ふらここ記。

ふらここ=ぶらんこ。
大学生活も折り返し、すみこの日記。


テーマ:
公演の広告、ついに納品です。
手元に来てみて辟易。これがいまの限界か。

知らない人に来てもらうという目標は、
果たしてこれで果たされるのか。否でしょう。
あとは地道に足で稼ぐしかありません。

今回タッグをくんだデザイナーは頑張ってくれました。
彼でなくてはここまでディレクションをしっかり話し合えなかった。
(それはそれでひじょうに問題なのだけど)

しかし、デザイナーとしての前途は多難と言えるでしょう。


以下愚痴っぽいので不快になるかもしれません。
あとで私が消すかもしれません。






こんなことは口が裂けても言えないけれど、
彼はきっと、成功しない。

才能とかそういう話ではない。
向上心がなさすぎる。
仕事へ求める質の低さに、何度も、
唖然として、怒りを感じていました。

プロを目指すということを、
そんな生半可な覚悟で言ってくれるな、と。

これはきっと、今まで彼に甘いことを言って、
気を大きくさせてしまった私のせいでもあるのでしょう。

経験を積めば、
努力をすれば。
そうすれば、きっと。

いままで、彼にとって都合のいい同士ごっこを
貫いてきた結果が、これじゃないかしら。

これで食べていきたい、と言う彼に対してまず、
友人として、クリエイティヴを目指す人間として
「本当にプロになる気あるの?やる気あるの?」と聞くべきだったのに。


私は彼に才能を感じない。
本当にないのかもしれないし、あるのかもしれない。
それはわからない。

そしてそれは私も同じだ。
私は自分にコピーライターの才能があるとは、一度も思ったことがない。
でもどうにか広告に関わりたくて、ことばの力に感動して、
一度目指すと言ってしまったものだから。
一度吐いた言葉は、呪いになって未来を縛る。
(別に、本当はなりたくない、とかそういうニュアンスでは話していないです)

だから、圧倒的に足りていないけれど、
歩を進めようと努力したいと思っている。
何が響くのかそうじゃないか。
何をしてはいけないのか。

プロになりたくて。
人を動かしたくて。
人に認めて欲しくて、
自分で自分を認めたくて。

プロにして見れば、これを「仕事」と呼ぶには
お遊びレベルに映るだろうけど。苦笑

でも一緒に「仕事」を始めてから彼に言われる
「俺ら」って言葉は、とてもしんどかった。


クリエイター職を目指す「俺ら」。
クリエイティヴの卵の「俺ら」。


そして地味な努力をする時は、人にひけらかすことを忘れない。
昔からずっとやってきて、お前らとは違うんだよ、って
人をバカにすることも忘れない。
限られた場所でしか集中できない。やろうとしない。

ぼこぼこに言われるのなんて当たり前でしょう、
自分で自分をぼこぼこに言えないんだから。


この前、仮のクライアントの案件で練習用コピーを200本書いて、
知り合いのつてで紹介してもらったコピーライターに見てもらっていましたが、
200本出して、198本は捨てられました。
2本はブラッシュアップして使える程度。


コピーの世界ではこれが普通だし、
デザイン会社もこんなもんのはずだ。
私の例が特別厳しいってわけではないでしょう。


何が言いたいかって、
ぬるま湯を選んでそこにつかりつづけることをやめて欲しかった。
サークル時代にやってきた自家中毒ごっこをまだ同じレベルでしたいなら、
早く上がってきてほしいって思っていた。


公私混同すれば、嫌いじゃない。一緒に仕事をしたいと思う。

でも私がほんとうにいい広告をつくりたいと思っていて、
プライドをもってやれる人を選ぶのであれば、
彼をデザイナーとして、もう一緒には仕事をできない。
デザイナーとも呼べない。
技術屋で終わりたいなら、オペレーターになればいい。


彼は「佐藤可士和を越える」と冗談で言った。


ねぇ、何、基本設定を見誤っちゃってるの。
あそこであなたは黙っているべきだった。
勝算もないのに口にするなんてどうしようもない。
望む位置を手に入れられない限り、不甲斐なくてもう後戻りできない。

信じてるとか信じてないとか、そういう問題じゃない。
どうして彼は、架空のゴール地点をつくるのか。
今のゴールは、本当に、辿り着く目的で設定されているのか。

そして佐藤可士和が望む場所を手に入れているとでも思っているのか。
あんなところでそんなことを思われるなんてさらさら迷惑な話だろう。


デザイナーを目指す、という言葉が
ステータス化されて、彼を縛っている。
たぶん、趣味との狭間で揺れていたものを「夢」と言い切らせる
外部の力が強かったのかもしれない。


誰かが凄いって言ってくれた。
これなら馬鹿にされないかもしれない。


どういう思いで「夢だ」と言い切ったんだろうか。
覚悟は本当に、あるんだろうか。



こんなに容赦ない態度も、とれなくなるくらい無関心になったら終わりだな。。
友だちでいたかったら一緒に仕事をしないことだなと思いました。
そして尊重してくれることは大事だけど、褒めてくれるだけの仕事仲間ならいらんわ。


空気がぬるい。
的確に指摘してくれる同じ畑の人が欲しい。
広告の世界は、まだまだ遠いですね。。




長い割にうだうだと中身のない話を失礼。
今日の収穫のお話しでも。


今日、友人とTSUTAYAにいたときに、
結構大事な事に気付かされました。

随分好みの違いを感じてきた友人で、
それが結構面白い。
DVDを見ているときに、勧めてくれる作品が全然いままで見ようともしてこなかったもので、
何を基準に選んでるんだろうなーと思いながら、
ふと、自分の基準を考えたわけです。
いままでも考えることはあったのだけど、
選んでいる現場で考えたのは初めてで。

現実に即した作品を選ぶ場合
「共感できるかどうか」っていうのは、
「主人公がどれくらい(求めているものに)似通った状況にいるか」
ということなんではないかと。思ったわけです。

つまり、つらい不倫をしているときに
不倫してつらい顔している人の映画見ると、
馬鹿みたいに感情移入しちゃうという。
そういうことですね。



レポート書こうと思ってたけどいろいろ事務的な作業に追われて
またもやGIRI☆GIRI!てへ!

こんなくだらないこと書いてる間にやれやって話ですね。
まぁストレス発散も必要だと。。

i'll go back!


それではまた近いうちに~

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くだらない事。

お別れする前に前にもらったコピーCD、
ずっと忙しくてさっき初めて聞きました。

目から汗が。。


なんて不器用な二人なんだろうと、つくづく笑ってしまいます。
こういう伝え方しかできないけど…っていう相手の姿勢までわかってしまう内容だった。


失敗したと思わないけれど、
それでも何度も思い出す。
自分のしたことを思い出す。


くだらないことを書いてスミマセン。おやすみなさい

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今日はタ●ボートのアートディレクターの方の講義でした。
この講座でCD(クリエイティヴ・ディレクター)は沢山来るけれど、
アートディレクターの方の講義っていうのは全44回中1回だけ。
すごく大事なのになァと思いつつ、日本の今のシステムだとそうなるだろうなって感じです。
海外はもっともーーーっとアートディレクターとのやりとりが緻密だからね。

「プロフェッショナルはほぼ確実にヒットを打つ」
講義の終盤で、こういうことをおっしゃってました。そして、
「その先だよ、自分の表現とかスタイルっていうのは」とも。

まるで、学内で活動を続ける中で感じていた閉塞感を
言い当てられたようで、私は、この言葉にいたく感動してしまいました。

メッセージのわからんもんをつくって
何となくかっこいい、何となくいい、でつくってるやつはダメデザイナーだ、
デザインには理由がなくてはいけない、
ということもおっしゃっていました。

広告屋は、画家や写真家として食っていくわけではないから、
人に響くものを狙って作らなくてはいけません。
クライアントが、1000万払って新聞に出してほしいのは、ポートレイトじゃない。

いま一緒に仕事をしている相手は、
広告のクリエイティヴになりたいわけじゃないらしいので、
もしかしたら今書いたようなことは、意識しなくてもいいのかもしれません。
しかし今、現実として、広告をつくっているのだから、
やっぱりこの講義聴いておいて欲しかったわ、とちくちく感じていました。

今日の講師の方は
ロッ●リアのロゴや、最近だとゲーム機の「一緒に遊んだら、仲間だ」的なのをつくってる人で、
企画が通る前にプレゼンに持っていった案、
もしくはプレゼンに持って行く前に出しまくった案
いろいろ見せて頂きました。
ロッ●リアに関しては100以上見せられて、「まぁ、もっとあるんですけどね」って。

かっこいいですね。
こういう人と仕事できるようになりたいと、心の底から思いました。
自分の力や感覚を過信しないで沢山案を出してくる人じゃないと、広告は作れないや。

そしてタイポグラフィは以前から強調してきたけれど、
やっぱり私の中ですごく重要な位置をしめているなと思いました。
コピーのメッセージ性にダイレクトに響くし、
まったくそぐわないフォントを使うと、コミュニケーショントーンもぶちこわしだ。

ここは最近デザイナー任せにしがちだったので、猛反省。
そのトーンのディレクションまで出さないといけません。
色や大きさ、太い細い、文字間行間。
今日はアートディレクションについて、ふんどしを締め直せコラ!とどつかれた心持ちになりました。

学内の「宣伝美術」は、アートディレクターが
コピーもデザインもプランニングも背負っている割に、
「デザイン」というディテール、広告で言う1パーツずつにしか目を向けていないのが特徴です。
全体像を見て、初めて「広告」になりえる。
そして、ポスターを作るときのコミュニケーション目標がない。
多分、お金が無いから、結構ダイレクト、レスポンス型のものが大事になってくるはずが、
デザインを見る人にポーンて放って、おしまい。
ひじょうに無責任でずさんなコミュニケーションだなぁと思うことがしばしばあります。

それでもいい雰囲気のものを作ったら、見てもらえるから…と、
自分のセンスの限りを尽くして雰囲気を形におとしていきます。
きっとそこでのトーンや、メッセージのアイディアを一緒に考えることが必要で、
一人でそれができないなら、その考え方をもつ人を育てて、
そしてそれを継承していかなくてはいけないんだよね。


生ぬるくデザインして、ほめられて、
それに「広告」と名前をつけるのを、やめてくれないか。。ということだよなぁ。


よく「いいポスター/フライヤーだね」と声をかける人がいるけれど、
本当に「いいポスター」だろうか。「いいデザイン」じゃないのかな?
目を引いたからいい広告、というなら、その意見には反対したい。
果たすべき役割を決めて、それをつくって、目的を果たして、
もしくはそれ以上の効果を発揮して、はじめていい、と言えるんじゃないかしら。
目的もなしで全体像としてメッセージもないものに、惹かれる人はそんなに多くない。


そんなんで、デザインフェスタがデザインフェスタなのは、いいことだと思う。
クリエイティヴフェスタでなければアートフェスタでもない。
あそこで止まろうとしているか、もしくは先に行こうとしているか。
食っていこうとしている人かそうじゃないかは、そういうふうに分かれていくんだと、
今日の話しを聞いていて、溜飲の下がる思いでした。
オペレーターか、そうじゃないか。厳しい世界だ。
オペレーターを好んで選ぶ人もいることを忘れちゃいけないけども。



さいごに、誰も聞いちゃいないことだけど、
私にとってのひびく広告とひびかない広告の大別の仕方。
もっと別の感じ方もするけれど、まぁいいよね。
キーワードは「で?」
ちょっと怖いけど、見た瞬間「で、それが何?」となるものと
「で?続きは?」っていい意味で気になるものとかあります。

大事なのは、「それって私にカンケーありますか?ないよね?」と
ターゲットに判断させない事じゃないかしら。私はそう思います。


なんか話が壮大になってきてしまいました。すんません。
夢の話に落ち着けるとすると。

私はショービジネスに関わりたい。とくに、ミュージカルや映画に。
ミュージカルも演劇も、広告のコミュニケーションに問題があって、
しかし同時にコンテンツや興行システムに問題があるのもまた事実です。
東宝や四季のかたちだけで育っていくわけがありません。
(かといってブロードウェイも最近落ち目なのですが。。)
ビジネスパートナーとしてソリューションを提案することも可能なのが、たぶん、
いま私が一番コピーライターにびっくりしておるところです。
そんなことまでやっていいの?!という感じ。

でも、エンターテイメントも、人に響くものを狙ってつくる、という点で同じだと思っています。
だから何が響くのか。もっと考えなくてはいけない。
RENTという大ヒットを作品を日本で駄作にてしまった要因はそれだと、思っています。
The Last 5 Yearsのような、新しめの、もっと新しい客層が期待できる作品を、
どうしてもっとうまくセッティングしてプロモーションできなかったのか。

エンターテイメントの力を信じているからこそ、
もっと大手を振って、コミュニケーションできるようにならないのかなぁって
そんなことを考えながら、やっています。

今日はその思いの閾値がとても大きかったので
こんなだらだらと書いてしまいました。見なおして書きなおさないので読みづらいだろうね。笑


きっと何かある。新しいビジネスモデル。
それを探して働ける場所を、いまは探したいと思います。


ってなわけでーしゅうかつしますーーーーー

あばよっ


テーマ:

明日は入試で学校がお休み!
どうもすみこですたい


受験の頃を思い出します。
「人事を尽くして天命を待つ」というのが合言葉な毎日でした。
落ちるとか受かるとかそういう心配を、当日に気にし過ぎる人は、
あんまりうまくいかないものです。
試験中に考えてしまったらそれこそ終わりですよね。
いかにベストを尽くせるかという一点に集中できたのは、
この言葉のおかげだと思っております。


公演打ち上げで号泣したお話。
友人二人が話を聞いてくれたので、私は道を間違えずにすみそうです。

精神的に参っていると、感覚が麻痺します。
だから、至極まっとうなことを言ってくれる人が友人だというのは、
とても有難い事なんじゃないでしょうか。私はそう思いました。

同じように、私も、相手がどんなに間違っていなくても
『普通の』感覚で「だめだよ」と言える、そういう存在でありたいです。


不倫しないかわりに、切り替えトリップをしてこようと思います。
馴染みのない土地に行って、気分をとっかえてくるという。
1年生の頃、大失恋して岩舟へ行きましたが、今回もそれと同じです。

ただ、乗換駅の小山駅で引き返そうかなとも思索中。未定。気分かな。
電車に乗っている、という過程が大切なのです。

本当は長野に行きたかったんだ。
でも寒そうなので近場にしておきます。
結局改札からでないけどね!←


打ち上げで、泣いちゃったのは正直だめだなぁと今でも思うわけですが。
(隠れてたからパブリックな場でどうこうとかそういう意味ではなく)
涙って、物事を簡単にまとめてしまうからね。


でも気持ちが軽くなったのは、ほんとうです。
不思議なものですね。どういうメカニズムなんだろう。


別れを切り出された彼が、既に切り替えているというのに
いつまでも未練がましく泣いて、誰かを巻き込んでもいられません。
前を向いて、やるべきことをしっかりやろう。
美味しいごはんを食べよう。よく寝よう。
そういう健全な肉体で、はじめて、乗りきれるということを、私は知っている。


Pagesが開けなくて困ったので日記書きました(ぇ
お仕事いっぱい残っています。卒制もあります。
精魂込めて、ひとつひとつを創りあげるんです。


それでは、よくわからなくしてしまいましたが

一区切り付けられそうです。明るい道を歩いて行きます。たぶんきっと。
てなわけで、おやすみなさい。

テーマ:

ただいまー
先ほど、所属するミュージカル団体の公演最終日を終えてきました。
私は今回本当になにもしていませんでしたが(苦笑)

あんまり関われないよーってことで、
準プロダクションメンバーとして、
数ヶ月一緒にやらせていただいていました。

とっても素敵な作品だったので、見ていて何度もほろり、ときてしまって。
今まで関わったどのミュージカルよりも、いい感じでした。ほんとうに。

そしてそして公演直前に、実はですね。
彼氏さんと別れてしまって。
もやもやしながら今日を迎えました。実は。笑


切り替えの時期なんですね。

帰宅してこれを書いている今、
世間では、なんとまァ、2月に突入しています。
シュウカツもはじまります。(本当はもう始めてなきゃダメ)

切り替えなくてはいけませんぬ。
まぁ主に未練を(ヲイ


いいですか。未練をたらたらしても。いいですか。
というわけで以下(略

もともとうまくいっていない関係でした。その原因はわたしです。

うまくいっていなかったのはお互い、共通認識だったので、
お話しして、結局わたしが「別れたい」と切り出しました。
別れたくはないというのが本音でした、が。
形骸化しても続けたいと言われて、
このいい人にそんな事言わせてんのかと思ったら
行かないでなんて、言えなくて。なんか泣きそうで。

でも自分はいまいっぱいいっぱいなんですよね。
他のことにかまけて全然大切にできない。
別れることでようやくフェアーな関係になれたという。残念ですね。


私は未練たらたらでも、あっちはおモテになるので、
すぐ忘れ去られそうです。悲しいですな。
プラダクション内で二人も狙ってる人がいるらしいですよ。笑っちゃうわ。。

でも自分で切り出したんだからはやく諦めつけないといけない。
みっともないですね。すみません。
誰か叱ってください。


ちょっと不倫でもしようかなって勢いです。
浮気じゃなくて不倫というのがね。まずいですね。
なんで好きでもない相手の不倫相手なんかにという感じですが。
でももうそれくらいしないとってことです。
言っとくけど不倫はしません。訴えられたくないもの。笑

でも受けている講座の8歳上の既婚者が最近すごいです。
こんだけふわふわしてて私より8年も長く生きてるなんて信じられません。
この人と結婚した人の気が知れない。デキ婚だろうなと予測。

ああいうの見ていると、結婚なんてするもんじゃないなー
と思います。賃金格差が解消されて女が一人でも子供育てられるシステムはようできないかな。

不倫したらたぶん精神状態結構やばめなのでみなさんどうぞ助けてください


こんなに未練がましくなるのもレアなのでお許しくだされ。
たかさんとダメになったときもここまでじゃなかったのになぁ。
人間わからんものですね。


さーてさっきから眠気で顔面強打してるので仮眠とるお!
おやすみなさーい


密かなさよならの仕方/aiko

テーマ:
お知らせをさせてください。
私が今必死こいてやっている公演です。

=====

NYオフ・ブロードウェイ発!
「負け犬」でも「勝ち犬」でもない、すべての<20代>へ。


「大人」。いつの間にか、自分もそう呼ばれる年代になった頃。20代。
でも、胸を張れるものが何もなくて、誕生日が来るたび、
友人が結婚するたび、焦りを感じてしまう。
若さは瞬く間に過ぎ去っていく────

あらゆる〈20代〉の様々な悩みや焦り、葛藤の物語を、
オムニバス形式のミュージカル・ライヴで歌いあげます。


『Party Worth Crashing』


いま最も注目を集める新進気鋭のミュージカルクリエイターユニット「Kerrigan-Lowdermilk」による今作品を、アジア圏初上演!全編日本語でお送りします。
オンライン予約受付中です。 →http://bit.ly/zLcmju



Gotta2 presents
『Party Worth Crashing』


■日時
3月2日(金)20:00
3月3日(土)16:30 /19:30
※開場は開演30分前となります。
※3月2日(金)17:00 より公開ゲネプロあり


■場所
渋谷STAR LOUNGE
http://www.starlounge.jp/

※東急ハンズ1階正面口の真向かい、ビル1階のライヴハウスです。


■入場料
前売:¥2,000+1drink
当日:¥2,500+1drink
公開ゲネプロ:1drink

※ゲネプロのみカンパ制とさせて頂きます。


■御予約
以下の専用フォームよりお申し込みください。

http://bit.ly/zLcmju


■Singers
Julia Kamata
Yuka Suzuki
Azusa Fujikura
Jun Nishimura
Manabu Fujimoto

■Band Members
Piano Mari Nishide
Guitar Taku Ogura
Bass Yasuhiro Suzuki
Drums Yosuke Yamaguchi

テーマ:

20歳が終わろうとしています。
これを書き終わるときは、きっと、21になっている。
何と言おうと、感慨深いものはあるものです。
毎年毎年自分が変わっていくのを、切実に感じながら、それでもまた一年、また一年、と祝福される。

子どもの頃想像してた20代は、大人でした。
そんなお兄さん、お姉さんが、「お先真っ暗」なんて言葉を持ち出してるとは、思っていなかった。
私たちは大人ではなく、かといって子供では許されないのに、まだどうしようもなく生身で未熟です。
四十代になっても、五十代になっても、ひょっとしたら一生そうなのかもしれない。

こうやって断言しながら、言葉の最後には途端に気弱そうな表情になって画面を見返す。
激しい感情の波で呑み込んだと思ったら、急に引く。
そういう自分も変わらないな、と私は何となく感じております。


いま関わっている公演のテーマが「20代」。
"This is it, this is what's hot" という歌詞からサビが始まる、テーマ曲。

若さ。「女」が「女」として勝負するための源泉。
二十でそれが枯渇したとはまったく思いませんが、
二十代の真ん中にいる先輩たちは、あるいは公演の楽曲の数々は、
もっと切実な、焦りに似た気持ちでいるように見える。

キャリアや結婚に繋がらない人生イベントはすべてが無駄で、
そこに若い時間を捧げることはとんでもない痛手に映っているんじゃないか。
20代が始まったばかりの今の私は、それでもまだ二十七やそこらじゃないか、と軽く考えることができるだろう。

だけど、10年経たないうち、同じ年の友達が成功していく同窓会や結婚披露宴(これを成功だとわたしは思えませんが。)で、自分ははっきり誤ったと知ったら、どんな気持ちになるだろう。
ああ、焦りは、きっと、ここから。


いつものトーンに、戻しましょうか。疲れます。

あ、もう21歳だ。七分も経過してしまった。
抱負なんてものは、特に設けておりません。はやく考えなくっちゃいけない。

うーん。。
誰かに予防線を張りながら付き合うことを止める、ということかな。
21の目標と言うよりは、大学生のすみことして。これを目指したい。
正しくて、打算的。誰かのところへ走って抱きとめる覚悟のない人間。




ずっと付き合って行ける、と思う友人がいる。高校の友人だ。
彼女と久々に会って、話して、悔やんだことがある。
なぜ私は、こんなにいい関係を、大学で築いて来られなかったのか、と。

「来られなかった」と、ここで不可能形で書くことに、大きな大きな抵抗がある。
それほど、私はプライドが高い。




「誰かの中に、自分を反射させて見ないで」
自分にそうやって、しっかり言い聞かせたかった。それが20歳だった。
愛される友人。決断できない友人。
いつでも、そこに自分を見るから、意地悪く固執して、罵りたくなる。
ほんとうに正解なのか。そこに自分の願望が反映されてはいないのか。
そこに存在する相手の創りだすものは、丁寧に、自分の時間を過ごしているから、美しい。
私にはそんなもの、作れなかった。それをしっかり、自分で、判っておきたかった。
今でも、そうだ。


20歳の経験が指し示す方向を、まだ、私は見ることができません。
しかしまあ。それを探す事を、予防線を外す実験を、21の抱負とさせていただけますか。


この色眼鏡を、違う色に取り替えるくらいのことを、してみたい。
感謝して固執する。みっともない位に。カッコ悪い。それ位に。


生活をしていると様々な出来事があります。
「ここではないどこか」へ行きたいと考えたりする事がある。
だけど、知っての通り、「ここではないどこか」はどこにも、無い。
現実の中で生きる覚悟を決めた時に、きっと、勇気づけて支えてくれるものが見つかるんだと信じています。
誰かにとってそういう存在になれたら光栄だし、
そんなものが見つかれば、わたしはとても幸せ者です。


また一年間、どうぞよろしく。



すみこ

テーマ:
ついでにするもんでもないけど

痩せます!

つまり、ダイエットを始めます。
つまり、食事をコントロールします。それだけです。テヘペロ

運動する予定もないのでね!(殴

では。レポートの期限が11日⇒24日だったので寝ます。さいならっ

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