㈱ タバタTUSA 広報

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こんにちは。


前回の記事と同様、
東日本大震災を忘れないために、備忘録的な写真記事を載せます。

今回は福島県の海側(浜通り)北端の相馬市の様子です。


相馬市には松川浦というすごく風光明媚で穏やかな入り江がありました。
※過去形ですがもちろん今もあります。でも、地形が変わってしまった所があります。




私は大学時代にバイクのツーリングで時々この地を訪れました。

かなり前の話ですが、当時は漁港に屋台が出ていて、その場で魚や貝を焼いた物を
食べることができました。

泊まった民宿も食べきれない程の料理を出していただき、
とても思い出深い地です。


震災後は、その年の8月を最初として何度か訪れました。

今では随分片付きましたが、最初に訪れた時には、
特に相馬市漁協の卸売市場のあたりは、非常に高い津波に襲われた様子が伺え、
その威力にただただ驚くばかりでした。





おそらく今も続いていると思いますが、
松川浦の飲食店では、それぞれのお店が趣向を凝らした「復興丼」を作って、
激減した観光客の誘致を図っていました。

もちらおん、私も何度か頂いていますが、
どのお店の物も新鮮な魚介類が中心でとても美味しいです。







天然の穏やかな入り江の松川浦ですが、魚介類の加工場がこのような状態で驚きました。

この辺りは海面から10mくらいの高さの津波が襲ったのではないかと推測されます。





周囲の状況からすると、この神社のギリギリの高さまで津波は来たものと思います。





周辺の住宅もこの通り、津波は2階部分まで到達しています。





こちらは相馬ポートセンターの建物。





こちらも屋上を津波は越えていました。

鉄骨が折れ曲がっています。








ポートセンター周辺に集積された瓦礫です。





中には縫いぐるみなどもあり、胸を締め付けられます。







そして、相馬市の海水浴場にあるこの見晴らし塔。

下の時計は津波に襲われた時間で止まっていました。

その上の時計は動いていましたが、ギリギリのところまで来た事が分ります。







こちらは海水浴場のトイレ。

ご覧のように基礎部分から傾いていました。





海水浴場周辺の住宅地は基礎部分だけが残されていました。





時々見かける小さな子供の物と思われる靴やおもちゃなどを見るたびに、
「持ち主の子が無事でありますように!」と祈るような気持ちになります。









こちらは相馬市の魚市場。

何と丈夫そうな天井が落ちていました。


今、ようやく、この魚市場は再建に向かって動いています。





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こんにちは。


今日、私の会社のメールアドレスに「たげな新聞2014年12月号」が送られてきました。

この「たげな新聞」は東日本大震災の被災地である宮城県女川町竹浦(たげな)地区に
住んでいらっしゃった方が、故郷を忘れないために年に3~4回発行されているもので、
発行支援をした人に自動的に送られてきます。






表裏2ページの内容ですが、この新聞からいつも復興に向かっている様子を伺っていて、
発行を楽しみにしています。


私は震災が起こった2011年の8月から福島を中心に東北には15回以上行きました。

最近はボランティア活動で行きますが、当初はとにかく観光客が激減した地域に行って
ささやかながらでも消費活動をしたいと思って行き始めました。

そんな中から、ボランティア活動や復興イベントで訪れた地域で撮影した写真を備忘録的に
4回に分けてご紹介したいと思います。

最初は宮城県の女川町、そして、福島県の相馬市、南相馬市、
そして、最後は広域水害のボランティアで3回訪れた熊本県の阿蘇市の写真です。


東北の震災からは3年9ヶ月、阿蘇の水害からは2年5ヶ月が経とうとしています。

既に「喉元過ぎれば~」の方もいらっしゃるかもしれませんが、
気持ちを新たにしていただけると幸いです。


尚、南相馬市などでは、まだまだNPOや社会福祉協議会などの団体が
一般のボランティアを募っています。

現在は居住制限区域のお宅の庭の雑草刈りなどが多いですが、
このブログ記事を読まれた方の中から一人でも多くの方が参加していただけると
うれしく思います。

南相馬市の社協の例を取ると、ボランティアをされている方の平均年齢は、
かなり高いです。





まず、最初は女川町の震災後すぐの様子。

地元の方が撮影された写真です。





そして、これは私が1年3ヵ月後に訪れた時の様子です。

大学時代に何度もバイクのツーリングで通過した女川の街は、殆どが更地になっていました。
どんな街だったのか、思い出せないくらいの状態で、本当に驚愕しました。

分りづらいですが、コンクリート製の建物が、左右に一棟ずつ倒れています。





すさまじい津波の破壊力です。





とにかく、見渡す限りの更地で、言葉を失ってしまいました。





人気のない街の外れでは、重機が瓦礫の山を片付けていました。





そして、ちょっぴり元気をもらった地元の方の車に貼られたステッカー。





こちらは、一見綺麗に見える竹浦(たげな)漁港の写真です。

竹浦は女川町の中心部から気仙沼方向に向かってしばらく車で走った所にある漁村です。
冒頭の「たげな新聞」はこの地区に住んでいらっしゃった方の有志が発行しているものです。

こちらも、ほぼ津波によって壊滅的な被害を受けました。

まずは、地元の方が撮影された被災して間もなくの写真をご紹介します。





本当に壊滅的な状況です。

右奥の家の屋根にご注目ください。





何と、車が屋根の上に乗っています。





そして、迫り来る津波の写真。

この写真は竹浦地区にお住まいだった方が高台の神社に非難している時に撮影されたものです。

奥に家が立ち並んでいるのが分ります。





こちらは全く同じアングルから私が1年3ヵ月後に撮影した写真です。

何一つ残っていない状況がお分かりいただけると思います。





基礎だけを残して、女川の中心部同様、そこには更地が広がっていました。





金属製の柱を根元からへし折った津波。









とにかく、何も残っていませんでした。

時折、見かける茶碗や家具の破片などが悲しさを誘いました。





電柱のてっぺんには魚網が絡まっているものや、根元から折れているものがありました。


次は、福島県相馬市で撮影した写真をご紹介します。





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こんにちは。


アメリカで年1回開催されるダイビングの世界最大級の見本市DEMAショーは、
11月19日~22日にラスベガスで開催されました。


TUSAでは現地法人のタバタUSAが出展しています。

そのTUSAブースの映像がYouTube上にアップされていますので、ご紹介いたします。

ちなみに、アメリカではTUSAがSEA&SEA社製品の総代理店となっています。









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