気分良く前向きに生きよう & テクニカルを楽しむ

日常感じた心の世界に通じることや脳の働きに関することを書きながら、PCや携帯やプログラミングなどの技術的なことなども書いていこうと思います。

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一般的に、「小学校のPTA」というものに対してネガティブなイメージを持っている人は少なくないのではないかと思います。

近年のニュースなどでもネガティブな形で取り上げられることが多く、「PTAという物自体必要ないのではないか」といった議論はもはや年度初めの風物詩になりつつある状況かと思います。


自分が小学生だった頃を振り返ってみると、PTAというのは一大権力でした。(というように、子供の自分には写っていました

親の様子を見ても、PTAの活動に対するプライオリティはかなり高く設定されており、完全に強制参加の風潮があったと思います。
PTA会長ともなると、校長先生に近い絶対的な権力と存在感がありまいした。
実際、自分が住んでいた地区でも、古くからそこに住んでいる大地主の家のお母さんが、PTAの会長をしていました。
ロッテンマイヤーさんみたいな感じでしたね。。


それから時代は流れて、上記のように「果たして本当にPTAとは必要な団体なのだろうか」ということが全国的な問題となり、自分は「ああやっぱり、みんなそう思っていたんだな」と思っていました。

ご存知の通り、PTAを設立しなければならない法的根拠はありませんし、また、参加も任意です。
しかしながら、長年、当然のようにやらなければならないものとして定着し続け、もっと言えば、入会申込書みたいなものもなければ退会依頼書みたいなものもなく、子供が入学したらなぜか自動的に入会したことになり、しかも会費も発生するという、冷静に考えると不自然な運営形態になっているようです。


・・と、ここまでPTAに対してネガティブなことばかり書いてしまいましたが、上記の情報(自分が子供だった時の印象と、世の中の噂)だけで、本当にPTAという組織を否定するのは正しくないとも思っています。

というのも、そもそもPTAというものが生まれたのは純粋により良い子供の教育環境を提供するためだったはずです。
親(Parents)と先生(Teachers)とを結ぶ(Associate)団体が存在し、それがうまく機能することで、どれほど子供の成長にとってプラスになるかは説明する必要はないと思います。


ただやはり、良くも悪くも任意団体であるため、その運営形態は、学校によってもしくは地域によって、全く違ったものになっている可能性が高いかと思います。

つまり、いいPTAもあれば悪いPTAもあるのではないか、ということです。

そうなると、今自分の子が通っている小学校のPTAがどちらなのか?子供の成長に全面的にプラスな感じのいいPTAなのか、それとも一部の権力者の自己満足団体のような悪いPTAなのかが大変気になります。

もしも本当にそれを知りたいのであれば、実際にその学校のPTAにかかわってその中身を見る以外にないと思います。


ということで、もしかしたら6年間で今回一回限りかも知れませんが、第一回PTA総会に、無理して会社を半休して参加しました

ちなみに参加していたのは、会員数300~400人くらいの学校ですが出席者40名ほどでした。
もちろん、自分以外はすべてお母さま方ばかりです(笑)

さて、総会が時間通りに始まって。。
何と言っても驚いたのは、その「総会」の、会議体としての内容の薄さです。
議案は8号議案まであり、予算案などを含めて重い内容のものが多く、これは軽く2、3時間はかかるのではないかと思っていました。
ところが、総会は40分くらいで終わってしまいました。
しかもその時間のほとんどは、PTA会長のあいさつ(5分くらい)と、校長先生の話(10分くらい)と、異動された先生方の挨拶(全部で15分くらい)でした。

各議案については、それぞれの担当者が、「内容は、お配りした資料に記載されているとおりです。以上。」と言って30秒以内に終わるという、信じられないものでした。なんという形式主義でしょうか。。
日々、会社での会議を設定するにあたって、どういうレベル・役職の人を何人呼んで何十分その人たちの時間を拘束すると、時給換算でいくらかかる・・といったレベルのコスト計算をして、いかに少ない会議数で重要な話し合いをするかを考えている自分としては、正直、目が点になりました。

ただ、校長先生の話はいい話でした。

また、配布資料から読み取った情報ではありますが、PTAの活動にあたって、どれほどの労力を皆様が費やされてきたのかは理解できました。地域と組んでのリサイクル運動、あいさつ運動等の活動をこれだけの組織で実施するのがどれほど大変なことなのかはよくわかります。

・・とりあえず、「PTA総会」にはもう参加しないと思います(笑)
が、その実際の活動については、もう少しその実態を見させていただかないと、うちの小学校のPTAが実際のところどうなのかについてはまだわからないと思います。

もう少し、うちの学校のPTAの実態については、もっと理解できるよう努力したいところです。
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おそらく、新しい世代の人たちはもはやハードウェアキーボードなどいらないのだと思います。
片手フリック入力の方が、キーボードでローマ字変換入力をするよりも速い、という人ももはや珍しくないのかも知れません。

やはり、スマホだけで文章入力が完結するのであれば、場所を取らずにこういったブログ記事も電車の中などで書けるでしょうし、便利なのだろうと思います。

自分はキーボード入力派だから」などと主張していても、冷静に考えると、それって単純に「私は今の時代のITリテラシーについていけません」と白旗をあげている状態に近いと考えられ、思えば30年くらい前にうちの親の世代の人たちが「パソコンなんて使えません」と言っていたのと同じことが今 自分たちの世代で起きているのだと考えられます。

IT業界である一定期間以上流行っていることというのは、意味がある・価値があるから流行っている場合が多く、そういうものは一生懸命ついて行くか、少なくとも触れることから逃げないようにしないと、あっという間に取り残されてしまうので、気をつけたいところです。

したがって、高速フリック入力も、ついて行くべきだと思われます。

練習しなければ!

ということで、練習の方向性を考えるために、その昔自分がキーボードのブラインドタッチを覚えたときのことを思い返すと、そういえば、練習ブックみたいな本を買って、それに沿って練習したことを思い出しました。
最初はASDF JKL(ホームポジション上のキー)だけのブラインドタッチから始めて、次のステップはGHを入れて・・・という感じで確か2週間くらいで完結する本でした。

その本で練習する前も、すでに5年以上キーボードでプログラムをタイプする日々を送っていたので、そこそこ早く打てたのですが、なにしろポジションがメチャクチャでしたので、そのままでは限界がありました。

当時、教師になって、自分でテキストを作って授業で使う形式をとっていたので、入力する文章量は多く、上記のようなメチャクチャタイピングでは生産性が悪かったのでした。

なので、タイピング練習の本を使ってブラインドタッチを正しくマスターしたことは、とても役に立ちました。


よし、今回も、フリック入力を、練習本を使ってマスターしよう。。と思って本屋さんを見ると、そんな本 ないですね(笑)

そもそも「練習本を使って練習する」という発想自体、すでに過去の発想だったと認めざるを得ないと思います。
キーボードのブラインドタッチにしても、今時練習本を使って練習する人などいないと思います。

では、どうやって練習するのか?
もちろん、実践でマスターする、という方法もあると思いますし、今時の高校生達が超高速でフリック入力できるのは、LINEの返信を無数に繰り返してきたことによる学習効果に他ならないと思われます。

おそらくフリック入力には、キーボードと違ってホームポジションも何もないと思われるため、実践だけで経験を積むということでもいいのだろうと思います。

実践以外の方法としては、練習用のアプリを使う、という方法が考えられます。
ちょっと探して見ると、思った以上に大量のフリック入力練習用アプリが見つかりました。

アプリを使って、ゲーム感覚で練習するのもいいかも知れませんね。

もっとも自分の場合は、文章を書く・説明をするといったことが結構好きなので、自分の書きたいことをフリック入力で書く、ということで半実践練習にしてもいいのかも知れません。

・・ちなみにこの記事は、キーボードでタイプしています(笑)
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先日は、土曜日に小学校でのイベントおよび授業があり、期せずして「初の授業参観」のような状態になりました。

うちの子が小学一年生になって通常の授業が始まってから2週間がたっていますが、親としての心配は何といっても「うちの子はまともに授業に参加できているのだろうか?」ということでした。

ちゃんと静かに机に座って、先生の話を聞いて、先生が質問したら手を挙げて、指されたら答えて。。といったことが本当にできているのか、不安でした。

もっとも、先生たちの手にまったく負えないようなひどい状態であれば、とっくに学校から呼び出されていたはずなので、さすがに「超問題児」というレベルにはなっていないはずではありました。
がしかし、特にうちのこはシャイなところが大きくしかも早生まれでかつ男の子なので、全然手をあげたり発言したりといったことができていない、という状況は想定内のことでした。

長期的に見れば、仮に今の時期に、挙手が全然できなかったり、ちょっとついていけてないかな、という状況だったとしても、それほど大きな問題ではないと言われています。
この先15年以上にも渡るであろう学校教育期間の中の、極めて短い時間のことであり、出だしが良ければその先すべてうまくいくわけでもなければ、逆に出だしが悪くてもその先どんなに素晴らしく一気に成長していくかなんてわからないわけですから、今の時期に神経質になっても意味はないはずです。

それでもやはり、心配になります。
もしも早い段階からいわゆる「学校嫌い」になってしまうと、それを克服するのはかなり大変だと思われるわけですが、些細なことがきっかけでそうなってしまう確率が、9歳未満の子供には特に多いからです。


そして、今日の授業が始まりました。
先生の最初の質問がでて、手を挙げた子は数人でした。
うちの子は、挙げていませんでした。
うーむ、やっぱり積極的な挙手・発言は厳しいのか、と思ってみていましたが、そのうちだんだん手を挙げるようになり、手の挙げ方もしっかりまっすぐになってきました。

そしてついに先生から指名されて、しっかり答えようとしていました。
(今回彼が回答した部分は若干表現が難しい部分だったため、他の子が言ってもクリアな感じにはならなかったと思われ、少々Intelligibilityの観点からはパーフェクトではない回答ではあったものの、現段階ではまったく問題ない回答だったと思います)

その後の授業及び活動への参加状況も十分によく、入学するまで知らなかった子たちともコミュニケーションをとったりしていて、とりあえず今のところは問題なく1年生としてやっていけているかなという感触を得ることができました。


今、思い出すのは昔母が言っていたことです。
それは、ウン十年前、自分が小学校に入学する頃は、「この子は本当に小学校で机に向かって勉強する、などという世界で耐えられるのだろうか?」とずっと不安に思っていた、ということでした。

当時6歳だった自分にしてみれば、親がまさかそんなことを思っているとは思っていませんでしたし、また、大人になってから親がそんな風に思っていたことを知って、ちょっとひどいなあ、くらいに思っていました。
いくらなんでも、子供を馬鹿にしすぎじゃないか、信頼していなさすぎじゃないか、と思っていました。

しかし今、母親のその時の気持ちがよくわかります。
自分も全く同じように感じていたからです。
つまり、うちの子は小学校のカリキュラムについていけないんじゃないか、というように思っている、ということです。

何しろ、親は子供のことを、もともと呼吸がちゃんとできているかどうかさえ確証がなかった乳幼児の時代から毎日見ていますから、小学校で授業に参加する姿など当時は想像できなかったものです。
別に子供を馬鹿にしているわけでもなんでもなく、ただどうしても、心配事が先に立ってしまっていました。

小学校生活ははじまったばかりですが、その親たちがどれほど心配しているか、実体験として理解することができました。

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先日から配信の始まった、Windows 10の3回目の大型アップデート、Creators Updateをインストールしました。



初めて「Creators Update」という名前を聞いたときは、ああなるほど、これはCGや動画などのデジタルクリエイター向けの機能を強化するためのアップデートであり、そういうことをしない人にとってはあまり関係のないアップデートなのだな、と勝手に思っていました。

しかし、実際はそういうことではなくて、「クリエイトする」=「文章をクリエイトする」「ビジネスマテリアルをクリエイトする」・・といった、PCで何かを作るあらゆることを意図して言っているということで、CGデザインなどとは関係のない人にとっても意味のあるアップデートであることがわかりました。

その顕著な例として、IMEまわりの強化は大きいと思います。
日本語でPCを使って文章などを書く上で、IMEの操作性は非常に影響が大きいと思います。

インストールしてすぐに気が付くIMEの強化ポイントとして、入力モードの切り替え時に(半角入力・全角入力の切り替えなどに)、画面の中央にその切り替えたことを知らせる表示が一瞬表れるので、今自分が半角入力モードになっているのか全角になっているのか、確実にわかるようになりました。

その機能のさらに素晴らしいところは、例えばメール入力のアプリと、エクセルかなにか別のアプリが立ち上がっていて、メールの方は全角入力、エクセルの方は半角入力になっている(つまりアプリによって入力モードが違う状態になっている)場合、今までだとウインドウを切り替えると自分がいまどの入力モードになっているか間違えることがあったのですが、この機能はウインドウ切り替え時にも機能するので、ウインドウを切り替えて入力モードが変わると、現在の入力モードがしっかり画面中央に表示されます。


また、自分では試せていませんが、Webのニュースなど見ると、今回特に力を入れた部分の一つに「MR」(Mixed Reality)があるそうで、現実世界と仮想世界の融合させる部分が強化されているそうです。

VR(Virtual Reality)を取り入れたゲーム機などについては、すでにSonyさんのPS4用のヘッドマウントディスプレイなど、多数発表されており、今年はVR元年になるなどとと言われておりますが、Windows 10で実現されようとしているMRも、思った以上に有意義な機能であり、素晴らしいです。

MR関連の事例でとても素晴らしいなと思ったのは、リモート会議をMRで行うというものです。

今や、リモート会議自体はそれほど珍しくないと思います。
ヘッドセットと小型カメラを使って、遠隔地からリモートで会議に参加し、発言ができたりするだけでなく表情なども見えるといういわゆるビデオ会議が、今ではスマホなどを使って誰でもできるようになっておりますが、MRはさらにその上をいくと思います。

MRを活用したリモート会議では、なんと、会議室に居ないリモートでの参加の参加者の姿が、まるでその会議室に座っているように現実空間に融合して映し出されるので、その人がその場所にいる感じが非常に強くなるというのです。
もちろん、リモートで参加している側も、自分があたかも会議室の部屋の中にいるかのようにヘッドマウントディスプレイ上に映し出されるので、没頭感が大幅に増すということです。

・・自分はほとんど毎日リモート会議に参加していますが、やっぱり重要な会議や緊張感の高い会議はできる限り直接会議室から参加するようにしています。
しかし、今後もしもMRによる会議ができるようになったら、直接会議室で参加することもさらに少なくなるかも知れません。
国外の人たちとのリモート会議も、さらに直接会って話す会議に近いものになりそうですね。
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iPhoneを一か月使っての感想は

iPhoneを使い始めて一か月ほど経過しました。
・・正直なところ、ここまで使い易いとは思いませんでした。

あらゆる細かい部分が、ユーザーが直感的にかつ効率よく使えるように工夫されており、全体として非常に完成度の高いOSとハードウェアに仕上がっていると思います。




特に手放せないのが、Touch IDによる認証と、スマホを上向きにするだけで画面がOnになる機能です。このおかげで瞬間的にロック解除ができます。
何しろ、「使いたい」と思ってから実際に使用できるようになるまでの時間が短縮されるということですから、これは便利です。
しかも大型なiPhone7Plusであっても、片手でロック解除できます。

実は、Androidスマホの方が指紋認証については早く実現されていたはずなのですが、広告の打ち方が悪かったのか全然認知されず、まるでiPhone 5sが初だったかのように知られてしまっているのはちょっと悲しいところですね。

また、カメラの進化も予想以上でした。
その昔、iPhoneが3sや4だった頃は、カメラ性能の低さが問題になっておりましたが、進化を繰り返し、7Plusのカメラは実際に使ってみるとちょっとびっくりしてしまうくらいきれいに撮影できます。
光学手ブレ補正も、光学2倍ズームも、大変重宝しています。
昨年購入したVAIO Phoneのカメラも、VAIOブランドを冠しているいるということで決して悪くはなかったと思いますが、残念ながら、iPhone 7Plusのカメラと比較してしまうと。。まあメモ代わりにちょっと撮影するならいいですが、きっちり写真として撮るときは、もう使いたくないと思ってしまっています。


他にも数えきれないほど、特に細かい部分でiPhoneが優れていると思われる点があり、とうとう、メインスマホをiPhoneとし、いままでメインだったWindows Phoneをセカンドスマホにしてしまいました。

正直なところ、メインスマホをiPhoneに切り替えたことで「困った」ということはほぼ皆無です。

ただ、それでも、やっぱりAndroidやWindows Phoneの方がいいと思える部分もないわけではありません。
以下は、その思い当たる部分になります。

1.ファイル管理は基本的にできない
これは、そもそも、iOSというOSはファイルという概念をエンドユーザーが意識しなくてもいいようにデザインされているからだと思いますが、基本的にファイルという形でストレージの中を見ることはできませんし、自分でフォルダを作ってファイルを整理したい、といったことも基本的にはできないですよね。
なんでもファイルでないと気が済まない我々の感覚からすれば、これはちょっと違和感があります。

2.SDカードを外部ストレージとして使用することが基本的にできない
これも1.の延長のような問題ですが、Androidなどであれば、SDカードにPCで作成したテキストファイルなどをいれておいて、それをスマホに差すとすぐに見られる、ということができますが、iPhoneにはそういう使い方は考慮されていないと思います。
外付けの、SDカードリーダーは売られていると思いますが、やはり本体に内蔵して、常時使えるようにしたいところです。
まあ、いまではクラウドを経由してファイル共有をすることの方がメジャーなシナリオであり、それならばiCloudなどを経由してできるのですが、やはり、そこからローカルにコピーして・・といった時に自由度があまりありません。

3.タスク選択画面にするのに、ホームボタンをダブルタップするのがやりにくい
Androidであればタスク選択ボタンが独立しており、Windows Phoneであれば←ボタンを長押しすればできるのですが、iPhoneでは物理キーのダブルタップなので、その部分に関しては、ちょっと操作性がよくないです。

4.戻るボタンがない
これを指摘する人は多いと思いますが、まあ慣れの問題だと思いますが、やっぱりちょっと前に戻りたいときに直観的でない気がします。
もちろん、各アプリが戻るボタンのような機能を持っている場合も多いのですが、例えば直前に使っていたアプリにそのまま戻るボタンで戻る、といった感覚はないですよね。

5.自分でアプリを作るうえで、敷居が高い
なんといっても、お金を払わないとiOSアプリ開発者になれない(ストアにUploadする権限をもらえない)のは大きいです。
Visual Studio 2017でiOSアプリが作れるので、ぜひやってみたいところではありますが。

・・上記のような、個人的に気になる部分はあるものの、そもそもファイル管理ができないのは仕様でしょうし、操作に関しても、慣れの問題なのだと思います。
総合的に言って、iPhoneはやはりよくできています。

多くの人に選ばれる理由がよくわかりました。
値段はちょっと高いと思いますが、それだけの価値は十分にあると思います。
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今回は、準決勝第二試合のホークス vs 京都ウォーリアーズ 戦の決着から、決勝戦の直前までが描かれていましたが、ものすごく胸が高鳴る瞬間がありました。

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それは、あの武蔵坊選手が、スターズに入団するかも知れないという議論が展開された、ということです。

実は、いよいよ始まる最後の試合、 東京スターズ vs 京都ウォーリアーズ に対して、始まる前からちょっと期待できない感じが漂っていました。
それはなぜかというと、主人公の山田太郎選手が、左腕をケガしていてベストではないということで、決勝戦では全力を出し切れないはずであるということがわかっていたからです。

最後の試合ということで、読者の誰もが名勝負を期待していると思いますが、そんなときに主人公がケガでは拍子抜けでした。

しかし、それでも、もしも武蔵坊選手が加入して、4番を打ってくれるというなら(それで最後の打席は代打でドカベン、という流れであれば)、ファンも納得するのではないかと思いました。

何といっても、武蔵坊選手はドカベンキャラクターすべての中で、最強の選手という位置づけになっている(明訓高校を唯一破ったチームの要)ので、彼がもう一度バッターボックスに立つ姿は、ドカベンファンならば誰もが見たいところではないかと思います。

しかし残念ながら、それは無いようで、すでに土井垣監督もそれはないと言っていましたし、武蔵坊選手自身試合当日に東北へ帰ってしまったようですので、さすがにその夢の打席はなさそうです。

ただ、どちらかというと、唯一勝てなかった武蔵坊選手とプロで再戦して、今度は勝つ、という流れのほうがしっくり来たかもしれないのですが。。そうなるには、仲良くなりすぎましたね。


武蔵坊選手はともかく、他にまだ、今後 未登場の選手が登場するのでしょうか?

思いつく限り、まだ登場していないキャラクターで、この決勝戦に登場しても不思議ではない選手というと、何といっても元紫義塾高校のキャプテンだった近藤選手と、同じ出身で160キロ台をコンスタントに投げる超剛速球投手・壬生狂四郎選手がいると思います。

しかし、とりあえず近藤選手は出ないような気がします。
なぜなら、彼は典型的なリーダー肌の大人物であり、監督の指示で行動するキャラクターとしては描きにくいとおもわれるためです。

一方、壬生狂四郎選手はあるかも知れないと思っています。
たぶんあの中西球道選手を上回る剛速球投手だと思いますが、彼の投球をもう一度見てみたいというファンもいるのではないでしょうか。

それ以外は。。。さすがにもう無いのではないかと思います。


最後にもう一つ、この26巻で興味深かったのは、山田太郎選手と結婚した彩子さんが、おじいちゃんと一緒に暮らしている様子が描かれたことでした。

これまで、結婚後に彩子夫人の様子が描写されることは、自分が見落としていないとすれば、ただの一度もなかったはずです。

もっとも、山田太郎選手がそもそもなぜ彩子さんと結婚することになったのか、に関しては個人的には不満でした。
というのも、山田太郎選手の恋話に関しては過去に2回ほど出ていたのですが、そのいずれもが、実にうやむやに終わっていたからです。
終わっていた、というより、終わりの話がなく、もともとそんな話はなかったといっても不思議ではないような扱いになってしまっていたことが不満です。

もう少し詳細に言いますと、
一回目は、高校2年の秋の関東大会の頃の話でした。
終生のライバルといってもいい存在であった、東郷学園の小林真司投手の妹さんが、山田太郎選手のことを真剣に愛している、という描写がたしかコミックの43~44巻くらいで出てくるのですが、彼女こそ、ふさわしい相手だったと思います。
小林投手の妹という因縁からも、物語へのかかわり方(間接的にですが、白新戦の勝利にも貢献したと思います)からも、その真剣さからも、容姿からも、ベストだったのではないかと思います。。
しかし、本人が「今のままの自分では太郎さんと向き合うことはできない」と言って、自分を鍛えるために留学していってしまったのですが、それっきりになってしまいました。

2回目は、プロ野球編の西武ライオンズ時代に、自らが打ったホームランの打球が当たってしまった女性・遥さんと親しくなり、お互いまんざらではない感じに進展していったのですが、これもなぜか、いつの間にか出てこなくなり、うやむやになってしまいました。

それらのうやむやが解消されることのないまま、なぜか幼稚園の先生だった彩子さんに交際を申し込んで普通に結婚という流れになったのですが、とにかく先の二人のことが全然終結していない状態だったため、すっきりしない展開だったと思います。

それでも、今回の、彩子夫人がおじいちゃんと二人で長屋で暮らして待っている姿を見る限り、とてもいい人みたいですね。


話は戻って決勝戦ですが、雨で一日延びたことで、山田太郎選手の肩もかなり良くなったようで、ほぼベストな状態で対戦することになりそうで、よかったです。

次の27巻で、そのドカベン最後の試合となる決勝戦がプレイボールとなるはずです。
お互いスタメンは誰なのか、気になりますね。。
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今週からうちの子が小学1年生になり、入学式に立ち会わせてもらって、何十年かぶりに、「小学校の体育館で校長先生の話を聞く」といった状況に身を置かせてもらいました。

自分が小学生だったころには 苦痛以外の何物でもなかった、小学校の式典ですが、今になって体験してみると、それでも精一杯短くまとめられていたのだということに、いまさらながら気が付きました。

当時は本当に、あまりにもつまらなくて、まるで数時間もぶっ続けで式典をやっているような錯覚に陥っていました。
しかし今の大人の感覚だと、あっという間に式典が終わってしまった感じで、退屈する余裕はありませんでした。

なぜそのような違いがあるのかを考えてみると、それはおそらく「頭に入ってくる情報量が違う」からだと思われます。
新1年生にとっては、校長先生の話なども全部は理解しきれないでしょうし、ましてや市議会の役員のお言葉なんて、響いていないと思います。
つまり、脳に入って残っている情報は、少なめなのだと思います。

ところが我々くらいの年齢になると、先生方の話がすべて聞き取れるのはもちろん、その話し方やしぐさの一つ一つから、その方がどんな人で、どんな教育理念を持っているのかを見ようとすると思います。
また、その式典の企画段階から実施に至るまでの背景なども、色々な部分から見えたりすると思います。
つまり、見えるものが多すぎて、脳に入る情報が多すぎて、時間があっという間に過ぎてしまうのだと思います。


さて、そうして入学式に参加して、教室で担任の先生の話を聞いて、何十年かぶりに小学校の中の世界に触れて思ったことは、「基本的に昔と何ら変わっていない」ということです。
もちろん いい意味でです。

下駄箱があって、上履きに履き替えて、保健室の横を通って、廊下には昔となんら変わらない掲示物があって、教室にはいると後ろ側にひとりひとりの棚があってそこにランドセルを入れて、前の方には左側には先生の机があって、真ん中には教壇があって。。
本当に、タイムスリップしたかのような、全く同じ世界観なのですね。
黒板が上下に動くといった、細かい部分の進歩は見受けられました

道具箱とか、「れんらくちょう」とか、ツール関係も全く昔のままで、懐かしい限りです。
その気になれば、メールやWeb formを活用したもっとダイナミックで正確なコミュニケーションの手段を導入することも、簡単にできるはずですが、あえてそのようにしない、日本の教育理念なのでしょうね。


思えば自分自身の小学生時代は、自分があまりにもだらしなかったために、うまくいかなかったり怒られたりすることがとても多くて、正直あまり思い出したくない時代だとと思っていましたが、今こうして小学校の世界観に触れると、小学校って、素晴らしいですね。
自分の取り組み方次第で、いくらでも楽しい場所にすることができたのだと、今は思います。

うちの子には、思いっきり、のびのびと、いろんなことに挑戦して、そして「学ぶ」「習得する」ということが素晴らしいことなのだということに気が付く、そんな小学校生活を送ってほしいですね。

「聞き分けのいい子」になんかならなくていいけれど、大事なことは絶対に守る、人の気持ちを考えられる子になってほしいものです。
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うちの子が、卒園式の時にみんなの前で「将来は冒険家になりたいです」と言いました。

もちろん、深い根拠があって冒険家という職業?を選んだわけではなく、おそらくはTVのアニメのヒーローの延長でそのように感覚的に思っているのだと思われますが、しかしながら、「夢がある」「憧れがある」「なりたいものがある」という子供の気持ちは貴重だと思います。

そこで、具体的に「冒険家」とはどういう職業なのか、考察してみました。

まず第一に、現在、なれるなれないは別として、存在する職種として、一般的に「冒険家」という職業はないかと思います。

比べて言いますと、「大リーガー」とか、「宇宙飛行士」とか、「首相」といった職業は、もちろんそう簡単になれるものではないとはいえ、職業として存在すると思います。

ところが「冒険家」となると、いわゆる「自称・冒険家」は現在も多数いらっしゃると思いますが、職業という形での冒険家は、通常聞かないと思います。

ただ、昔は冒険家と呼ばれる人達が実際に存在し、しかも実績を残されていました。
たとえばコロンブスやマゼランといった偉人は、誰が見ても「冒険家」だったはずです。
ただ、それは、まだ地球上に未知の大陸があったり、そもそも地球というものがどうなっているのかわかっていなかったため、そういった冒険家によって発見され、人類の発展に貢献するという機会が存在していたという背景があったからだと思います。

では現在はどうかというと、さすがに海の上に存在する大陸の中で未知の大陸は存在しないと思いますが、実は、地球には未知の部分というのは多々あると言われています。

そういった未知の部分に積極的にアタックし、人類がまだ知らないことを知るために冒険する、という行為は、現代も行われていると思います。

ただ、そういうことを行うのは、基本的には科学者・物理学者といった、学者である場合が多いかと思います。もちろん、学者を中心とした探索チームの中には、先頭を切りこんでいくようなロールの人もいるかも知れませんが、それでもやはり、学者の世界とは切り離せない人たちだと思われます。

つまり、現代の冒険家になるための一つの方法は、学者になること、特に地学や物理学を専攻する学者になることがもっとも近いアプローチになると思います。

・・極めてレベルの高い仕事で、その世界に入れる人はごく少数であると思われます。


別のアプローチで「冒険家」を調べていくと、実は「登山家」が冒険家の代名詞になる場合が多いことがわかります。

例えば、世界初の五大陸最高峰登頂など数多くの偉業を成し遂げられた、植村直己さん。彼は誰が見ても「冒険家」だと思います。

登山家か。。
親としては、心配ですよね。

なんといっても、物理的に一歩間違えるだけで簡単に命を落としてしまう可能性がある世界であり、肉体的に極めて過酷な状況になることの多い世界ですから、毎回心配でたまらないと思います。

ただ、ならば登山家以外ならば安全かといえば、日常生活においても命を落とす可能性は常にあるわけですから、「登山家だけが危険」というように考えるのは正しくないと思われます。

ただ、「職業」という観点から登山家を見た場合、それで生計を立てていける人というのはまさに一握りになるはずです。
よっぽど世間に注目されるような登山家で、スポンサーが多数ついて、しかも書籍やTV出演といった形での収入があるレベルでなければ、登山家としてだけで生計を立てるのは難しいはずです。
それはむしろ、上記の学者になって生計を立てることより可能性としては難しいかも知れないですね。


最後にもう一つのアプローチを考えてみたいと思いますが、冒険家の定義が「未知なる場所や世界を見つけたり解明したりする人」ということであれば、宇宙開発はほぼ例外なく冒険になると思われます。

地球の衛星である月でさえも、いまだに有人探索ができたのは一回だけですし、まさに未知の世界です。

宇宙飛行士は言い方を変えれば冒険家でしょうし、宇宙開発に関係している人たちは、まさに冒険にかかわっているといえるかと思います。

ちなみにNASAで働いている人は1万8千人くらいいるそうで、日本にもNASAのJapan Officeが赤坂にあるそうです。

・・そこに入ることを目指して、まずは東大理2の合格を当面の目標とする、というのが、実は一番現実的な冒険家への道なのかも知れませんね。。
最新の偏差値情報によると、東大理2は偏差値74が目安になっておりますので、全受験者の上位1.5%に食い込むレベル・・うーむ、道険し、ですね。
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(前回に引き続き、卒園の記事になります)

それにしても、6歳の子供って、すごいです。

今回卒園する12人の中には、ルービックキューブを数分で6面完成させられる子がいます。もちろん何も見ないで、しかもすごいスピードで回して、何かの大会で優勝したそうで、見ていた全員びっくりしました。

クラスの中でもすでに小悪魔女子に成長した4人くらいの女の子たちが、「恋ダンス」を披露してくれましたが、キレッキレでした(笑)

また、電子ピアノを披露してくれた女の子がいましたが、まあその子はお母さんが小学校の先生でピアノがうまいということもあって、就学前とは思えないレベルの演奏でした。
ちなみにその子と、半年ほど前に「電車のイスに、靴を履いたまま窓向きに座ることは是か非か」について議論したことがありましたが、結局彼女を論破できませんでした。


そんなすごい子たちの中でも、(自分の子はもちろん別格として、)特に大切に成長を見守ってきた子が二人いました。

一人は女の子で、もう一人は男の子なのですが、二人ともちょっと障がいをもって生まれてきた子たちでした。

女の子の方は、我々は前の保育園からずっと一緒だったので、もう4年も見てきたのですが、初めは、生きていることさえ大変に見える、細くて小さい子で、実際、4歳になるまでに3回ほど、心臓をはじめとする重要な臓器の手術をしており、「今日も保育園に来られた」ということだけでもほっとするような状況でした。

当然、他人と言葉を通じてのコミュニケーションができる状況では当時はありませんでした。
でも、保育園で見るたびに「こんにちは、〇〇〇ちゃん」と声をかけると、まっすぐこちらを見て、まず日々の生活の中では出会うことのできないような、邪心ゼロの、誰にも真似できない素敵な笑顔を見せてくれるのです。

もうそれだけでも十分に、素晴らしいと思っていましたが、今の保育園に来て、彼女は目に見えて成長していきました。

今では、まともに話ができるまでに成長してくれました。
朝会うと、まっすぐこちらをみて、「〇〇君のおとーさん、こんにちは!」と、ちゃんと言ってくれます。
考えてみれば、うちの子を含む、クラスの12人の園児の中で、向こうからそのようにはっきり挨拶してくれるのは、その子くらいだと思います。

その子が、卒園式で、誰の手も借りずに、卒園証書を受理する流れを他の子となんの差異もなくできていたことだけでも、その成長ぶりに感動していましたが、さらにその後、壇上に登って「しょうらいは、画家になりたいです!」とみんなの前で言った時には、さすがにもう涙をこらえきれませんでした。


もう一人は男の子で、一年前から園に入って、クラスに合流してきた子ですが、初めは、まったくコミュニケーションが取れませんでした。
声は発してくれましたが、言葉にも単語にもなっておらず、何が言いたいのか全く分かりませんでしたし、こちらから何か言っても、全く聞こうとしてくれませんでした。

しかし彼は、初めて会ったその日から、まるでもう昔からの友人か親戚だったかのように、我々大人にも、まっすぐ向き合ってくれたのです。

そんな彼は、時には人の嫌がるようなことを(よくわかっていなかった為に)してしまうこともありました。
無理やり止められると、手が付けられない状態になったりもしました。

しかしそんな彼のことが、とても他人とは感じられませんでした。
必要な時には、彼に対して本気で叱り、毎日会話に挑戦し、身内のように見守ってきました。
もちろん自分だけではなく、ほかの親御さん達もやはり、本気で叱り、しかし温かく見守りながら、園の中ではみんなで守ってきました

そして彼は、一年で変わりました。
会話で、コミュニケーションができるようになったのです。

「そういうことはやっちゃダメだ!」というと、「はいっ!!」とはっきり返事をして、止めたりするようになってくれました。

ただ、この間、こんな困った会話もありました。
〇〇〇君、人をぶつな!〇〇〇君だって、ぶたれたらいやだろう?だったらするな!
ううん、やじゃない
え?
(本人の頭を指さしながら)「ぶっていいよ
・・・・

・・しかし、そんなレベルの会話ができるということも、一年前には考えられないことでした。
その時も、次の反応に困りながらも、そこまでのコミュニケーションができるようになるまで成長してくれたことが、嬉しくてたまりませんでした。


最後に、うちの子ですが、この園に入って、わかったことがあります。
それは、うちの子は天才だ、ということです。

・・はい、バカです。大親ばかです(笑)
しかし、彼がひとたび本気でやる気になると、その発揮されるパフォーマンスは、客観的に見て極めて高いです。たとえ遅れ気味にスタートしても、一気に追いつきます。

もともと早生まれでかつ男の子ということで、他のクラスメイトに比べてスタートが遅いことの多かったうちの子ですが、ひとたび本気になると、一気に追いつき、そして持続します
あの集中力を、本人が本当にやりたいことに向けることができれば、大きな成果を残すことは間違いないと思います。

もしも、それができず、彼の能力が発揮されないまま過ぎてしまうようであれば、それは、環境やきっかけを与えてあげられなかった、親のせいだと思います。

もっとも、カミさんはすでに彼女のできうる限りのことをしてくれていますので、もしも彼が才能を発揮できなかったとしたらそれは単純に私のせいですね。


いずれにしても、うちの子も凄いし、他の子たちも凄いです。
子供はみんな天才だ」と言われますが、あれはきれいごとで言っているのではなく、真実だったのだということを、この年になって学習しました。
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先日、とうとううちの子が卒園式を迎え、5年間に渡る保育園生活の締めくくりをしました。

正直に言えば、5年前、初めて保育園に通い始めたころは、心の奥底に「保育園とのやりとりは、母親の仕事」という意識がありました。

それは単純に、自分が保育園児だった頃の経験からそのように認識していました。
当時は、ただの一度も父親が保育園に来てくれたことはなく、卒園式も母と二人で参加し、また、それは他の子たちも同じでした。
なので保育園とは父親のこない場所だと思っていました。

もちろん、うちの父親を責めるつもりは全くなく、当時はそういう時代だったと思いますし、また、タクシーの運転手をしていた父は、なかなか普通の人が休日である日に休むことができなかったという事情もありました。

また、自分はそもそも「幼児と向き合うのが苦手」でした。
兄弟がいなかったということもあって、甥っ子、姪っ子に相当する子はいませんでしたし、高卒後から地元を離れて今に至っているため親戚付き合いも薄く、また都内の一人暮らしで「近所の子供とかかわる」ということはあまり起こることでもなく、気が付けば「幼児と向き合うのが苦手」な大人になっていました。


・・しかし、いつの間にか、自分は子供の送り迎えのために保育園に行くのが楽しみになっていました。
もちろん、駄々をこねたり時には嫌がったりする子をしっかり送るのは簡単なことではありませんでしたが、そのこととは別に、保育園という世界は、夢とエネルギーに満ちた、活気ある空間で、素晴らしいと思うようになりました。

さらに、いつしか、同じクラスの子供たちに会うことが楽しみになっていました。

子供は、余計な偏見なくまっすぐに向き合ってくれますから、自分のような、特に関わることによる利益がないオッサンにも、ちゃんと対応してくれます。

しかもこの2年間、ほぼ同じメンバーで12人で同じクラスでやってきましたから、我々の結束力をより深める形となりました。


だから、先日の卒園式を迎えるのが、嫌でした。

これで最後だと思うと、年甲斐もなく号泣しそうでした。

たぶん、スピーチをする機会を与えられたならば、途中で涙をこらえきれなくなって、最後まで話しきれなかったと思います。

しかし、幸か不幸か、今回は各親にスピーチを振られることはなく、淡々と式を見たり裏役をさせていただきながら、あっという間に終わってしまいました。

でも考えてみれば、親のスピーチなんて、主役である子供達には響かないでしょうし(笑)、実際、うちの子は帰宅後「今日の卒園式は楽しかったー」と言っていたので、これでよかったのだと思います。


保育園卒業に関してぜひ書きたいことはまだまだあるので、後日また投稿したいと思います。
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