2016年初頭のパラダイムシフト

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2016年が始まりました。

夫と新年の挨拶を交わし
お節とお雑煮を戴き
年賀状の返事を書き
地元の神社に初詣に行く、という

例年と少しも変らぬ元旦を過ごしました。

が!

昨日1月2日

突然、カチッ…と小さな音がしたような
瞬間がありまして

「あれ?」と思ったら
私の中で意識の大変革が起こっていました。

最初は何が何だかわからなかったのです。

なんだか、ラクだな、ゆったりしているな
くらいの感じしかなかったのですが

夜、夫と共に夫の実家へ新年の挨拶に行き
義母や義姉たちや、義従兄と食べながら飲みながら
いろいろとお喋りをし合い

さて、帰ろうか、という時になって
はっきりと自分のエゴがすごく色薄くなっているのが
自覚できました。

エゴはなくなりはしないのです、もちろん。

私は、私としてこの世界に存在しています。

けれど、元日までの感覚とまったく違って

私はこの世界(宇宙)のエネルギーの一部であり
宇宙のエネルギーの一部としての個である私が
自分にできる限りの善きエネルギーの回し方を
全思念を込めてすればいい

という感覚です。

すると、どういうことが起こったかというと

焦り と 貪り が消えました。

実は私にはかなり明確な目標があって
欲もかなり欲張りなものがあったのです。

それをビジョンマップにしたり
人に語ったりもしていました。

例えば
住まいの他に、駅近の40平米以上の
音楽サロンを持って運営するとか

そこには新品のグランドピアノを入れて
完全防音設備工事を施すとか

毎年大ホールでリサイタルをする他
サロンコンサートをふた月に一度開催するとか

コンサート開催の度に満席、大喝采とか(笑)

常にたくさんの生徒さんとクライアントさんに恵まれ
商売大繁盛、とか

月収250万円安定、とか(爆)

そんなことを臆面もなく
書いたり、喋ったりしていた訳です。

それが、突然とてもとても小さなことに
感じられてしまったのです。

月に250万円得る、ということは
おふざけにしても大変なことですよね。

私は割合真剣にそこを
目指したりしていたのですけれど(笑)

でも、それらの欲望はすべて
私という個で完結している望みなのですね。

だから、とってもちっこいものに思えた。
視野が極端に狭い~!と感じた訳なんです。

そして、これも前回の更新
ビフォー→アフター
で書いたことと同じですが

これからやっていくことの意義や中身は
ごっそり変質しましたが
行動そのものは何も変わらないと思います。

やはり大きなステージに立てるよう努力は続けます。

駅近の音楽サロン兼カウンセリングサロンを
持てるよう、計画的に行動していきます。

生徒さんやクライアントさんに
結果を出せるトレーナーとして
喜んで貰えたら嬉しいことにも変わりないと思います。

そういった夢の実現と継続に必要充分なお金が
稼げたら、これまたとても嬉しく
充実した気持ちになるとも思います。

けれど、もはやそれは「私」のエゴだけに裏付けられた
喜びではないのです。

個としての私が
自分の心身を整え
場を整え
思念を整え
エネルギーの回し方を整えること

「今、ここ」に心を込めて
日々コツコツとおこなっていくこと


世界の在り方にちゃんと影響を及ぼしうる
という信念
こそが
今私に求められていることなのだ

と、ふいっと肚に落ちました。

一は全、全は一

だから、焦る必要も、貪る必要もなくなった。

焦ったり貪ったりしているつもりは
毛頭なかったけれど

これまた「手放せたとき初めて分かる」
の原則通り

エゴに縛られている状態というのは
大層苦しいものであったことが
初めて自覚できたのでした。

視野が広がる
抽象度が上がる


ということは、このような
パラダイムシフトが起こることでもたらされる
状態なのだな、と思い至りました。

年末から元旦にかけて
異様な眠気に襲われ
一日平均15時間ほど眠り続けた結果
至った意識の大変革は

なるほど、顕在意識が盛んに働いていたのでは
起こりえなかったのだな、と
何となく納得がいきました。

眠った甲斐があったというものです(笑)

といった訳で
私はこれからもますますお気楽に
欲を満たすことを愉しみながら
毎日をニコニコと暮らしていくんだろうな
というよい予感と共に

正月三が日が過ぎていきます。

 

パラダイムシフトが起こった2日の朝の
自宅から見えた朝焼けです。
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