続・主観性からの贈り物

テーマ:

「主観性」を取り戻すことによって

他者と比べて得られる「自信」ではなく

「絶対的な自信」を獲得することができる

というお話を前回の記事 で書きました。


今日はもう一つ、とても大きな

「主観性からの贈り物」について

書いてみたいと思います。


それは


圧倒的「自由」の自覚


です。



何ものからも規定されない


正しいも、誤りもない


良いも、悪いもない


今、ここで、感じ、生きている

自分がある

という厳然とした事実


その感覚を取り戻して

日常生活に戻っていった時


「自分は

自分の人生に対して

自由である!」


という確信のものとに

行動することができます。



どんな選択をするも

どんな行動を採用するも


まったく自分の自由なのだ


という大きな開放感!


長く縛られていた人にとって

主観性を取り戻した瞬間に味わう

この開放感は実に圧倒的です。


何か

胸のあたりから

重い石が取り去られたような

感じ。


そして、次にやってくるのは


自分の心が軽くなっている感覚


そして、それはイコール

身体的な軽さでもあります。


自分の身体が

自分の思うように

自由に動く感覚が深まるのです。




私自身は

あまりに長い間

自らの主観性に重い蓋をし

ないものの如く無視し続けました。


「どうあるべきか?」


「何を期待されているか?」


ただそれだけに意識を集中させて

自分の行動と態度を規定してきました。


それは、自分で選んだというより


そうせねばならない


せざるを得ない


という、実に不自由な

しかも無自覚な、ありかたでした。



その結果、いっとき

身体の自由を失いました。


声が出ない


文字が書けない


思う方向に首を動かせない


首が勝手に動いてしまう



闘病の中で

いろいろな方の力を借り


最初はどこから手を付けていいかさえ

まったく見えませんでしたが


手探りで進むうち

やっとやっと辿り着いた先が


自分の「主観性」を取り戻すことでした。


3年半の闘病生活は

私の「主観性を取り戻す旅」

であった、と言うこともできます。



あれほど「治らない」「治療困難」と

言われた病気を克服した今


振り返れば、身体の不自由は


心の不自由さに気づいて!

もっとラクに愉しく

心地よく人生は歩めるものだよ!


と私に送られたメッセージだとしか

思えなくなりました。



誰にも間違いなくあり

すぐ手の届くところにある

「主観性」


なぜ、ひとは見失い

手放してしまうのでしょうか??


そんなことをこれからぼちぼち

更新していきたいと思います(*^-^*)





************************


声楽個人レッスン


声と心のカウンセリング


声からアプローチする♡

 心と身体を開放するヴォイス・レッスン


二人でお茶を―Tea for Two



各セッションへの

お問合せ、お申込みは

メールでどうぞ(^-^)


⇒ silky_misughi@hotmail.com

AD

コメント(4)