2014-11-12 22:58:03

異色のアイドルが学んだ「憲法主義」

テーマ:時事問題
憲法主義:条文には書かれていない本質/PHP研究所
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僕は学生時代に憲法を学んでいたのですが、今年に入ってAKB48の内山奈月さんが憲法学者の南野森九州大学教授と共著で『憲法主義』という著書を出したというので、最近、これを読んでみることにしました。内山さんは「昨年6月のコンサートで、内山さんは憲法48条と100条を、日本武道館を埋めた大観衆の前でスラスラと披露した」(南野教授の「まえがき」)そうで、これには、南野教授も「私など、大学で憲法を教えるようになってもう10年が過ぎたというのに、たった103条しかない憲法でさえ、その条文のすべてなど、いまだに覚えてはいない」と驚いていました。その意味で確かに「異色の」アイドルといえるでしょう。

この本はまず「憲法とは何か?」から始まり、「人権と立憲主義」、「国民主権と選挙」、「内閣と違憲審査制」、「憲法の変化と未来」の5講から成り立っています。講義自体は「それぞれのテーマを何にするかは事前に決めたものの、残りは内山さんとのやりとりで話が流れていくままに任せる、というスタイルをとった」(南野教授)ため、厳密な学問的見地からいえば少々ラフだといわざるを得ない部分もあります。例えば、南野教授は第1講「憲法とは何か」において、内山さんとのやりとりから「憲法とは『最高法規』」と定義していますが、これが大学での憲法の講義なら、「形式的意味の憲法」、「固有の意味の憲法」、「立憲的意味の憲法」という概念説明から入るでしょう。ただ、これは一般の人を対象として憲法をわかりやすく説明するために作られた本なので、こうした小難しい概念説明は省略しているわけです。

南野教授は、先に示した3種類の憲法の概念のうち、「立憲的意味の憲法」について、第2講の「人権と立憲主義」で解説しています。立憲主義とは、「権利を保障するために国家権力を分立する、そうすることによって国家権力を制限するという考え方」(南野教授)で、英語ではcostitutionalismといいます。英語では憲法のことをconstitutionというので、南野教授は「立憲主義とは『憲法の主義』、要するに、憲法を政治の根本に据える主義、憲法によって国家を運営していく主義のこと」だとも述べています。本書の「憲法主義」という題名、あまり見かけない言葉なのですが、これは「立憲主義」を言い換えたものなのです。

本書の副題は「条文には書かれていない本質」とあります。南野教授が本書で特に強調しているのが憲法の「名宛人」についてです。「法律は一般の人々を相手にするのだけれども、憲法は国家権力を相手にしている」ことからいわゆる人権の私人間効力の問題で憲法の直接適用を否定し、「国民は憲法によって守られる存在であって、憲法によって縛られる存在ではない」と説きます。「憲法は国家権力を縛るものだから、国家権力にとってはもともと邪魔なもの」だから、憲法9条の問題についても本来は憲法改正によってしかできないもの(集団的自衛権行使の問題)も解釈の変更で済ませようとする。けれども、「基本的には昔からの解釈をできるだけ維持する。憲法の解釈は、その意味で保守的でなければならない」。だから「集団的自衛権を認めるのなら、憲法改正によるべき」だし、「内閣総理大臣の一存で『解釈改憲』ができてしまうなら、憲法の拘束力はなくなってしまう」。「憲法学の観点から見れば、これまで国家権力ができなかったことを解釈でできるようにすることは非常に危ない。国家権力を縛る憲法を、国民の判断を経ずに弱めることになる」と南野教授は強調しています。

その意味で、本書の(南野教授の)狙いは憲法が国家権力を縛るものであること、憲法は最高法規で簡単には改正できない点を強調することで、その規範力を改正手続きを経ずして弱めるような動きは立憲主義=憲法主義に反する。したがって、集団的自衛権の行使を憲法解釈で変更するのは「憲法主義」から見て問題なのだ、ということを一般の人々に訴えることにあったと見ることができます。個人的には共感できる部分もあるのですが、その権威付けとして内閣法制局が長年積み重ねてきた憲法解釈に依る点に関しては異論があり得るでしょう。内閣には本来違憲審査権がなく、法律の適用を拒否できない立場にあり(憲法73条1号)、したがって、もし仮に国会が(議員立法で)集団的自衛権の行使を認める法律を制定すれば、最高裁判所がその法律を違憲としない限り、内閣法制局がどう考えようと、内閣はその法律の適用を拒否できないはずだからです。実際には、法律案のほとんどが内閣提出案であり、今後集団的自衛権の行使を容認する法律案が提出されるとすれば、内閣によって提出されるでしょうから、その法律案に問題がないかどうかを審査する権限を持つ内閣法制局の見解が「権威」を持つのでしょうが、少なくとも、法理論的見地からすれば、その見解は国会議員を直接拘束するものではなく、内閣法制局が違憲と考える法律を国会が制定することは不可能ではないのです。

いささか専門的な議論になってしまいましたが、本書では、この他にも「警察官と誘拐犯はどう違うのか?」、「違憲審査制は民主主義に反する?」、「恋愛禁止は憲法違反か?」、「国民主権は嘘である?」といった問いかけは知的刺激を誘うものです。また、違憲審査制の解説の際に、法学者のハンス・ケルゼンの紹介をしたのを読んで、学生時代にケルゼンの著書を読んだ者として、懐かしさを感じました。ケルゼンの言葉として有名な一節があるので、今回はこれを紹介しておきます。「民主主義の中核となっているものは、自由であり、自由は寛容を意味している。だから、民主制ほど学問に対して好意的な国家型態は、ほかには見当たらない。なぜなら、学問は、それが自由である場合、単に対外的に、つまり政治的影響を受けないという意味で自由であるばかりでなく、対内的にも、主論と反論の間の論争がまったく自由に行われるという意味で自由である場合においてだけ、盛んになりうるものなのだから。学説を、学問の名において禁圧することはできない。なぜなら、学問の心髄は寛容だからである」(『正義とは何か』)。

最後に、本書の共著者である内山さんについてもう少し言及すると、彼女は現在慶應大学の1年生で、今回の本で制服姿で登場しているのはこの講義を受けた時点では高校生だったからだとのことです。個人的には、せっかく憲法を学ぶ機会に恵まれたのだから、法学部に進学して、憲法に関する卒論でも書いてほしかったのですが、彼女の進学先は経済学部とのことなので、それが叶わないのが(かつて憲法を勉強していた者の1人としては)残念です。ただ、内山さんは南野教授の憲法講義を受けたことで「基礎・基本を理解し、守り、発展させることの重要性」を学んだ(内山さんの「あとがき」より)とのことなので、今後の学業や芸能活動でそれを活かせるように頑張ってほしいものです。
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2 ■Re:お邪魔します!

>スロット引き弱だけどスロット勝ち組@あっきーさん

コメントありがとうございます。過分なお褒めの言葉をいただき恐縮です。またご訪問いただければ幸いです。今後ともよろしくお願いします。

1 ■お邪魔します!

おじゃまします!ブログ読ませていただきました!共感できる部分がありました!またコメントさせてください!次の記事も楽しみにしています!

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