おばあちゃんと 一緒に

遠く忙しく暮らす子供達に、健康でいる証として60才代で始めたブログ、
しかし娘親子と同居、孫と付き合う日々、 孫達も成長し、とうとう私も70歳代になりました。これからどんな日々がやってくるか自分でも「ワクワク」楽しみです。


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我が家の裏にドント構えて座っている鍋割山と荒山に妹と登ってきました。


i家を出る時間が遅かったので、既に登山口は車で満杯状態。


先週、トレイランニングガあったので、青年の家から、登山口までの道も良く整備してありました。

鍋割高原までの登山道、高原の中の登山道も笹が刈り払いされて、整備してありました。

もう遅いかと思っていた紅葉もモミジの赤が山肌をいろずけていました。
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妹はこの山に登るのは訓練と位置づけしているので、足取りが速い、しばらく山も散歩もしていなかった私がどれだけ妹についていけるか心配しながら歩き出しでしたが頂上に無事つきました。そして記録写真を撮ってすぐ荒山に向かいました。


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荒山高原に向かう途中に、マユミの実が紅く、目を楽しませてくれました。


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荒山向かっても妹の足取りは、少しも衰えません、荒山高原と荒山頂上の中間点位の所の急登のところで、妹の後をつけるかなとという不安、そして身体の苦しさを必死でこらえこらえました。最後の急登りのところで、妹が「少しゆっくり登るから」と言って振り返りました。ヤレヤレと思いました。しかし彼女の足取りは、軽やかです。もう少しの我慢と思い必死でつきました。頂上について、、内心弱音を吐かなくて良かったと思いながら、記録写真を撮りました。
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頂上から赤城山の最高峰の黒桧山方面を見ると、霧氷に覆われている駒ケ岳見え、確実に冬に向かっているのを感じました。

一向に衰えない足取りを、泣き言は言わずに付くことに決めて、下山しました。

ピストンなのでまた鍋割山の頂上に着くと、天気がよいのでまだ登山者が眼下に見える町を眺め山を楽しんでいました。その登山者を見て、妹が少し休んでいこうかと言いました。ヤレヤレ休める。頂上から少し下った階段のところで休みました。


妹「私強くなったでしょう」

    ホント、強くなりました


鍋割高原登山口→鍋割山→荒山→鍋割山→鍋割高原登山口

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10月24日夜、香川県の琴平で同窓会がありました。

この機会に23日に家を出て高松に一泊し、高松の八島、栗林公園、玉藻公園を歩いてきました。

同窓会の後は、「こんぴら」参りもしてきました。


同窓会は、「あぶく」のようなものだと思いました。


 卒業して40年以上もたっているのに


あっという間に、あの学生時代の四年間に戻り、


そして、家に帰れば今の現実の生活に戻る、


  同窓会は不思議な時間である。


 行程は   自宅→東京→岡山→高松→琴平


23日
高松駅に下り先ずインフォメーションに飛び込んだ。

「屋島と 栗林公園、玉藻公園を観光したいのですが」

職員の方が、時間表を見て

 「屋島行きの電車が間に合うから琴電に乗って」

 職員方が手の指す方に急いで歩く、玉藻公園がありその隣に琴電の駅がありました


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琴電の駅に乗って 

  瓦町で一回乗換えて

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屋島駅に着きました。屋島の山頂までシャトルバスに乗って、

バスの車窓から、行きたかった、五剣山が見えました

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屋島寺の山門 この寺は四国八十八ケ所の八十四番目の札所


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弘法大師がこの寺を建立する時、早朝から取り掛かったが、工事途中で日が落ちてしまいそうになった。

そこで弘法大師が扇で日を招き返して、一日で建たと言う故事がある。その故事から、カワラケをすると開運、厄除けになるとかいてありました。そこで私もカワラケをしました。屋島城の跡で、高松市、女木島、男島が見え、とても美しい島の風景でした。

2010年瀬戸内芸術際が、あの島でも開かれ どんな物が展示されているのだろうと想像しながら、今度三年後

芸術祭に島々を訪ねたいと思いました。


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24日

高松のホテルを朝ご飯を食べてすぐに、町を歩きながら、栗林公園に向かいました

町の中はとても整理され 車道の脇に、歩道と、自転車道ガ有り、交差点は地下道が作られていました。

菊池寛の銅像がありました。菊池寛通りもありました。

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税務署の庭木が椰子、南の国らしい



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栗林公園の東門



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松の庭園と言う感じがしました。松がとても美しい、松の数は1300本とか

「お手植え松」もありました。

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日暮亭
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探月亭


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探月亭で記念撮影
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お抹茶を頂きました  
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飛来峰に向かう水ろのベンチで昼寝か?うらやましい

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飛来峰

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飛来峰頂から見る


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高松城

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高松駅で、電車に乗る時間があったので

ふらりと入った世界人形展。

「エスペラント」協会の主催でした。

「エスペラント語知ってますか?」と、其処にいた人に聞かれました。

ハイキングクラブのエスペラントの関係で世界を旅しているH氏がクラブの機関紙に毎月の記事を書いている事を思い出しました。


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高松から琴平にむかいました

電車の中で、岩国から、琴平に同窓会に行く男性と乗り合わせました

同窓会と聞いて、年頃が私と同じくらいなので、思わずまさか同級生ではと聞いてしまいました。

違いました。途中でぽっこりと端麗な山がみえました。讃岐富士だとその男性が教えてくれました。

電車から下りて後ろを振り向くと、三原かやってきた同期生でした。

夜の同窓会では

同じ研究室だった同期生が幹事だったので研究室時代の話でもり上がりました。

あるとき同じ研究室の数人で50円か百円持ってパチンコ屋さんに行きました。昼ごはんはパチンコで稼いで

大ご馳走を食べようと、パチンコをしたのだが、皆はスカラカランに取られてしまいました。、わたしだけはてんこ盛りに玉が出てきたそうです。 そんな訳で、あの当時、男子の間では私がパチンコが強いと評判だったそうです。当の私はそんな評判だったとは、初めて聞いた話、パチンコをしたのはそれが始めてで最後です。

彼がいうには、今思えばパチンコの台の後ろで人が操作してたんだね。

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25日

帰りの電車の関係で早く宿を出てこんぴら様に一人で、お参りに行きました

なるほど評判のように急な石階段が続いています。

お籠に乗っていく人もいます


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こんぴらさまをお参りして、展望台から讃岐富士を見ました。

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奥社までお参りしました。奥社へ行くの大変だと聞いていましたが。こちらの石段の方が傾斜が緩やかです。

そして殆ど人もいなく静かにおまいりできました。帰りに向かい本殿近くになると、三原の友が奥社に向かって来ました。予定の電車の時間までだいぶあるので、また友のお供をすることにしました。


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奥社で二人で記念撮影
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ホテルに戻って、風呂につかって、汗と雨を洗い流し、岡山まで二人で帰ってきました。彼女のオススメの

さわら寿司を買って、新幹線の中で食べました。車窓から見る景色を楽しみにして座ったのだが、ウトウトして気がついたら、みかん畑が見える静岡あたりまできていました。こうして同窓会は終わりました。来年は千葉の方が幹事を引き受けてくれました。この方が言うに、何時まで同窓会を続けるか「終わり3人まで」と::

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