2007-04-27 13:02:33
週刊「バローレ通信」 Vol. 008 2007/04/27
テーマ:週刊 バローレ通信
===============================================================
『バローレ通信』 vol.008 2007/04/27
~バローレを見出し、バローレを産み出し、バローレを受け継ぐ
================================================================
バローレ(Valore)は、イタリア語です。 英語のValue(バリュー)と同じ語源です。
ただ、イタリアの方たちは、もっと広い意味でバローレという言葉を使ってい
るようです。
バローレ通信では、私たちの身の回りにあるバローレ(まだ測定はできてい
ないが、確かにそこにある大切すべき価値)について皆さんと探求していきた
いと思います。
================================================================
■□ 目次 □■
1.今週のニュースから
2.今週のバローレ探求
3.バローレのある暮らし
4.バローレ交流 ~皆様からのお便り
5.編集後記
================================================================
1.今週のニュースから :『相次ぐ銃器による犯罪』
4月17日、長崎市の伊藤一長・前市長が暴力団の容疑者に拳銃で背後から
撃たれ、翌18日に亡くなった。 前日の16日には、バージニア工科大学で銃
乱射事件が発生し32人が犠牲になった。 日本を含む世界中で、毎日、銃に
よって犯罪が起き、人が死んでいる。
核兵器も同様だが、人類が発明した道具で、人類が殺されていく。 種として
みれば、まさに自滅行為だ。 地球上で銃を使うのは人間だけなので、人間だ
けが使うことを止めれば、地球上から銃はなくなる。
それでも米国の市民は銃規制には反対が過半数だと言う。 きっと、我々に
はわからない、銃で保たれたバランスというのがあるのだろう。
先日、バリ島に行ってきた方が言っていた。 「魚が海岸べりで多く死んでい
る。 それは、地震のせいではなく、地震の後に始まったリゾートホテルなどの
大規模開発によるものらしい。」
人類は、銃以外にも、経済行為や政治活動で人類だけでなく、他の動植物、
そして地球という星までも生存を脅かしている。 本当にやっかいな生き物だ。
________________________________
2.今週のバローレ探求 :『心をこめる』
今回のテーマは、「心をこめる」です。 前回いただいたメールに、「心をこめた
モノづくりにバローレを感じる」というご意見がありました。 確かにそうだな、と
思わず相槌をうちましたが、「はて、心をこめるとは、どんなことなのだろう?」
「それは、バローレとどう関係があるのだろう?」という疑問がわきました。
私たちが心をこめるとき、何をしているのでしょうか? そして、私たちが心
をこめたモノには、何が起こっているのでしょうか? 相手が心をこめたものを、
私たちはどのように受け取っているのでしょうか? 少し考えてみたいと思いま
す。
まず、あなたがモノやコトに心をこめるときのシーンを思い浮かべてみてくだ
さい。 すると、共通していることが見つかると思います。 必ず、モノ・コトが渡
った先の相手のことを考えています。 相手が喜ぶ姿を思い描いています。
それは、時間を超えた自分自身に対してでも同様です。
また、モノ・コトを慎重に扱い、細部に気を配り、決められたこと以外でも抜か
りはないか、確かめてもいます。 逆に、心をこめていない場合には、決められ
たことの中で機械的に処理を行なうだけです。
では、次に、モノ・コトには、何が起こっているのでしょう? 私の考えでは、
「氣が入っている」としか、まだ表現できません。 でも、何かが起こっています。
そして、最後に受け取る相手です。 例えば、自動車で言うと、心をこめてい
るか否かは、塗装の質感や、面の美しさ、ドアのしまり感、ウィンカーの音など、
細かいところで感じます。 「神は細部に宿る」ということでしょうか? ここでも
公差やデシベルでなく、モノやコトの総体としての「氣」を感じているのだと思い
ます。
対人関係でバローレを感じる方は、相手の方そのものというよりも、その方
との心をこめたお互いの「氣」の交流にバローレを感じているのではないでし
ょうか。 その証拠に、相手の方も同時にあなたにバローレを感じていること
が多いはずです。
こうした「心をこめた」モノ・コトが渡されたときに、私たちは、経済価値を超え
たバローレを感じるのです。
_________________________________
3.バローレのある暮らし
今の住まいには、小さいですが庭があります。 植物を育てていると、教育に通
じる色んなことを学びます。 適切な時期に種をまいたり、肥料を上げたり、水
を適切(あげすぎも駄目)にあげないと、うまく育ちません。
また、添木も成長に合わせて大きくしてやらなくてはいけません。 肥料も、
すぐ近くでなく、少し離れた所のほうが根のはりが良くなります。 実を結んでも、
直ぐに食べず、じっくり熟すまで待つとおいしくなります。 本人の努力もあります
が、毎朝雑草を採ってやると、生育が良くなります。
こうして、庭があると、いろんなことを考えながら手入れができます。 庭のあ
る生活に、私はバローレを感じます。
________________________________
4.バローレ交流 ~皆様からのお便り
今週は、お二人のメールをご紹介します。
<お一人目は、同じ大学の先生です>
勝さん、我が家のダンナは、すっかりバローレ信奉者になったようです。 「今日
もバローレを生み出すぞ~」と思って仕事をすると、よい仕事ができるそうで、
日々バローレが顕在化しているそうです。
で、私は。。。 ダンナ曰く、「○○さんは、着々と含みバローレを蓄積しているの
かな?」 さらに、「含みバローレは含み資産といっしょで、最終的に顕在化
しないものもあるからなぁ~」と言われて、しょぼん。 ~後略~
<お二人目は、北陸先端大の近藤先生です>
私の「バローレ体験」は対人関係の中で体験したことが多かった。 過去および
現在を考えても、自分のバローレを持った人は魅力的で、そういう人に刺激を
受けて、私も自分なりのバローレを追求するようになったと思います。
~中略~
バローレを持った人は、自分ごとで「世のため・人のため・地球のため」に、
見えない価値を想像し、その気分を自分の言葉にし、その言葉の実現に
こだわった生き方をしている。 4画面思考で言えばバローレとは「ありたい姿」
ではないかと思います。 「ありたい姿」を「実践する姿」から感じることが
できたらすばらしい。 そういう場合は、ありたい姿を共有して実践する仲間が
できている。 しかし、現実はギャップがあり、孤独状態であるだけに、改革の
輪づくりが求められている。 「ありたい姿」の基本は「人間広場」で、心が
つながった状態です。 現実は数字で測られ、心のつながりが見えない場合が
多いく、そんな現実で心のつながった状態や人に会うとバローレを感じる。 一
番、バローレが高い状態が心と心のつながった瞬間でしょう。 問題はその状
態をいかに持続するかです。 そのためには自分ごとで、ありたい姿を想像し、
自分ごとの言葉にして、「その言葉を真実に」のために実践活動に入っていく。
そんなバローレのある体験を楽しみにして「成功の宣言文」活動を行っている。
未来においてもバローレを持った人との交じりあいで、自分のバローレを産み
落とすことができると思います。
_________________________________
5.編集後記
皆さまからのたくさんのメッセージ、ありがとうございました。 今回のテーマ、
「心をこめる」では、心をこめて作ったモノと、心をこめず作ったモノの違いを、
科学的に計測できないかと考えました。 科学的に見ても、何か違いがあるハ
ズです。 そうした科学的分析がないと、バローレ研究の「見出す、産み出す、
受け継ぐ」はできません。 「氣」で片付けることはできないのです。
さらに、多方面からのアプローチを研究してみます。 皆さまからの、「私は
こんなこと・ものにバローレを感じる」を大募集です。 どうぞ、何件でも結構で
すので、お寄せください。 一緒に考えてみましょう。
バローレ通信は、毎週金曜日に配信いたします。 ご意見、ご要望が私のエ
ネルギーですので、お気軽にどんどんお願いいたします。
________________________________
◆メルマガのお申し込み、中止については
info@valore-soken.com
このメルマガは読むだけのバローレがある!と思った方を是非ご紹介ください。
無料です!
◆メルマガの内容については、
shinichiro_katsu@valore-soken.com
◆バックナンバーは、バローレ総研のホームページでご覧になれます
http://valore-soken.com
________________________________
Copyright(C) 2007, バローレ総合研究所
掲載記事の無断転載
『バローレ通信』 vol.008 2007/04/27
~バローレを見出し、バローレを産み出し、バローレを受け継ぐ
================================================================
バローレ(Valore)は、イタリア語です。 英語のValue(バリュー)と同じ語源です。
ただ、イタリアの方たちは、もっと広い意味でバローレという言葉を使ってい
るようです。
バローレ通信では、私たちの身の回りにあるバローレ(まだ測定はできてい
ないが、確かにそこにある大切すべき価値)について皆さんと探求していきた
いと思います。
================================================================
■□ 目次 □■
1.今週のニュースから
2.今週のバローレ探求
3.バローレのある暮らし
4.バローレ交流 ~皆様からのお便り
5.編集後記
================================================================
1.今週のニュースから :『相次ぐ銃器による犯罪』
4月17日、長崎市の伊藤一長・前市長が暴力団の容疑者に拳銃で背後から
撃たれ、翌18日に亡くなった。 前日の16日には、バージニア工科大学で銃
乱射事件が発生し32人が犠牲になった。 日本を含む世界中で、毎日、銃に
よって犯罪が起き、人が死んでいる。
核兵器も同様だが、人類が発明した道具で、人類が殺されていく。 種として
みれば、まさに自滅行為だ。 地球上で銃を使うのは人間だけなので、人間だ
けが使うことを止めれば、地球上から銃はなくなる。
それでも米国の市民は銃規制には反対が過半数だと言う。 きっと、我々に
はわからない、銃で保たれたバランスというのがあるのだろう。
先日、バリ島に行ってきた方が言っていた。 「魚が海岸べりで多く死んでい
る。 それは、地震のせいではなく、地震の後に始まったリゾートホテルなどの
大規模開発によるものらしい。」
人類は、銃以外にも、経済行為や政治活動で人類だけでなく、他の動植物、
そして地球という星までも生存を脅かしている。 本当にやっかいな生き物だ。
________________________________
2.今週のバローレ探求 :『心をこめる』
今回のテーマは、「心をこめる」です。 前回いただいたメールに、「心をこめた
モノづくりにバローレを感じる」というご意見がありました。 確かにそうだな、と
思わず相槌をうちましたが、「はて、心をこめるとは、どんなことなのだろう?」
「それは、バローレとどう関係があるのだろう?」という疑問がわきました。
私たちが心をこめるとき、何をしているのでしょうか? そして、私たちが心
をこめたモノには、何が起こっているのでしょうか? 相手が心をこめたものを、
私たちはどのように受け取っているのでしょうか? 少し考えてみたいと思いま
す。
まず、あなたがモノやコトに心をこめるときのシーンを思い浮かべてみてくだ
さい。 すると、共通していることが見つかると思います。 必ず、モノ・コトが渡
った先の相手のことを考えています。 相手が喜ぶ姿を思い描いています。
それは、時間を超えた自分自身に対してでも同様です。
また、モノ・コトを慎重に扱い、細部に気を配り、決められたこと以外でも抜か
りはないか、確かめてもいます。 逆に、心をこめていない場合には、決められ
たことの中で機械的に処理を行なうだけです。
では、次に、モノ・コトには、何が起こっているのでしょう? 私の考えでは、
「氣が入っている」としか、まだ表現できません。 でも、何かが起こっています。
そして、最後に受け取る相手です。 例えば、自動車で言うと、心をこめてい
るか否かは、塗装の質感や、面の美しさ、ドアのしまり感、ウィンカーの音など、
細かいところで感じます。 「神は細部に宿る」ということでしょうか? ここでも
公差やデシベルでなく、モノやコトの総体としての「氣」を感じているのだと思い
ます。
対人関係でバローレを感じる方は、相手の方そのものというよりも、その方
との心をこめたお互いの「氣」の交流にバローレを感じているのではないでし
ょうか。 その証拠に、相手の方も同時にあなたにバローレを感じていること
が多いはずです。
こうした「心をこめた」モノ・コトが渡されたときに、私たちは、経済価値を超え
たバローレを感じるのです。
_________________________________
3.バローレのある暮らし
今の住まいには、小さいですが庭があります。 植物を育てていると、教育に通
じる色んなことを学びます。 適切な時期に種をまいたり、肥料を上げたり、水
を適切(あげすぎも駄目)にあげないと、うまく育ちません。
また、添木も成長に合わせて大きくしてやらなくてはいけません。 肥料も、
すぐ近くでなく、少し離れた所のほうが根のはりが良くなります。 実を結んでも、
直ぐに食べず、じっくり熟すまで待つとおいしくなります。 本人の努力もあります
が、毎朝雑草を採ってやると、生育が良くなります。
こうして、庭があると、いろんなことを考えながら手入れができます。 庭のあ
る生活に、私はバローレを感じます。
________________________________
4.バローレ交流 ~皆様からのお便り
今週は、お二人のメールをご紹介します。
<お一人目は、同じ大学の先生です>
勝さん、我が家のダンナは、すっかりバローレ信奉者になったようです。 「今日
もバローレを生み出すぞ~」と思って仕事をすると、よい仕事ができるそうで、
日々バローレが顕在化しているそうです。
で、私は。。。 ダンナ曰く、「○○さんは、着々と含みバローレを蓄積しているの
かな?」 さらに、「含みバローレは含み資産といっしょで、最終的に顕在化
しないものもあるからなぁ~」と言われて、しょぼん。 ~後略~
<お二人目は、北陸先端大の近藤先生です>
私の「バローレ体験」は対人関係の中で体験したことが多かった。 過去および
現在を考えても、自分のバローレを持った人は魅力的で、そういう人に刺激を
受けて、私も自分なりのバローレを追求するようになったと思います。
~中略~
バローレを持った人は、自分ごとで「世のため・人のため・地球のため」に、
見えない価値を想像し、その気分を自分の言葉にし、その言葉の実現に
こだわった生き方をしている。 4画面思考で言えばバローレとは「ありたい姿」
ではないかと思います。 「ありたい姿」を「実践する姿」から感じることが
できたらすばらしい。 そういう場合は、ありたい姿を共有して実践する仲間が
できている。 しかし、現実はギャップがあり、孤独状態であるだけに、改革の
輪づくりが求められている。 「ありたい姿」の基本は「人間広場」で、心が
つながった状態です。 現実は数字で測られ、心のつながりが見えない場合が
多いく、そんな現実で心のつながった状態や人に会うとバローレを感じる。 一
番、バローレが高い状態が心と心のつながった瞬間でしょう。 問題はその状
態をいかに持続するかです。 そのためには自分ごとで、ありたい姿を想像し、
自分ごとの言葉にして、「その言葉を真実に」のために実践活動に入っていく。
そんなバローレのある体験を楽しみにして「成功の宣言文」活動を行っている。
未来においてもバローレを持った人との交じりあいで、自分のバローレを産み
落とすことができると思います。
_________________________________
5.編集後記
皆さまからのたくさんのメッセージ、ありがとうございました。 今回のテーマ、
「心をこめる」では、心をこめて作ったモノと、心をこめず作ったモノの違いを、
科学的に計測できないかと考えました。 科学的に見ても、何か違いがあるハ
ズです。 そうした科学的分析がないと、バローレ研究の「見出す、産み出す、
受け継ぐ」はできません。 「氣」で片付けることはできないのです。
さらに、多方面からのアプローチを研究してみます。 皆さまからの、「私は
こんなこと・ものにバローレを感じる」を大募集です。 どうぞ、何件でも結構で
すので、お寄せください。 一緒に考えてみましょう。
バローレ通信は、毎週金曜日に配信いたします。 ご意見、ご要望が私のエ
ネルギーですので、お気軽にどんどんお願いいたします。
________________________________
◆メルマガのお申し込み、中止については
info@valore-soken.com
このメルマガは読むだけのバローレがある!と思った方を是非ご紹介ください。
無料です!
◆メルマガの内容については、
shinichiro_katsu@valore-soken.com
◆バックナンバーは、バローレ総研のホームページでご覧になれます
http://valore-soken.com
________________________________
Copyright(C) 2007, バローレ総合研究所
掲載記事の無断転載
同じテーマの最新記事
- 週刊「バローレ通信」 Vol. 137… 11月20日
- 週刊「バローレ通信」 Vol. 135… 11月06日
- 週刊「バローレ通信」 Vol. 131… 10月09日



