あれ、これ入れ物?

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なぜか職場の階段を下りている時、いつも感じることがあります。
自分の体、これ入れ物だ…って。
じゃあ中に入っているのは何?これが「わたし」?
この入れ物に入って長年、もうすっかり馴染んでいるけど、これ(体)は自分じゃないな…って。

自分という意識があるのは中身。
外側は、生きている皮みたい。
ロボットに入って操縦しているような…ロボットよりも有機的でフィット感半端ないけど(笑)


なぜいつも階段を下りる時なのかなぁ。
しかも時間もほぼ決まってて。
その時間に階段を下りると、いつも勝手に湧き上がるその感覚。
階段を下りてしばらくすると、またいつも通りの「体=自分」の感覚に戻るのです。


この入れ物は、独特の癖があって、結構不自由なのですが、
どの入れ物にもそれなりに癖があり、そこはみんな同じなので、それに対して嫌な気はおきない。
癖、というのは脳の癖。こういう刺激があったとき、こういう反応がおきてしまう、という癖。
その癖がきつければきついほど、中身は窮屈で苦しい思いをします。
癖が取れてくれば、中身は本来の自由さをいつも感じられて、穏やかでいられます。
入れ物である肉体の、脳の癖を取っていくこと。
これが人生の修行。(修行という言い方が固ければ、学びでも気づきでも)


肉体じゃなく中身の感覚に戻る時(戻る、という書き方をしたいです。きっとそっちが本来だから)こんな窮屈な入れ物に入っていろいろ軋轢があって、3次元で自分がんばってるなーと感じます。
ホントはこんなに自由なのにキラキラ
でも入れ物を取り換えることはできないから。
入れ物の方を中身に合わせて使いやすくしていくしかない(笑)


自分にあてがわれたこの入れ物の手入れをして良くしていくこと。
(あてがわれたんじゃなく、選んだのかも知れませんが、それを自分では覚えていないので)
綺麗にする、ではなく進化させていくこと。(脳を)
それを思い出させられる感覚。
そうだった、それが命題だった…って。
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