■「使命感と自責の念と…」

 JR福知山線脱線事故の発生直後、救助のためいち早く現場に駆けつけた男性がいる。この5年、悲しみとともに現場に立ち尽くす人たちを見つめてきた。記憶に刻まれた惨状に、うなされたこともあった。救えなかった命への自責の念と無力感は、今も残る。今年もまもなく「4・25」が巡ってくる。男性は乗客106人が眠るあの現場に向かい、冥福を祈り続ける。

 5年前の4月25日午前9時18分。灰山季久雄さん(70)は、経営する兵庫県尼崎市の鉄工所の前で、知人と携帯電話で話していた。そのとき、目の前の線路を快速電車が車体を大きく揺らしながら、猛スピードで走り抜けていった。ジェット機のような轟音(ごうおん)。続いて砂煙が立ち上がる。電車は、南へ約100メートル離れたマンションに突っ込んで大破していた。

 「脱線だ」。マンションに向かい無我夢中で走った。血だらけの負傷者が車両からはい出てきた。「お母さん、痛い。助けて」。車内からは若い女性の振りるような声が聞こえた。

 急いで鉄工所に引き返し、ぬれタオルや包帯を手に戻ったときには、もう女性の声は聞こえなかった。「なぜ、こんなひどい目に遭わなければならないのか」。心の底から、悔しさがこみ上げてきた。

 乗客106人の命が奪われた惨状は目に焼き付き、灰山さんを苦しめた。食事はのどを通らず、夜中に大きなうめき声を上げて飛び起きることもあった。

 転機は約1年後に訪れた。事故で交際相手の女性を亡くした若い男性との出会いだった。「現場を見るのが怖くて近づけなかった」。やっとの思いで打ち明けた男性に、灰山さんは事故の様子をつぶさに話した。

 「聞けてよかった」。男性はほっとしたような表情を浮かべ、涙を流して帰っていった。「事故の恐ろしさを伝えるのが、現場を目撃した者の使命」。灰山さんは事故の再発と風化の防止を願って、自身の経験を語り継ぐ決意をした。

 あの日、轟音とともに砂煙の中に消えたブルーラインの快速電車は、今ではオレンジ色にラインを変え、速度を落として鉄工所の前を通り過ぎる。そのたびに、「あのときもこんな速度で走ってくれていれば」との思いがよぎる。

 「心安らかに」。毎朝夕、今も現場に残るマンションに向かってそっと手を合わせる灰山さん。25日もいつものように、鉄工所の前で冥福を祈るつもりだ。

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