おばあちゃんと 一緒に

遠く忙しく暮らす子供達に、健康でいる証として60才代で始めたブログ、
しかし娘親子と同居、孫と付き合う日々、 孫達も成長し、とうとう私も70歳代になりました。これからどんな日々がやってくるか自分でも「ワクワク」楽しみです。


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1月29日(日曜日)

中山道歩きも6回目になった。

吹上駅から籠原駅まで歩いた



このところ寒い日が続き中山道歩きも気乗りがしない

しかし仲間がいるから、やっとの思いで、布団からぬけだして軽い朝ご飯を御腹に詰め、

山用の中着のダウンを着て寒さ対策完全にして

駅に向かった。


吹上駅から歩き出した

吹上宿は

江戸から7番目鴻巣宿8番目の熊谷宿の中間点にあり

「中山道間の宿」として非公式の宿場であった。

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駅から間もなく

「明治天皇御駐輩址」

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電柱に「中山道」の印が
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東曜寺

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東曜寺の境内に咲いていたロウバイ 

これから ところどころでロウバイを愛でる事ができる

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東曜寺を過ぎ吹上神社を参拝して

JR線路陸橋を越えて
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陸橋下に「中山道間の宿」の標識


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荒川土手に入る手前にあった

「権八延命地蔵堂」

このあたりで辻きりをした平井権八(鳥取藩主)はここに立っていた地蔵に口封じした

と言う伝説がある

平井権八は歌舞伎の演目「鈴ケ森」白井権八で。鳥取から江戸に向かう途中、お金に困った

権八は上州の生糸商人を斬殺し300両を取った。それを見ていた加のように佇む地蔵に

「今のことは他言してくれるな」と言ったところ地蔵は「吾は言わぬが汝言うな」と言い返した


地蔵ノ手前新しい地蔵があり二宮金次郎と思ったら

「報徳訓」と彫られて

感心することが書かれていた
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荒川の土手に登り上げるメンバー


[熊谷堤、久下の長土手]


熊谷堤は荒川の供水を防ぐため1574年北条氏邦が築き堤の道が

久下の長土手であり、景勝の地であった。

今日も歩く左手に私たちを追いかけてくるように土手の上では

富士山が見えた。土手の右側はマンションが林立している

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土手に
「決潰の址」

カルタの札に「供水の怖さを伝える決壊碑」

昭和22年9月にカスリン台風で荒川が氾濫してこの地は濁流にのまれた。

私が住む近くの白川のこの台風で多くの人までも呑み込んだという話を聞いた。

その時両親を亡くし伯母夫婦に育てられたと言うご婦人の顔が浮かんだ。
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「久下新田の一里塚」

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「馬頭観音」

土手の中ほどに建っていたが

土手が決壊したにもかかわらず残っていたのには

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土手を下りて久下新川へ


100年前の久下新川村は船運と養蚕で栄えた。
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久下神社

カルタに「うなぎの伝説三島様」
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久下神社の境内に大きな鍋が

東日本大震災の時に煮炊きするのに作られた鍋だそうで、

野球をしていた子供会が今日はウドン鍋で

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「ここは久下 上宿」
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「権八地蔵」
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久下の渡し冠水橋跡

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「みかりや跡」

中山道を旅する人を相手にする茶店跡 でゆべしが名物だったようだ

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東竹院の門前に並んだ庚申搭

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結構立派なお屋敷を見ながら歩いて行くと

澄んだ川の流れがクレソンが生えているので寄って見ると

「元ムサシトミヨの生息地」埼玉県指定天然記念物

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川をムサシトミヨの姿を一目見ようとしたが:::

道草をくったので先を急ぎすぎて

大雷神社を通り過ぎてしまった。 何処にあるか分からず地元の店の人に聞いても

「はてな そんな神社あったかしら」

やっと辿り着いた今では珍しいほどの素朴な神社でした

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大雷神社の地蔵尊
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「八丁の一里塚」 

マンションと住宅の谷間に
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熊谷駅の踏み切り

開かずの踏み切りと思うほど頻繁に電車が通る

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熊谷駅

熊谷宿

熊谷宿は昭和20年8月14日の戦火で町が殆ど焼けてしまった
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熊谷宿を歩く前にランチタイム藍屋で
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高城神社
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「札の辻跡」

高札場

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本陣跡


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星渓園

竹井澹如翁によって作られた

竹井澹如翁は1839年群馬県甘楽郡南牧村羽沢豪族市川家に生まれた

熊谷のために尽くされたとか。

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星渓園の庭園

池をめぐらして いくつかの茶室がある、回遊式庭園

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石上寺の手前に不動尊


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そして八坂神社へ

八坂神社から八木橋百貨点の看板が見える

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八木橋百貨の前の

「旧中山道跡」石碑く

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店の裏手に熊谷寺(ゆこくじ)があった。とても立派でしたが門が開いていない

その隣の稲荷大明神へ参拝 

境内になんと自転車が所狭しと並んでいる。いったい持ち主は何処え~


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松厳寺
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教会と思われる風情


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八坂神社

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秩父への道しるべ

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歩いた歩いた疲れた、何処の愚連隊か 道端で お茶タイム

ふと見ると立派な建物の熊谷警察署

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出た群馬への標識が

高崎40k前橋52kの標識

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「一里塚」

ケヤキがやっと生きている
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忍領石票 

忍領主が領分の境界を示すために作られた

元位置に近くに建っているのはここだけ

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道端の祠

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道端の祠
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地蔵尊

五重の搭もある
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籠原の駅

15:34分到着

16時1分の高崎行きに乗車
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13名の大グループが街中を行列を作って歩くのは

何時もの事ながら異様に写るらしいが

毎回色々の発見があり面白い

上州にまつわる話を二つ知った


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金曜日6日の夕方に降リ始めた雪は7日の朝まで降った

天気報道では前橋積雪2センチと言っていたが我が家は

標高180M、5センチは積もった

今日は茨城、栃木 群馬の三県交流ハイクが栃木県で行われるはずでしたが

、中止になった。昨日の天気予報でも今日は雨になるといっていた

今朝起きる予想外に雨も上がっていた。急にジイジーが朝ご飯を食べる時に

赤城山が見えるから鍋割山に登ろうと

言い出した。あわてて用意をして出かけた


赤城県道も箕輪に近づくと道路に雪が出始めてチェーンを巻いている車が道に止まっていた

箕輪の駐車場も雪で真っ白であった。登山客が何組か登り支度をしていた。

10:15分支度を整え登り出す。雪が降った後なのでアイゼンは付けない。

トレースが出来ているので歩きやすい

箕輪の温度は2度、風穴の所の温度計は0度を指していた。温かい


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荒山高原直下の岩のある登山道も雪に覆われ歩きやすい

太陽がさしてきたようで木の間から光が差してきた

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荒山高原11:05に着いた

登山する人の足跡が山の方に付いているだけで、高原が真っ白い雪の原
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荒山方面も)どんより谷川連峰もうっすらと僅かに見えるだけ
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鍋割山の頂上12:00 3組)と単独者がいるだけ

風もなく今日は特別に静かなような気がした
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頂上から眼下は雲に覆われ眺望は良くない

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昼ご飯を食べ終わってそろそろ帰ろうとしていたら

私たちの前で

「富士山があんなに大きく見える」

と言っている若い男性がいた

「あれは浅間ですよ」と私が思わず言ってしまったら

「アレは浅間でス」

と分かっているといわんばかり  

指差してるのがどうやら八ツ岳連峰の方

「富士山はこっちの方向で今は見えないですね」

またまたおせっかいババーになってしまった


ちょっと離れたところで食事をしていた御夫婦が

「富士山どっちに見えるのですか」

と言って私たちの所に駆け寄ってきた

そして山談義をしていると

富士山が見えてきた

「富士山が見えますよ」

「見えた」 

奥様もとても感激している

ヤハリ富士山は格別のようだ

「ではまたどこかでお会いしましょう」

と挨拶をして帰ろうとしたら13:00


「あれTさんじゃないですか」

ジイジの高校時代の友達がこっちを向いていた

Tさんは次男さんをお供に2人で登ってきた

Tさんは今の時季は猟にゴルフに忙しく遊んでいるはずなのにと

思っていましたが。

「もう年だから殺生は止めた。山を歩き出したら今度は一緒に

歩いていた友達が去年亡くなったしゴルフ友達は腰が痛くてダメだし

遊んでくれる友達が段々いなくなって、歩かないでいたら体がおかしくなってしまった。

そこで息子をお供に山歩きをしたら又元に戻ってきたもう暮から7回目だよ」


ジイジとTさんの歩かなきゃダメ談義 そうかといって散歩じゃつまらないしね

と意見が一致したようだ。 


猟をしていただけに 雪の山は慣れいてスパイクつき長靴で軽々しい足取り


下山をご一緒した

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そして無事に登山口に下りた14:10
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雪の鍋割山で思わぬ人に出会えてまた良いメモリーになった


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ハイキングクラブの人 11名で袋田の滝見物と

久慈男体山に登ってきた。


2010年に茨城で同窓会があった。その時に袋田の滝を一人で見物した


まだ暗いなか2台の車に分乗し高崎を6時にでた。

関東自動車道が開通したので茨城までは近くなった



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袋田の滝の駐車場に8:30到着

これから滝見物 8:50

エレベターに乗って最上の見物台で 全面凍結している

滝を見物。



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一階の橋の手前で
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橋を渡って駐車場に向かうと人工で氷ノカーテン
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滝見物をして

久慈男体山に登る。登山口が分かりにくく、彼方此方探し

登山口にたどり着くと、トイレもある10台くらい置ける駐車場があった

駐車場からアスハルトの道を歩き出すと男体山が聳え立っていた。

標高653メートの山 屏風のようにも見えた


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大円地山荘の前をとうり茶畑の間を歩いて行くと

健脚コースと一般コースとかかれた標識があった

我々は健脚コースから登って一般コースから下り

ここに戻る事にした

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杉林の急登りが始る

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急登りを30分もするとクサリ場が出てきた

何箇所も岩場のクサリ場を緊張しながら高度をドンドン上げる
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クサリバを登ってくるメンバー
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一時間ほどクサリ場の登りを終えて

頂上の鉄塔が見えているのだが東屋でほっとして休憩
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木が折れて額縁の中に納まっているように下の村が見れる

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祠があった
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頂上12:05~12:45


ランチタイム
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一般コースの下山だが、かなりの急下降

油断は出来ない登山道の両端が切れ落ちている。


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大円地越

やっと平らな所まで下りた。
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まだまだ下る

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今朝の健脚コースと一般コースの分岐13:59


健脚コースの登り応えのあった山に今日は大満足した

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大円地山荘の蕎麦の看板に誘われ14:05

土地の蕎麦が食べられると期待し6名が蕎麦へ
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蕎麦が出る前に

ダイコンの簀巻きに煮豆ラッキョウの前菜が出て

待ちにまった蕎麦が切干大根の煮物つきで出てきた

蕎麦の色は程よい黒さとボツリト黒の斑点があり、荒引きそば粉を使って

太さも程よくて、口に入れると荒引き蕎麦の期待どうり

この土地の蕎麦らしい蕎麦を味わえた

汁につけなくても美味しかった。湯で汁も美味しい

今日のハイキングの締めくくりの味わったこの蕎麦は変化に富んだ山とともに忘れないだろう

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朝4時前にバアバが居間に行くと

チイチャンとソウチャンのハハがストーブの前に起きていて

腰が痛いと言って、立ち上がったとたん二回もぶっ倒れて頭や顔オ打った。

お茶を飲んで休んでいると落ち着いたらしく血の気も出てきた


今日の山行きは取りやめようとした。バアバとケンカが出来るほど

ハハも快復したから取りやめなくても良いとハハ言うので出かけたが

騒ぎで起きたチイチャンとソウチャンの心配な顔、

そして血の気の引いたハハの顔が浮かんだ


蕎麦も味わって携帯電話を見るハハから医者に行き医者に

貧血で倒れたのだろうという診断を貰ったメールが入っていた

家に帰るとハハのフウーフーした赤く染まった顔があった。

ソウチャンの目の腫れも引けていた


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ジイジの仕事が今日までお休み

4人で家から約く3キロ離れた公園に散歩に行く事にした

「オレ サッカーを公園でしたいからボール持って行こう」


ジイジとネイネイとソウチャンでボールを蹴りっこしていたのだが

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それじゃつまらないし、ジイジーも疲れたから

2人で試合をしょうと言う事になったが

2人 どうしたらいいかと考えて

15メートルくらい離れた二本の木をゴールに決めた

(さあー始め」ジイジーの合図

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ソウチャンは自分の木に向かって走る走る

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しかしネイネイの速さに追いつかれボール取られ

ネイネイに一本取られた

二回戦はネイネイに追いつかれそうになったが

やっとの思い出ネイネイを交わしてソウチャンゴール

3回戦はソウチャンはネイネイと同じくらいの速さで走ったが

ネイネイの強さについにダウウンネイネイがゴール


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三回戦をして

ネイネイが2点ソウチャンが1点  ネイネイが勝ちました。

ネイネイは汗びっしょりです、バアバーが汗を拭いてやっていると

ソウチャン

「ネイネイ本気出した」

ネイネイ

「本気出さないよ」

ソウチャン

「何で本気出さないのに汗びっしょりなんだよ」

ネイネイ

「ソウ本気出した、汗かいた」

ソウチャン

「オレ本気出したよ汗もかいたけど拭くほどじゃないよ」」


バアバーが見ている限りでは

外野席の声も高いし 4人とも本気を出したようだったけど


何とも2人の会話は面白い


闘いが終わってハハが買っておいた、ケーキ屋さんのクキーをた食べました


そして1つだけ公園に遊具で遊んで

また歩いて帰ってきました


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平成22.年12月18日

中仙道歩きの四回目

大宮駅から桶川駅まで約12KM歩いた。

今回は幼友達のさかちゃんに会えたのがとっても良かった

大宮駅に下り

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すずらん通りのなかえ

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本陣跡の立て札が
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さらに通を進むとビルの谷間に本陣稲荷が
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御影堂



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東光寺

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安政7年のみちしるべ

「御嶽山より引又 かわ越道」と彫られ中山道西への分かれ道の道標

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古い建物
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ポンプ式の井戸が

子供の頃 こんなポンプで水をくみ上げてバケツに水を張って

夏スイカを冷やしたり 、風呂に水を張るのは子供の仕事、

子供の頃の色、音や手の感触までが思い出された



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石上神社

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猿田 彦大神
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天神橋の跡
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加茂神社

徳川時代に作られた加茂村鎮守様



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この近くに住んでる幼友達のさかちゃんと

 二年ぶりの再会 

さかちゃんの話によると こ神社はさかちゃんが住み始めた

30年位前は大きな森で お祭りの日は沢山の店が出て

とても賑わったとか 


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馬頭観音 


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金山権現社
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ランチタイム(徳樹庵)

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南方神社
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不動尊
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庚申等
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中山道の標識

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愛宕神社に来ると

「おやおや、初めまして」 リーダー

メンバーのお友達2人


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「彩の国平成の道標」


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おやおや皆さんお疲れのようで

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桶川宿木戸址



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旅籠

武村
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浄念寺
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中山道の標識
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桶川駅前
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桶川資料館14;45~15:25

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15:25
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桶川駅15:36
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15:45
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16:01発の電車で帰路

70代になって中山道歩きをしてその途中で

幼友達に会えるなんて、 思ってもいなかった

さかちゃんまた会いましょう

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