わけのわからぬTPP その3 海外での農業対策

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 TPP擁護論に、下手をすると韓国に置いていかれるというのがあります。韓国が締結するのはアメリカとのFTAでありTPPではないのですが、韓国車ってそんなに売れているのでしょうか。
 その辺は実はよく知らないので、本当に脅威なのかもしれませんし、加えて前回のエントリのブックマークコメントに「問題は機会損失だけではすまない」という、未来を懸念するかのようなものもあったのですが、その1に書いたように現在はTPP未参加にもかかわらず輸出は(アジア圏においても)非常に堅調であり、リーマンショック以前ですがトヨタは世界一の自動車会社になったこともありました。
 単純に言えば、そのように好調な業界の将来のしかも未知の懸念のために、なぜ絶不調な農業業界が確実なダメージを負わなくてはいけないのかと思うのです。


 そういう懸念に対して、政治家や農業経済学者は「農業だって工夫すれば生き残れる」などとよく言いますし、農家の中にもそれに乗せられて「これこそ農業業界改革のチャンスだ」などという人もいますが、どうかしてるのではないかと思います。
 また総理はこの問題に関しては「農業対策はきっちりやる、それが大前提」とよく言いますが、それを信じるほどナイーブな人はまだ日本にいるでしょうか。もっとも、だったらTPP参加だっていつものデマカセに終わるかもしれない可能性はありますが、そちらの方はどうもデマカセではなさそうに思えるのが悲しいです。


○海外での農業保護政策


 現状、農業対策としては戸別所得補償制度を軸に調整するといわれています。私は過去のブログでも書いていたように戸別所得補償自体は賛成なのですが、しかし今やっているようなのは全くダメです。補償対象が薄すぎるからです。
 そもそも規模をほとんど無視して小規模農家をも対象としてしまったおかげで、ない袖は振れないとばかりに10aあたり15000円というならしにしてしまったがためにそれはあっさりと米価下落に吸収されてしまう、もう当初から懸念されまくった結果に終わり実質生産者ではなく消費者補填制度になってしまったものですが、戸別補償そのものはアメリカでもEUでも普通な制度です。が、政治家や経済学者が無視しているのはその規模です。


 こちらにアメリカとEUのそれぞれの農業予算をまとめたpdfがあるのですが、
 http://www.tatuo.jp/091215-4.pdf
 特定作物のみですが農業総生産額に占める農業関係予算はアメリカの場合は約6割もあり、EUも同じく3割です。EUは全体予算の半分が農業予算だったことがあり、しかもそのほとんど(8割以上)が農産物価格・所得関係です。
 日本の場合は農業総生産額がおよそ8兆円と少し、農水省予算は年間3兆円に足りない程度(双方とも2005年ごろ)で、その比を見れば3割ありますが農業予算の半分は土木工事費で、農家に回るお金はわずかでしかありません。


 個人的に気に食わないのは、例えば車や家電製品などはやや調子が悪くなると国主導で「エコカー減税」や「家電エコポイント」をやるでしょう。住宅エコポイントもありますし、それぞれ数千億と言う予算がついたわけです。で、私は先日まで知らなかったんですが、食品版エコポイントと言う動きもあるらしいんですね。・・・国が出す予算は事務経費だけで、ポイントの原資は各企業の持ち出しみたいですが。
 食品価格の高騰があっても「ハンパ物を安く供出せよ」と言われるだけで、財政出動があるわけではありません。「日本の農業は過保護だ」と言われるのは心外です


 話が逸れましたが、よくTPPで引き合いに出される韓国も、実は農業のFTA対策費として10年で約9兆円を用意していることはなぜか知られていません。年間あたりにすると1兆円に満たない額ではありますが、韓国の人口は日本の半分で食料自給率も日本の半分、単純に農業の規模は4分の1程度であろうに「対策費」がこれと言うのはかなりのものだと思います。


 さて総理の言う「農業は万全に保護する」のお言葉ですが、では農水省の23年度予算を見てみますと約2.3兆円にまで減っており(農林水産全部ひっくるめて韓国の対策費の倍と少し)、これでは「万全な」対策などもうとっくに不可能です。もちろん「万全な」対策の中身が具体的に語られたこともなく、空約束以外の何者でもないでしょう。もっとも彼に言わせれば「約束した覚えはない」かもしれませんが。


 もうひとつ話は全然変わりますが、農産物の関税に関して、こんにゃくいもの関税が1706%とものすごく高い!米の関税も776%もある!と話題になりましたが実はこれが私には分かりません。
 というのは財務省の関税率表を見てもどこにも1706%あるいは776%なんていう数字は出てこないのです。実はこんにゃくいもの関税はキロ当たり3209円で、もちろん高いのは間違いありませんが、これって元のこんにゃくいもの単価が安いと税「率」は上がると言うものなのです。米の関税も金額で決まっているのであって、%で表示するのはおかしいのではないでしょうか。


 そして日本の輸入関税は、高いものに関してよく話題になりますが、全体を平均すると決して高くなく、むしろEUより安いのです。食品においても無税のものはたくさんあります。


○「農業も工夫すればよい」のか


 私がTPPにまつわる話で一番イヤなのがこれです。


 品質や安全性などを重視したつくりで競争力をつければ農業も生き残れる、例えば過去のオレンジがそうだったでは無いか、というような話があるのですが、何を言っているのだと思います。というのは、そもそもそれはTPPと全く関係がないからです。
 私に言わせればそういう工夫はTPPなど関係なく行うべきです。個々の農家の経営努力の問題で、もちろん農家の内部ではそういう判断は常に行われていることですし、何にこだわるにせよ現在生き残っている専業農家はとっくの昔から「工夫」しています。


 近年、農業で食っていくには「高品質・高付加価値で高価格なものを適量生産する」「規模拡大・大量生産で薄利を補う」の、大雑把に言って2種類の経営方針がありました。で私は以前から、日本の農業は高品質・高付加価値への道を歩むべきだと思っていたし、言ってきました。
 なのになぜ「農業は工夫すればよい」と言う、私の考える方向への提言がそんなにイヤかと言えば、TPP参加で食品価格の絶望的な下落があった場合、規模拡大に向かう選択肢が滅ぼされるからです。で、それはついこの間まで政治家や農業経済学者がさんざん「こちらに向かえ」と煽ってきた道なのです


 自民党時代ですが「水田フル活用」とか言って、飼料用の激安米を大量に作らせるとか、麦や大豆をたくさん作付けさせるとか言っていて、民主党の戸別補償制度だって基本的には同じ思想の元の運用だし、それと農業経済学者は「日本の農産物は高くて価格競争力が無いのでもっと大規模・効率化してコストカットすべき」と言い続けてきました。それがいきなり逆方向です。なんともずうずうしい。
 だいたいこういう発言の裏には「高品質・高付加価値の農産物なんて作ろうと思えばすぐ作れるだろう」という思想が見え隠れします。こだわりの生産者は生産者で、ものすごい長い月日をかけて技術と工夫を磨いてきているのです。それを一朝一夕に「工夫すれば大丈夫よ」といい、そして一部の農家がそれを「そうだな、これこそチャンスだ!」と受けるのがもうどうしようもありません。


 また食品の輸入拡大をするとき、必ずついてくる問題に「それを誰が食べるのか」があります。たくさん輸入すれば、その輸入したものを全て捨てない限りは国内生産を縮小せざるをえないのですが、その中でも「工夫すれば生き残る」てのは実はほか多数が死ぬことを容認するものです。
 私は「農業だって絶滅するわけじゃないからいいだろう」と言っているように思えて仕方ありません。「本当に農業は壊滅するのか?」のようなコラムはいくつもありますが、どれも「いや一部は残るだろう」と言うような結論ばかりです。


 ところで「壊滅」とはどういう意味でしょうか。実は軍事用語で壊滅は、部隊の5割損耗です。決してゼロになるわけではありませんが、しかし5割が減ると部隊としての機能はなくなるのです。
 農業での話ですが、今後ドラスティックに農業人口が減るとして、それでも一部は残るでしょうか。私はそうは思えません。農業は農家だけでやっているわけではないからです。
 というのは、例えばTPP参加で一番影響を受けるであろう稲作農家がものすごく減ったとしましょう。そうなるとその影響は農業業界全体、わかりやすく言えば農業機械や農薬、農業資材を扱うメーカーや流通にも影響を及ぼします。井関農機や住友化学はやっていけるのでしょうか。工夫する農家でもトラクターや農薬が無ければ仕事は出来ません
 食品そのものの流通、卸はどうでしょうか。そもそも田んぼ自体もインフラです。


 TPP絶対反対かといえば、手厚い戸別補償のようなセーフティネットがあればまだ容認できるかなと思います(もっともそこまでしてTPPに参加する意義はその1で言ったように疑問ですが)。が、今の議論の進め方を見るにどうも「とりあえずTPP」の流れに乗っているかのようです。落っこちた後にセーフティネットを張っても何の意味もありません。私は正直言って農業そのものが日本社会から必要とされていないのではないかと思っています。

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