…湖面を打つ雨音が激しくなってきました。
レインウェアのフードをすっぽりとかぶって、ボートに乗り込んだ僕は同船しているワカバヤシさんことワカタンに話しかけます。
―まず昨日の護岸、やっていく?
…おそらく、「いいですよ」と返答があったのだと思いますが、雨音と両耳を覆うフードが邪魔をして返事がはっきりとは聞き取れません。
昨日の護岸とはもちろん、ワカタンが49cmを釣り上げたコンクリート護岸のことなのでして、
今日一日の調子を占う意味でも、最初にそこをやっておきたいと昨晩のうちから考えていた僕だったのでした。
…7月9日土曜日の早朝。
バンガローに響く雨音で目が覚めた僕たちは、いそいそと雨天釣行の用意を済ませて2日目の桧原湖に出船したのでした。
初日は何しろ不眠釣行の疲れから集中力が途切れる時間帯もありましたが、バンガローを借りて熟睡した甲斐もあって体調はすこぶる良好です。
昨日と同じ、エンジン役を担当することになった僕は、出船するとすぐにコンクリート護岸に向けて舵を切ったのでした。
エレキモーターとは比較にならない速度で進んでいくアルミボートですが、それだけに行き交う他のボート、特にバスボートには注意を払わなくてはなりません。
こちらに向かっているバスボートが遠目に見えたと思っても、ふと目線を外しているうちに思いもよらない距離まで近づいているときもあって、そのたびに僕は慌てて大げさに舵を操作し、無用にボートをグラグラと揺らしていたのでした。
ワカバヤシ「…バスボート、昨日より多いですね」
―たしかに。
昨日もバスボートが多いなと感じていたけれど、今日はそれに輪をかけた数のボートが浮かんでいます。
バンガローからボート屋さんに向かうまでにも、たくさんのバスボートを牽引した大型の4WD車を見かけましたが、これが桧原湖のハイシーズンの姿ということなのでしょう。
…そういえば、そうやって牽引されたバスボートの1台を見たかいてんさんが、「あ、あのボート綺麗にラッピングされてるからきっと有名なバスプロだ」とか言っていたなぁ。
チャプターだかなんだかの、プロの大会が近く桧原湖であるはずだから、そのプラクティスのためにたくさんのバスプロが集まっているんじゃないか、なんてことを言っていたけれど、
そういったプロもプロを目指す人たちも、今頃はこの湖のどこかに浮いているんだろうか。
…プロかぁ。
そんな人達と同じフィールドで一緒に釣りができるんだもんなぁ。
…例えば野球が趣味のとあるサラリーマンが、休日に趣味仲間と草野球をやっている最中に、ふと隣を見てみたらプロ野球選手が混ざっていた、なんてのは絶対に有り得ない話です。
プロも、将来のプロを目指す若いバサーも、僕らのような休日バサーも、何の区別もなく同じ土俵で一緒に楽しめるスポーツというのは、案外少ないものなのかもしれない。
そもそも考えてみれば、例えばプロ野球選手になりたいと思うなら、
元プロ野球選手である父を持ち、
3歳から既に厳格な英才教育をうけ、
右利きであろうとも箸を左手で使うよう矯正され、
筋力増強を目的としたバネの塊のようなギブスを施し、
家の壁の僅かな穴を目掛けてボールを投げ、
鋼鉄のバットをブンブン振り、
野球を辞めたいと言えばちゃぶ台をひっくり返され、
甲子園決勝では血染めの指で力投を続けるも惜敗し、
苦心の末、魔球とも呼称される変化球を編み出していく、
といったような経歴をたどるのが一般的な実現の仕方だと思いますが、
バス釣りのプロというものは、もっとアマチュアとの距離が近いものだと感じます。
…それが良いことなのか悪いことなのかと言われれば、たぶん、良いことなんだろうなぁ。
そんな他愛もないことを考えている間に、昨日ワカタンが49cmを釣った護岸に到着します。
岸際から10mほど距離をとってエレキを落とすと、ワカタンはもちろん実績のあるフットボールを投げ始めます。
僕は…。
…どうしようか。ひとまず朝イチということで、昨日はまったく反応のなかったミノーを投げてみようか。
周辺の様子を見回すと、昨日よりもさらに水位が上がっています。
…夜のうちに結構降ったんだなぁ。
その割に、水はクリアのままです。
裸眼で見通せる水深は、昨日とさほど変わりないように感じます。
一晩で水位が急激に上がるほど雨が降ったなら、地元のダム湖ならドチャ濁りになっているでしょう。
あちこちの岸際には昨日には無かったはずの流れ込みができていますから、そういった流れに乗って土砂も一緒に流れ込んでいるはず、というのが僕らのような房総バサーの一般的な感覚だと思います。
…が、桧原湖のような天然のクリアレイクではそんな考えは当てはまらないらしい。
こういったちょっとしたギャップが積み重なって、釣るためのアプローチに大きな違いが出てくる可能性があるんではないか…。
…あれ、ワカタンが何やらルアーを変えようとしている。
どうやら、昨日の最後に調子のよかったライトキャロを使おうとしているらしい。
―フットボール、だめ?反応ない?
ワカバヤシ「反応ないっすね」
…あらー、これは厳しいかも…。
昨日、ワカタンの49を筆頭に、勅使河原さんもそこそこサイズを2本、ここで釣ったと言っていたから、
僕の中ではここが一番可能性が高い、一級ポイントだと位置づけていたのに。
―昨日とは段違いに人が増えてるし、もう撃たれちゃったのかなぁ。
独り言のようにつぶやいて、僕はミノーを投げ続けてみますが、当然のように反応はありません。
ワカタンも、しつこくライトキャロを投げ続けていますが手ごたえはない様子。
うーむ…。
雨のせいだろうか。
それとも、やはり人が増えたことによるプレッシャーだろうか。
―平日釣行だった昨日が、釣りあげることができる唯一のチャンスだった…、
…10時間後、そんなことを考えている自分が脳裏に浮かんで軽く首を振ります。
イカンイカン、まだ2日目も始まったばかり。
こんなことを考えている時間帯じゃない。
―…北、行ってみる?
昨日、僕は釣れなかったけれど、良さそうな場所だという手ごたえはあった湖の最北。
ワカバヤシ「行ってみましょうか」
…朝一に入れれば、あわよくば僕も40アップを…、
なんて、淡い期待を持っていたこの場所。
ちょっと未練があるけれど、まさかこの狭いコンクリート護岸だけで一日をやり通すわけにもいかない。
ワカタンにエレキを引き上げてもらって、昨日と同じように舵を北に向けて切った僕だったのでした。
―…多いなぁ。
ウンザリと、僕はワカタンに話しかけます。
ワカバヤシ「…多いですねぇ」
僕に負けず劣らずウンザリとした表情のワカタンがそう答えます。
桧原湖の最北。
なだらかなシャローからガクンとブレイクが落ちていて、ところどころにウィードが密集していたり、島のように地底が盛り上がっているところがあったりと、
狭い範囲の中に色々な変化が富んでいるこの場所。
昨日のうちから、ここ結構いいんじゃない、良さそうですね、なんて会話を交わしていた場所。
到着するや否や、湖上を覆うバスボートの群れにウンザリとしている僕とワカタンだったのでした。
入ろうと思っていたポイントには、すでに二人組のボートが入ってせっせとリグを投げています。
岸側はダメかと沖を見ると、船団を組んだバスボートが沖を埋め尽くしているのでした。
―良さそうなポイントだとは思っていたけど、このボートの数はちょっと尋常じゃないよね。
ワカバヤシ「たぶん、ワカサギじゃないですかね…」
―ああ、回遊ポイントってことか。だから沖をボートが埋め尽くしているのかな。
…ラージは地形に付き、スモールはベイトに付く、なんてどこかで聞いた格言をチラリと思い出します。
しかし、その推理があたっていたところで…、と、ため息をつきながらワカタンに話しかけます。
―…でも、ねぇ。ちょっとお邪魔しますよ、なんて混ざったところで釣れる気しないよね。
ワカバヤシ「しませんねぇ…」
だだっ広い、水深10mを超えるような沖で魚探を見ながらベイトのレンジを狙い撃つ釣りなんてやったことがない。
それはワカタンも同じようで、雨に打たれながら途方に暮れた表情で同意しています。
そもそもが、船団の中の誰も釣れているように見えない。
今はワカサギの回遊を待っている時間帯ということなのかもしれませんが…。
―あっちの方に行ったらシャローになってたよね。昨日40アップの見えバスがいたところ。
ワカバヤシ「そっち行ってみます?」
―もう、人、入っちゃってるとは思うけど…。
…それでも、ここで立ち尽くしているよりはマシだろう。
シャローの釣りなら、普段やっていることをそのままやればいいんだから。
昨日のうちから、最初はあそこに行って次は…、と考えていたプランがことごとく潰されていきます。
しかし、気持ちを切り替えて、再びエンジンをかけると船団の中を掻い潜るようにしてシャローを目指した僕たちだったのでした。
…やっぱり、人、入っちゃってるね。
ワカバヤシ「さっきのところよりはマシみたいですけどね」
目の前には水深1mから3m程度のシャローが延々と続いています。
底はびっしりとウィードに覆われていて、バスやベイトが隠れていると言われれば、さもありなんという場所です。
先行者の邪魔にならないポイントに船を付けた僕たちは、さっそくルアーを投げ始めます。
ワカタンはライトキャロやダウンショットなどのスローな釣りを試している模様。
しかし、そもそも、昨日と同じようにバスはいてくれているんだろうか。
…ジョイクロを試してみます。
やたらめったらブン投げてみて、ゆっくりとタダ巻きしてみますが…。
…チェイスが、ない。
昨日はこのあたりで投げれば3投に一回くらい、いいサイズのチェイスがあったというのに。
―やっぱり、昨日とは状況が違うっぽいね。
特に返答は期待していない、半分は独り言だったのですが、聞こえていたらしいワカタンは「そうですね」と答えます。
雨のせいか、人のせいか、おそらくはその両方かもしれません。
それがフィールドにどんな影響を与えているのか。
そうなったときに何をすれば釣れる可能性が高まるのか。
…見当もつきません。
ワカバヤシ「あっちの二人も釣れてないみたいですよ」
いつの間にか、かいてんさんに連絡をとっていたらしいワカタンがそう伝えてきました。
そうか、やっぱりあの二人も似たような状況なのか…。
経験値の少ないフィールドで頼りにすべきは、やはり実際に釣ったポイントで釣った方法をなぞってみることだろう、
そう思い立った僕はワカタンに提案してみます。
―昨日の最後、ワカタンが連発したところ行ってみない?
桧原湖のほぼ最北と最南という、非常に効率の悪い移動となってしまいますが、あてもなくボートを流していくよりはいいだろう。
いつの間にか時間も正午をまわって、残り時間はそう多くありません。
ワカタンも異論はないようです。
エンジンをかけると、気の長い走行に備えてフードを目深にかぶりなおした僕だったのでした。
…やがて到着した桧原湖の最南ポイントは、昨日よりは多いもののライバルでごった返しているというわけでもなさそうです。
さっきの最北ポイントのように、船団で釣りにならないような状況になっている可能性を考えていた僕は、ほっと胸をなでおろします。
先行者のボートから距離をとって、ワカタンは必殺のライトキャロを投げだしました。
…ワカタンが釣った状況をなぞってみる、ということで、僕もキャロを試してみます。
シンカーは投げられるギリギリの5gに落とし、ざっくりと周辺を探ってみます。
…む。
やっぱりこの辺りもウィードが密集しているのか、シンカーがやたらと引っかかる感触がある。
ワカバヤシ「ビジ夫さん、それ何gですか?」
―5gだよ。
ワカバヤシ「5gでもウィードに引っかかるでしょ。キャロはウィードの上に乗せて使わないと」
―む、そういうものなの?
…ワカタンが使っている2.5gのシンカーが、ウィードに乗せられるギリギリの重さということなのかな、
と、考えはするものの、しかし僕が使っているタックルじゃそんな軽いリグは投げられないのだから仕方ない。
…ああ、そうか、なるほどな、とこの頃には僕はだんだんと理解しつつあったのでした。
桧原湖では、なぜベイトタックルではなくスピニングタックルがメインとなっているのか。
ターゲットとなる魚がスモールだから、アベレージがラージより小さいから、小さいルアーを投げなきゃいけないから、なんて理由じゃないんだ。
桧原湖は、釣りあげるためのアプローチが、ベイトよりスピニングの方が有利なフィールドということなんだ。
ウィードを使った釣りにしてもそうだし、ディープをとる釣りにしてもそうなんだろう。
…そしてスピニングをメインに使う以上、ワームもどうしても小さくなってしまう、というのが真相なんじゃなかろうか。
小さいワームを使いたいからスピニングを使う、というのとは発想が真逆だったんだ。
今日、ここに来た僕以外の3人にとっては、そんなことは先刻承知の周知の事実なのでしょうが、
自分の身で体験するまで理解を拒む僕のような天邪鬼には、これは結構な発見だったのでした。
桧原湖でも、ベイトオンリーで釣行するバサーはきっとたくさんいるでしょう。
しかし、そういった人たちは、この事実をきちんと認識したうえで、そのうえであえてベイトタックルしか使わないのでしょう。
知っていてそうするのか、知らずにそうするのか。
この両者には天と地の開きがあるはずです。
…しかし、そのことに気が付いて自分のタックルを見直してみても、ベイトタックルの何本かがいつの間にかスピニングタックルに変わっているわけでもありません。
ここで、あるもので何とかしなければなりません。
…リグに絡まったウィードをブチブチと引きちぎりながら、どうすべきか考えます。
ワカバヤシ「…あ?きましたよ!」
え、と振り向くとワカタンの竿がしなっています!
今日ここまで全く無反応だった二人にとっては、初めてのヒット!
おお、さすがワカタン!ランディングネットは必要かな?
…なんて声をかけようとしたところ、
ワカバヤシ「…あ」
え?
ワカバヤシ「切れました…」
ええ!?
―切れた、って、え、ドラグ調整してなかったの?
ワカバヤシ「僕は基本フルロックなんで。寄せてからは調整しますけど」
―…そんなもんなの?スピニングなんて掛けた瞬間からジージーいってるイメージだったけど。
…しかし、もったいない。
3ポンドとはいえまがりなりにもラインを切ったわけだから、そこそこサイズのある魚だったんじゃ…。
…ここに移動してきて早々のアタリに浮かれたのも束の間、天国から地獄の二人。
どんよりとした空気がボートの上を覆います。
「おーい」
…あ、かいてんさんと勅使河原さんだ。
そうか、またいつの間にかワカタンと連絡をとっていたらしい。
―そっちはどうですか。
かいてん「全然ダメ」
―ダメかー。こっちも全然。
かいてん「厳しいし、もう、諦めて早上がりしちゃおっか」
―え、いや、それは無いわ。
ワカバヤシ「無いわ」
…ハモる僕とワカタン。
今日は昨日よりさらに渋い、それは間違いないけれど、少なくとも投げていれば可能性はあるだろうに。
まして、今そこでワカタンが掛けたのを僕は見ている。
ここで諦めて帰るなんてとんでもない!
昨日、正解かどうかはともかくとして、僕も7gのキャロで一回魚を掛けている。
しばらくは他のことは考えず、ひたすらキャロを投げ倒してみよう。
考えがまとまると、俄然やる気がみなぎってくる僕である。
大体が、あれこれと色々考えすぎなのだ。
ベイトがどうの、スピニングがどうのと、
しばらくはいったんこれをやると決めたら、あとは雨が降ろうが槍が降ろうがやり通せばいいのだ。
そんな簡単な話だったのだ。
一人でうんうんと頷いて、ではまずはあの先に見える(見えないけどあるであろう)ブレイク目がけて投げてみようではないか!
ワカバヤシ「…あ、雨が強くなってきましたよ」
…え?
…ドザァァァァァァァァァァァァッァァァァァッァ!!!!!!!
…ヒイイイ!!
…ちょっと雨の粒が大きくなったかな、と思った瞬間には、目の前が真っ白になるほどの大雨が湖上を覆いつくしています。
さきほどの決意とやる気は既にどこかにすっ飛んで、慌てて避難先を探します。
…あ、そういえばここに来る途中に立木のトンネルみたいになっているところがあった!
急いでエンジンを掛け、その場所を目指すと既に先客がお一人。
…でも、まだ入れるスペースがありそうかな?
と判断した僕は迷わずそのスペースにボートを突っ込みます。
…ふぅ、やはり山の天候はどう転ぶかわからんなぁ。
やれやれ、どうにか雨を凌げそうだと、ワカタンと話をしていると、
かいてん「きたぁ!!」
…え?
声のする方向を見やると、同じようにオーバーハングで雨宿りをしていたらしいかいてんさんが、
雨が弱くなるまでの暇つぶしだったのでしょう、たまたま投げたリグに魚がヒットした模様。
さっき、かいてんさんから聞いていた話からすると、かいてんさんは今日これが初ヒットのはずです。
え、マジで?マジで?と見守っていると…、
かいてん「あーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
…バラしたか。
遠目からでも、落胆しているかいてんさんの様子が手に取るようにわかります。
―しかし流れが悪いなぁ。
さっきのワカタンの一匹もそうだし、ただでさえ渋い中での、せっかくヒットなのに…。
雨が弱まり、オーバーハングから出た僕たちはこれからどうしようかと相談します。
―どうしようか、さっきワカタンが掛けたところに戻る?
ワカバヤシ「や、このままあっち側に行きましょう」
…ワカタンが指差したのは、方角的には北の方。
こういう言い方が適当かはわかりませんが、ダムでいうところのダムサイトにあたるような、だだっ広くて水深のあるエリアがある方向を指差しています。
―あっち、って、ちょっと深い感じだよね。
ワカバヤシ「はい、岸際の浅いところと、沖側の深いところと両方できるかと」
…ふむ。
普通、自分が魚を釣ったり、バラしたりしたポイントに気が向きがちなものだと思うのですが、ワカタンはあっさりとそれを見切りました。
これが、一つのポイントに固執することは良くないという経験則によるものなのか、本人の性格的なものなのかはわかりませんが…。
特に反対するだけの理由もない僕は、
―わかった、んじゃそっち行ってみようか。
と同意して、最南のシャロー地帯から抜け出します。
どうやら、かいてんさんと勅使河原さんもこの辺りを見切って移動するようです。
エンジンを掛けて、大きく移動するつもりらしい。
僕らはエレキで流しつつ、ゆっくりと北上していくことにします。
しばらくはキャロで通す、と決めたことを思い出した僕は、それをひたすら岸側に向けて投げ続けます。
時折、ウィードに引っかかっては引きちぎりながら、黙々と投げ続ける横で、ワカタンはライトキャロやネコリグなど、色々なリグを試しているようです。
…しばし、沈黙の時間が流れます。
ひたすら無心で岸の方向へキャロを投げ、底を探り、回収する。
おそらく、ここ桧原湖へ来てから100回以上は繰り返している作業を、黙々と続けていきます。
…シンカーが、またウィードに引っかかった感触がありました。
軽くロッドをゆすっても外れなさそう。
ロッドを手前に引っ張ってウィードをブチブチと引きちぎります。
瞬間。
…ゴッ!!
…え、と思った瞬間には体が動いてアワセを入れています。
魚なのかどうなのか、その時には半信半疑だったのですが…、
…魚だ!!
ロッドの先に伝わってくる生命感。
間違いなく魚の感触です!
…が、どうやら中途半端にウィードに絡まったままらしい。
ビンビンとロッドには魚の反応が伝わってきますが、巻いてもロッドが曲がるだけで寄せられない。
ベイトロッドのパワーに物を言わせて、無理やりロッドを引き寄せてウィードを引きちぎります!
…ウィードのちぎれるブチブチとした感触が伝わると同時に、魚が走り出します。
―良かった、バレるかもとちょっとだけヒヤヒヤしてしまった。
でも、こうなればもう安心でしょう。
ふと横を見ると、いつから気づいていたのか、ワカタンが心配気に水面を見守っています。
ワカバヤシ「頼む!頼む頼む!」
今日は自分も釣っていないというのに、ワカタンが僕のために祈ってくれています。
そして魚が寄ってきたと見るやいなや、ランディングネットを構えて、
ワカバヤシ「ビジ夫さん!いいですよ!」
―サンキュー!ワカタン!
…ヨイショーイ!!
―やー、嬉しい!めっちゃ嬉しいよ、ワカタン。
ワカバヤシ「おめでとうございます!」
―…いやー、ありがと。お陰で釣れたよ。
ウィードだよ、ウィード、引っ掛けてちぎった瞬間に喰ったねー。
喰わせた感じじゃないね、リアクションだね、たぶん。
…釣り上げたばかりの興奮が冷めやらぬ僕は、一人ベラベラとワカタンに話しかけます。
ワカバヤシ「良かったですね。じゃあ、これが初スモールってことで大丈夫ですか?」
―大丈夫です!
…良い返事をして、これでようやく、長かった僕の桧原湖リベンジがここに終結したのでした。
いやー、しかし長かった。本当に。
スモール一匹釣るために、何年かけているんだと自分のヘタレ加減に我ながらびっくりする。
…あらためて魚を見やります。
―30ちょっとくらいかな、35はないくらいか。
…おそらく本当はワカタンが言うように、キャロをやるなら2.5gくらいのシンカーでウィードの上に乗せながら探るのが正解なんでしょう。
ところが、この魚ばっかりは5gのシンカーでウィードの根本まで落としたことが功を奏しました。
ウィードに引っかかり、無理やり引きちぎったアクションに反応したバスが、リアクション的にワームに飛びついたのでしょう。
そして、ロッドのパワーとラインの太さのどれが足りていなくても、この魚を取ることは難しかったかもしれません。
その一方で、正解のタックルを使っているワカタンはラインブレイクしてしまったのですから皮肉なものです。
…まぁいずれにしても、僕にしたら上出来でしょう。
―本当にありがとう、と形式だけではないお礼を言って、スモールをリリースします。
手を離してやると少しの時間、ボケっと水面に浮いていたスモールは、ふと何かに気がついたように水底へ戻っていったのでした。
…さぁ、ともかくも一匹釣り上げることができました。
ただ、ここまでかなりの時間をキャロに費やしてようやくの一匹。
それも、喰わせた気がまったくしない、事故のような一匹です。
たぶん、このままキャロを続けていても状況が良くなることはないし、とは言っても、じゃあ何をすればよいやら検討もつかない。
うーむ、としばらく考え込みます。
…そもそもが、昨日からそれなりに色々と試してみたけれど、キャロ以外に反応があったのはメザシを釣り上げたステルスペッパーしかない。
それも、反応するのは似たようなチビばかりで、大きな魚が反応をしたことは一度も無かった。
何か、考えをガラッと変えて…、
…いやいや、待て待て。
あったじゃないか、そういえば。
僕自身が釣り上げる気が全く無いまま使っていたけれど、反応があったルアーが、あったじゃないか。
…ジョインテッドクロー!
これが喰わせのメインルアーになるわけないと、完全にサーチ用として割りきって投げていたから考えから抜けていたけれど、
これにチェイスする魚をどうにか喰わせるのが、実は一番近道だったりしないのか。
…もしも、さっき釣り上げた一本が無ければ、こんなことを考えたところで本気でジョイクロで釣ろうなどとは思わなかったでしょう。
僕は桧原湖で一本釣った男だと、この大自然を相手に勝った男なんだと、その意味不明の余裕が、ジョインテッドクローを真剣に使って魚を釣ってみようという気にさせたのでした。
思いつくが早いか、XHのロッドを手にとって岸側に投げてみます。
チェイスが無くてもしつこくしつこく投げ続けると…。
…あ、そこそこサイズが追いかけてきた!
やっぱり、デカいのもいるにはいるんだな、喰わないだけで。
…さて、ここで巻き続けてもピックアップ直前に見切られるのがいつものパターン。
こいつを喰わせるにはどうしたらいいか。
…ふと、巻くのを止めてみます。
…あ、至近距離まで寄ってきて…、
喰うのか?まさか、こんなにアッサリと…、
…プイッ!
…ですよね。はい、分かってました。
考えろ、僕。止めてダメなら…、
あ、またチェイスがきた!
寄ってきたタイミングを見計らって…、
ジャーク!
また寄ってきたところを…、
ジャークジャーク!
…ゴッ!!
!!!
え!?
喰ってきた!!!
…けど、乗ってない、バイトミス!?
うわぁぁぁぁ、今の、今の、超惜しい!
ジョイクロで喰わせてみようって自分で考えてやっておきながら、心のどこかでは、正直まさか、って気持ちがあった。
…でも今の、喰いどころが良ければ乗ってたんじゃないか。
うおぉ、マジかー、悔しい!
…しばし一人で悶絶します。
ここにきて、まさかのジョイクロ。
実は僕のできる範囲で一番可能性がありそうだったのがジョイクロだったという、この展開。
時間を見ると…、15時か。
帰着まであと1時間。
…あまりにも、気がつくのが遅すぎました。
…その後、勅使河原さんが短時間で2本釣ったという連絡を受けて、ベイトを追いかけているバスを狙ってみたりしたものの反応もなく、
浮島周辺のシャローにジョイクロを投げまくってジャークさせまくってみたりしましたが喰わせるまでには至らず、
無情にもタイムアップとなってしまったのでした。
2日間を最初から最後までジョイクロで通していたらどうなっていたか?
…というのは結果論ですし、考えてもしょうがないことなのですが、
でも、どうしてもそう考えてしまう僕がいます。
…あのルアーを追ってくる、大きなバスをもしも取ることができていたなら…。
帰りの車中、運転しているかいてんさんの横で缶ビールを開けながら、悶々とそんなことを考え続けます。
ずるいずるい!と騒いでいるかいてんさんにスルメを与えて大人しくさせ、窓の外を見ると既に磐梯山は後方にあり、モヤがかかってその全景はぼやけています。
今日、一匹釣ったことで来年また桧原湖に行くという口実は無くなってしまったわけですが、
次にまたここへ来るのはいつになるのでしょう。
…2日もやり続けておきながら、もう次に来るときのことを考えてしまうのは、釣れようが釣れまいが関係の無い、桧原湖自体の魅力があるからなんでしょうか。
だいぶ渋かったけど、あの山々に囲まれながらロッドを振っているだけでも、関東で荒みきった僕の心も段々と癒され…、
かいてん「そういえば、初日の釣果なんだけど」
…うん?
かいてん「一番釣った人は40本以上釣ってたらしいよ」
…ハァ!?
―嘘でしょ、そんな状況じゃなかったじゃん!
周りでもそんなに釣ってる人なんて一人も…、
…あ。
初日、そういえば出船早々に釣ってる人を見た。
湖の沖、ど真ん中をバスボートでゆっくり流しながらスピニングでドラッキングしていた…、
…あれか!
もしかして、あれが正解パターンだったの!?
そうか、そりゃ、僕らは岸の方ばっかり向いてやってたんだから、沖で釣ってる人がいても気がつくわけないよね。
…いやー、しかし、出ないわ。
あの釣り方は出ない。
僕の引き出しのどこを開けても、あの釣り方は出てこないよ。
…40本か。
もし事前にその釣果だけ知っていたとしたら、
「え、桧原湖釣れ釣れじゃん」などと軽く考えていたであろうことは間違いありません。
「そんなんヒョイヒョイと2,30本釣って、じゃあ後は喜多方ラーメンでも食べにいくか」なんて、能天気な発言をしていたに相違ありません。
…恐ろしい場所だ、桧原湖。
一本釣ってリベンジしたとか言っていた自分が恥ずかしい。
…次に行く時にはもう少し事前に勉強してからにしよう。
いつになく、謙虚な気持ちになった僕だったのでした。
…ということで、なんとかかんとか、滑り込みセーフという感じでようやく桧原湖で釣り上げることができた僕だったのでしたが、
「これで晴れて桧原湖はクリアです」とは、とてもではないですが、言える心境ではないのでした。
釣った一本にしても、僕は別にウィードに絡めてリアクションを狙ったわけでもなんでもありません。
ただひたすら、ひたすらキャロを投げては回収する作業に勤しんでいただけなのでして、
ウィードに絡まったリグを引きちぎって外した瞬間に喰ってくることなどは、はっきり言って想像の範疇の外だったのでした。
最初は誰でも、釣り上げるバスは偶然です。
しかし、その偶然を確信に変えるのがバス釣りです。
僕は桧原湖においてようやくその一歩を踏み出せたというだけなのでして、
そういう意味では、僕のスモールマウスへの挑戦はむしろここから始まるのだという気がしてならないのでした。
…さて、ここ数年の恒例にしていた桧原湖への年一回の遠征ですが、じゃあ来年からはどうしようか。
同じようにまた桧原湖へ行って、今日感じたことを胸に新たなチャレンジをしてみるか。
それとも…。
まぁ、考える時間はあと1年あるわけで、それまではまた関東で、いつものラージマウスに胸を借りて、
コテンパンに勉強させてもらいながら、ケチョンケチョンに打ちのめされながら、
とにもかくにも明日から心機一転またがんばっていこうと、そんなことを考えている僕だったのでした。