なぜ主観性を見失うのか

テーマ:

「主観性」を取り戻すことによって


「絶対的な自信」


「圧倒的自由の自覚」


が得られるというところまで

書いてきました。


実は「主観性」を目覚めた状態に

させておくことによって


受け取ることのできる

贈り物は、まだまだあります。


自律性


独立性


ユーモアのセンス


身体機能の向上


客観的能力の向上


人との交流を楽しむ余裕


・・・・・・・



こんなにいいこと尽くめの

「主観性」


あって邪魔なことは何もないはず




では、なぜ私たちは

主観性を見失ってしまうのでしょうか?


今日のテーマはここです。



私たちは、普段

何らかの社会的役割を担って

生活しています。


例えば・・・


課長として、部長として

○○課の社員として

医師として、教師として

主婦として

アルバイト職員として


・・・・・・・



また家庭においては


夫として、妻として

親として、子として

兄として、姉として

弟として、妹として



また道をゆく時は


善良な一般市民として



外国に行けば


一日本国民として




その限りない関係の中で

「望まれる人間像」を

演じて生きている


と言うこともできます。



それらの役割を果たすために

私たちは、いっとき

「主観性」を手放して


今、この立場において

「どうあるべきか?」に

フォーカスを向けます。


真面目に

責務を全うしようとするあまり


知らず知らずのうちに

「主観性」は封じ込められ


周囲から「望まれる自分」

「こうあるべき」という考えを

自らも進んで望むようになります。


そして、その望みが果たせた時

「よし、自分はよくやったではないか」

と、合格を与えます。


これで、充実感に満たされ

心から満足♡となれば

何の文句もない訳ですが・・・


元来、真面目で

責務を果たすことに自己価値を求めて

一生懸命まい進してきた人ほど

きっと経験があると思います。


見過ごせない違和感


無視できない虚無感


精一杯を尽くしたのに

なぜか報われない現実


意識が気づかないうちに

身体的異常が出ることも


実は多いのです。


(私の個人的見解ですが

ほとんどの病気は、こういった

背景があって発症するのでは

ないかと思っています。)



人は


どうも自分の人生にしっくりこない


心からの満足感が得られない


どことなく不安で

自信を持ちきれない


人間関係に強い緊張を感じる


頑張っているのに結果が出ない


そんな現実に直面すると


「まだ自分の“努力”が、


“頑張り”が足りないからだ」


と思い


周囲からの

期待に応える方向に

さらに頑張ります。



そうして頑張り続けている人の


なんと多いことでしょう!



・・・・・・・・・・・・



あなたも


自分の主観性を取り戻す旅に


出てみませんか?(^-^)



平坦な道ばかりでは

ありませんが


思うほど困難ばかりでも

ないのですよ。

何しろ、その先に繋がる

新たな人生は


今まで味わったことない

開放感と自信に


満ちあふれているのですから!!



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