岡山ツアー 瑜伽大権現
テーマ:磐座備前焼の狛犬はどうやら由加山本宮への参道のようだった。
ここで車はアララトの意に反して参道へと向かう。
連日日替わりメニューで、お祭り系から高齢者主導の磐座学会、磐座は山にあってと文字通りアップダウン、おまけに短期間にこれだけの磐座を回ると石酔いして、ほとんど夢遊病者のようになっていたのである。
一本道だったのでほどなく由加山についたが、駐車場には「ここは寺の駐車場なので由加山本宮神社へご用のかたは駐車しないでください」と書かれてある。
明治期に廃仏毀釈によって無理やり分けられた神社とお寺では、こういうケースは多々ある。
しかし始めてのアララトは何処からが寺で神社なのかさっぱりわからない。
以前に由加山のご神体は磐座であると聞いていたので白装束の方に尋ねると、これがお寺さんの境内だったようで、「神社?ここは蓮台寺の敷地内で神社はあちらのほんの一角にあるだけですよ!」とけげんそうに対応されてしまった。
後で調べたところでは、つい最近も裁判沙汰に及んでいるそうなので複雑なご事情のようですが、お仕事柄あまり良い印象は与えませんねえ。
備前焼の鳥居をくぐると今度は本物の神職の方が、大売出しさながらに、新年の祈祷案内を拡声器でまくし立てていた。
どっと疲れたアララトは、神職の横でお手伝いをされている氏子さんに磐座の所在を尋ねた。
本殿の真裏に磐座はあったが見にくかったので、再び蓮台寺に戻り由加山本宮本殿より上に建てられている権現堂から磐座を見ることにした。
下界の雑踏からやっと開放され、石笛を奏上し、磐座を写真に収めた。
弥生期より祀られていたといわれる磐座だけは、往時の雰囲気そのままに残していてくれたので一安心した。
再び長い階段を降りて神社の縁起を見たアララトは絶句した。
稲荷さんなので宇迦之御魂神(うかのみたま)か倉稲魂命が御祭神だとばかり思っていたら、彦狭知命(ひこさしり)と手置帆負命(たおきほおい)の二柱が主祭神として記されていた。
彦狭知命は紀伊忌部、手置帆負命は讃岐忌部の祖神である。
由加山(当時は神仏習合の形態)は位置的にも讃岐金毘羅さんに近いので、江戸中期頃からか両参りをするとご利益があるという風習が広まった。
田の口からは金毘羅行きの船が出るが、その前に由加山へお参りするというコースである。
ところが対岸の金毘羅宮は初期の頃讃岐忌部が奉祭していたので、この祭神からすると単なる風習というよりは、忌部族がこの話に関与したという可能性が高い。
由加山は権現信仰なので金刀比羅宮と同じく神仏習合が本来の姿だが、それ以前の地主神として忌部系の神が居たのであろう。
なんとなく冗談ぽく始まった大麻山井桁崩しラインは、意外にもかなりの広がりをみせそうな気配が濃厚である。
これが結局今回最後の落ちということで、すっかり虚脱状態になったアララトは帰路に着いた。
期間はわずか3日間だったが、バリエーションがあり過ぎ~。
牛窓での褌ダンスから始まり、磐座ラインが龍神系で、牛窓、下津井のむかし港ライン。
地層ラインでいくと、今から7000万年前、恐竜が絶滅したといわれる白亜紀後期の火山活動で出来た花崗岩帯の磐座を行ったり来たり。
最後は忌部ラインと、実にめまぐるしい展開だった。
写真 由加山神社の磐座






