ilmontu

   一人でゆっくり落ち着いて試飲が出来るオルトレポー・パヴェーゼの丘にあるワイナリー 。お洒落なレストランや、アグリトゥールズモの宿泊施設 もある。

ぜひ、みんなに紹介したい場所。りんごのグラッパもおすすめ。

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よう子さんとまみさん

  なんたって、しあわせ発見を最優先するヴィータフェリーチェだから、イタリアを知る、イタリアへ来て何かを得る、イタリアに住む・・・とは一切関係なく「幸せ」を、得られてもそれはいいのだが、「イタリア」という道具を使って、「幸せ」を得られるというシステムを開発した我らは、ここで、その一例を紹介しよう。


  ミラノによう子さんとまみさんがやってきた。イタリアへは、はじめてやってきた彼女は、ローマ、フィレンツェにも寄った後、ミラノでも、ドゥオモやお城の観光で、感激してもらい、ようこさんの「目的」である、イタリアで仕事を探す→イタリアに住む、と言う計画の開始である。


  ようこさんは、東京では、和食の厨房で働いている20代の女性で、そのためミラノにある日本料理店を紹介することにした。グイドは、当地のP店のオーナーと15年のおつきあいがある。


  住むために必要なものとは、まず、ビザ。就労ビザは、まず困難な現在、学生ビザを取得するだけでも、留学として、せめてイタリア語の語学学校に通わなくてはならない。同時に生活するためにも、イタリア語は不可欠だ。その語学学校が、入学の証明証などを発行したら、それを持って日本で(東日本在住者は東京のイタリア大使館、西日本在住者は、大阪のイタリア領事館)ビザを取得。イタリアで居住できる家を探し、そこを住所として、現地の警察署で、滞在許可証をもらい、飲食店に勤める場合は、保険所(ASL)での、講習を受けるなどして、保険手帳を取得しなければならない。


  こんなにたいへんなら、幸せとは言えないって?だから、ヴィータフェリーチェが、お手伝いするんじゃないですか。

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女性

  ここ、ヴィータフェリーチェオフィスには、なぜか女性が集まってくる。オレ達が持つ、外部のコンタクトも、多くは女性で占めている。ここでは、朝から晩まで女性によって世の中は動いている。女性よ有難う。

  女性に感謝しつつも、さらに女性を受け入れようではないか。


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ラテンヤマト

日本 イタリア地図

 ラテン系と言うと、普通「明るい」「アバウト」「よくしゃべり、よく笑い」という、まるで、ある人物のことをよく知っているごとくイメージが普及しているが、そもそもラテンとは何から来ているのだろうか?

 

 紀元前8世紀頃のイタリアには、ケルト(ガリア)人、エトルリア人、ラテン人、サムニウム人そして、ギリシア人らが住んでいて、のちに地中海を制覇するローマ人はラテン語を話すラテン人。その周辺をラティウムと呼んだ。地中海の東側ではギリシア語の通用度があまりにも高く、ローマ帝国はバイリンガルだった。

 ローマ人は、エトルリア人はもちろん、いまだ蛮族が住んでいたガリア(現在のフランス、スイス、ベルギーなど)、イスパニア(スペインやポルトガル)、ブリタニア(イギリス)やゲルマニア(ドイツ)を征服し、それぞれの土着の言語にラテン語の影響を及ぼし、それが進化し、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語などになった。イタリア自身もラテン語から離れた言葉を話しイタリア語が生まれ、伊、仏、西、葡には特に影響を与え、ほとんどラテン語の面影を残すことから「俗ラテン語」と呼ばれている。


 コロンブスがアメリカ大陸を発見して以来、メキシコから南の国々では、スペイン語、ポルトガ語という「俗ラテン語」を公用語にしている国々を「ラテンアメリカ」という。確かにスペイン人、イタリア人、ポルトガル人の移民が多いのは確かだが、ラテン人の末裔というには、その血統からして無関係に近い。


 現在ラテン語を一般会話で使う人はなく、「僕はラテン系というくらい明るい性格でね」というのは、南米のイメージを指しているのが一般的だろう。それ自体は自慢できることではない。


 多くの文献によると、本来のラテン人であったローマ人は、妙なところで日本人との共通点を持っていたそうだ。そして、現在のイタリア人はどちらかというと他のヨーロッパ諸国の習慣に近く、これはローマ帝国崩壊後に蛮族であった人たちが支配してきたことやキリスト教の影響などによるだろう。


 日本人との共通点とは

1、温泉好きで、浴槽に浸かりよく体を洗った。

2、肉はほとんど食べず(今の日本人の方が欧米化している)小麦や魚などを主食にしていた。一方、蛮族のバリア人やゲルマン人は肉をよく食べていた。

3、道路は左側通行だった。

4、家族での男の意見が強かった。(現代イタリアは逆)

5、お見合いのように、親が結婚を決めるのが一般的だった。

6、家の中にあまり家具がなく、また、シンプルな服装をしていた。

7、名誉を重んじるゆえ、恥を世間にさらすくらいなら自害を選んだ。(日本の武士道、切腹に似ている。自殺は地獄へ送られるという考えもキリスト教以来)

8、あらゆるものを神と信じる「多神教」民族だった。(日本の神道、または仏教や神道、キリスト教まで一緒くたにする日本人をも当時のローマ人なら理解できただろう)

9、平均身長は男165cm、女155cm(もちろん現代はイタリアも日本も平均身長は伸びているが)当時からヨーロッパでは小柄な民族だった。

10、組織力に優れて、組織で動くことに優れていてことで、エトルリア、ギリシア、ガリア、ゲルマンなどと戦っても勝つことが出来た。(現代イタリアは、ヨーロッパでもこの部分が特に劣っている)

11、亡くなった人を火葬する。(現代イタリアは、大部分は土葬)


 これらは見ると、当時のラテン人のイメージと、南米を指して「ラテン」というのとは違うものだとわかる。もちろん、2千年前とは、価値観も変わっている。

 ラテン人とはもともと民族の名前だから日本人を「大和民族」というのとかわらない。もしも、2千年前にローマ人と現代の日本人が出会えたら、この二つの民族は、共感しあっていたかもしれない。


 そんな想像をしながらイタリアにある現代と過去を探ってみると、一度崩壊した文明をアングロサクソンではなく、大和民族の手で復活させていたとしたら、世界はまた違うものになっていただろう。(一般に常識とされているのとは反対に、我々の方がよほど平和を愛する民族だと思うのだが)。


結論・・・

「ラテン・ヤマト人」になろう。


 

 日本人がイタリア好きで、イタリアへの関心が、イタリア人を見ると多少のズレがある。日本人向けのイタリア関係の情報誌やサイトを見ると、イタリアの観光名所、その場所にある建物の説明、世界遺産、歴史、イタリアのお料理を作る、イタリアの男について、などなど・・・。


ずれているのだ!!

 

 料理を作ると言う情熱は、イタリア女性にもあるが、「料理」の前に「イタリア」がついているのは、やはり外国人からみるからであり、イタリア女性なら「おいしい」が前につくだろう。確かに、イタリア人が自国の料理に誇りと自身と信頼をよせているのは確かだ。しかし、彼らにとってイタリア料理が普通の料理であるだけに、それ以外は、「珍しい料理」なわけ。要するに、イタリア人はカルチョッフィ(アーティチョーク)やカッペリ(ケッパー)、ズッキーネ(ズッキーニ)、ペペローニ(ジャンボピーマン)、ルーコラ(ロケットサラダ)を珍しい素材として目を輝かせるのではなく、簡単に手に入る材料だと思って使うと言う点である。〈( )は日本での呼び名〉


 イタリアのオトコも料理と同じ扱い(?)かも?特に日本の女性にとってイタリア人の顔が好きなところは、1、まつげが長い2、鼻筋が通って堀が深い3、頭や顔が小さい・・・などである。

 しかし、イタリアの女性からは、そういうリクエストではない。意外にも女性が男性の胸やお尻がセクシーかどうかも採点にあがり、ある番組のインタビューでは、「切れ長の目が好き」という女の子もいた。ないものねだりか?


 最近日本では、しかも女性に「イタリアの」サッカーが熱いようだ。数年前にはいなかったこと人たちが、なぜ「イタリアの」サッカーなのか?日本や韓国が強かったら、イタリアセリエAのことなんか忘れてしまうだろうか?まず、強いことは必要だが、「イケメン」をアイドルとして、イタリアでは男たちが常にサッカーを話題にする、その話題を共にしたいと言う真理ではないだろうか?


 さて、イタリア人の話題を知るには、巷の新聞や雑誌に目を通せばいい。


 今朝も電車から地下鉄駅までに3種類以上の無料新聞が入手できる。今朝の一面は、昨夜もテレビ放送された、ダービー戦「インテルxミラン」だ。TIM杯(イタリアの電話局)では、インテルが優勝、2位がミランといずれもミラノ勢が並び、トリノのユーヴェントゥスがそれに続いた。という話題のすぐ下・・・。


 

ADRIANA SKLENARIKOVA

Adriana

ベルリンの118,5cm最も脚が長いモデル。身長186cm。

それにしても、イタリア男性の背の高い女性への憧れって、ヘン。(最近は平均身長も上がったらしいが)昔からヨーロッパのオトコたちの中でも背が低かったコンプレックスか?

Krista Allen

krista
カリフォルニア出身のポルノスターが、ジョージ・クルーニーと彼のコモの別荘 でバカンスを楽しむ。

一応場所はイタリアのコモだから地元の話題として読めるけど、結局アメリカ人同士のゴシップだよね。

 このような話題で新聞の読者を増やすと言うことか。無料新聞でも、広告収入のお陰で発行できるのだから、多くの人に読んでもらわないといけない。イタリアのテレビもこんな感じである。なに?日本も似ている?

そんなイタリアの惚れました。ってね。


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田園

 7月15日。8月にほぼ一ヶ月ほど、バカンスに行ってしまうのはわかるが、それより半月も前なのに、もうすでに静か!車はあまり通らないし、人は少ない。

 もう、海や山へ行ってしまったのかもしれない・・・続きを読む


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 現代のイタリアにいて、永遠にいいものはなにかを調べても、イタリアの事を知ろうとしてイタリアで発行されている本を読んでも、進歩した社会と思われていることがユリウス・カエサルの時代から始まっていたのがわかる。日本では、かの塩野七生さんの「ローマ人の物語」が、あまりにも詳しく書かれている。その辺のイタリア人はもちろん、イタリアで発行されている古代ローマ関係の本も舌を巻くほどの内容の濃さで、この作家が、日本人であったことは、日本人にとってたいへん幸福なことだったとも言える。

皇帝

 ユリウス・カエサルについては知れば知るほど感心する。彼は40代に入ってやっと政界で活躍を始める。それまでのカエサルは、女たらしばかりしていたのだ。しかも、お堅い元老院の人妻にばかり手を出して、その時期600人と言われた元老院議員の3分の1の妻たちと、しかも公認で愛人関係を持っていたそうだ。

 今から2000年以上前、キリスト教到来前の古代世界のモラルは今と違い、政略結婚は、当たり前で、しかも、結婚は永遠とされていなかった。現代になってこそ、バツ一、バツ二だと言っているが、古代では誰も疑いなく結婚と離婚を繰り返していたと言う時代だから、その方がおおらかで、古代に戻ったのかもしれない。

 ローマ時代の女性たち

 さて、カエサルと言う人は、こういう面ではたいへんおおらかな人で、プレイボーイだったのは、お目当ての女性に高価な贈り物をしたからだが、そのお陰で天文学的な借金をもっていた。その借金を悪とは考えなかっただけでなく、3党政治の一角であったクラッススへの借金を逆に利用した。クラッススは、ローマ一の金持ちで、カエサルの借金を返済してもらうためには、カエサルを出世させてもらおうと手を貸さざるを得ないと言う方法で逆に利用した。このマイナスと思われる要素をプラスに換える発想と、その信念には恐れ入るが、やっぱ真似できない。


 彼の人生において、人の心を動かす言葉の選び方、有効なシステムを考えつく発想、これが彼の天才である。


 カエサルはローマの皇帝にはならなかった。初代皇帝はカエサルが遺言書で後任に選んだオクタヴィアヌスで、のちにアウグストゥスと呼ばれる人物だ。


 この時代は、戦争に勝たせてくれる最高司令官であることも政界で出世する手段でもあった。彼は文才にも長けていて有名な「ガリア戦記」を元老院への報告書として書いたのが、当時でも読み物として発行されたのだが、当時ガリアと呼ばれた地方が今のフランス、スイス、ベルギーあたりで、ライン河から東にはゲルマン人が住んでいた。当時ローマは新興国で、当方のアジアやアレクサンダー大王が征服したギリシア世界が文明の中心で、アルプスの北の民族は「蛮族」と呼ばれていた。彼の書は、ただの戦記にとどまらず、ガリア人、ゲルマン人、ブリタニア人の風俗や習性などを知る知性高きものだった。これらの民族と戦いながら、また平和をもたらして、それまでローマの派遣の北側が欠けていたのに、ガリアを征服してこそ、イタリア半島の周りをすべて統治した帝国を作り上げた。

レギオン 軽装歩兵

 現代の世界地図を見ると、カエサルの時代の先進国は、もっぱら観光だけが資源のような国々に転落し、カエサルが征服したガリア、ローマ人として始めて上陸し、ローマ人の強さと技術力を見せつけたブリタニア、ライン河にパフォーマンスとして技術力を屈指して、木の杭を川底に打ち込み橋を作ってゲルマン人を驚かせたりしてカエサルが文明をもたらしたこれらの国々が、現代の先進国になった。

 つまりカエサルを機会に世界が変わったのである。

 elmo

 これらの戦いは、派手でわかりやすさから有名ではあるが、カエサルの才能は、戦争中でもそうだったが、政治であり、彼は将軍である前に偉大な政治家であった。

 

 現代の政治は、本当につまらないし、皆が政治への関心をなくし、政治家が好き勝手をやっている。

 現代カエサルのような政治家が現れたら世界をもっとよくなるだろう。


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  我々は、イタリアの経済をになう北イタリアでの可能性を知った上で、イタリア文化エッセンストスカーナに進出するため、これまで筆者があまり知らなかったマレンマ地方を訪れた。

 地元の夫婦に案内され、私は車で、彼等の車の後を追った。前にも書いた、素晴らしい景色のあと、我々が立ち寄ったところには、なにやら奇妙な建物が建っている。

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 この教会サン・ガルガーノは、火災で天井がすっかりなくなってしまったそうだ。もともとカルトジオ会修道院に属し、騎士であったガルガーノの名前から取っている。

 

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 隣に低い丘があり、丘へ上がる小道の回りはブドウ畑。その頂上には、洗礼堂がある。

 これらいずれの建物も、ほぼ西暦1000年に建てられたもので、洗礼堂は、外から見ると筒状になっているのだけがわかるが、内部から見ると天井は<球>の形、つまり、円蓋になっている。煉瓦の建物が中世を思わせ、アドリア海のラヴェンナにあるガラ・プラチディア納骨堂とも共通点がある。いずれも初期キりスト教時代のロマネスク様式だが、丸天井は明らかにローマにある古代に建てられた<パンテオン>の影響を受けている。この洗礼堂の中になんとイギリスの話になってしまっている「岩に刺さった剣」があるという。

spadanellaroccia

 伝説によると、騎士であるガルガーノは、キリスト教の教えに感動し、人の血を流す騎士をやめ、これからは宗教に余生を捧げようと、自分の剣を岩の中にスルリと差し込んだと言う。そしてその剣は誰にも抜くことが出来ない平和のシンボルとなり、この洗礼堂のご神体として保管されてきた。

 このおとぎ話一つをとっても、あのイギリスはイタリアからヒントを得たと言うことがわかる。

 ウルビーノ公ロレンツォの娘カトリーヌ・ド・メディチは、1533年に、当時野蛮な国だったフランスでも、優雅な暮らしが出来るよう、優れた料理人・菓子職人たちを伴い、後にフランス王となるアンリ二世に嫁いだと言う話は有名。
 彼女が連れて行ったイタリアの料理人のレシピが、現在のフランス料理の基礎となったと言われています。 そして、フィレンツェの仕立て屋はフランスのファションの基礎になったとも言える。

 もともとイタリア語の基になったのは、ダンテの「神曲」に書かれている完成度の高いトスカーナ方言であるし、フランス語、スペイン語、ポルトガル語という俗ラテン語はもちろん、英語、ドイツ語、ロシア語にまで影響しているラテン語というのは、古代のローマ人の言葉なのである。

歴史あるイタリア万歳!


 

 ローマ帝国にしても、カトリックにしても、地中海のイタリア生まれであれば、「快感」を求めるか、あるいはそれを規制することにより、より関心を高めるのが、イタリアではないだろか?  

  もともと男性というものは、(臭覚を除き)視覚により性的興奮を高めるという。つまり、エッチな場面とかセクシーな女性を見るだけでも快感を得られる。

 一方女性というのは、話を聞いたり、本を読み想像する、その事柄に性的刺激を得る。男が女に殺し文句を聞かせることによって、つまり口説く事によってオトすわけだよね。  

 イタリアが誇るルネッサンスに注目してみると、ボッティチェッリのビーナスの絵やミケランジェロ作ダビデの彫刻などなど、男女の裸がゴロゴロ出てくる出てくる。  
 イタリアのテレビをつければ、クイズ番組だといっても、パンチラで、胸をバーンと出した女の子が、数人は必ず出てきて踊りだす。  
 イタリアのファションといえば、確かに露出するものだけとは言わないが、例えば日本では、服は肌を隠すためにあるようにしている傾向に対し、イタリアでは、圧倒的に肌をいかに見せるか、と言う道具のように見える。  オレは、日本にいるときからずっと漫画が好きだった。 イタリアには、それほど漫画文化が多くないが、日本でも知られているブルーノ・ボッツェット。ずっと昔には、トポ・ジージョ(マリア・ペレゴ)カリメロ(アントニオ・パゴット)という子供向けのアニメ、キャラクターなどが日本でも紹介された。 オレは、15年くらい前にイタリアで知り合った漫画家の家に行き、彼のホンの中にあった漫画家「ミーロ・マナラ」(写真の作品も)の存在を知らないまでも、その絵が性的刺激を得るのに十分だというものを発見した。 しばらく、その作品を書店で見つけて何冊か持っていたが、残念ながらどこに行ってしまったかわからない。 しかし、インターネットで検索すると出てくるので再チェックし始めたのである。

アユタク
イタリアに住んでいればイタリアの情報は溢れている。近所で誰がどうしたという話だって情報である。しかし、膨大な情報の中から、何を選び出すかは、個人の関心次第であり、こんなこと、あんなこと、知らないからといってどうっていうことはない。昨日、日本から大貫江理子さんが、夕方18時ごろの便でやってきた。この時刻に飛行機が着いても、シャトルバスでミラノへ出発するのが、19:20で、ミラノ中央駅に到着したのは20:20。そこで彼女に出会って、今度は、当ヴィータフェリーチェのサービスのひとつである、ミラノでシェアをして滞在できるアパートにタクシーで行き、一通り落ち着いたら夜の9時を過ぎてしまうのである。 さて、彼女は、私が喜びそうなお土産として、日本の週刊誌を持ってきてくれた。新潮と一緒にAREAも一緒で、表紙を見るといきなりイタリア人女性の顔ではないか!(イタリアに住んでいると、顔を見ただけでイタリア人だとわかるようになる)この女性はメリッサ・P(イニシャルだけで、姓をフルで書かないところもペンネームっぽくて、なかなかいい)という19歳の作家で、去年カターニャの高校を中退して、ローマの高校に在学中だという。1985年伊、シチリアのカターニャに生まれる。私が1988年にヨーロッパに移住し始めた頃彼女は、まだ3歳だったことになる。 90%は実体験に基づいた内容の小説「お休み前にブラッシング100回」は、SM、ドラッグ、レズビアンなどボーイフレンドや家庭教師らとのセックスの体験を書いたもので、本国イタリアでは90万部以上(国民約60人に一人)売れ、日本でも翻訳される予定。国境を越えて10代20代の女性からの反響があるらしい。 イタリアというとカトリックの戒律や結婚に対してまで教会が介入してくる社会で、その影響が大きい南イタリアの彼女がこういう。 「結婚は単なる制度。愛する人がそばにいればそれでいい。」 この週刊誌でも、日本の結婚しない女性を「負け犬」と呼んでいるが、彼女は、結婚で勝ち負けを決めるのをおかしいという。カトリックの影響がもっと強いむかしほどイタリア人は愛を語り、男女のセックスに関心を注いだ。戦後、モダンな考えとして、離婚も合法化され、自由を獲得した反面、結婚に対して幻想を描く人々が先進国から消えてゆく。それは進歩かもしれないが、同性愛者や増え、少子化で子孫が残らないという社会的な弊害もある。 何が正しいとは言えないが、結婚という制度が、人を追い込むくらいなら、「勝ち負け」で使われる日本社会で重要視しなくてもいいではないか。愛する人といることが重要である。

アユタク