庭球四十八手 その十一 | 『高堂巓古 Officia Blog』

庭球四十八手 その十一

 庭球を恋人にみたて、四十八手をお伝えしたく候。





 【第十一手】 庭球と色恋と足底筋。

 


 

 私には人様の裸足を視る性質がある。プロ意識もはなはだ希薄で、私はフォームを視ずに、人の脚ばかりを視る日日をおくっている。



 なかでも突き抜けていたのは、茶人吉田晋彩先生 のものであった。先生の傍らで坐っていると、甲に大きな坐りダコがある足が眼にはいった。ついでに足裏も覗き視ると、私は座禅などどうでもよくなってしまった。かつてアキレス腱 を切りながらも、沼地にはまったベンツをおひとりで持ち上げられたという伝説が生まれた足であった。


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『庭球四十八手』-photo.JPG  足裏の中央を縦にとおる筋肉を足底筋という。踵骨 から指先のアーチを繋ぐベイブリッジのような肉である。アーチがつぶれた容(かたち)は偏平足と言われる。これまで私はたしかな茶碗 を触らせていただいてきたが、豚に真珠情態であった。わからない。おそらく足も同じであろう。屁理屈をこねる暇があったら、静かに人様の裸足を視た方がよい。仲間であれば触らせてもらうのもよいだろう。尚、舐める まではいかなくてよい(笑)。わからなくても、本物に触れ続けるという姿勢は、コーチ側にも生徒側にも肝要なことである。


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 ところで、よい足というのは、或る一点 に体重がのせてある。 を返せば、偏平足は体重を分散させてのせてしまうからよろしくないのである。私の場合、踵骨へ綺麗に体重がのるようになった生徒に重いインソールを贈る。よく足首に重りをつけられる方がおいでになるが、インソールの方が足底筋膜が鍛えられる。MBT 等の靴と組み合わされたい。たしかなアーチに足底筋が加わると、肉でアーチが埋まり、偏平足のようになる。無論、これは次元がひとつ異なる偏平足である。


『庭球四十八手』-photo.JPG  肚(はら)の肉を視て、庭球や色恋を歩まれる方が少なくないが、私は足裏の肉を視ることをおすすめする。たしかなものには、或る種のいびつさ がつきまとう。 (かげ)のある方は皆いびつである。しかし、その不均斉さ が品格に繋がっていくのではないだろうか。アーチ男との色恋が終わったら、次は偏平足男の世界に進んで欲しい。前者は飯事(ままごと)で何も残らないが、後者には翳がのこる。萎(しお)れし花である。先日、フェデラーとナダルのチャリティマッチを視た。フェデラーの庭球には翳ができはじめているとおもう。相も変わらず、ナダルの優位は変わらないという前評判であるが、今年、フェデラーは庭球をひとつの花にまで高めるかもしれない。




 庭球の話をしなかった氣がする。私は何を伝えたかったのだろうか。お詫びに、少し。足裏のどこに体重をのせて球を打つかというのは、大切である。足裏感覚が1センチずれただけで、選手の潜在能力が ひらくか否かが決まってくる。ここはフォームよりもこだわるべき点ではなかろうか。私はただ脚を視ているだけではないのかもしれない。 




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