

幼稚園の頃、仲の良いお友達のママに赤ちゃんが産まれ会いに行きました。4歳のユナに、「産まれてきてくれてありがとう」と言ったら、「○○ママが産んでくれたから、お母さんに会えたねー」と言ってくれました。私も嬉しくて、ニコニコしながら「そーだね」と話したのを覚えています。
特別なことはしていませんが、日々の積み重ねで伝わっているのだなと思います。昨年特別養子縁組のテレビを家族で見ました。私が泣いていると、「何泣いているの」と言いながらも真剣な表情で見ていたので、そっとしておきました。
幸せなことに、産みのママから、誕生日、クリスマスにプレゼントが届きます。小さい頃は写真とお手紙を私が書いていましたが、今現在は本人が産みのママと向き合い、自分の気持ちを手紙に書いて送っています。
「テリングについて書いているのだけど、何かある?」と聞いても「ノーコメント」です。「何もないよ」の返答が返ってきました。反抗期も少しあり、まだ素直な面もあり、毎日バトルしていますが、本人は現状の生活に満足し、学校生活他充実しているので何もないとのことでした。

これから思春期に入り産みのママと同じ年になった時、何を思うのか心配もありますが、家族で見守り、「環の会」にも相談ができると思うと心強いことですね。これからもしっかりと向き合っていきたいと思っています。

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環の会のみなさん、はじめまして。。
我が家は今年2015年の1月にノブという生後五日の男の子を迎えました。
迎える当日は環の会の事務所で産みのお母さんから直接彼を託される、というなんともドラマティックな展開。幸運にも産みのお母さんと一緒に写真撮影をしたり、ノブについてお話をしたり、緊張感に包まれる中、ノブという命のバトンをしっかりとこの手で受け継ぎました。
低体重で生まれた彼はとても小さく脆く感じましたが、帰宅後は夫婦そろってドキドキの育児がスタート。沐浴やおむつ替え、ミルク授乳等一つ一つの細かい作業に幸せを噛みしめながらお世話できることが本当に夢のようで、その後彼の生命に関わる大きな問題が発生するなど思いもよらずに過ごしていました。
1ヶ月検診で気になっていたミルクの吐き戻しを医師に相談するも、問題なしとのこと。一安心したのも束の間、その数日後に容態が急変して救急車で搬送。まだ生後40日にもならない彼は大学病院で入院し、手術を受けることになりました。病名は肥厚性幽門狭窄症。胃の出口が閉じる事により、飲んだミルクを噴水のように吐き続け、栄養や水分が体に吸収されない病気です。難病ではないものの、ノブは極度の脱水症状で衰弱しすぎていたため、手術もすぐに受けられませんでした。小さく弱った体でミルクを欲しがり泣き続ける(手術までの五日間、ミルクは飲めず点滴のみ)ノブが一番辛いのはわかっているものの、代わりに大量の涙を流しながら完全看護に臨んだ長い入院期間でした。当時は「替われるものなら替わってあげたい。なんとかこの子を助けてください」と毎日祈る日々でした。
ノブを迎える前は環の会の方針通り、性別、年齢、肌の色、障害の有無等については「無条件」で受け入れると何度も自分たちに言い聞かせていました。そして、それで良いと思っていました。ただ、楽観主義の私たちはなんとなく、「ま、そんなこと言っても言うほど特別なことはないだろう。普通の健康な赤ちゃんかなぁ。みんなそんな感じだし」と漠然と思っていました。ところが我が子として迎えた子は、苗字はカタカナ、生後すぐに大病で入院と手術というなんとも環の会の研修通り(笑)。次の試練は何かな?ただただ、健康に育ってくれることを願います。
それでも私たちはノブに出会え、また我が子が彼であるという事実をとってもラッキーだと思っています。こんなに可愛い子は見たことないですし(すでに親ばかですね)言葉では言い表せない不思議な絆が私たち家族にあるからです。心から愛おしく、本当に可愛くてたまりません。
育児の先輩方からしてみると「大きくなると可愛いだけでない、色々な問題が出てくるのよ」と言われると思いますが、今は家のベランダで小さな洗濯物が干されている光景や、ノブを囲んでジィジ、バァバがデレデレになっている姿を見ると胸が熱くなります。些細なことですが、彼がいるからこそ体験できる親としての日々に感謝です。

そろそろ生後半年を迎えるノブ。術後の経過は良好で今ではプニプニ選手権があれば上位入賞は間違いないほどの体格です。そして、とってもやんちゃな匂いがします。
やんちゃでもいいよ!一緒に毎日を元気に過ごせますように。

環の会の皆様、今後ともよろしくお願いいたします。

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皆様ご無沙汰しております。
11月で4歳になる我が家の娘は4月から毎日幼稚園に通いだし、どんどんパワーアップしております。4月に幼稚園に行きはじめた時から「サヤカはもうすぐ4歳だから○○出来るねん」と、ちょっと背伸びをすることも覚えてきました。

家ではやんちゃなサヤカですが、外に出るとあまりにもシャイなので、お友達とうまくやっているのか、主人も私も心配して先生に「大丈夫ですか?」と聞いていましたが、先生からは「クラスでもしっかり者で、下のクラスのちいさい子の面倒も見るのが好きみたいですよ」とか、お友達のお母さんからは「サヤカちゃんが○○ちゃんのママーっと走って来てくれてうれしかったよ」とか聞いて何だかきつねにつままれたような気がして、未だに本当なんだろうか?と思っています。私がお迎えに行くと力が抜けたみたいにグニャグニャになり、抱っこ抱っこと泣く甘えたさんですが、幼稚園という場所にサヤカが自分で小さい世界を広げつつあることに驚きと喜びを感じております。

体力的にもどんどん出来ることも増えて、家で少し位一緒に体を動かして遊んでも全然疲れることも無く持てあまし気味のようです。本当に体からエネルギーが溢れ出ている時期なのか、歯の仕上げ磨きをする時でさえじっとしておらず体が動き出してしまう始末です。パパのダイエットも兼ねて一緒に水泳も良いかもと一石二鳥を狙っております。

そんな元気一杯のサヤカですが、先日手足口病になり、口の中の口内炎のため丸一日は水も飲めず、3日間は話をするのも痛がり、可哀想でした。治ってからは食べられなかった分を取り戻すかのように沢山食べて今度はお腹が痛いと言うのではないかと心配したほどでした。この様な事があると家族が健康でいる事が本当に幸せだと心から思い、いつも満面の笑顔でいてくれるだけでいいと初心にかえらされました。これからも色んな事があると思いますが、この気持ちを忘れず過ごせればと思います。 
環の会の皆様に家族の成長のご報告をしたり、MNメンバーズの皆さんの記事を読んだりして大きなつながりを感じ、私達の支えとなっております。これからもどうぞ宜しくお願い致します。
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皆様、こんにちは。
生後五日で迎えに行ったワタルが一歳になりました。
迎えに行った日のことを昨日のことのように思い出せるのに、あれから一年も経ってしまいました。
内容は濃いのに、あっという間に過ぎたように感じます。

この一年で二度ほど熱を出しましたが、どちらも二日で下がり、それ以外には病気もせず、毎日元気に過ごしてきました。
ミルクをよく飲み、よく寝て元気に大きく育ちました。離乳食になってからも、よく食べることは変わりません。運動機能の発達はゆっくりめで、寝返りは六ヶ月、ハイハイは一歳の一日前にできるようになりました。
だんだんと動く量が増えてきたので、体重は横ばいの状態になり、背が伸びてスリムになってきました。

理学療法士や健診担当医からは、「肩から腰までが弱く、筋肉のつきが遅い」、「もしかしたら、筋肉がつきにくい体質かもしれない」と言われ、二ヶ月に一回、理学療法士に発達の様子を診てもらう『すくすく相談』へ通っています。理学療法士曰く、「筋肉がつきにくいため、疲れるのが早い」のだそうです。確かに、夜しっかりと約十二時間程寝ていますが、さらに、午前・午後に一回ずつ昼寝をしています。よく寝る理由に納得でした。ただ、少しずつ、ゆっくりとですが、確実に成長しています。性格同様、成長もおっとりなワタルでした。

しかし、一歳過ぎてからがすごかったワタル。ハイハイができるようになったら、動きが激しくなり、腹筋もついたので、声や泣き声が大きくなってきました。また、自分の行きたいところへ行けるようになったので、好奇心も旺盛になっていろいろな物を触るようになりました。ただ、疲れやすい人なので、あまり動くと、突然ハイハイを止め、床へ倒れこんでしまいます。最近は、頭を使ってそこへ座り込み、うそ泣き(泣くまね)をしたり、「あぶぅ~」と呼んだりして自分が動かなくてもいいような方法を使っています。

以前よりもしっかりと意思を伝えるようになりました。嫌なものに対しても反応を示すようになり、からだだけでなく、こころも成長をしています。また、こちらの言っていることは分かっていて、何か言うと「んっふぅ」と返事をします。「んっふぅ」にもいろいろなバリエーションがあり、「んっふぅ」で会話が成立しています。

一般的な人見知りをしなかったワタルは、出かけるといろいろな人をジーっと見たり、ニコっと笑ったりします。最近は、「うー」と声を出して、振り向いてもらおうとするときもあります。レジのおばちゃんは声をかけてくれたり、返事をしてくれたりしますが、若い方はなかなか反応をしてくれないので、何度も果敢に挑戦をしています。自分から声をかけたり、凝視したりするわりには、臆病な部分もあり、相手が反応をしてくれると、私の顔を見て、ニタッと笑います。時々、苦笑いになっているときもあります。

できることが増え、いろいろな面を見せてくれるワタル。ワタルけるようになったら、もっと行動範囲が広がり、面白いことをたくさんしてくれるのではないかなと期待しています。一年でこれだけ成長したワタルです。これからの成長がますます楽しみです。
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皆様いかがお過ごしでしょうか。

早いものでサヤカを迎えて3回目の夏を迎えました。生後2週間で出会ったサヤカは小さな哺乳瓶からほんの少しのミルクを一生懸命飲んでいました。子育て未経験の私達夫婦の心配をよそに大きな病気もすること無く順調に育ってくれました。


最近(2歳8ヶ月)のサヤカの口癖は「サヤカはおっきくおっきくなったから○○○するの!!」「もっとも~っとおっきくおっきくなったら○○するの!」です。サヤカの成長を実感すると共に「そんなに急いで大きくならないで~!」と相反する気持ちとの板挟みです。
サヤカは4月から週3回ですがプレ幼稚園に通い始めました。行き始めた時は「幼稚園いや~」と泣いていて早すぎたのかな?と思うこともありましたが、今では幼稚園のお友達の名前を教えてくれたり、習った歌を大きな声で歌ってくれたり、とサヤカなりに楽しんでいるようです。
そんなサヤカのマイブームは幼稚園でお昼寝の時に先生が「トントン」と胸をたたいてくれるのを真似することです。毎日ぬいぐるみたちをサヤカのお昼寝ふとんに寝かしつけています。父が休みの日にウトウトしている時にもすかさず見つけてドンドンとしてくれます。当然ながら力加減など出来るはずもなく父は目覚めてしまいます・・・でもとても幸せです。


同居している妻の両親もサヤカのことをとても可愛がってくれます。春にはおじいちゃんが趣味でやっている畑でイチゴやじゃがいもを収穫して大喜びをしていました。おじいちゃんは顔が広く、畑仲間や趣味の体操仲間のおじさん、おばさん達が家に遊びに来ます。皆さんおじいちゃん、おばあちゃん経験者ばかりなのでサヤカのことを自分たちの孫のように可愛がってくれます。時々会いに行くひいおばあちゃんのことも「大きいばあちゃん」と言って大好きです。


そんなサヤカももうすぐ3歳、少し人見知りが強いシャイな女の子ですが「天真爛漫」という言葉がお似合いです。そんなサヤカの急成長について行くだけで精一杯の両親ですが、サヤカの将来を私達に託してくれた産みのお母さんの気持ちにも精一杯応えるべく毎日奮闘中です。今までの3年がそうだったように過ぎてしまえばあっという間の出来事になってしまうと思うので1日1日の体験を大切にして沢山の思い出を家族全員で作っていきたいと思います。

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こんにちは。

我が家のアイドルソウタも2歳になります。

去年「大っきくなーれ」を書いてからもう1年がたつんだなぁ~、月日がたつのも早いものだなぁ~と感じながら書いています。ソウタは、特に大きな病気をすることなくスクスク元気に育っています。毎日のように、家の近くにある児童館に行き絵本を読んだり、粘土をしたり、体いっぱい使って体育館を走り回ったりして楽しんでいます。行く時は、お弁当を持っていき、他のママさん、おこちゃまたちと一緒にお弁当を食べています。ソウタもいろんなお友達が出来て楽しそうにしています。ちょっと人見知り(私がいないと泣いてしまう、ママにべったり)の所もあり心配なこともありますが、児童館の先生から「ママの事大好きなんですよ」「人見知りも大切なことですよ」と教えてもらい少しホッとしています。このママにべったりの時期を楽しもうと思っています。


ソウタの今のお気に入りは、電車、アンパンマン、トーマス、積み木、絵本、英語の教材のディズニーです。電車は、散歩のときに見に行ったりしています。電車の本を見るときは、「○○電車はどこ?」と聞くと指で指し、電車の名前を言っている??ようです。

アンパンマンは、家の近くにアンパンマンミュージアムがあるので月に1回は行っています。アンパンマンのダンスが始まると手を叩いて体を上下に動かして踊っています。とっても楽しそうなのでこっちまで幸せな気持ちにさせてくれます。先日は、英語のイベントに行ってきました。そこでも歌が始まると体を上下に動かして踊っていました。音楽が好きなようです。
家ではよく私のお手伝いをしてくれます。食器洗い、お風呂洗い、掃除機、部屋の片づけ等・・・食器洗いの時なんかは、水遊びしているのでは?と思う時が多々ありますが、本人的にはお手伝いしているようなので手伝ってくれたときにはいっぱい褒めるようにしています。褒めると目がなくなるくらいの満面の笑顔で笑ってくれます。子どもの笑顔って最高に可愛いですね。


1歳7か月位からイヤイヤ期がちょっとずつ出てきました。自分の思い通りにいかないことがあると泣いて訴えたり、ジタバタしたり・・・「ダメ」と言った事をわざとしたり手を焼くこともでてきました。成長したなぁ~と思う反面、なんで言うこと聞いてくれないの!!と思うことがありますが、自分も小さい頃ソウタと同じことしてたんだろうなぁ~と思うようにしています。

ソウタが居るからこその経験、体験、悩み・・・すべてが私達の幸せにつながっています。これからも、ソウタ宜しくね

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皆様、こんにちは。
平成23年12月にミキ(仮名)を迎えて早いもので2年が経とうとしています。迎えた時は、2ヶ月半のとても小さく首も据わっていない赤ちゃんでしたが、今では、家で機械をいじったり、変身ごっこでジャンプをしたり、外で走り回ったりと、とても活発で元気に成長しています。先日は、1週間のうちに姿見用の大きな鏡と貴重な壺を割り、たてつづけに大事なものを壊してしまいました。時々手が付けられないくらいのわんぱくぶりを発揮し、叱ることもありますが、元気に成長していることを大変うれしく思います。

ミキは、2歳になりました。誕生日には、ケーキを囲み祖父母と私達夫婦でお祝いをしました。部屋の電気を消し、「Happy Birthday」を手をたたいてみんなで歌い、2本のろうそくの火を消しました。ミキは、それがとても気にいったようで、「もう1回やって」と懇願し、結局手をたたいて歌を歌う→ろうそくの火を消すを20回位行いました。2ヵ月経った今でも時々思い出し、1人で「Happy Birthday」の歌を歌い、ろうそくの火を消す真似をし、あの時はとても楽しかったのだろうと思います。

ミキは1歳3ヶ月で歩けるようになりました。歩くまでは手押し車を押して家じゅうを走り回っていましたが、なかなか手押し車を離せなくて、歩けるようになるかなぁと心配しましたが、その心配もとり越し苦労で、歩けるようになってからは、行動範囲が格段に広くなり、棚の上の物を落としたり、テーブルの上にあるテレビのリモコンボタンを取って押しまくったり、一人で二階に上がったりと目が離せなくなりました。また、トイレに行くと一緒についてきて水を流してくれたり、歯を磨きに洗面台に一緒についてきたりと父や母の後をついてきて、私達夫婦を常に必要としてくれているのだなあと大変うれしく思い、大切に育てて行かなければならないとつくづく感じます。

最近は、童謡を覚え、「ゾウさん、ゾウさん」や「海は広いな大きいなぁ」と歌ったり、「ほっ、ほっ」というと「ほうたるこい」と歌ってくれたりと父や母と一緒に歌が歌えるようになりました。父は毎日お風呂で一緒に歌うのが楽しみです。

この1年を振り返ると、成長の早さに驚かされます。離乳食が完了し食べられる物が多くなり、毎日たくさん食べ、その食べる量の多さに驚かされることもしばしばあります。特に、梅干しや漬物、甘く煮た豆、干し芋など大人顔負けのものが好きだったり、焼き魚を出すと必ず、まずは、スプーンやフォークを上手に使って目玉をくり抜いて食べたりと変わった食べ方をすることもあります。食欲旺盛のお蔭で極めて健康で、予防接種以外で病院に掛かった事がありません。
また、滑り台をすべったり、体全体を使って踊れるようになったり、言葉を覚えて話したり、私達とコミュニケーションがとれるようになったりとできる様になった事は数えきれません。

その中でも、特に印象に残っている出来事は、水に慣れたことです。昨年は初めてのプールで大泣きでしたが、今年は従兄妹と大きなプールに行き、怖がらず泳いだり、高さが二メートルくらいの滑り台を何回も滑ったりと、水遊びが楽しめるようになりました。今年の夏は、海にも行き、果敢に波にも立ち向かっていけるようになりました。

二歳前頃からイヤイヤ期が始まったようで、わがままを言って泣き叫んだり、できない事に手を貸そうとすると「ぼくやる、お母さんダメ」と言って自分で何でもやりたがるようになりました。時には悪いことをして、私達が叱る事もあります。叱るときは、「なぜお父さん、お母さんが叱っているのか」「なぜ怒られたのか」理由を説明しながら叱るようにしています。しかし、時には父も母も感情的になってしまい、後から怒り方や怒り過ぎであったと反省する事もあります。

最近のミキの特徴としては、耳が良く人の話を良く聞いているように思います。遊んでいても、私達が話している内容に反応し、「お風呂に入るよ」とか「散歩に行くよ」などと話しかけると一目散にお風呂場へ走ったり、玄関に走って靴を履き始めたりと反応が早く、遊んでいても人の話を良く聞いているなと感心させられます。 

両祖父母にも大変なついており、ミキに会うと人が変わったように「かわいい」「かわいい」と可愛がってくれ、ミキもおじいちゃんおばあちゃんが大好きなようです。私達夫婦はもちろんですが、両祖父母もミキに会うとテンションが上がり、元気になり、若返っているように思います。私達夫婦をはじめ両祖父母や、親戚、近所の人までも笑顔に変えてしまうミキの存在は、計り知れないエネルギーを秘めており、私達夫婦は、日々、この不思議なエネルギーを感じ、元気を与えられ、気持ちのよい毎日を過ごす事ができていることにとても感謝しています。

4月からミキは、幼稚園に入園する予定です。ミキにとっては、初めての集団生活ですが、集団生活の中でもまれ、友達と一緒に遊んで立派に成長してほしいと思います。来春からミキにとって、新たな環境での出発です。これからもどのような成長を見せてくれるか大変楽しみです。

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はじめまして。昨年の9月に三歳のソウヤ(仮名)を我が家に迎えました。それから有難いことに3か月余りが経ちました。迎えた当時を振り返ってみたいと思います。

夏に会の方からお話があった時、嬉しくてドキドキした事を覚えています。初めてソウヤの年齢が三歳であることを聞きました。正直不安はありましたが、どんな子でも迎えると決心していました。早く迎えたい、会いたいと毎日考えていました。8月末にソウヤと初めて会いました。ソウヤと関係を深めるためには毎日、会いに行く必要がありました。通うには時間的、地理的な制約があったので、私たちは施設の近くに住まいを一時的に移しました。妻は毎日、私は休み毎に通いました。

最初、私たちと対面した時は泣いていて顔を見せてはくれませんでした。次に会った時には一緒に遊んでくれました。その数日後には一緒に出掛けられるようにもなりました。ソウヤも私たちに大分慣れた頃、仮住まいに遊びに来る事になりました。急いでおもちゃを買いに走りました。私たちの仮住まいは1Kと狭かったのですが、狭い所が大好きなソウヤにとって楽しい毎日だったと思います。すべてが新鮮で、今では良き思い出の場所になっています。

約二週間で自宅にソウヤと一緒に戻る事が出来ました。もっと長くなるかと思っていたのですが、これ程早く帰ることが出来たのは、ソウヤが私達を受け入れてくれたお陰です。また、環の会の方々や施設の方々のお陰です。心から感謝しています。
迎えてからの毎日は楽しくも怒涛の日々でした。ソウヤにとって自宅での生活はどれも新鮮に映るらしく、家事も一通りやってみました。好奇心旺盛で活発です。おじいちゃん、おばあちゃんともすぐに仲良くなり、喜んで迎えてくれました。

今現在ですが、1週間に1回、来年4月から行く幼稚園のサークルに参加しています。工作をしたり、クッキーを作ったり、ソウヤは毎日でも行きたいくらい幼稚園が大好きです。同じ年くらいの子ども達、大人たち皆、ソウヤのことを可愛がってくれます。クリスマスお楽しみ会では劇に出演し、羊役をやりました。親から離れて舞台に立った事は感動でした。迎えてすぐに作成した、ソウヤのための絵本があります。産みのお母さんや私達、周囲の人々に愛されていることを伝える内容です。折に触れて読み聞かせています。少しずつ理解しているようです。離れていても家族であること、今はまだ会えないけれど、大事に想っていることを伝えています。

ソウヤと出会え、本当に毎日幸せです。日々、心も身体も成長しています。その成長を喜び、産みのお母さんの事を想いながら大切に育てていこうと思います。これからも宜しくお願いします。
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我が家のテリングについて書かせて頂きます。


単刀直入に言えば、我が家のテリングの状況は未だ悪戦継続中という事でしょうか。
帰省中のアヤ(高一・県外での寮生活)に、我が家のテリングについて聞いてみると「うーん別に・・・よかったー。」と言う余り気乗りしない生半可な返事。感受性の強い方だと思われるアヤとの会話は言葉ではいつもこんな調子です。


弟のコウタ(中二・)に同じような問い掛けをしてみると「(テリングをしなかったら)ずっとだましてきたんだと思って、怒り狂うだろうよー(コウタ特有の間のある楽天的トーン)」というような具合です。


テリングについては我が家の生活の節々の、普通の会話として習慣化してきたつもりですが二人の受け答えや表情に対して、こちらは幾ばくかの緊張感がいつも付きまといます。それでも、二人共それなりにテリングを受け止め、考えを成長させてきていることはその表情や仕草からうかがい知ることが出来ます。


当初から環の会のテリングの方針に迷いはなく、幼少の頃からテリングしていくこと、ご近所や親戚、学校関係等にもオープンな姿勢を貫いてきたつもりですが、その理由の第一は自我が確立してくる思春期を子ども達が迎えたときが一番心配だった訳です。今、正に二人はこの思春期(コウタは少しおぼこく、のんびり屋なので心もとない処もあります)にいる訳ですが、親の目線から二人共、当初心配していたような荒れた状況になってはいないのであって、二人の成長に感謝しているといったところでしょうか。


アヤの成長を父親の視点から振り返ってみますと、保育園の年中さん頃に性格がガラッと変容したような気がします。おしゃまさんが感受性の強い女の子になった感じがしました。私共には話しませんが、養子であることでアヤも色々廻りから言われたこともあったでしょう。自我が芽生え、確立して行くようになってアヤは長期間学校に行けなくなりました。感受性の強いアヤにとっては、養子である事実や友達や学校での色々なことが頭のなかでぐちゃぐちゃになって整理できなくなったのだろう思います。最初は相ショックでしたが、身体は元気でしたのでそれほど心配はしませんでした。真偽の程は解りませんが、アヤが不登校期間中よく話し相手になってくれた近所のおばあさんから伝わったエピソードがあって、近くの口さがないおばあさんに「あんたはどこから来たんかねー」と聞かれ「くそばばーー」と言い返していたそうです。小学生の頃の事ですが、心の中に仕舞い込んでいくタイプのアヤが逞しく成長したように思え痛快になった思い出があります。アヤは中学生後半になってだんだん快復してきて自分で選んで県外の学校に行くことに決めました。私見ですが、養子であることと学校に行けなくなった事とはそれほど深い関係はなく、現代っ子が抱えるゲームなどの情報氾濫と食の不安や時代閉塞状況からくる人の脳や感受性への複合的社会的要因の方が強いように思えてなりません。


視力の弱い所もあるコウタは、苛めについても心配でしたが、それほどの事はなく、今の中学生活は姉さん肌の女子友達にガードして貰っているような状況でしょうか?のんびり屋のコウタは、テリングについて消化納得していくことに、もう少し時間がかかるような気がします。


人間万事塞翁が馬、まだまだ我が家のテリングという宿題は続いていきそうですがその中で、それを寧ろバネにして独り立ちしていってくれることを祈り見守っていきたいと思います。

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環の会の皆様、こんにちは。我が家のテリングの依頼を受けて、今までのテリングを思い返してみました。今回は、子どもたちに対するテリングについて記載します。


長男のユウトを生後五ヶ月、長女のマリを生後二週間で迎え、子どもたちが新生児や乳児の時は、迎えに行った東京のある施設で撮影した写真を一緒に見たり、お風呂に入っている時や就寝時に産みのお母さん、お父さんの話をしたりしていました。まだ〇~一歳代の子どもたちはあまり反応がないまま、写真を持って遊んでいたり、話を聞きながら寝てしまったりと、していました。


今、ユウトは三歳、マリは二歳になり、テリングはそのまま同じ形でやっています。ユウトの方はすっかりお兄ちゃんになり、ユウトと初めて対面した時の写真を見ると「○○パパと○○お婆ちゃん」と自分には産んでくれたお母さんとお父さんがいると理解し始めてきました。三歳を過ぎたあたりから、赤ちゃんにとても興味が出てきて、「赤ちゃんは何処から産まれてくるの?」や「ユウトは何処から産まれてきたの?」の質問をしてくるようになってきたので、そういう時には「産みのお母さんとお父さんがいて、ユウトの幸せを願って、パパとママの家族になったのよ」と話しています。その時のユウトの反応は「そうなんだ」みたいな表情をしていて、産みのお母さんとお父さんがいる事は理解できても、それ以外はまだ理解はできていないみたいです。


最近は、自分から率先して、アルバムを持ってきて聞いてくるようになりましたが、いつでもテリングしていいものではないみたいで、気分によってはテリングを拒むことも増えてきました。拒むといってもまだ三歳なので、テリング中に「今は聞きたくないよ」みたいな表情をしてみたり、話を中断して、違う話にすり替えようとしたり、初めからそっぽ向いたりするようにもなってきました。そういう時は無理に話さず、「じゃあ、この話はもうやめようね」と言うと、ニコニコして甘えてきたりしてきます。まだ三歳でも、色々と思う事があるのでしょうね。


マリは、今ちょうど「これ、何?」の質問が多くなってきている時期なので、アルバムの写真を見ながら「○○ママだよ、○○お婆ちゃんだよ」「ここでマリを迎えたのよ」などと、お話ししている最中です。まだマリは産みのお母さん、お父さんがいる事を理解できない年齢で、こちらが語りかけているだけですが、もうしばらくするとユウトと同じようにマリからユウトとはまた違った質問が出てくるのかな~と、これから先のテリングを試行錯誤しながら考えていきたいと思っています。


テリングはずっとこの先も続くので、子どもたちの気持ちを汲み取り、その時の状況によってテリングをしたり、中断したり、内容を変えたりして、親の私たちも日々、勉強していかないとですね。
 子どもたちからいつでも気兼ねなく、産みのお母さん、お父さんの話や我が家の家族になった理由などを聞いてもらえるような環境を作っていきたいと思っています。

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