おばあちゃんと 一緒に

遠く忙しく暮らす子供達に、健康でいる証として60才代で始めたブログ、
しかし娘親子と同居、孫と付き合う日々、 孫達も成長し、とうとう私も70歳代になりました。これからどんな日々がやってくるか自分でも「ワクワク」楽しみです。


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お兄ちゃん、ゆうチャン、

ありがとう、


2008誕生

そしてチイチャン、ソウチャン、ミイちゃんありがとう

2008,1

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  7日は七草粥を食べる日、

  しかし6日の夜になって、

「今日ご飯が沢山残ったのだけど、 明日使う」

    と娘に言われ

       

やっと明日の朝は七草粥を食べる日と気がつき、

 具材が用意しなかったので、

    今年は作るのを止める事にし

       床についた..


 しかし朝になって、

 孫のチイチャン、ソウチャン

   幼稚園、保育園の)新学期が始まる日

     嬉しくて、チイチャンは

朝の二時に起きて、支度をして,また寝たと

     二人とも起きていた

私は七草粥を食べさせなければ、バアバとして 

   役割が果たせないような気がして

    二人を車に乗せて

    七草の具材集めに     

     田圃に行った。


 2008.1,6

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ(コオニタビラコでない本当の)

        が採れた
これに、大根、白菜を加え 、コブとカツオで出汁を取って、

     塩で味をつけ

おかゆを、つくり、最後に、小さく餅を切って入れた。


去年チチャンは気持ち悪いといって食べなかった。

          今年は

美味しい 美味しい   おかわり と言って

       二はい食べた。

     ソウチャンは、

ネエネであるチイチャンの

    七草粥を食べると病気にならないよ

ジイジの

    ソウチャンが小さい時、このような「おじや」を

     おいしおしいと食べて大きくなったんだよ

         という説得も

       

去年のチイチャン同じ、

      皆の説得には乗らない。


   美味しいと食べるチイチャンの姿に

     成長をしているのだと

        感じた。

       

  七草粥  

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去年の31日が当番医だったので、

その流れで休み無し、また、孫達、と相変わらずの

の生活が続いた。疲れた。

やっと今日開放されたというより、

開放されたくて、裏山の鍋割、荒山に一人で登りに行った。


登山口に「このあたり熊が出没しました。注意してください」

と書いてあった。リックに鈴をつけ登りはじめた。


鈴の音が静かな山に響き、私の靴音が山に反響して

、誰かが着いてくるような音がした。

今日は登り慣れたところなのに,不気味な気がした。


しばらく振りの山は苦しくて、途中で断念しようと

思った。しかし早めに冷凍の鍋焼きうどんをガスで

温めて昼ご飯にした。食べると心も身体も前向きに

なるもので、途中で断念しないで

それぞれ、頂き立てた。

気分も一新し明日から

また頑張ろうと思う気になった。


鍋割山から荒山高原までの稜線で見る、雪の

谷川岳は神々しい
鍋割から谷川岳2008.1.8
左の雪を被ったのが谷川の本峰


身体を動かさないと、すぐ錆び付いた様に

筋力も衰えてしまうと、思い知った。

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子供の頃のお正月をふと思い出した。


元旦は姉妹5人、新調したセーターにそれぞれにブローチをつけて、

(それが子供たちの盛装)、

大晦日に家族で作った御節を重箱に詰めて、善に並べる。

箸をつける前に、

東向きに座っている父が年頭の挨拶をした。

今になっても何を言ったか少しも思い出せない。

しかし姉二人は父が亡くなってしばらくしても、

正月の父の話はお説教だったと言っていた。

午後になると、父の仕事の関係の人達の新年会、

子供の私は、酔って絡む大人が不愉快でならなかった。

今でも酒っぱらいはきらいである。


二日は、父の母方の従兄会が始まる。

日露戦争で父親を父が2歳叔母が一歳で亡く父達は

日頃から母方の従兄弟がまるで兄弟の様に仲が良かった。

戦争が激しくなった終戦の年ごろ

都会に住む父の叔父家族や、嫁いだ父の従妹が

子供達を連れて、私の家で同居していた。

そんなに長い期間ではなかったと思うが、

楽しい思い出である。

正月に彼方此方から集まる、おじさん、おばさん、

来るのが私も楽しみであった。「おみあげ」

が目当てでもあった。

おじさん達の自転車の荷台に木の箱が付いてると、

「みかん」、おばさんは、羽子板、マリ、人形を持ってきてくれた。

そして皆で仲良く遊ぶのと、長姉に渡す。

もう小学高学年の頃、姉達と手伝っていると、おばさんが

私を呼んで「キちゃん凧を持ってきた」といって、

風呂敷から今まで見たこともないほど派手な絵が描いてある

「やっこだこ」くれた。いつも姉が主役なのに、

この時は私が主役になれて、嬉しかった。

きっと私が凧がほしいといったのだろう。


新年会も、おじさんが黒田節を歌い

母が踊るともうすぐ終わりになるという

合図なのか、今度は父が謡曲を歌い皆が歌いだすと

終わりになる。

何を歌ったかそれも覚えがないが

独特の歌いまわしは、今になって懐かしい。

また、いつも働いてばかりの母だが、踊ってる姿は

生き生きとして、美しいと思った。


三日は本家に年始の挨拶と神参り

私の一家は正月三元日は男衆がお勝手(台所)入って

食事の用意をする慣わしがあったよである。

三日に本家に挨拶に行くと、おばさんが、座敷に座って、

おじさんがお勝手に行って御節を運んでくるのである。

我が家はそんな事は無く、いつも父は東向きに座って

何もしなかった。「家だけよ正月に私がお勝手をするのは」

と母はいつも言っていた。

午後は自転車で40分くらいのところにの

守り神社に父がお参りに行く、私も自転車で付いて

行った覚えがある。

その神社は私達姉妹の名前がつけられた元である。

6歳下の妹が生まれた時、妹の名前をつけるため

父は私を連れて神社行った。先ず神主が五つくらい

お札に名前が書いてあるのを持ってきて並べて、

その中から父が選んで決めた。

子供心に私の名前も神社で名前を貰ったと、大人達

に言われたけど、くじ引きの様に決められたのだと、

たいして、価値のないものだと、がっかりした気がした。


7日に七草粥を食べてお正月は終わりになる。


昨年の暮にチイチャンとソウチャンのクリスマスの

プレゼントをオモチャ屋に買いに行った。

子供の頃貰った様な「ヤッコ凧」があったので

思わず買ってしまった。       

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2008年 の幕開け

此処の地に嫁いで家族としていた鎮守様の二年参り(初詣)を

今年は一人でした。

昨年の31日23時45分、懐中電灯を片手に家を出て、ジョキングで鎮守様へ、

神社は既に、鎮守様の世話係りや自治会の人が出ていて、

焚き火や、甘酒をふるまっていた。

24時太鼓の音と共に、家族7人分のお賽銭を入れて、

先ず皆の健康を祈願した。夜景を眺めながら、ジョギングで村の中を

一回りして帰宅した。


しばらく行けなかったアルプスに再び登りたくて、昨年6月から始めた

ジョキング、今年も無理なく、走れる時に走ろう

昨年は7月に鹿島槍、針の木縦走、8月西穂高岳、焼岳縦走、

9月薬師岳、10月剣岳、11月仙丈岳と念願のアルプスに登れた。

チイチャン、ソウチャンと一緒にアルプスに登れる日までバアバ山に登ろう         

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