我らテレビ世代の日本文化最盛期

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YOUTUBEもFACEBOOK遠くにいる人と人とをつなぐが、失われた過去ともつないでくれる。{02A99BCA-AF59-48D5-A653-DCC729673838}
おれたちの世代は「戦争を知らない」というが、親達からは戦争のことをいつも聞かされた、両親も昭和生まれでおれたちも昭和生まれながら、戦前と戦後で大きく違うと言える。

日本では昭和や平成で時代を分けるが、それは天皇陛下のおられる国だからこそで、海外にはない。
それで昭和は遠くなっていくが、テレビにずっと追いかけ回された世代とも言えるだろう。
今ではネットが台頭してテレビの時代は終わったと言える。
ただこの媒体がもたらしたものは数知れない。
その代表がアニメであり、「俺は男だ」から始まり、「とびだせ青春」だとかなんとか青春というものが素晴らしいとしっかり言われてきたと思ったら、俺らの後はすでに少子化に入ってしまったのか、後の世代のケアはされていないように見える。
そりゃあまあ、ベビーブームであの頃は日本は子供で、若者で溢れていた。

そう、おれたちの世代は日本の時代だった。経済発展を親父達の世代が作ったのだとしたら、おれたちは日本の文化最盛期だったと言える。



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真実を発見する海外生活

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海外に住んでいると日本以外では、人が間違ったら言い訳をするのが当たり前のようになっている。それを見ると日本で生まれ育ち、そういう事をするのはダメな事だと教えられてきてよかったと思う。海外から日本を見て初めてその良さがわかるのだ。
武士道は美しいすぎる。そして自分の非を認めると切腹をし、祖国を守るためならたった一つの自分の命を投げ出す。
要するに「イサギがいい」わけだが、この美学は海外では損をしてしまう。
だからと言って朱に染まれば紅くなると言うのではない。それでは大きな価値のあるものをみすみす捨てる事になる。
大変困難なことではあるが、周りが「言い訳文化」である事を認めつつも、「イサギよき文化」を巧みに使いきり貫くことである。
そうすると、どこの国でもそういう高い精神を持った人は人の上に立つ人ほど保たれていることに気付くだろう。
周りに影響される弱さを乗り越え周りに影響を与える信念を持とう。

これが私が海外に住むことになった理由の一つで、海外生活で得たことである。
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まず中国、こう呼んでいるのは日本など漢字を書く国々が主であり、東アジアでは、あの国が世界の中心であるかのように思わせらる。
欧米のローマ字で書く国々では日本の支那にあらるChina Cinaをそれぞれの国の読み方で呼んでいるだけだ。
そもそも始皇帝がつくった秦から取っているわけで、かつての偉大な帝国の名前なのだから、悪い意味は全然ない。
まだましなのは「北朝鮮」と言う名前。
ちなみに欧米では、KOREAは高麗から。
韓国と名付けたのも「大韓民国」というフルネームを暗示させる。
自分たちが好きな名前をつけられるのだから、我が国も「大日本帝国」を維持していたらよかったのである。
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殺されるな、生きろ!

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ここのところテロが頻繁に起こっている。

一体どんなテロが、日本で、世界中で起こったかをみようとネットで調べるとあまりにも多すぎて書く気もしないが、テロにも種類があることがわかった。

宗教過激派

民族主義

左翼過激派

右翼過激派

同和団体

国家テロ

白色テロ

赤色テロ

黒色テロ

緑色テロ

エコテロ

 

こんなにあってわけがわからない。しかし無差別にただそこに偶然いるというだけで殺されるなんて卑怯な集団でしかない。

 

そして陰謀論、都市伝説、秘密結社というワードが飛び交う今日この頃、一見無関係と思える報道という点と点をつないでみると、たしかにある輪郭が現れる。

 

それが誰なのかを決めつけるには早すぎるが、大きな権力に動かされていることは確かだ。その権力には莫大な資金によって動かされているその下にあるのが我々がよく知っている権力者たちなのだ。

 

トランプ大統領が、シリアへの攻撃に続き、北朝鮮への軍事行動へ動き出すシナリオ通りの事件がすでに起こっている。

現代社会で紛争が起こった場合もっとも恐れるべきことは、核ミサイルおよび世界各国にある原発。表向き電気エネルギーを作る施設ではあるが、実はこれを持っていることで他国は脅しにも使えるのである。

 

まるで子供のころに読んだSFの小説やまんがでの出来事がすでに現実社会で起こっている。

 

人はいずれ死ぬ。しかし無実な人々が、ある日突然自分とは無関係なことに巻き込まれて無残な死に方をするのは悲しいものだ。

自分勝手な人類が地球上で爆発的に増えていき、多すぎるから人口削減にあの手この手を使っているとしたら、それこそ自分勝手な生き物だ。もしかしたら、世界中の大部分を占める一神教の宗教は、対立し争い殺しあうための必要悪ではないかとさえ思えてしまう。そしてこの地球を汚染して、使い果たして住めない星にしてしまうのか。

我々一人一人に与えられた使命は、わずか百年にも及ばない人生で、何を考え、世のために何ができるかを常に考えることではないだろうか。

 

歌は生きている。

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小学校高学年から高校は別々であっても、一番頻繁に会う友人がいた。こう言うのを親友と呼ぶのかどうかわからない。社会人になってまもなくの27歳の頃白血病で死んだ。その時オレはもう海外での移住を始めた頃で、帰省した時会いに行こうと電話をした時📞彼のお母さんから知らされた。

そしてオレのイタリア生活が27年を超えた今、なぜか彼が聴いていたRCサクセションのトランジスタラジオ📻をYOUTUBEで聴いていた。考えてみると、この歌の作詞者で歌手の忌野清志郎さんも亡くなったのだ。

Woo授業をサボッて
陽のあたる場所に いたんだよ
寝ころんでたのさ 屋上で
たばこのけむり とても青くて

内ポケットに いつも トランジスタ・ラジオ
彼女 教科書 ひろげてるとき ホットなナンバー
空にとけてった
ああ こんな気持
うまく言えたことがない ない

オレの出身地は裏日本にある。
日本列島は太平洋側は気候もいいが、日本海側は冬雪が降り、そのため道はクルマも人もゆっくりとしか進めなくなる。
しかも丹後は半島で幹線道路や鉄道の開発は進まず、時代に取り残されたような秘境なのだ。

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若者は高校を卒業したらあの土地を捨てて出て行くのが普通になっていて、誰も疑いを持たない。
多くは京都、大阪あるいは神戸辺りに仕事について、家庭を持ち、生まれ育ったあの土地のことは忘れてしまおうとする。
若い頃やはりオレもその一人だった。
結局海外のイタリアくんだりまで来て定住してかれこれ27年にもなるのだから、あの土地を出て行く人たちを責める立場にはない。

たとえば大阪へ出て行って住んでみたとして、いろんな地方から来た人たちがいて、同郷人との絆が強いのをみたとする。大阪のどこかで地元の人ならすぐそこで生まれ育ち、簡単に同級生と会ったり出来るのをみたとする。
おそらく丹後の人間と出会う確率は少ないだろうし、出会ってもそこで慰めあっているのが惨めに感じるものだ。

両親や家族が住む丹後に戻って大都市で生活したことを生かして生活を始めたとしても、負け組だとか、都落ちだとか、ようするに田舎を悪と決めつけてる考えが周りにも自分の中にも芽生えがちなのだ。

ちなみにイタリアでは、お国自慢の国だけに自分の生まれ育った町、家族を大切にする。
だからこの国は発展の仕方がちょっと違うかもしれない。
ただ、生きるために必要な大切なことを教えてもらったような気がするのだ。

小さな動機から大きな結果へ

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昨日、仕事の後、駅まで送ってくれる人を待つ時間があまりにも長く、とても久しぶりにある女性に過去の恋愛体験を話す機会が持てた。
そのとき、今の自分がこの数年で大きく変身してしまったことに気付かされた。

我々はよく、最初の動機とは違う結果を出す事がある。そして、それが人生に大きく左右する事がある。
私にとってそれは、海外で暮らし始めたことと、結婚をしたことだ。
よく聞かれることだが「なぜイタリアに来たのか」この答えだが、聞く人によって何種類ものバージョンがある。
大きく分けて動機の方は、生まれ育った土地にいた自分は、何も残せずに終わってしまうと思ったからだと言うのが一つだ。
ちょうど20年ほど前にアパートをローンで購入することで支払えるように仕事も真剣になったし、どうやって仕事を増やすかいつも考えていた。その結果、その後結婚し子供が出来、郊外にいつり住み始めたことで、まだローンを支払い中のアパートを事務所とし、自営業を始めた。
日本人である事を利用しアソシエーションを自分で作った。今ではそれがメシのタネになっているだけではなく、日本文化の普及に貢献している。

これは誰でもだと思うが、恋愛で結婚相手に出会うとき、家族設計などを最初から考える人の方が少なく、異性とセックスしたいという「動機」であり、結婚した「結果」として家族設計へと考えられるようになって行くのだ。

ポジティブな考え方を持っているおかげで、動機はささやかなことでも、結果的には壮大な事業へと変わって行く事があるものだ。

日本は文化で戦勝国

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一体これが何を意味するのか、イタリアのミラノは、どこもすしをはじめ、日本絡みの広告で埋まっている。

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駅の本屋さんの前を通ったら、やはり日本絡み本が3冊も陳列してあった。


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70年前の第二次世界大戦の後には、おそらく世界中がなんでもかんでもアメリカ🇺🇸一色だっただろう。
日本人は性能高い工業製品を作り続け、世界中で認められている。高度経済成長そしてバブル期を乗り越えながらも、アニメと日本食が人々の生活に浸透していき、武力で脅してではなく、心から歓迎されるときがきた証拠なのかもしれない。

モーゼは民を約束の地へと導いてそこで暮らし国を作り、ユダヤ民族の父となった。
今、大和民族が武力でも一方的に売り付ける商売でもなく、現地の住民にもその普及に参加する機会を与える文化を広めることで世界中で生きていけるように手伝う使命を果たしたい。

自分の息子が成長するとその年齢の時に考えていたこと、将来どうあるべきか、などいろいろ考えさせられる。
特に日本での学校では、先生も学童、生徒同士も人を点数制で評価してしまうためか、「自分はダメだ」と思う人たちが多いのかもしれない。
それが学校で見る視野だとか、そこで生活する世間の目線や親の価値観などなどであるから、そこで多くの人々が劣等感を抱き自分という貴重な人間の可能性に挑戦することなく人生を終える人は多いだろう。
だからと言って、漠然とした憧れだけで海外に出て行ったても、何も変わらない人もやはり多いだろう。

オレは、息子の年齢の頃(15歳)には、心の中では自分がつまらない人間だと知る反面、野望だけは大きく、決められたレールを走ってこのまま何処へ辿り着くのだろうと疑問を持った。
親は家庭を支え、父は真面目なサラリーマンだったが、それがつまらないというのではなく、自分の人生だとすることに違和感を感じたのだ。

時代もそうだったが、田舎で育ったために周りにあるもので魅力があったのが「料理」「食」という世界。料理店、旅館、食品卸売そしてレタスの農園などのアルバイトのおかげでその世界の仕事はもちろん、日本のいろんな土地を旅することが出来た。
その頃から「海外」が視野に入って来たのだ。

知らず知らずだが、日本の独自の文化を身につけることに大いなる価値観を抱いていたオレは、マンガ、柔道と空手、指圧などを習得していたし、それらの知識はあとでたいへん役に立った。

海外で暮らし始めた、まずスペイン、そしてイタリアでは、まずその国の文化に圧倒され夢中でそれらを吸収したものだった。
イタリアに移ってすぐに現地で彼女が出来て、イタリア人の彼女が日本文化にたいへん興味を持っていることと、自分はそれらを教えてあげられると同時にイタリアの文化の吸収を優先させていたことを同時に出来る組織あるいは事業は出来ないものかと、当時はまだ漠然と考えながらのその名前まで決めて構想が始まったのだ。今でも覚えているその名前はNIPPONERIAと言う。

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時は流れ、息子が生まれる1年前の頃、ツキは向こうからやって来た。

ある人が日本とイタリアを結ぶアソシエーションをやりたいが、会長になってくれと打診して来た。またある人は別の日本愛好家たちのアソシエーションを持っていて入会するものの、すぐに閉鎖してしまい、今度はこちらから続けたいというと自分で設立すればいい、とアドバイスしてくれ、それからはまるで自動的にというくらい人がやって来て、まるで生き物でもあるかのようにその組織自体が自分で形を変えていきながら成長してくれたのだ。
やはり事業は、組織はある意味「生き物」なのだ。
オレはその親であるから、うまく育てる助けをする必要があるのだ。

イタリアのことを知るうちに、マルコポーロやコロンブスの事業に魅了されていたのは、大旅行者には彼ら自身よりも彼らの事業が残した影響は何世代も超えて伝えられ世界を変えたということが「ちっぽけな存在」である自分にも出来るのではないか、と考えたからである。

この世界のツボを押さえることで、信じられない大きな力が働き世界をより良き方向に変えることはできるのである。
そして多くの人々がそれを実践してくれることを望む。



出生率は国力

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僕が歴史を知って一番感心するのは、古代ローマがどのように発展し、多民族と同化し、同じ価値観を共有しながら「帝国」となってから、西ローマ帝国の崩壊まで実に五世紀も存続し、古代において平和的なグローバリズムとインフラ整備が行われたことである。しかもその最大時の総面積は5.000.000平方キロメートルであるが、紀元前25年時点で五、六千万人程度であった。

時は変わって我らが大日本帝国の最大時総面積は675.000平方キロメートルとかなり小さいとは言え、総人口は九千万人を超え一億に近づいていた。

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ちなみに今現在の領土の大きな国家を小さい順に見ると、

中華人民共和国 9,597,000平方キロメートルで
アメリカ合衆国 9,834,000平方キロメートル
ロシア共和国 17,100,000平方キロメートルとなる。

今日、先進国では少子化、高齢化になり、外国人移民の方が多くなった時点でその国は乗っ取られてしまい、これまでのように戦争で領土を奪うのではない方法で戦わずして敗れるということになってしまう。

先進国だと言われ消滅しつつある国では、性が商業化されて子孫を作ることは面倒だとか、とてもやっていけないというシステムに組み込まれている。

冒頭で触れたローマ帝国では、市民が子沢山であることを奨励したが、彼らが征服した土地に植民都市を建設し、ローマ市民の軍団をそのまま入植させ、彼らが現地の女たちと結婚して混血の子孫を残すことをも奨励した。

我らが帝国も理想を持って建設しつつあったとしても、時代に対応していなければ、世界は受け入れない。
ただ、この21世紀に入ってようやく時代が世界の雛形日本を見直し、そして見習い始めてきたようなのだ。
今、我々は何をしなければならないか、日本人一人一人が使命感を持って社会に働きかけるべきであろう。