地雷を踏んだらさようなら

テーマ:
             
                     地雷を踏んだらサヨウナラ

監督:五十嵐匠 出演:浅野忠信、/ロバート・スレイターソン・ダラチャカン(1999年/日/111分)

地雷を踏んだらサヨウナラ を読んで、大分たちますが、やっと発見!
感想は・・・・

良い!

本を読んだときよりも入り込むことができた気がします。

(それは泰造役が浅野さんだったということを差し引いても・・・)


カンボジアで政府軍と民族解放軍クメール・ルージュの争いが激化する中、フリーランスのカメラマン一ノ瀬泰造は銃弾の飛び交う戦場で写真をとっていた。危険も顧みず撮影に没頭する泰造。「お前は危険を察知する能力に欠けている」と諭されても「写真が下手だから、体を張るしかないんだ」とどこ吹く風。

厳しい戦闘の合間に心を休めるのは、高校の教師をしているプノンペンの親友、ロック・ルーや安くておいしい食事を食べさせてくれるレストランのマダム、小さな子供たちに囲まれている時だった。

親しい人を亡くした事や小さなトモダチとの約束が、クメール・ルージュの聖地であるアンコール・ワットを撮りたいという思いに拍車をかける。「明日死ぬとしたら何をしたい?」「アンコール・ワットを撮りたい」-。


映画の中では悲惨な砲撃シーンや地雷が炸裂するシーン、銃撃によって人が死んでしまうシーンが多くあります。そんな中で泰造は明るく周囲に接し、「大物か、ただのバカか」と言われつつも戦争についてよく考えている様が感じ取れました。戦場で銃を持たず、悲惨さを伝えるためにただひたすらシャッターを切る…

身の危険は限りないですが、人ごとだからシャッターを切れるのか!?と感じさせるシーンがあってその辺は報道の難しさ・モラルについて考えさせられました。

国内の争いにとどまらず、国外退去命令をだされた泰造がヴェトナムで親しくなった女性はカンボジアとの確執について涙ながらに訴えます。「祖父と祖母はカンボジア人に殺されて、腹を裂かれ、下流に住む人への見せしめとしてメコン川を流されたんだ」

戦争は赦しがたい犯罪だと、改めて怒りがこみ上げました。


一方で自分の夢を実現させるために突き進む泰造の姿には応援したくなる一生懸命さがあって本で読んだ泰造像と重ね、堪能。そしてやはり浅野忠信好きです。

実際には1973年に「アンコール・ワットを撮ってくる」と単身乗り込んでゆき消息不明となりましたがこの映画のラストシーンは気に入りました。

きっとそうであって欲しいという気持ちで一杯です。

AD