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Fri, December 28, 2012

見物四十八手 最終手 東京見物

テーマ:見物四十八手
$『草四十八手』-photo.JPG 私は音楽嫌いなので、滅多に音楽の話はしないのだが、過日に「君はブラックの血がはいってくるから、スペイン系の音楽がいいね」と云われて、珍しく音楽の話になった。なんでもたしかな歌手というのは、後ろに居ても声が綺麗に聴こえるということであった。無論、声は口から空氣を媒介として伝わるから、歌手の前方に居なければ伝わるものも伝わらない。ところが優れた歌手は己の軀を楽器そのものにして、地面を通じて歌声を伝えるそうなのである。そして、優れた客もその歌声に自分を共鳴させて、音楽を楽しむという寸法なのだそうだ。たしかに人間は管楽器に視えないこともない。あの人のシルエットはピアノっぽいねという会話は嘘であろうが、あの人、ガチ縦笛じゃないという文は意味論的に成立する氣がする。兎にも角にも、音と光は波動であり、それが人という楽器によく共鳴するから巷がチカチカガチャガチャしたのである。私が音楽嫌いなところもここにあって、視覚的なものはまだよいが、聴覚的なものは無理くり共鳴させられてしまうケースが少なくない。軀が共鳴してしまえば、自ずと心もそちらに傾いてしまい、おもしろくない。このような訳で、東京を見物される際は、無音東京にでかけられるとよい。時折そこにひとつ高次元への裂け目が現れるかもしれないからだ。右のサンタ氣取りをした犬を視てみたまえ。確実に、ひとつ上の次元を視ているであろう。耳を閉ざして、宙に隠れている無音の♪を聴けば、たちまち眼前のドアがひらけるのである。


動中の工夫は静中に勝ること百千億倍


$『草四十八手』-photo.JPG 先ほど、生徒に贈る坂村真民の詩集を渋谷でもとめていたら、うっかり白隠展がやっていたので、仕事納め前にちゃっかり道草をした。無論、説明ガイドなんてものは耳につけない。説明がたしかなのはわかっているが、やはり世間と共鳴している場合ではないのである。上の言の葉も白隠禅師の筆にある。中の字の垂直線が肥田先生ばりに長くておもしろい。他にもひとつ眼の達磨やメビウスの輪を持った布袋など、余興と遊戯に富んだ時空があるので、これぞ東京散歩という氣がしないでもない。白隠の富士大名行列には、富士の麓を大名行列が通るという風景が描かれているのだが、皆が真理を意味する富士に眼もくれず西、すなわち陽が沈み、物事が終わる方向に進んでいる。解説には、この風景画にふたりほど富士を眺めているとある。ところが、私はついうっかり五人視つけてしまった。真理を視るのであれば、二人よりも五人の方がよろしい。皆様の眼にはどう映られたか、今度お聴かせ願いたい。さて、白隠とばっかり共鳴していると、呼吸が深くなり、苦しくなる。人は一年で約一千万回呼吸をし、五百万リットルの空氣を弄ぶわけである。それをいちいち足裏まで呼吸を通していたら、白隠になれるだけのことであろう。そろそろ白隠から離れて、真面目に東京見物の話をしよう。


Anyway, be the first.


$『草四十八手』-photo.JPG 路線図に穴をあけ、喧騒と半自然の境を探し、音を消し去ってゆくと、東京にもあったんだということに氣がつく。東京の奥にはもうひとつのアドレスがあるのである。「四角い」と「円い」は云うのに、なぜ「三角い」と云わないのか私にはわからないが、地球は円い。円いということは曲率があるということで、冬の大三角形も視あげれば、実際は内角の和が180度を越えている。あれはとても三角い星空なのだ。同様に、地上の三角もそこに曲率が添えられれば、数学的理論よりも若干大きい内角が形成され、その角度から180度引き算したところに、震えんばかりの極楽がゆらいでいる。東京のよさは店や街灯にではなく、間にいびつな繊細さが具わっているが故の音密度にある。東京は寝返りをうってこちらに背中を向けていたとしても、無音の波動をきちんと関東ローム層経由で軀に届けてくれるジェントルマンなのだ。放射能やら地震やら騒がれているが、東京はそんなものでは毀れない。人が楽器であるならば、東京はさしずめ楽譜である。♪があるのに、周波数の問題で音が聴こえないだけのことかしら。耳を研げば白隠禅師。竜を杖にした後に、あれが富士だよと虚空の夕焼けを指してくれるに違いない。これから東京には頭に富士が軽く突き刺さっている方が増えるであろう。

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