おばあちゃんと 一緒に

遠く忙しく暮らす子供達に、健康でいる証として60才代で始めたブログ、
しかし娘親子と同居、孫と付き合う日々、 孫達も成長し、とうとう私も70歳代になりました。これからどんな日々がやってくるか自分でも「ワクワク」楽しみです。


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11月19日
大妻籠のつたむらや を出て 馬籠宿  を経て 美濃路に入り 落合宿 
 を歩き中津川駅まで歩く

つたむらやの ご主人とおかみさんと記念撮影7:10
なんと  つたむらやの どぶろく二ビンみあげに背負って
 

馬籠宿5.4キロ 7:15
 

馬頭観音
 


棚田の脇

 

男女滝7:40
「宮本武蔵」に出てくる滝



山間の中の道に 熊よけの鐘があった7:50
所所間隔を置いて設置されていた
またこの地区は木曾の五木(ヒノキ サワラ、コウヤマキ、ネズコ、アスナロ)
の大木が生い茂っている

中山道の石標識
 
「一石栃白木改番所跡」
ヒノキなどの木や細工の監視場所
そしてそこの近くに
一石栃立茶屋 8:10~8:20があった


馬籠峠801メートル8:38



峠を下って
 
「景観重要建造物 今井家住宅」8:50
平成22年4月1日指定  中津川市
とあった


「十返舎十九の碑」
渋皮のむけし女は見えねども
栗のこわめしこゝ乃名栗物

 

街道の端の民家9:00
サツマイモを乾している 叔母さん
思わず100円で買って  



水車塚
明治37年山津波で亡くなった蜂谷家一家の供養塚



さらに歩く

 
モミジが美しい中を列を成して 14名は見事な行列

 


馬籠上陣場653メートル9:30
藤村の碑や正樹の碑とうとうあり
恵那山が見えるはずだが  雲の中
 

馬籠宿

馬籠高札場9:40


宿に入口


 

 

脇本陣資料館
 
島崎藤村記念館

 

清水屋資料館

島崎藤村の「嵐」に出てくる森さんの家
 
資料館と町並み
 
車坂


 

車坂10:30
このあたり馬籠城があったとされる
 
島崎正樹の記念碑
夜明け前
 青山半蔵
 

是より北木曾路の石碑


新茶屋の一里塚





木曾 美濃の国境11:00
 木曾路と別れ美濃路に入る

石畳の説明看板
落合石畳遊歩道(全長120m)
平成17年2月当市は恵北地区6町村と長野県山口村との越県合併により
新中津川市として誕生し、中山道の宿場も中津川宿 落合宿
   馬籠宿の三宿場となりました
この場所から旧長野県境まで約120間を合併記念事業により
落合石畳遊歩道として整備いたしました



石畳

 

医王寺の垂れ桜


 
落合川


落合宿

落合宿高札場跡11:45




常夜搭



町並み
 

脇本陣


本陣
 
JAの庭に「助け合いの釜」

 

町並み
 

善昌寺
路上の松 


落合宿の公園
ランチタイム12:00から12:30


下落合川

与板立場跡


尾州白木改番所跡



子野一里塚12:55




 


13;10
子野地蔵跡




中津川宿

名津川宿高札場3:28


中津川の町を駅に向かって歩く

中津川駅13:40
 
電車に乗って

 
倉本駅につきました15:35

 

木曽路は島崎藤村の世界 にたっぷりつかった。
また町村合併によって宿のある地名も変わって
当たり前のことではあるが時は流れている
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二日目
11月18日
三留野宿から妻籠宿 大妻籠 を歩く

今日は天気が良い 7:35
あてら荘を爽快な気分で歩き出す

昨日 あてら渓谷を歩く予定でしたが雨で中止した
木曽川 この奥が渓谷である

 

南木曾町の道路標識が
 
常夜灯


 
熊野神社を拝み 国道を横切るのに8:50
川沿いの国道の下に   鉄の橋が架かっているが 下に川不気味
もっとも中山道は断崖絶壁 の縁を歩いた先人の気分になれるか



南寝覚めいわれる渓谷9:05
木曽川 の景色が見事
 

明治天皇御在所記念碑
 
国道を歩き 振り返見る9:30
山と山の間に木曽川流れがそして道路 右に線路 
羅天橋 の このあたりがかつて難所だった


 
妻籠宿5.5キロの看板9:42
これから間もなく左手県道264線に入る


鉄喬をくぐって坂を上って程なく
東山神社の旗が見えたお祭りの準備をしていた人に会い9:55~10:05
神社の側をお借りして お茶タイム Nさん自家製の栗きんとんを
Hさんが担いでここまで持って着てくださった  美味しかった

 


三留宿


宿の町並み

 
米屋

 
二本木屋
宿らしさを木の立札している 住む人の心を感じる
 
脇本陣の宮川家

 
本陣跡
 
本陣 を努めた鮎沢家 屋敷の枝垂れ梅

 今来た街道から南木曾駅方面を見る町並み


上の町並みが終わると
常夜搭があった
 



南木曽小学校の前に旧中山道があった
随分細い道

園原先生の屋敷の隣に碑
園原家は先ほど休憩した東山神社の神官を努めた家
園原先生は園原旧富といい 京都に遊学して「神学則」「木曾古道記」「木曾名物記」等
著した大学者である
丁度説明看板を見ていると
中年の女性が「銀杏食べますか」と私たちに声をかけてきた
ここ園原家の奥さんでした。今は名古屋に住んでいて月に何回か掃除に帰ってくる
銀杏を遠慮なく頂いて 石垣の奥の 17世紀後半から18世紀前半の神官を務めた
家を守るご苦労を感じながらおいとました



南木曾駅10:45~11:10

巴御前のふりそで松
 
モミジが美しい坂道
 
兜観音11:10
 

ぜんさわ橋を渡ると11:25
古い記の看板が
「南木曽町妻籠宿保存域区」



街道らしい竹林をとうりいよいよ妻籠宿に
 
古き家とモミジ


上久保の一里塚11:28
両側ほぼ当時のもの

江戸から数えて78里目 
する日本橋から306.306キロメートル歩いた事になる
 
山間の道

 
良寛の歌碑
「この暮れの   もの悲しきに若草の 妻呼びたてて 小牡鹿鳴くも」

中山道 右つまごい 

 

「蛇石」 中世の道はこの上にあった
 
しろやま茶屋11:40~
 
中山道
妻籠城跡の標識



城跡に向かう

 
妻籠城跡


 

妻籠宿の町をみ下ろす
こじんまりしている
 


ここより妻籠宿の標識12:15

 
鯉岩
妻籠城を築いたころ ここで武将が恋を囁いたというのでなつけられたとか
地名は鯉野とか恋野といわれた

 

熊谷家
 
口留番所跡
人や荷物の動きを見張る所 木曾は檜の持ち出しをことに見張った


妻籠宿


高札場



妻籠宿に入る
銀座の様な賑わい水車
 

宿を歩く観光客に混じってリックを背負っての井手達の我々

蕎麦やで お蕎麦と五平餅を食べて 
 
脇本陣



本陣跡
本陣の島崎家を復元した建物 
島崎家は藤村の母ぬいの実家
 
街道から階段を上がって
「ギンモクセイの大木」
 
光徳寺
[親が子を想い  子が親を思う そして 祖先に祈る」と看板に貼ってあった

 
境内で犬が昼ね
 
寺から出て寺下の町を見る


カギの手に寺下に行く
常夜灯

 

上丁字屋

 

枡形の跡
街道を二度直角に曲げて外敵を入りにくくし城塞の役割をした
曲がった所から見る街道


「田立の馬っ子」
こよりでつく

 
町並み

 

有形文化財
「上嵯峨屋 」江戸中期の庶民の旅籠と推定  

 そこで 檜のつげ笠の実演をしていた

 

木曾の地酒が並ぶ酒屋
 
「辰巳屋」
辰 年 巳年生まれにちなんだ 小中学校の同窓会名と同じ旅館
思わず写真におさめた

 

尾又木曽路と飯田街道の
おじゃこ様
ここで宿は終り
 

中山道 右まごめ

 

 

 
石柱道標 明治14年6月建
 
馬籠宿6.5キロの標識

 
木立のなかの道



 

大妻籠

大妻籠標識
 
この家の初代磯村定心居士は二階に弘法大師を祭
熱心に信仰した。近在から信仰する人が集まり
弘法大師の碑を建てたそうだ





 

大妻籠の石碑

 
水車がある町並み

 
卯建(うだつ)のあがった家がある町並み
静かで落ち着いた昔をしのぶ


「つたむらや」に着きました15:30

 
おまみさんが笑顔で出迎えてくれた
「家は農家で 旅館つくりではない、食事もここでとれた山の物なので」
と言うようなことを説明した


 
囲炉裏の周りで先ずはお茶を頂いた

 
そして
近くを散策するとこんな看板がありました
「忠犬 」   
有害鳥獣を追い払うように訓練してあるが犬が離してあるから
犬を見かけたら無視してくださいと言う内容だ


 
藤原家



 
家の中に道具が陳列




藤原家の奥さんにお会いした
 「このあたりは皆親戚でつたむらやのおばあちゃんの実家がうち」
 

南木曽岳が帽子のように見えた
 

真っ白な木曾駒ケ岳
 
マスの刺身 マスの汁 岩なの塩焼き
柿のてんぷら 等々 それに 「どぶろく」 


大妻籠は宿の風情たっぷり


























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11月17日18日19日に中山道歩きをした
一日目17日
倉本駅まで車で行き そこから歩き出し須原宿、野尻宿を歩き 大桑のあてら荘泊まり
天気予報では雨、長野県に入ると雨が降り出し 倉本駅に近くなるにつれ雨音が強くなる
14名の参加者誰一人とも雨だから歩くのは止めようと言うものはいなく
黙々とカッパを着て身支度をしている。

倉本駅から出ると雲が山にかかって とても幻想的9:30な風景が広がる


車道を歩いて行くと間もなく空木山登山道と書いてある道があり其処を
山の方へ歩いて行った。そこが道の誤りであった。また上り引き返し
常夜灯 庚申搭のところで 中山道 ヘ 

 
古い人家の中へ


 
国道に出て から右側に
倉本の一里塚跡 10:15

 
国道から右手へ入ると木曽川が見え山に雲がかかり
雨の歩きもなかなか  おつなものである。



また国道を歩くと左側に
枝垂桜が

 
糸瀬山登山口の標識が


 
国道との分岐地点に
「須原宿」「水船の里」の看板11:15
 
須原駅11:20
須原駅前に幸田露伴の碑がある
幸田露伴は ここ須原宿に泊まりこれが縁で「風流仏」を著した
須原は塩漬け桜が有名とか

「須原宿」



須原宿 高札場跡


町並み

 
本陣跡
 
須原宿の石碑 正岡子規の歌  と  水船


須原宿の町並みと
銘酒  「木曾のかけはし」の蔵元
脇本陣だった

常夜搭
 
町の中に灯篭が立っていた灯篭にこんなことが書いてあった。
 民謡 「須原ばねそ」発祥の地
「よいこれ」
ハーヨイコレ 須原女 と江戸馬方はホイ馬につけてもかたぎゃせぬ

 
水船と町並み


枡形の鍵屋の坂 


 


正勝寺
モミジが目を見張るほど綺麗
 
境内に
「民謡 須原ばねいていの里」 の石碑があった
「ばねそ」とは 「はね踊りの衆」と言う意味で 正勝寺を建てた
大工の棟梁が京から伝えたと言う

 
寺の掲示板に
(木が あんなに光っているではないか
花が  あんなに匂っているではないか
けんめいに生きているから
光るんだ   匂うのだ」

 

岩出観音堂12:20
中山道から坂を登って(100メートル) 高いところにある
京都の清水寺と同じ懸崖造り
別名伊那川観音又は橋場観音



伊那川橋を渡って
更に進むと道下に
天長院が見えた13:00



寺から坂を下ると
一幅の墨絵のよう

木曽路の趣が


道の駅
大桑 (木楽舎)
ここでランチタイム 
蕎麦を食べる13:30~14:10



野尻宿

常夜搭14:35



野尻宿の町並み


「ますや」
宿の中ほどに  コミュニイティカフェ と手仕事
貼り紙がしてある家があった



 
野尻宿は「七曲がり」
街道が曲がっている


 

常夜搭
 
宿を出ると国道に
「野尻宿」の看板が見えた


看板が見えたところから宿を振り返る

 

下在郷
一里塚跡14:50

 

「あてら荘」を目指して木曽川見えました
もう直ぐです 
 
木曽川渡ります
 
あてら荘につきました15:30

雨の中 
「木曽路はすべて山の中である」と島崎藤村の「夜明け前」の書き出しにある
つななる山に雲がかかり その風情をたっぷり雨だからこそ味わえたなどと
思い
雨で靴も靴下もびしょぬれになったのを乾して温かい温泉につかった
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今日はチイチャンの参観日(授業)
ソウチャンは一人になるので
バアバーと荒山に登りました
朝 ソウチャン が 音読を済ませて  テレビのカメンダイダーを見てから出かけました
箕輪の駐車場に着くと 車を止める所がないくらい 車が一杯でした

ソウチャンの掛け声で準備体操をして9:35分に登山を開始しました

登山道は霜柱が立っていて
ソウチャンは「コレなに?」と言って
触ってみる
「霜柱よ」というと
「そうなん」と言ってサクサクする霜柱を足で押したり手で取ってみたり
して「宝石みたいだね これ宝石だらいいのにね」とソウチャンは手にとっては
眺めています
「寒いね家とは違うね」 そして「歩けば熱くなるか」など言いながら
ソウチャンは登ります
岩がある登山道に来ると「足を置くの難しいね」

荒山高原に着きました10:15

荒山高原から今日は荒山に登ります
ソウチャンは荒山に登るのは初めてです
荒山は背丈の高ツツジや雑木の中を登ります
「ヒトがいないね大丈夫バアバ」
鍋割山に登る登山者のほうが多く荒山はとても静かです
「もう少し登ると雪の山が見えるよ 其処が平だからそこで休もうね」
「そうなん」とソウチャン
「あれなんだ 」と鍋割山を見て大声でソウチャンいいます
「鍋割山よ」
「そうなん」
見晴らしが利く平らな所で真っ白く雪を被った苗場山方面の山が見えました
ここで休もう「 おお綺麗 。空も雲ひとつないね」とソウチャン
飴をなめて水を飲んで小休憩してまた登ります
「スカイツリー見えるかね、富士山も見えるかね」とソウチャン
「松の木が見えてくるところに行けば富士山が見えるかもしれないよ
スカイツリーは頂上に行かないと見えないよ」というと
ソウチャンの足取りが速くなりました。バアバーは一生懸命に歩かないと
ソウチャンにつけません
「ほら富士山が見えたよ」
 
あそこだね
 
ソウチャンは富士山を見てまたまた足取り早く頂上を目指して
今度はスカイツリーがみたいのです

ダテカンバガや雑木の林になるとソウチャンは
「木に葉っぱがないね みんな落ちちゃったね かわいそう寒そうだね」

ロープが下がっている頂上下の急登りにくると
ソウチャンは上手い具合にロープを使ってグイグイ登っていきます
頂上に着きました11:15
ソウチャンは見晴のきかない頂上にあまり感激をしない様子
隣に鉄塔が立っている地蔵岳も見えます
そして樹林の間に夏登った谷川岳が真っ白
「あれオレが登った谷川岳 あんなに白いん 雪つもっているん」
じっと眺めています
「スカイツリーは」?
 
頂上から南に下がって見晴の利くひさしいわのところで
ソウチャンの希望の鍋焼きうどんをしてゆっくりスカイツリーを眺めよう

庇岩のところに来ると
「黒いくもがあるね 雨雲だね スカイツリーはむりかね」トソウチャンが言っていると
頂上で追い越して行った 鍋割山に登ってきたと言う中年の男の人と女の人がソウチャンに
「今日はスカイツリーは見えないよ」と話してくれました
ソウチャンは「またこよう」
鍋焼きウドンをいっぱい食べて下山にかかります
11:35~12:25


 

南側は霜柱が解けてぬかっています
「おおこええ」
東屋が見えました
「あの家何」
「休憩場所よ」というと
「オレ必要ないよ」
とソウチャンはドンドン下ります
「登りのほうがオレいいや」

荒山高原に戻ってきました13:25
妹がいました
「おばちゃんと一緒に鍋割山に登ろう」と誘われた
「おれもういいよ」 と言ったのだが 谷川岳が見えるところまで
妹と一緒に登りまたソウチャンと下山

またまたソウチャンはとても足が早く駐車場に14:25着きました
こうしてソウチャンとバアバの荒山登山は終わりました。

帰りの車の中でソウチャンはデザートのチョコレートをたべました
そして大人になってから思い出になるといって初めての荒山登山の
絵日記をソウチャンは書きました。
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 今日ソウチャンの学校の秋恒例のランニング大会がありました
なんとソウチャン 一番になりました

ソウチャンは二番までに入れば ソウチャンの希望した
「回転寿司」に連れて行くと バアバがソウチャンに約束をしました

今朝 ソウチャンは家族の期待を背負ってまた家族を
「回転寿司」屋に連れて行きたいと言う 思いを胸に 頑張りました。


走る距離は約900メートル 校庭を出て学校の周りの道を走ります

先ず開会の宣言と注意事項の話 そして準備体操して


二年生の女子が一番先に走ります。次ぎに二年生の男子が走ります

校長先生の号砲でスタートしました

ソウチャンはかろうじて写真の最後に



バアバはスタート地点と 後半になる 駐車場のところで見ていました。

スタートしてあっと言う間に 先導の自転車に乗るソウチャンの担任の

先生が見えました 生徒も見えました 誰だろうとりあえず写真を

バアバの前を通リ過ぎたのは  ソウチャンです  一番です
わ~ ソウチャンだ!!
「頑張れソウチャん」とソウチャンの背中に向かって
バアバ」の声が聞こえたでしょうか
ソウチャン」の顔は 何時ものソウチャンの顔じゃありません 目をきゅっと締めて
口で息をして 真剣に走っています 

今朝ハハが出した靴下でなくなくて」
「練習でアデダスの靴下を履いたとき 
一番取ったから今日はアデダスの靴下を履いて行くんだ」
とソウチャン
ゴール地点に行きました
生徒が校庭に入ると 
「生徒が校庭に入ってきました。後50メートルです頑張れ」の放送がありました
校庭に一番で入ってきたのは   なんと ソウチャンでした。

ソウチャンは逃げ切って 一番でゴールしました。
そして一番の札を貰って砂遊び 


次から次へとお友達が帰って来ました
ソウチャンもお友達と並んで



本当にビックリしました。

ソウチャン頑張ったね
    ど根性出したね
おめでとう おめでとう おめでとう

実はジイジが二番まで入らなくても 頑張ったのだから何かサプライズを考えてやろうよと言っていたのですが そんな必要も無く


今日は家族みんな
回転寿司に集合ですね
ソウチャン主役です
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