顛どうのブログ

時事ネタ、好きな縄文ネタを毎日書きます。

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トランプ新大統領への移行準備期間である現在、世界中で、ある”噂”が
流れています。それは米国が”新ドルへ切り替える”というものです。
噂では、今の米ドルの半分ほどの価値になる、と言われています。
 
>>今回の大統領選で、もし、ヒラリーが大統領になったらカタストロフィ
(世界の大惨事)となり、トランプ氏が大統領になったらディザスター(災害)が
起こる、と言っていた人がいます。また、ヒラリーが大統領になると世界戦争が
勃発することになるとも言っていました。しかしトランプ氏が大統領になっても、
米経済を改善させることはできず、経済は崩壊するだろうとも言われています。
 

 
>>   つまり、どちらが大統領になったとしても、
      シナリオライターは同じですから、 結末に
      至る過程が異なるだけで、結末は同じだ、
      というわけです。
 
>> これから何が起きるのか、につきましては過去に学ぶのが
    早道です。世界の覇権がアメリカに移った1914年頃、それまでの
    覇権国であった英国では金(ゴールド)の価格決定権を独占した
    ロスチャイルドの姿がありました。その歴史をロスチャイルドの
    公式ホームページ(アーカイブ)で振り返ってみましょう。
 
    すると、時代を先回りして、国家をも牛耳ってきたロスチャイルドの
    姿が浮かび上がってきます。”仕掛け人”としての彼らは、もう過去の
    人なのでしょうか?? いえ、そうではありません。過去にもまして、
    彼らの力は強まっています。そして、ロスチャイルドは、ずっと独占
    してきた金価格の支配権を2004年に放棄しました。これは何を
    意味するのでしょうか?新ドルと関係があるのでしょうか?
 
 
 
”ロスチャイルド・アーカイブ” より
https://www.rothschildarchive.org/contact/faqs/rothschild_and_gold
 
 
 
Rothschild and gold ロスチャイルドと金(ゴールド)
                    ※訳文:顛どう
The history of gold trading would be incomplete without the Rothschilds; and the history of the Rothschilds would be very different without gold. Beginning in 1809 and spanning almost 200 years, the trading, refining and mining of gold have been important activities for business.
金の取引の歴史はロスチャイルド家なしでは全く不十分であり、またロスチャイルド家の歴史も金なくしては語れない。1809年の始まりからほぼ200年の間、金の取引、精製と採鉱はビジネスにとって重要な活動であった。
 
Rothschild gold bars minted at the Royal Mint Refinery
英王立鋳貨局精製所で鋳造されたたロスチャイルドのゴールド・バー

●Financing Wellington’s armies
ウェリントンの軍隊への資金提供
 
※ウェリントン公爵
(英: Duke of Wellington)は、イギリスの公爵位。連合王国貴族爵位。ナポレオン戦争の英雄初代ウェリントン侯爵アーサー・ウェルズリーが1814年に叙されたのに始まる。連合王国貴族の中では筆頭となる爵位。アイルランド貴族の初代モーニントン伯爵レット・ウェズリーの三男アーサー・ウェルズリー(1769-1852)は、陸軍軍人となり、1809年からナポレオン戦争の半島戦争でイギリス・ポルトガル連合軍の指揮をとった。1815年のナポレオンの百日天下後にはワーテルローの戦いでイギリス軍主体の反仏連合軍の指揮を執ってナポレオンを再度の失脚に追い込んだことで知られる
 
The Rothschilds supplied gold to the Duke of Wellington during the Napoleonic wars, rescuing Wellington’s armies from almost certain defeat.Between 1793 and 1815, Britain was almost continuously at war with France, placing a huge burden on the British Exchequer.
ロスチャイルド家は、ナポレオン戦争時に、莫大な金をウェリントン公爵に供給し、ウェリントンの軍隊をほとんど確実な負けから救った。1793年からと1815年の間に、英国は常にフランスと継続的な戦争状態にあり、英国大蔵省には莫大な荷が置かれていた。
By 1813, Wellington’s armies had succeeded in driving the French back to the Pyrenees, but the financial situation had become critical. Wellington desperately needed gold and silver coins, which could be exchanged locally to pay and feed his troops and so sustain morale. J.C. Herries, the Commissary in Chief to the British government, was responsible for financing and equipping the British armies in the field.
1813年までに、ウェリントンの軍隊は、ピレネー山脈にフランス人を追い返すことに成功したけれども、財政状態は危機的なものとなっていた。ウェリントンには、彼の軍に支払い、供給し、これにより士気を支える、地方で交換できる金貨と銀貨が絶望的なほど必要とされていた。J. C・ヘリーズ;英政府の兵站部の将校;彼は現場での英国軍隊に資金提供することと、装備調達の責任者であった。

Herries sought an intermediary who could secretly obtain large amounts of gold, but without alerting the French. In January 1814, he formally engaged Nathan Mayer Rothschild.Over the previous five years, Nathan had built an extensive network of couriers, dealers, brokers and bankers to facilitate his trading activities in gold. In the process, he established a commanding position as a bullion broker in the City of London. On receiving the commission from Herries, Nathan instructed his brothers on the continent to buy gold wherever they could, secretly and in small quantities, so as not to disturb the market.
ヘリーズは多量の金を、しかしフランスに気づかれることなく、密かに供給してくれる仲介者を探した。1814年の1月、彼はネイサン・マイヤー・ロスチャイルドを正式に雇った。それに先立つ5年以上前に、ネイサンは金取引活動を容易にするため、連絡係、ディーラー、ブローカー、および銀行家の幅広いネットワークを構築していた。
Once amassed, the gold was shipped and conveyed to Wellington in southern France, enabling him to pay his troops.
In 1815, following Napoleon’s escape from Elba, the need for finance for Wellington’s armies arose once more. Nathan was again successful in meeting the demand, raising immense sums of money in a short space of time and proposing that bullion be melted down to compensate for the shortage of coins. Drawing on finance raised by the Rothschilds, Wellington was able to pay the 209,000 English, Dutch and Prussian soldiers that had assembled in Belgium and subsequently defeated Napoleon at Waterloo.
いったん集められた金は出荷されて、彼が軍に支払うことを可能にする南フランスのウェリントンに運搬された。1815年にナポレオンのエルバ島からの脱出により、ウェリントンの軍隊を再度動かすことが必要が生じたことから、財政上の必要が生じた。ネイサンは、再び、短期間のうちに巨額の融資を行うため、コイン不足を補うに必要な量の金の延べ棒を溶かすことを会合で提案することに成功した。ロスチャイルドの融資により、ウェリントンは、ベルギーで集め、その後ワーテルローでナポレオン軍を破った、20万9千人の英国、オランダ、プロイセン(独北部)の兵士たちに支払うことが出来た。
 
 
●Rescuing the Bank of England
イングランド銀行の”救済”

As he rose to prominence, Nathan Mayer Rothschild cultivated a strong and close relationship with the Bank of England. 
During much of the early 1820s, Nathan was a buyer and borrower of both gold and silver from the Bank. In late 1825, the Rothschilds averted a financial crisis by supplying a large volume of gold to the Bank of England when the Bank ran desperately short of coined gold.
>>彼が頭角を現すと、ネイサン・マイヤー・ロスチャイルドはイングランド銀行と強力で緊密な関係性を構築した。1820年代前半は、ネイサンは銀行との間においては、金と銀の買い手と借り手であったが、1825年遅くに、銀行が金貨について絶望的に不足していた時に、ロスチャイルド家は、莫大な量の金をイングランド銀行に供給して金融危機を回避した。
Under Britain’s system of ‘cash payments’, bank notes could be fully and freely conver ted into gold at the Bank of England. This system had been restored in 1821, after a long absence. However, by 1825, Britain was running a trade deficit, leading to substantial outflows of gold from the country and a sharp monetary contraction. This, in turn, triggered a collapse in asset prices and the failure of a number of commercial banks. By mid-December, “an indescribable gloom was diffused through the City,” according to The Times.
『現金払い』の英国のシステムの下では、紙幣はイングランド銀行で金(ゴールド)へ完全に自由に交換できた。このシステムは長い廃止期間の後に、1821年に復活した。しかし、1825年までは英国が貿易赤字が続いたため、国から相当量の金の国外流出をもたらし、そして急激な貨幣収縮が、次々と資産価格の崩落と多くの商業銀行の倒産を引き起こした。12月半ばには、タイムズ紙によれば、「名状しがたい陰鬱な空気が街中に拡散した」。
 The Bank of England’s gold reserves were almost completely exhausted and the suspension of cash payments was imminent, threatening widespread financial turmoil. The rescue of the Bank was a remarkable achievement which owed everything to the international nature of the Rothschilds’ operations.
イングランド銀行の金準備はほとんど完全に枯渇し、現金支払いの余力は窮乏し、広範囲に預金封鎖の危険が差し迫っていた。銀行への救済は、全て、国際的な性格をもつロスチャイルドの作戦による際立った業績によるものだ。
 
 
●Refining and mining
 精製と採掘
In 1830, to settle a default on a loan, the Spanish monarchy handed the Rothschilds the rights to the output of the Almadén mercury mines in south-west Spain. At the time, mercury was an essential component in the refining of gold. With the rights to these mines, the Rothschilds had a virtual global monopoly and therefore significant control over the gold refining process. The Rothschilds’ interests in refining can be traced to 1827, when James de Rothschild began operating his own refinery in Paris. The family’s interests expanded greatly in 1852 when they acquired the lease of the Royal Mint Refinery in London, a lease they retained for well over a century. The Royal Mint played a leading role in refining the world’s gold output and the acquisition was particularly timely as new discoveries of Californian and Australian gold brought a flood of new supplies to London in the 1850s.
1830年には、〈貸付金のデフォルトを落ち着かせるため〉に、スペインの君主政治は南西スペイン のアルマデン水銀鉱山の権利をロスチャイルドに明け渡した。その時、水銀は金の精製の時に必須の物質であった。これらの鉱山権利によって、ロスチャイルドは、金精製プロセスの上の事実上の国際的独占と重要な支配権を持つに至った。ロスチャイルドの金精製への興味は1827年に遡る。その時ジェームズ・ロスチャイルドはパリで自身の精製所を運営をはじめた。彼らが1世紀以上にわたり保持したロンドンの王立鋳貨局精製所の賃借権を獲得した1852年に、ロスチャイルド家の興味は、大いに拡大した。王立鋳貨局は、世界の産出金を精製することに主要な役割を果たし、1850年代にカリフォルニアおよびオーストラリアの金の新しい発見が、新しい金供給の洪水をロンドンにもたらしたので、獲得は特に時代にかなっていた。
 
●The gold fixing
 (金価格の決定)
The fixing provides a recognised daily gold price that is used as a benchmark throughout world markets. For much of its life, it has been a restrained affair, with five participants each sending representatives to Rothschild’s offices. From there, they telephoned their trading rooms and raised a small Union  Jack when conferring with colleagues; only when all the flags had been lowered could the gold price be ‘fixed’ or agreed on. The fixing was held at the Rothschild Bank offices from 1919 until 2004.
金価格協議では、世界市場においてベンチマークとして認めらる毎日の金価格を提供する。金は、その一生の多くで、5人の参加者がロスチャイルドの執務室へそれぞれの代表者を送りこむ秘密会合で決められた。それらはそれらの取引部屋に電話し、同僚と協議する時に、小さなユニオンジャックを掲げた;すべての旗が下げられた時だけがすることができた 金価格の『決定』または賛成である。会合は1919から2004年までロスチャイルド銀行の執務室で保持された。
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