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グイドのストラテジー(戦略)

2012-01-31 23:00:09 テーマ:ブログ
最近読んでいる本は、Alberto AngelaのIMPEROだ。
(私は偶然この著者と電車内で出会って話をすることが出来た。http://ameblo.jp/vitafelice/entry-10003885036.html)

日本では有名なイタリア在住でイタリアのことを書く塩野七生の「ローマ人の物語」は、日本人のために、日本人の目線から見た、子孫のイタリア人よりも、より日本人の考え方に近かったかつてのローマ人について読めたのは楽しかった。
しかし、イタリアでは国営放送RAIの多数の教養番組で実際に現地レポートして出演しているアンジェラ氏のイタリア語の本は、やはり今のイタリア人と比較しながらも、帝国崩壊、中世に変わってしまったところを除けば、二千年後にも彼らの生き方は引き継がれていることをよく描いている。だからイタリアに住み、彼らの生き方、考え方が、こういうところからきているのか、とヒューマンウォッチングにも使えるので二倍楽しい。

さて、この本に書いてあったためになる項目だが、ローマ人(つまり本国のイタリア人すべて、または、帝国全域に広がるローマ市民権をもつローマ人という意味で、今のローマ市民ではなく)と言うのは、やりくりがうまい民族で、お金は投資し、それをまたお金にするのがうまい、したたかさを持っている。たとえば田舎のヴィッラを買えば、そこで農作物を作って売るとか、その場所が海に近ければ、魚を獲ったり、または魚を養殖することを発明したのはローマ人だったそうだが、これも売ればお金にする。
今のイタリア人を見ていても、お金があれば、だいたい不動産に投資して、富裕層でなくても、アパートを人に貸して儲けている人が結構いる。

これが濃く残っているのは、やはりイタリアで、経済の発展が絶対重要な現代、グイドは、日本を出発し、将棋の駒の置き場をミラノに置いた。

あれから何年も経っているが、あのときの判断、自分にとって有効だったことは確信している。お陰で世界がよく見えてきたのだから。次の駒で王手をかけたい。

自問自答し、絞り出てきたアイデアジュース

2012-01-19 00:27:47 テーマ:ブログ
個人事業は、どこかに就職するのとは違って、自分が考えたことをもとにゼロから組み立ててていくものだから、度々自問自答する必要がある。
まず今この時点で、自分は海外イタリアに住んでいることから考えは出発し、それでいてイタリア文化、イタリア製品を扱っていくか。そうなると対象は日本人だ。それより、対象がイタリア人で、日本人として、自国の文化と製品を扱っていて、高い評価を得た場合、自分の誇りも満足されて何倍も喜びがあるというものだ。

実際、「日本文化を海外で普及する」啓蒙活動を目指しているものの、「食」が優先されているのが現状だ。
他にも、日本人が海外で仕事にまでになる種目として、shiatsu、karate、manga/animeなどもあるので、それらは、もっと後で書いていくとしよう。

日本の「食」というと「日本料理」「和食」となるようで、そこでは特に高度な知識と食材が限定されてしまうが、「日本料理」というよりも「日本での料理」言うほうがあたっているかもしれない、日本で食されている洋食も含めてかまわないと考えている。

大正時代までは西洋料理は外で食べるものという意識が強かったが、上層から家庭料理にも徐々に浸透しはじめる。(ウィキペディア「日本料理」)

イタリアの例では、日本の食事法がまだまだイタリア人には合わない、イタリア料理があれば、他国の料理を知る必要もない、という先入観があり、現状では、日本人はイタリア料理を日々吸収し自分の食事習慣に取り入れてしまい、外国の料理という意識さえなくなってしまいそうなくらいだが、その逆でイタリア人が日本料理と考えているのは、常に「すし」だとして、その感覚は、日本の大正時代のようなものだろう。
自問自答しながら、適時適材適所のもっとも有効な武器を使うとしたら、家庭料理にも浸透し始めている今、料理法を教え、食材を販売することがピッタリではないかと考える。

正食という日本食
食事を通じて健康などに働きかける正食(マクロビオティック)を通じて紹介された日本食が多く、ヨーロッパやアメリカの一部で正食が評価された地域では、日本では一般に使われていない特殊な料理や食材が使われている場合がある(味噌はパンにぬって食べる場合がある)。企業による大量生産品も一般的であるが、醤油、味噌、豆腐などは古来の製法で作られることも多く、日本の一般的なものよりも風味や栄養価で優れている場合もある。(ウィキペディア「日本料理」)

外国で変化した料理

寿司 - カリフォルニアロールなど、果物や日本では使わない食材、調理法で構成された新しい寿司。酢飯が使われない例も多い。
照り焼き-多くの場合、焼き方の一種のことではなく、醤油味を基本とした「テリヤキソースを使った付け焼きグリル料理」のことをテリヤキと称する
魚肉練り製品 - Surimiの名称で、いわゆるカニカマを中心にして欧米の消費量が急上昇している。
鉄板焼き - 焼きごてさばきや玉ねぎ火山といった調理人の演出要素がふんだんに盛り込まれた鉄板焼き。欧米では「Hibachi」と言う名称で呼ばれ、典型的な日本風料理である。(ウィキペディア「日本料理」)

世の中の動きとともに変貌する海外生き残り。

2012-01-19 00:25:03 テーマ:ブログ
最初の10年は、誰よりの流暢にイタリア語を話せて、誰よりもイタリアを知ってやろうと思ってやってきた。

だんだんそうなってきた頃、イタリア人になってどうするんだ?そのとき、海外で日本文化を広めることこそ、大勢の人に喜ばれると気づいた。

そう、自分のまわりにイタリア人が増えてきて、なぜやってくるかと思えば、「日本」や「日本文化」に興味をもってくれるからだ。

前半10年の頃、祖国に頼らないで、自分の個性を磨こうと、日本がどこになるのかさえわからない人たちとつきあってきた。共産主義者が、日本はアメリカと戦争をしたのはロシアと同盟を結んでいたからだとか、わけのわからないことを信じている人が勘違い連帯感を持って近づいてきたこともよくあり、落ち着いて説明してあげてもガッカリされたこともあったっけ。

イタリアの食材を日本に輸入し、飲食店に販売する、
               が、
       
イタリアの製品なんでも日本に輸入するためのコンサルタント、
になりはじめたころ、
                            
日本文化を普及する、
へと逆転し(ここですでに「イタリアリラ/ユーロ→日本円」から日本円→ユーロへと方向転換もする)
               
日本料理を教える+寿司作り出張ケータリング、
が、なかなか好評で
               
教えたイタリア人たちの家庭で使ってもらう日本の輸入食品を販売する、
へと手を広げ
               
中国人たちが牛耳っている輸入製品に頼らないで、自分たちで日本のお米(すでにやっている人がいる)や野菜、日本の食品をまずは自分たちで使う分を製造する、
へとスライドすることに野心を燃やしはじめたのだ。

世の中の流れに逆らわず、わずかながらも自分のもっている力を最大に生かす方法を発見したのだ。

輸入ビジネス、共存共栄それとも裏切りか

2012-01-19 00:22:44 テーマ:ブログ
インターネットがなかったあの頃、イタリア語が使えるだけで、輸入が仕事になった。
日本とイタリアのやりとりは国際電話とファックスだけだったので(今でもこれらは必要だが、ネットがあるのとないのでは、全然違う)

インターネットが浸透し始めた90年代後半、これを最大限に使っていたら、かつての輸入ビジネスは続いていただろう。あるいは、もっと大きくなっていたかもしれない。

95年、パートナーを日本に残し、こちらはイタリアにいてリサーチ、日本でゼロから顧客を作ったのはこの私であった。
輸入と営業、要するにすべてのお膳立ては一人でやって、成功への旅立ちがはじまったのだが・・・。

私とパートナーの間には資金を出してきたスポンサーがいた。まずここが暴走を始めた。
パートナーは、少しずつ資金を蓄え、このスポンサーから独立した。
そのときのモットーは「共存共栄」だったはずだ。

連絡は急に途絶えた。
いずれは他の人から知ることだった。
そう、彼はモットーである「共存共栄」の精神を、自分から言っておきながら、これを真っ先に破ったのだ。

スポンサーの口癖は「カネやで。カネカネ!!」パートナーはそれに耐え切れず独立したはずが、ミイラ取りのミイラは、なおさら性質が悪いものになった。まだしも「カネやで。カネカネ!!」と言ってるほうが憎めないくらいだ。

造顔マッサージ

2011-08-19 23:09:05 テーマ:ブログ

ブログを書かなくなった近況

2011-08-15 21:55:48 テーマ:ブログ
4年前や去年、サルデーニャ滞在中、ずっとブログを書いたものだった。これまでの滞在では、一人部屋であったことで、他のメンバーと離れて生活していた。彼らと合流したいときには出来たし、ひとりでパソコンに向かう時間も、ひとりである静けさも味わえた。

今回の滞在でも、一人部屋をリクエストし、確かに部屋に一人で住んでいるが、下や隣に部屋に人がいると、やはり賑やかだ。
それはいいことでもあるが、ネットにつなぐとき、MIXIやFacebookでは、他の誰かが、何かを書いているのを、かろうじて読むか、一言のコメントを投稿するのが精一杯なくらいに、書き込みモードへの心の余裕が足りない。

やはり環境というものは、生活に大きな影響を及ぼすものだ。

じょうじ&ぐいどの珍道中ドサまわり紀行3

2011-06-02 21:58:44 テーマ:ブログ
オールナイトイベントは、ドタバタではじまったのだ。

それは、マントヴァへの出張イベントのことだ。この5月のイベントが実現したのは、それ以前3月の漫画、アニメの展示会CARTOOMICS参加で、マントヴァでグラフィックデザイナーを仕事にし、独自のキャラをクリエートし、マーチャンダイジングを展開しているエリザと出会ったことからはじまる。

エリザは、マントヴァ郊外にあるジャマイカパブでもラーメンキャラやココロ巻きキャラを販売しているので、一度ジャパン・ナイトなるものをやってみようではないか、という提案が出た。
これはぜひとも成功させたい。そうして、停滞気味のミラノ市場を少しでも飛び出して、全国制覇の足がかりにならないだろうかと試みたのだった。
日本人であり、単発にコラボできるTozai事業は、ここでも「すしケータリング」「まんが風アバター似顔絵」という、つまりぐいど&じょうじコンビの出番だった。

さて、イベントの当日、前の日に電話で打ち合わせていたとおり、到着したときに電話をかけるように言っていたにもかかわらず電話がなかった。じょうじは、携帯電話の度数がゼロで、ぐいどが待っていた場所でないところで、電話もせずに待っていた。こちらも待っていた。そうして2時間のロスがあった。あとで、お米を炊きに行ったときに、そのBARでは、お客さんがいっぱいで、それからまた2時間待つことになった。

その炊けたシャリで、巻き寿司がほぼ出来上がり、出発したとき、3、4時に出発できたものの実際7時にもなっていた。
イベント開始9時まで、たった2時間しかない。ほぼ絶望していたものの、ぐいどとじょうじは、なんでこうしなかった、ああしなかった、と揉めながらじょうじは自分の車を運転し、ぐいどは助手席でナビゲーターを片手に、「それ、追い抜け!もっとスピード出せ!」「あっちじゃない、あっちだ」と、もう、ドタバタ状態で、高速道路を使ったらかえって遅くなると、国道を高速道路並みのスピードでぶっ飛ばさせ、あの道この道を縫いながら、なんと9時ちょうどに到着!!

車から降りて店に飛び込んだぐいどは、つくっておいた巻き寿司をばさばさ切り、大急ぎでそこらにいるスタッフに自己紹介。ピッツァのお皿に、これらスタッフに手伝ってもらい、同時に入店してくるお客さんに直行で運ぶ。
入店が切れたら、追加でまた寿司をまき、予約客が全員入ったときには、すべて行き渡るという滑り込みセーフ。ここからはじょうじの出番。彼はほぼ切れ間なく似顔絵を描く。価格設定とは関係なく、「おつりはいらいなよ」「あとはチップだ。とっておけ」と、みんな羽振りがいい。

その合間に、ぐいども、経営者のエドとコンビで、お客さん相手にクイズショーをはじめる。
たくさんのお遊びコーナー、ダンスタイム・・・それからもじょうじは切れ間なく似顔絵をつづける。ようやるで。
すっかり夜もふけて、2時、3時ごろにだんだんお客さんが帰っていくころ、じょうじ、今度はスタッフをつかまえて似顔絵をはじめた。
そのころぐいどには睡魔が訪れたので、店内のバス型客室内のベンチで仮眠。

ついに4時ごろ閉店になった。生活がかかっているというか、タフと言うかじょうじは二人だけ残ったスタッフをつかまえ、例の粘り強い性格で、わが事業紹介を展開しての営業をはじめる。

仮眠して体力回復したぐいどとは対象に、今度は残ったスタッフに睡魔を訪れていたようだ。しかしじょうじの粘り強さは常人のものとは思えない。

みんなしてお店を出た。スタッフが帰る前にどこかBARはないものか聞くと、このマントヴァは、交通の十字路らしく、トラック運転手たちをあいてにしているようなBARがオールナイトで空けているようなのだ。
このへんがミラノとも違う。

さて、ミラノに向かってハンドルを握ったじょうじに急に睡魔が訪れ、それでも大きな駐車場まで、なんとか走った。たどりついたBARの駐車場には、たくさんのトラックが止まっていた。彼らも仮眠しているのだろう。我々も30分仮眠をしようということになった。お店で仮眠をしていたぐいどは眠れなかった。対照的にじょうじは爆睡し、大いびきをかいている。しかたないから、車の中で寝ているじょうじをデジカメでぱちりと撮って、あとでこれはFacebookで公開することになる。
30分のはずが、1時間も眠るじょうじを無理やり起こして再度出発したころ、もう夜が開け、明るくなっていた。それぞれが自宅に着いたのは、完全に朝になった8時過ぎだったのだったのだ。

じょうじ&ぐいどのドサまわり紀行2

2011-05-28 15:06:01 テーマ:ブログ
そのじょうじとは、いろんなところに出没した。 先週の週末、Mijapanという日本とテーマにしたイベントがあり、そこでTozaiとして参加した。もちろん、じょーじを連れて。 彼以外は、例によってマンガを描く女の子たちだが、彼女らは期待するほど漫画風アバター似顔絵を描いたりはしてくれない。


そのかわりにコスプレだけははしゃいでやってくれる。 そりゃ、うつむいて紙に向かって絵ばかり描いているよりも、アニメの人気キャラクターに変身し、あるいていると「写真を撮っていいですか」なんて、スター気分になれるほうがいい気持ちなのは当然だ。 だが、じょうじは違った。彼はうつむいて絵ばかりを描くのが好きだからではない、似顔絵を描きながらでも、社交的でおしゃべりは絶えない。女の子の場合は、やはりそこはイタリア人ソフトな口説きに入っている。まずなにより、彼が似顔絵をぶっとうし描き続けられるそのパワーは、彼はこれ以外の収入がないということだ。
生活がかかっている。 そんなわけだから、コスプレコンクールの時間がきてもずっと絵を描くのをやめないし、ナルトのキャラ暁のかっこうでステージの上に上がるはずだった彼が抜けると、もともと10人くらいしかいなかったコンクール参加者がさらに貧弱になる。


そんなわけで、ぐいどが、じょうじの代役で出ることになった。 しかしながら、ひたすらの似顔絵モードなのに加え、いつもおっとりして、なにかと時間がかかるはずの女の子から見ても、人を待たせるじょうじのことだから、予約など入れているはずがない。


そこで、Tozaiスタッフとしてコンクールに参加してくれる女性のマーラ出場のときに、後ろのほうで何も知らずに道にでも迷ったように現れる、しかし格好はまったくもってコスプレそのものだという設定で笑いを取ることにした。 司会者はふたりいた。貧弱な参加者数をいきなり登場させればしらけてしまいそうでも、この司会者はほとんどプロで、ひとりは有名アニメを担当するイタリア語吹き替えの声優だ。うまくないはずがない。 突然の出演と突然の台本なしギャグなので、当然うちあわせは、ステージ上でひとことだけ。


  さてマーラ登場、彼女けっこう緊張している。うしろでうろうろするぐいど。音楽とともにマーラがポーズをとっているときに、司会者がぐいどを呼ぶ。 「このコスプレはなんのキャラですか」「え?これコスプレ」とトボケルぐいど。「暁じゃないの」とマーラ。これ、打ち合わせ通りで、彼女は暁と言うキャラの名前さえ知らなかった。ステージに上がる前のうちあわせ。 司会者は、そこで暁とは、ナルトに登場するキャラだと説明する。そんなコスプレをする具井戸がそれを知らずに関心しながら「暁をやっているつもりはなく、おれはいつもこんなかっこうをしているんだよ」という、とぼけ屋さんを通して会場の空気をかえ笑いを取った。



さて、一通りの参加者が紹介されたあと、審査員の協議時間にお遊びのコーナーがあり、ぐいどが呼ばれた。会場の観衆のなかにじょうじがいるのを発見した司会者は、彼も呼んだ。 あと二人呼ばれたが、結局イベントの身内みたいなものではじまったこのお遊びでぐいどだけが日本人だった。これに勝利したら、なんとこのコンクールのアシスタントであるルーマニアとスエーデンのハーフだというアリーナという女の子と夕食ができるという。 このお遊びの内容はともかく、1、2の3で転ばないで立ち上がれたら勝ち、というもの。 当然他の3人はみごとに地に伏して、そこにはぐいどだけがピョコンと跳ね起き、アリーナに向かって走り出す。そして出し抜けに彼女を抱きかかえ、会場の客席を通り抜け彼女をいきなりさらって去っていくぐいど。

じょうじらは、ひじなどを打撲しながら、そのままダウン。 こんなドタバタが一通り終わったあと、僕らはそれぞれのブースにもどった。 僕は楽屋でアリーナの連絡先をもらうようにお願いしていたので、彼女がいたところにもだったがいなかった。ところが彼女のほうがブースにやってきてくれた。 となりにじょうじがいて、「オレにも連絡先教えてくれ」と、打撲したひじを擦りながら言った。 僕は「へへへ、勝利したのはオレだ。君は絵を描いてなさい」と言ってピシャリ。 笑顔が絶えない若い彼女は、チュッチュッと挨拶をしてくれ、去っていくとき「チャオ」と言った。 お客さんの絵を描きながら、じょうじは「チャオも言ってもらって」とヘンなことを言って、おかしふて腐れた様な顔をしていた。


つづく

じょうじ&ぐいどの珍道中ドサまわり紀行

2011-05-27 18:24:43 テーマ:ブログ
最近ドサまわりしている。
前にもドサまわりしたとき、パートナーを連れて行った。思えばいろんな人たちとコラボしたが、この頃いつも同行している人物は、ジョージという。

ジョージと言う名前は本名ではなく、本当の名前はジュゼッペなんとかかんとかというらしいが、いつ聞いてもあまり言いたくないようで、しかもあまりはっきり教えてくれてない。まあ、子供の頃からずっと通称のほうで通っているので、本名はさておき、人物はイタリア男性30代というところだ。

考えてみれば、自分だって、ブログなどのネットでは、ずっとグイドで通っているのでちょうどお相子だ。

もともと食品を勉強していたし、食品を販売してきた頃もあり、食にあずさわってきたなりゆきで、最近はすしをつくるのが仕事になっている。といっても、むかし日本料理店で働いたことはあるが、今はと言えば、もっぱら料理教室、コンサルティング、ケータリングをメインにしている。

そして例のジョージだが、この男は、イタリア産オタクで明るいのはいいが、やはりナイーブで人がいいので、周りのやつらに振り回されている。そんなジョージをまるでわが甥のように守ってやりながら、マンガばかり描いているこの男と、一見組めそうにない関係なのに、強引にではなく、グイドの閃きで面白いコラボがはじまったのだ。

つづく

TOZAI 日本 Amebaグルっぽ支部

2011-01-07 03:49:25 テーマ:ブログ


このコミュは、まずぐいどの仲良しクラブでもあり、下記のようなことに興味がなくても、「義理で」参加していただくこともできます。っていうか、してください。

日伊友好団体Associazione Culturale TOZAIオフィシャルグループfacebookメンバー1000人目前の日本支部をAmebaグルっぽでも開設いたしました。

あなたも参加してください。

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