なべちゃんのブログ


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大河ドラマで浅井長政がお市と3人の娘と永遠の別れをした黒金門跡を経て、

少し登るといきなり広い空間に出る。大広間跡地だ。山の上とは思えない広い

空間にびっくりする。



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本丸脇道を少し下ったところにある浅井長政が自刃した重臣の赤尾屋敷跡。

長政は、黒金門から秀吉軍に最後の攻撃をしたが本丸への退路を絶たれ、この地

で壮絶な最後を遂げた。そっと、手を合わせる。



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やっと日本5大山城のひとつ「小谷城本丸跡」に到着。


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本丸の下は大石垣で覆われている。織豊時代以前に建て

られた中世の山城でこの石垣は立派である。


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本丸と中丸の間を断ち切る巨大な堀切。浅井軍と秀吉軍の

激しい攻防の舞台になった。



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羽柴秀吉は、長政の父久正が陣取る小丸と本丸にいた長政の連絡を分断するため

に中間にあるこの京極丸を最初に攻め落とした。





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9時30近くになって、やっと登り口に到着する。今上映中の大河ドラマ「江」

にあやかって「江・浅井3姉妹博覧会」が各関連する歴史博物館などで開催

されているらしいことがわかる。小谷城跡は、浅井3姉妹の生まれ育った城

なのだ。別の看板から、小谷城跡には歩いて行かなくても本丸近くまでは

林道を走ってバスで行けることも判明する。しかし、自称硬派のおじさんは、

迷うことなく、無謀にも歩いて登ることにする。



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出丸跡、真柄峠、金吾丸跡等を経て、番所跡に到着。ここまで、かなりの

急こう配でもう既にかなり汗をかいていて、足も疲れている。

高度も300mちかいであろう。時折見える景色も良い。この番所跡からは、

バスの観光客も加わり、人が多い。


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馬洗池のすぐ上には、首据石(くびすえいし)と呼ばれる巨石がある。

1533年浅井家初代亮政が、六角家との合戦で有力家臣の今井秀信が、

相手方に内通していたことを知り激怒し、誘い出して謀殺し、その首を

この石の上に晒したと言われている。首を置いた石の上の平らな部分

には供養のためだろうか、10円玉や5円玉等がたくさん置かれていた。




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4月30日(土)曇りのち時々雨


JR東海道新幹線で米原まできて、北陸本線河毛駅に朝8時40分ごろ降り立つ。久しぶりの一人旅である。

天気予報では、確か晴れのはずなのに、何だか曇ってきている。河毛駅前には浅井長政とお市の方の像が二人仲良く並んでいる。おー、遠く近江の地、浅井の領地まで来たという実感が溢れる。


河毛駅からは、徒歩で小谷城跡の登り口まで行くことにした。2~3㎞はありそうだが、こはくちょう号(バス)の

始発が9時半なので仕方ない。歩き始めて20分くらいで早くも足が疲れてきたことを自覚する。今年49歳になるのだ、体力の有り余った20歳の頃と比べてはいけない。


途中、私と同じような歴史おたくっぽいおっさんが「小谷城はこっちでいいですか?」と話しかけながら、自転車で通り過ぎて行く。「はあ」と答えた後、信号で一緒になった時にレンタサイクルであることに気づき、「幾らで借りれるんですか?」と聞くと「1日800円」という返事であった。「安いじゃん。」レンタサイクルという選択肢を考えていなかったことに後悔する。



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