五ヶ国語で愛のメッセージ2

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今回は愛のメッセージを五つ紹介。

ヨーロッパの言語で、イタリア語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語は俗ラテン語と呼ばれるが、英語の場合、言語の40%は、ラテン語から来ているとはいうものの、こうして見ても少し違う。

しかもドイツ語は登場しない!!ドイツ語は愛を語れないのか。しかし、ドイツ語オペラというのもあるんだけど、モーツァルトの時代にも「野蛮でオペラには合わない」と言われたんだそうだ。


日本語も、ロマンチックな言葉を選んでここに並ぶように高めるのも悪くないが、ダイレクトに俗ラテン語で愛を語るのも悪くない。


Soccorri un pò la mia sfiducia, amico!

Aid my disillusionment, my friend!

Ami, vole au secours de ma confiance!

Ayuda un poco mi dasconfianza, amigo!

Amigo, alivie a minha desconfiansa!

(Herman Melville)


Prima diventare capace di amare, poi imparare che spirito e corpo sono una cosa sola.

First, to be able to love, then to learn that body and spirit are one.

D'abord trouuver la capacité d'aimer. Ensuite apprendre que le corps et l'esprit sont une secule et mème chose.

Antes hay que ser capaces de amar, luego hay que aprender que espiritu y el cuerpo son una sola cosa.

(Hugo von Hofmannsthal)


Può importarci poco degli uomini, ma abbiamo bisogno di un amico.

One can care little for man, but we need a friend.

On a beau ne point se soucier des hommes, on a toujours besoin d'un ami.

Poco pieden importarnos los hombres, pero necesitamos a un amigo.

Os homens podem nos importar pouco, mas precisamos de un amigo.

(中国のことわざ)


Ogni oggetto amato è il centro di un paradiso.

Every loved thing is the centre of a paradise.

L'objet de notre amour est le centre d'un paradis.

Todo objeto querido es el centro de un paraiso.

(Novalis)


L'amore è la più nobile debolezza dello spirito.

Love in the noblest frailty of the mind.

L'amour est la plus noble faiblesse de l'esprit.

El amor es la màs noble debolidad del espiritu.

O amor é a mais nobre fraqueza do espirito.

(J. Dryden)

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五ヶ国語で愛のメッセージ

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海外を目指し、スペインをはじめ、イタリアで滞在してきたグイドが、ずっとやりたかったことがある。

グイドと言うこのハンドル名も、ベニーニの映画「La vita è bella(ライフ・イズ・ビューティフル)」からとったのだが、これよりも新しい作品「虎と雪」もそうだが、どちらも「Poesia(詩)」が登場すると言う共通点がある。


この時期何回かに分けてテレビでも放送されているベニーニによる「La divina commedia(ダンテの神曲)」の朗読でもわかるように、彼に言わせると詩こそ、最高の芸術なのだそうだ。


同じ芸術でも絵画や彫刻では、ホンモノは、たった一つの作品になる。詩や小説と同じように、永遠に伝達可能な芸術は、楽譜のお陰で音楽となる。しかし、音楽の場合も楽譜は普遍的であっても、歌う人、演奏する人によってかなりの差ができるものである。


ベニーには「みんな、人に惚れてみろ。そして『詩』と言う芸術を活かして、愛ドキドキの言葉を捧げろ。たった一つの言葉でも、どれに選ぶかよーく考えることが大切なんだ。」と映画の中で言っている。


フランス語と並んで、イタリア語も愛ドキドキを語る言葉だけに、できればオリジナルバージョンで読みたい。そして語りたいでしょ?


そんなわけで、今日からこのブログの特集は、五ヶ国語による愛ドキドキのメッセージコレクションを残します。

イタリア語、英語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語の順です。


ラブラブ

Eravamo insieme, tutto il resto del tempo l'ho scordato.

We were together, I have forgotten the rest.

Nous étions ensemble, le reste du temps je l'ai oublié.

Estabamos juntos, el después lo he olvidado.

Estàvamos juntos, esqueci do resto.

(Walt Whitman)


ラブラブ

Nessuna sorpresa produce un effetto più magico dell'essere amati.

No surprise can product such a magical effect as being loved.

Aucune surprise ne produit un effet plus magique que cell d'étre aimé.

No hay sorpresa que produca un efecto mas màgico que el ser amados.

Nenhuma surpresa pode produzir um efeito tào magico como a de ser amado.

(Chaeles Morgan)


ラブラブ

Non si guarda chi si ama.

We do not judge the people we love.

Ceux qu'on aime, on ne les juge pas.

No se juzga quien se ama.

(J.P.Sartre)


外国語で愛恋の矢を語ってみませんか。ラブラブ!

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男たち

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男が女を口説くとき、必ずしもその女に惚れているとは限らない。 かわりに自分の口説きに満足感を得ている。 いずれのタイプの男も、求めているものは同じである。 グイド
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恋人は「ヒトブランド」か?

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カフェ・グッチ

日本女性Aさんの友人日本女性Bさんは、イタリア人の彼氏をつかまえてやる、と豪語する24歳。


 しかし、なぜ「イタリア人」なのか?イタリアの特に男性がプレイボーイなのは日本だけではなく、世界でも有名である。


 イタリアの国は観光をしても飽きない楽しい国で、日本人が好きなおいしくおしゃれな食べ物、パスタ料理、ピッツァ、ジェラートなどなどもあり、町並みの景観や室内の美観にこだわり、そういう環境に住むイタリア人は、まるで日本の少女漫画のモデルになったように「彫が深い顔」「まつ毛が長い」「足が長い」「お洒落」などなど、これだけモテル条件をすべて持っているイタリアの産業の一つではないかと思うくらいであり、栄光の歴史が長い人々は、持っている資源でつくられた「ヒト」が、ブランド化しているのではなかろうか。



 Bさんに「イタリア人だと言うことが条件で恋人を探すんですか?」と聞くと「だって『遺伝子』っていうものがあるし・・・」とわかったようなわからないようなことを言う。


 イタリアの女性はどうか。 グイドがずっと前に、彼氏がいるイタリア女性と恋愛してしまったことがある。


 そしてグイドが彼女に「Tu sei la sua...(キミは彼のものだからね)」「No, io sono la mia!(違うわ、私は私のものよ!)」と答えた。 シンプルで、かつズバリイタリア女性の本質を言い表した表現である。「No, io sono la tua(違うわ、私は貴方のものよ)」と答えていたとしたら、彼女は彼氏を捨ててこちら側に傾いたことを意味する。 しかし、彼女は「誰のもの」でもなく、自分が好きな人を選ぶ「人権」を主張する。 グイドは、この言葉がとても気に入ったのだった。要するに選ぶのは、男性だけではなく女性の方もどちらもなのだ。


 22日のブログにも「イタリア人=ブランド」説を書いたが、イタリア人が考えるブランドの条件としては「ブロンドヘア」「青い瞳」になるが、日本でウケるブランドとイタリア本国でウケるブランドに違いがあるようなものだ。


  ブランドとは、その会社だけが持つ商標であり、品質とデザインの保証であり、「ヒト」でたとえると「血統」のようなもので、オギャーと生まれてきた時点で、「ブロンドヘア」「青い瞳」「彫が深い」などが、もう決定してしまうので、後天的に、日本人の「背が高く育った」とか「育ちのお陰でカッコいい顔やスタイル」「自分の顔、スタイルにあった、そして時代やコンセプトからセレクトしたお洒落」「話題豊富で知性があり、とても楽しい」などの条件を揃えていても、Bさんのような人は目もくれないのだろう。


 ブランドの真似をするのは、コピー商品と同じであって、見苦しい恥ずかしいことである。 真似をするからよくない。別の路線のオリジナリティーを出すべきだ。 日本人が髪の毛を金髪に染めたり、青い瞳のコンタクトレンズを入れて歩いているのがそれに当たる。これは日本国内では多くなってきているが、外国人からは、ヘンに思われている。女性が髪を栗色に染めるぐらいならいいが、西洋人とまったく同じになろうとすればするほど、ぎこちなさが目につく。


ブランド品は、確かにおカネを出せば買えるが、それを持つ人が、ブランドとつりあわなかったら、せっかくカッコよくしようとしても、かえってオカシイ。


以上がブランド志向なのだが、ブランドを十分楽しんだら、「品質重視」の見る目を養って見るのもいいと思う。 実はその方がヨーロッパ志向だったりする。


  そのうち「MADE IN ○×」という生産国も問題ではなくたって来るだろう。 馬や犬猫なら血統にこだわるものだろうが、あくまで「しあわせ」をテーマした、このブログからのメッセージとは「自分の向上のための出会い」であって、別に「イタリア」でなくてもかまわないのである。

恋の物語?

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 「恋の物語」と言っても、グイドのことではない。 しかも「恋が芽生えた話」でもない。 


というのは、去年の年のはじめ頃イタリアのやってきたEさんは、イタリア人のための日本語教育の学校で、研修員として勉強するためという名目はあったものの、その後は、日本語教育については何もしないでいたので、イタリアに来ることが目的だったのだろうと今では思うのだが、調理師の免許をもっているというので、寮つきの飲食店を紹介し、ずっと働いていたのだが、この土曜日に寮から荷物を全部引き上げて、以前住んでいたところにまずは移り、飛行機の出発待ちに入るようだ。 


グイドは、彼女の荷物と彼女の移動を手伝うことになった。 


グイドが主催するイタリア人との合流パーティーにも何度か来ていたし、飲食店で働いていた時、とても固い仕事のイタリア人が、彼女の仕事が上がるのを毎日のように待っていたのを知っている。 しかし、彼女はあまり熱くなれなかったようで、この男がイタリア語をほとんど単語でしか話さないのもがっかりさせられたとも言う。 


以前、イタリアのスーパーマーケットの重役と知り合って、家に招待されながらも、キスを迫られてそれから会わなくなったというし、彼女は日本にいる頃、ある男性とずっと仲良くやってきたが、その人はすでに結婚している。その男性に親元は彼女との結婚には反対されたのだそうだ。 傷ついたままイタリアに来たのだろう。 


これは飲食店のオーナーの話だが、最近になってめっきり仕事のやる気がないのが目立つ。 

もうやめてほしいとのことだった。 


海外生活は特にそうだが、人生は宝探しに似ている。 

海水浴場の砂浜の、砂の中に埋もれている宝は、掘り出さないと見つからない。 仕事の宝を探すか、恋の宝を探すか、それはその人の価値観による。 

どちらも見つける場合もある。 「いよいよ明日から引き上げるのだね」 彼女がイタリアに来た時もグイドが車で向かえ、そして彼女が出発する時も・・・。Eさんにとってのイタリアは何だったのだろう。

夏の人生、人生の夏

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sabrina リミニの場所


 あのマジメ派のマルティーナでさえ、10代の頃の夏は、リミニでバカンスをして、ビーチで出会ったオトコと「楽しんだ」と告白する。  


そりゃ日本でも現代は現代らしく生きているわけで、実際男性より女性の方が長けているものである。 


toshiomanga ドキドキ


オトコがランキングを競っている間にオンナの方がオトコに目をつけているわけで、つまり選ばれるわけなのだ。 

オトコは「口説いた」つもりでいるだろうが、彼女らは、口説かれる前からチェックしているわけで、ニッポンの女性が進んでいると言っても、地中海のラテン女性の進み具合とは比較すること自体ナンセンスなのかもしれない。 


TOZAI調査では、イタリア女性は10代に自由恋愛だが、20代に入ると意外にひとりの彼氏に決めている。 30代では、結婚や離婚の動きが多く、その後また「楽しむ」ケースがある。 宝塚歌劇団のファンの年齢層と意外な一致をする。 


夏とは人生の20代に当たるのだろうか?  晴れ

稀な相思相愛な相性

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Tシャツのデザイン

    恋愛では、片思いもあれば、片方が本気、片方が遊びだとか、なかなか簡単に行くものではない。 だからこそ、これほど気になる話題はないのだが。 


個人個人の男女の恋愛があるように、今日のように国際社会であれば、まず、あの国が好き、あの国が嫌い、なになに人が好き、なになに人は嫌いという見方をしがちである。 


本当は、そういう見方をするべきではなく「世界のどこかの○×さん」であるべきで、その○×さんが、どんな人であるかという「個人」を理解するべきだろうが、そういう人間が出来た人は、そう簡単にはいないものだ。 先週日本からやってきたあつこさんは、ミラノの学校で、20代の日本人女性と知り合って、「私、絶対イタリア人のオトコをつかまえるゾ!」と、やる気満々に言ったそうだ。テレビ 


それを聞いた自然体のあつこさんのほうは、抵抗を感じたという。 しかし、そのあつこさん自身も「日本の女性はモテルからねえ~」と自信を持つ。 

イタリアの男性と日本の女性。 


世界のモテルモノ同士の相思相愛も悪くないだろう。 


しかしグイドは、どうも引っかかるのである。 シラー


グイドが日本のオトコで、その定説からはずれているだけで考えるのではない。 

そうだとしたらヒガミだと思われても仕方がない。 


世界には何十億という人々が住み、イタリアの人口は5千万人もない。 男性が半分として、2千数百万人。 小さい子供や老人、真面目な既婚者などを引くとせいぜい500万人くらいを対象にいsていることになる。 大まかに日本の人口はイタリアの倍くらいとすると1000万人くらいの日本女性を対象にすることになる。 日本というのは一斉に「右へならえ」の群集心理が働くが、イタリア人の男性でどのくらい日本人女性に興味をもっているだろうか? 


それにしても日本人女性がいるところには、イタリア人男性はやってくるのは確かだ。 

イタリア人女性がTOZAIにやってくると、まず「日本文化」だとか「アニメ、マンガ」だとか、何か目的があって日本に興味を持つもので、その延長として、相性のあう日本男性と出会うこともある。 桜


どこの国でも女性の方が、頭がいい。 

女性が男性を選ぶわけで、選ぶには理由があるわけだ。 日本に住んでいると、日本男性までが納得しているその定説に洗脳されてしまい、自己分析をしての判断が鈍ってしまう。 


日本のどこかのエージェントが「海外の教会で結婚式が出来る!」と謳うと、よさそうだからそうしようと、参加するが、キリスト教の人が見ると首をかしげる。 ロケット


そういう部分からも日本社会の特殊性が見える。 しかしそれをかえることはできないだろう。 

グイドもその流れを変えるつもりはないが、その流れに中に溶け込むつもりはない。 

いずれもこれだけ稀な相思相愛な民族が出会ったのだから、そこに何が創造できるか行くところまで行って見るのも興味深いではないか。 

グイドは、何十億の地球人を地球の外からそっと見守っている。 UFO


自分の目

 

スーパーモテル

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モテル

  このブログのタイトルを「モデル」だと早がってした人もいるかもしれないが、ここでグイドは自分のことを「モテル」のだと書いていたのだ。ハハハ・・・ と、言うのは、この日の前日の深夜パーティーに招かれ、車を飛ばして他の人に遅れて登場。 イタリア人男性がたくさん、日本人男性が別にひとりと言う他のオトコたちをさしおいて、まずは女性たちへ先制のギャグを連発。 グイド流がウケて周りの女性が「写真を撮りましょう」と言ってくれたのでワンショット。 すごくいやみなヤツになってイヤミなブログを書いてしまった。   きっとたくさんの読者さんから嫌われるだろう。 でも会場では、みんな笑っていた。「モテル」、つまり「面白い」とちょっと注目されたところまでで、グイドはちゃっと喜んでいる。それを知っていて計算している。 その後、誰より先にパーティーの場から退場した。

出かける楽しさ

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 イタリアの女の子

 やっぱり夏はいいな。 今朝、納税者番号の業務内容変更の申請と言うややこしい手続くをしにある機関を訪ねる。 隣の窓口にある女性、イタリア人にも見えるが、イタリア人でないアジアか南米の混血ようにも見える。 イタリアに来る前から、スペイン人と並んでイタリアには美人が多いとは聞いていた。別に美人タイプでなくても、イタリア人でなくてもいいが、こういう国に来ると「いい女」に出会う確立が高くなる。もともとイタリアならなんでもいいというのではないから、どこの国でもいい女はいい女である。 そしていい女を作る国というのがある。 女性がイタリアでいい女に変身したら、その後どこへ行ってもいい女である。 そういう女性に相応しい男になるよう向上心も沸くし、いい女を見たとき、まず「話し」ができるかどうか。デートに誘えるかどうか。結果を恐れるたり、期待をしすぎるのではない。なるようになるものだ。ここで男性側から女性に対する見方を書いても、その逆もちゃんと当てはまるだろう。 レストランのために食品を買いに問屋に寄る。 ここでは顧客データを登録してもらってカードを発行してもらわなければならない。 待っていると、スラッとした美しい髪の女性がコピーをとって受付の女性に質問をしようと待っている。 いい女だ。 周辺にもう一つの業務用食品卸売り問屋があるらしく、どこにあるか聞いて見るとスラッとしている方だけがどこかを知っていた。これで話すきっかけが出来た。この会社を立ち去ったあと「何で日伊文化協会チラシを渡さなかったんだろう」と考えたが引き返さなかった。 なるようになるからである。 縁があれば。 夏はいい。生きる事は喜びである。

誘惑の甘い夏

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  今のところTOZAIで収入があるのは日本語教室のみだが、2年目に突入し、かなり定着してきた。いよいよ来週の日曜日は、日本料理教室寿司刺身の周辺である。と言うより、イタリアの寿司ブームに乗った寿司刺身教室というところである。 ここで一本が2本になった事はすごい発展である。 人に任せてすぐに終わってしまうのが心配なグイドは、最初は自分が手塩をかけて定着させてから人に頼む。 この寿司刺身教室がやっと実現なのも、たまたまローディーのシャンティラウンジに協力したことがグイドに決意させた。 4月23日「仕事に恋」で書いたように、あのシャンティラウンジには、日焼けサロンを経営するMさンと言う常連さんがいる。 彼女は、半分がサーモン、半分が海老という特別メニューをいつも注文し、それほどまでにお寿司が大好きで、男性と来ることがほとんどない、もしかしたらオリエンタルマンが好きなのかも? マーケッティングの修行から得たカンから、ここはグイドが、なんとかしなければならない。彼女を助けなければならない。 それと同時に、寿司を作る二人の日本人女性が、あの町で素敵な恋をしてくれるようヒントを与えてあげないといけない。 積極的に行動するとは、どういうものか、見本を見せなくてはセンパイとは言えないではないか!(と、まあ、理由を考えて)Mさんは、小柄でスリムなナイスバディー、栗色の髪に、さすが日焼けサロンで焼けた肌が素敵な女性だ。 夕方7時以降は、日焼けサロンの駐車場で、駐車料金がかからない今がチャンスだ。(偉大な野心のわりにはセコイ) 歩いて少しのところにお店がある。 その通りには、彼女のお店に到着する前に、ビューティーサロン、自然食品店と並んでいるため、それぞれ相乗効果をもたらす。さすがMさん、経営の才能あるな。 ビューティーサロンは、一元で入りにくいが、自然食品店では、日本的なもの、たとえば「みそ」「とうふ」「番茶」「すり鉢」などを売っているというだけで日本人のグイドが関心を持つ理由は十分にある。 お店の人が歓迎してくれる理由もある。 その前に日焼けサロンに入り「シャンティラウンジの協力者ですが・・・」と言うと、彼らはよく知っていた。 しかし、あのMさんがいない!!自分が来た事を知ってもらうため、自己紹介という理由でTOZAIチラシを渡す。 やはり簡単ではなかった。 ついでだから隣の自然食品店に寄ってみる。 やはり「シャンティ」は有名で(こういう小さな町で、日本がらみのお店と関わることの効果も、グイドの戦略だったのだ)、お店のEさんという女性は、とても関心を持ってくれた。 グイドは、日焼けサロンにいたことをすっかり忘れるほど居心地がよかった。 「ときめき」より先に「居心地」の重要性を知っているグイドだった。 すっかりいい気持ちでお店を出たグイドは、駐車場の車で、今度はシャンティによる。 オーナーのアルベルトには、日焼けサロンに行った事は言わずに(彼は常連さんには、ヘンなイメージだけは持たれないように、と言われている)自然食品店に言ったことを報告すると、またまたシンクロ。 実は自宅からシャンティまでの間に、田舎の家を改造したようなレストランがあり、それを以前アルベルトに紹介して、そのレストランのオーナーラウラもシャンティに通うようになったかと思うと、このふたりができていたというわけで、自然食品店で働くEさんもまた、ラウラのお店をよく手伝いに行くと言う知り合いだとわかった。 アルベルトはまたまた感激。早速何かカクテルを飲むか?と言ってきた。 グイドは「カンパリ・レッド・パッション!」と言いながら、カンパリをベースにしたカクテルを頼む。 アルベルトが、開発されたばかりの「カンパリ・シェケラート(カンパリ・シェーク)」をつくっている間に、寿司を作る二人の女性のところへ行き、グイドは日焼けサロンに寄って来たぞ。と報告。 それに刺激されて、二人は、彼女らの同僚が、グイドが開催するTOZAIイベントによってたくさんのカップルが生まれタコとを思い出し「あの人どうしてます?」と言う質問が始まった。 これで希望を取り戻してくれるたらいいのである。 こうしてグイドは、ここの人たちみんなに「心地よい出会い」の姿勢を自ら見本を見せながらも、グイド自身は、結局は友達作り、人脈作りに落ち着いて、そのつながりが仕事につながって行くことに落ち着くのである。 カンパリ・シェケラートができあがり、お試しサイズの寿司をつまみに頂く。ビターな大人な味のカンパリが喉をとおり、ガラス張りが一面となる店内から見える外の景色は、夏の日差しで染まる。 自分の行動や言動で周りの人にどんどん幸せをする。 それが大人というものだから。