今日のお昼、あのFMたんご「みゅ~じっくぱふぇらいぶ」でまた、リクエストが採用されました。前もって局のほうにメッセージを送りましたがどうしても長文になってしまうのと、2曲を一緒に聴きたい理由はメッセージの通りですが、うまく編集して1曲かけてくれました。もうアニメのペンギン状態です。
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みゅ~じっくぱふぇらいぶ(火)
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み帆さん、せばやんこんにちは。1週間のご無沙汰です。先週メッセージとリクエストをお送りしました丹後出身ミラノ在住者です。
前回幼少のころイタリア語の曲のおかげでイタリアに住んでしまった経緯とその曲をリクエストしましたが、あれから一度過去を思い出してしまったことから、丹後で過ごした高校生のころの記憶がよみがえってしまいました。
ちょうどうちの息子が来年高校生になるので、ン十年も前の自分が十代だった頃のことを最近のこと以上に覚えているのは不思議な気分です。
リクエストに二曲お願いするのはできないかもしれませんが、それぞれの曲に一人の女性の思い出があり、続けて二曲聴くと完全にあの頃の気持ちになってしまうので、今回だけぜひお願いしたいです。
私たち丹後で青春を送ったものは夏休みにアルバイトをすることと、一人で電車に乗れるようになったことで、京都や大阪に行って遊んでくるのがステイタスシンボルでした。ある人の紹介で高校二年の夏大阪の喫茶店で住み込みんでアルバイトすることができ、そのお店のウェイトレスの一人が、これまで見たことのないような髪の毛もアイラインも色とりどりの同年代の女の子だったのに、カルチャーショックを受けたのでした。その奇抜さに圧倒され、その頃それが恋愛なのか、尊敬の念なのかわからなかったのですが、喫茶店でかかっていた曲を「アンちゃん(アンルイスが好きだということで自分につけたニックネームで、自分のことをそう呼ぶのも今思えば変わった人だった)この曲すっきやねん」と、その曲がTINA CHARLES - I LOVE TO LOVEでした。
(こちらはかけてもらえませんでしたが、ちなみにこちらです。 https://youtu.be/5e1Ti6-DKDk )
イタリアに住んでいる今、振り返ってみると私にとって大阪はイタリア以上に外国だったような気がします。
(実はこの2曲は、二人の女性のタイプの比較論として重要なところだったんですが・・・。)
夏休みが終わり丹後に帰ったころ、学校のクラブの友人が紹介してくれてほかの学校の同級の人と付き合うことになったんですが、大阪のウエイトレスとは対象にヘアスタイルは当時流行っていた聖子ちゃんカット。当然彼女も聖子ちゃんにファンだったようで、彼女が松田聖子の曲を聴いていたのを覚えています。実はその方の名前はこのミュージックパフェをやっている方と同じなんですよ。
その方とのおつきあいがどのように終わったのかはもう覚えていませんが、社会人になったときに、その方が聴いていた曲でなくてもテレビのビールのCMで松田聖子の声だったで、その方のことを急に思い出してしまいアニメのペンギンみたいに目がうるうるしてしまいました。それが松田聖子 SWEET MEMORIESです。



あの頃の年齢よりも海外に住んでいる年数が長い年齢になった今、清純派の聖子ちゃんのベビーフェイスへと好みが変わってしまいました。(ようするに色とりどりのど派手には飽きてしまったのです。)
人は年齢を重ねていくともう昔と同じその人ではありませんが、歌はそのまま残っているなんて有難いことですね。
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以上がメッセージの全文だったのです。あとビールのCMといえばもちろんこれです。
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モテモテ日本人。

テーマ:
ミラノ万博の6か月も終わり、結果的に「日本館はすごい人気だった」と、イタリア人たちはもちろん、全世界が日本の素晴らしさを知った。

日本にいてはわからないのだが、それでも海外の人は実際の日本を知らない。こんなにもテレビやネットなどの情報が飛び回っていても、やはり実際に日本に住んでみないと世界の大多数の人々は、この国を誤解したまま一生を終わり、その子供たちにも間違った知識を伝えてゆくのだろう。

しかし、それでは同胞があまりにもかわいそうだ。

ちなみにイタリア人たちは、何かと得な民族だと思う。ルックスは別にしても「イタリア人です」というだけでイメージはいい。つまりモテる。
そもそもモテる民族とモテない民族というものはある。
ずっと前、イタリアの会社で働いていたころ、若い連中が憧れている女性が帰りの電車で一緒になったとき、私は日本で・・・みたいな話をしていたのだが、彼女曰く「外国を旅行するのは好きだけど、ヨーロッパやアメリカがいい。日本や中国のアジア、アフリカはちょっと行きたいとは思わない」という。中国といつもくっつけて考えられるのもおかしなことだが、それは置いておいたとしてまず言えることは、

"男性は国が居心地よく住んでみたい国ほどモテる"

という事実だ。


ちょっとわかりやすい例をつかって、日本人の本質とイメージを実はすごく共通点が多い古代ローマ人と比較して考えてみよう。

【ローマ】紀元前280年、前279年、ローマ共和国はいまだイタリア半島を制覇しておらず、ただ南イタリアと北イタリアへの進出を考えていたわけでもないのに、プーリアのターラント(ギリシア人の都市国家だった)と戦う羽目になり、戦術の天才ピュロスに二度も負けながら、ピュロス側の「損害が大きく、得るものがない勝利」の末にピュロスは撤退し、ターラントはローマの支配下になる。のち南イタリアを制覇する。


【日本】1904年~1905年、ロシアの太平洋進出に立ち向かい大日本帝国とロシア帝国との間で朝鮮半島とロシア主権下の満洲南部と、日本海を主戦場として発生した日露戦争では、日本軍は多くの犠牲を払ったものの勝利をおさめ、のちに朝鮮半島、満州や東南アジアを制覇する。

ローマも日本も最初は領土拡大の意図はなかったものの、防衛のために戦い、結果として領土を得ることになる。ローマはその後、カルタゴとの戦いにも勝つことになり、地中海のほぼ全域を領土として得る。そしてユリウス・カエサルの登場、ガリア戦争のあとガリア、現在のフランスという地方を得た後、全帝国の西の中心に位置する。それからというもの、退役兵士を軍団そのままイタリア以外にどんどん植民都市を建設してゆく。



【ローマ】北アフリカの大国カルタゴと3度戦争。ポエニ戦役。第二次でハンニバルと苦戦し、大量の犠牲を出すもののローマの勝利となる。

【日本】アメリカと戦争。日本大敗、広島と長崎に原爆、無条件降伏。


なぜ戦争が関係しているのか、と言われるだろうが、歴史上世界の檜舞台に上がった国というのは、戦争に勝ち続けてきた国であるのが事実だからだ。

前半はローマ帝国も日本も同じだった。しかし、後半ではローマ帝国が悪戦苦闘のすえながら勝利し、のちのローマ帝国構築へと進む。一方大東亜共栄圏は敗戦とともに崩壊する。
またまたローマ帝国を思い浮かべながら、もし日本が勝利していたら、アジアの共通語は日本語、西洋の共通語は英語というバイリンガルで維持できただろうし、宗教の自由と平等も守れたろう。覇権国家になった日本はいずれもマンガアニメ、映画、音楽などの文化の中心地となっていただろうし、日本の食事が今以上に普及していただろうし、世界中のインフラ整備も日本のハイテクを屈指してもっと素晴らしいものになっていただろう。

しかし歴史は変えられない。イフはつかえないのだ。

実際にはイタリアの若者はほとんどイタリアから出たがっている。古代ローマがあまりにも優れた基礎を残してくれたおかげでルネッサンスを迎え、イタリア人は個人でまだまだ活躍する民族でいられる。
実力でいうと日本人はまんざらではない。しかし苦戦しているのだ。なぜならそれは、檜舞台ではすぐにマイナスなイメージで周りから叩かれ、パクられ、これまで蓄積してきたものをむしり取られてしまうのだ。

時間はかかるが、いいものは残る。正義は最後には勝つのだ。



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