いま仏教があなたを癒す! 

多くの人が生活に疲れ、仕事や結婚生活で悩み、病気や死への恐怖におののき救いを求めています。でも、仏教を知ることで何かが変わります。

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   願はくは
    花の下にて春死なむ
    その如月の
    望月のころ


平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した西行法師の有名な歌です。私も春になる度、桜を見ながら逝けたら最高だな、と思ってしまいます。

横浜市内にも桜の名所はいくつもありますが、大岡川の両岸に咲く桜も有名で、川下りをして見物することもできます。現在(写真は3月24日の夜)のところ、ソメイヨシノはツボミのままですが、早咲きの種類が咲き始めています!

西行はもともとは僧侶の家に生まれたわけではなく、エリート武士でした。したがって、西行という名前は後になってからのものです。

彼の詠んだ歌は文庫本(岩波文庫)にまとめられているほど、現在でも愛されています。いったい、彼の詠んだ歌のどこがそこまで愛されるのでしょうか?

この件については、小林秀雄も評論を書いています。私自身は、西行の歌の特徴は「無駄な飾りがないこと」ではないか、と思うのです。ようするにストレートで直球勝負なのです。

このテーマで次回も書いてみます。





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ある日、私は国道15号線(第一京浜)の歩道を歩いておりました。場所は、横浜市の鶴見区から神奈川区に入ってすぐ、JR線や京浜急行線の「新子安」付近です。

おや?? お寺の山門があるなぁ~と思いましたが、参道の入り口から山門に行くまでに線路があります。線路が参道を遮っているのです。もちろん、踏み切りもあるのですが~。


  これはいかんなぁー
 こういうのは危険ではないか?


この線路は京浜急行電鉄の本線です。ところで皆さんは、京浜急行線の本線がどこからどこまでかわかりますか?

     品川駅から三崎口駅

という回答が多いと思います(私もそう思っていたから)。実は、

     泉岳寺駅から浦賀駅

なのです。これが正解。
で、話を戻すと。。。なぜこんなふうになっているのか?
→もちろん、他にどうしようもなかったからでしょう。当時のご住職は悩まれたでしょうね。

実際、この地区は日本国内ならどこにでもある~海岸線に山が迫っているので平地が少ない~場所なのです。神戸市の須磨浦公園あたりも同じですね。国道2号線とJR山陽本線、私鉄の山陽電鉄の線路がひしめき合っています。

それが横浜の場合はさらに厳しい。JR線だけでも、東海道本線と横須賀線(東京駅から東では総武快速線と呼ぶ)と京浜東北線(横浜駅から先は根岸線と呼ぶ)で上下合計6本の線路、それに貨物線と京浜急行線があり、国道15号が走る。狭いところに幹線が入り組んでいる困った場所なのです。

この場所にシブトク残るお寺は高野山真言宗の遍照院(へんじょういん)さんでした。なんでも1458年開基とも伝えられる古いお寺。しかし、もとあった他の場所から移転して来たようです。1945年には米軍による空襲で消失したとのこと。罰当たりな爆撃機です。

それで、こうした立地ですから地元ではこんなふうに呼ぶようです。


  踏切寺

と。。。いかにも 珍百景 です。テレビ番組などでも登場していることでしょう。

でも、しばらく考えて私が思ったのは、当時のご住職がどんなことがあってもこの地に踏みとどまろうとしたのではないか、それは立派なことではないか。

~そういうことでした。地元の人たちから離れたくないという意識(→檀家さんから離れるとご住職も生活に困るという実際的な理由もあるでしょうが)が強かったのですね、おそらく。電鉄会社と交渉もしたでしょう。結果、住職さんはとにかくこの地に残った。今度は線路を渡ってみるつもりです。






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さて、話を続けます。
奇妙な夢を見て、私(伊勢田)は複雑な気持ちになりました。親友が夢に出て来ること自体はふつうのことと思います。特に亡くなった相手の場合は、もう会えないんだなとの思いも強いですから。

この夢は少し違います。二人とも故人ですが、一人は母方の祖父です。明治時代の終わりごろに生まれ、貧しい家に生まれたものの篤志家に見出されて広島高等師範学校まで進みました。昔は今と違い、見所のある若者を引っ張り上げてくれる大人がいたのです。世襲族が我が世の春を謳歌する現代に比べると、人間の(日本人の)品性は高かったと言えるのではないでしょうか。

祖父は真面目な教育者として人生を終えました。最後は兵庫県姫路市の学校で校長を務め、自宅では英語塾を開いていました。私は子どもの頃、塾の教室(家の中に造られていた)でよく遊びました。そこには漫画が置いてあって、休憩時間などに生徒たちが読めるようにしてあったのです。それで、私も読んでいたわけです。

祖父は婿に入った人です。若い頃の祖父を可愛がった人(祖母の父)は真面目で勉強好きな青年(祖父)を見込んで婿にしたわけです。こうしたパターンはとても多かったようです。昔は良い意味で「大人」がいたんですね。

祖父は死ぬまで英語の辞書(オックスフォード英英辞典)などを手放さない人でした。堅物と言ってもいいでしょう。そういう人は内面ではおそらく、羽目を外すようなことをやってみたいと思っていたのではないでしょうか?

親友は、大学時代に語学クラス(ドイツ語)で一緒だった人です。九州出身者で、言いたいことをすぐ言うタイプでした。いろいろな部分で私とは価値観も違っていましたが、お互いにはっきり話すことができる相手でしたので、つながっていたと思います。

彼とはむしろ大学を卒業したあとで親しくなり、一緒に海外旅行に行ったこともあります。また、彼は貿易関連の仕事(船舶の手配)をしており、英語も達者でした。横浜港や神戸港に入る船を主に扱っていたのか、彼の勤務地は関東(東京)と関西(神戸)で、私が子ども時分に住んでいた塚口(兵庫県尼崎市)に住んでいたこともあります。これもご縁です。

子どもない彼は、奥さんと一緒に年に二度くらい海外旅行もしていました。大のお気に入りはイタリアでした(やや西洋かぶれのところがまた九州男児らしい)。

彼が亡くなる直前の2年間は会えませんでした。入院していて、その病院も知らせて来なかったのです。最後は自宅に戻り「静養」ということになり、病状が回復したら知らせます、というメールが最後でした。

もっとも、私はそこまで悪い状態とも知らなかったので、また会えると思い込んでいました。突然、彼の奥さんからの「他界しました」というメッセージが留守電に入っていて、驚いたわけです。

こうした二人があの世で友達になったのか、一緒に楽しそうに酒を飲んでいました。私の話題が出ているのでしょうか。それにしても、あの堅物の祖父が、いかにも楽しそうにあの世のキャバクラで~。

二人は私のことを待っているのかな、と思いました。俺たちは楽しくやっているから、そのうち来いよ、ということでしょうか。もちろん、私も「そのうちに」は逝きます。待っていてください。

スリランカ仏教の偉い方の書いた本では、輪廻といってもすぐに生まれ変わるのではなく、


 死んでから三百年くらいは間隔が空く

とのことです。私が逝くときにも、まだ二人が待っていてくれるはずです。それを思うと嬉しい感じもあります。

死ぬことは、ある意味で「もといた場所に戻ること」でもあります。今生に、この人生の舞台に登場する、その前にいた場所に戻ることです。この肉体を捨て、新しい旅に出るということですね。


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昔から、

  夢のお告げ

という言葉があります。また、夢判断とか夢占い、というのもあります。こうした言葉が前提とするのは、

 「夢の中身には重要な意味がある」

と考える立場です。世界的に著名な心理学者~フロイトやユングなども、こうした立場です。夢の中身を分析することで、普段は当人も自覚していない部分=無意識の領域を知ることができると考えます。

ユングの場合には個人的な無意識だけでなく、ある民族や人類全体の“集合無意識”にも言及しているようです。私は心理学の本は読んでいないので、また勉強しておきます。

また学者によっては~夢というのは、眠っている間に脳が記憶の整理をしていて、それが動画となって夢に出ているだけ~中身には意味がない、と主張しています。
あなたはどう考えますか?

私はどちらかと言うと、
夢にはそれほど大きな意味はないのではないか?

と考えて来ました。しかし2か月ほど前に面白い夢を見て、その考えが揺らいでいます。それは、何とも笑える楽しい夢を見てしまって、どうもそれに意味があるように思えてならないからです。

その夢には、3年近く前に他界した学生時代からの親友(白血病でした)と、20年ほど前に他界した母方の祖父が登場。しかも夢の中では、ふたりは仲良く酒を飲んでいたのです。ふたりのいたお店はキャバクラのようでした。
(つづく)


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 人はどんなときに
  宗教に近づくのでしょうか?


一つには、自分の死を意識したときでしょう。自分の人生が遠くない将来に終わる~という思いに至ったとき、誰でも死んだ後のことに関心が芽生ます。とても自然なことです。男性なら60代になれば考えるでしょう。

  自分は死んだあとはどうなるのだろうか?

次には、これまでの自分の生き方を反省したりまったく興味がなくなったり、将来が少し不安になったりしたときでしょう。

価値観の崩壊と言うと大げさですが、
それまで信じていたものを信じられなくなったとき、
漠然と信じていた何かにもう関心をなくしてしまったとき、
心の支えになるものが欲しいと感じます。

さらに言えば、自分の“過去の過ち”に気づいて深く後悔したときでしょう。当然、己のを自覚します。

自分は地獄に行くのだろうか?
許されるのだろうか?
ただ「反省する」だけで良いのだろうか。。。
やはり、ここで生き方を変えないといけないのでは?

という意識から宗教に関心が向きます。
とくにキリスト教やイスラム教のような一神教では、神の許し神の慈悲というものが強調されていますから、こうした場合には比較的近づきやすいでしょう。

最後に、これは仏教に特徴的なのですが、仏教はとても哲学的な部分が大きいため、知的好奇心から接近するケースも多いと思います。仏教はどちらかと言うと、一神教のようにバイブルやコーランのような聖典があって、日々それを読み、それに従った生活をする、という啓示による宗教ではありません。


(注)仏教経典はとてもいっぱいあって、古代インドで使われていた言語、主にパーリ語やサンスクリット語で書かれていたものが漢語やチベット語に訳されたものがあり、もともと漢語で書かれた経典(インドや西域の僧ではなく中国の僧が書いたもの)も多くあります。もちろん今では、各国語に翻訳されています。

仏教では基本的に、一神教で世界のラストシーンで設定される「最後の審判」はありません。この世界が滅び去って“神の国”が来る、というのが一神教の教えで、信仰を守った正しい人々は神の国で永遠の命を得ることができるのです。

しかし仏教では、そういう話にはなっていません。

聖書には、

  人を裁くな、自らが裁かれぬためである

という有名なフレーズがありますが、人を裁くのは神であって人間ではない、という基本的な考えがあるようです。しかし、それにしては欧米諸国は他国を裁きまくるようですが。。

仏教は基本的には、こうした“裁きの宗教”ではありません。何しろ裁判官になる絶対者(神)がいないのです。ですが、ここが複雑なところで、昔から日本では、

「生きているうちに悪いことばかりしていたら、
 死んでから閻魔大王のところに送られて、
 地獄に落とされる」

みたいなことが言われています。これは実際には「裁き」ですね。実は、私たちにとっての仏教(日本仏教)とは、日本人が時間をかけて日本市場向けにアレンジして来た仏教であって、インドにおける原始仏教とは大きく違っているのです。

シャカは死後については何も語らなかったという話もあります(確認できません)。その言い伝えが正しいなら、シャカは「あの世」についてすら言及していないのです。

しかし日本仏教ではあの世を設定していますし、いかにして西方浄土(極楽浄土)に行くかが一つの大きなテーマです。また輪廻転生(生まれ変わり)も大きなテーマです。人は悟りを開くことで、この永遠に続く輪廻転生(疲れます!)の環から抜け出ることができるとされます。

(注) この輪廻という概念は、仏教に限らずインド宗教には多く見出せる要素のようです。

そういうことで、仏教は一概に“こういうものだ”とも言いにくいのです。そこのところの複雑さもまた、面白いと言えるでしょう。

でも、まずは自分自身が仏になる(成仏する=悟りを開く=浄土に行く)ことが大目標です。修行を重んじるかどうかは宗派によって違います。座禅をする宗派(禅宗:臨済宗や曹洞宗)とそうでない宗派の差異もありますし、念仏かお題目かなど、細々した部分で違いもあります。

またさらに、日本にもともとあった神さま(古神道における神さま)との融合も進みました。お寺のなかにお社があったり(京都の清水寺など)、いろいろ面白いのですね、仏教と神道の融合に関すること。

それに、インド仏教そのものがバラモン教などの先行する宗教の神さまを抱え込んだりしています。ですから、まったく至る所に、如来だ菩薩だ、帝釈天だ毘沙門天だ、お地蔵さまだ、と登場して、やたらキャラクターが多いことも特色かもしれません。一神教にも天使とか妖精とか出て来ますが、やはりキャラの豊富さは仏教のほうが上でしょう。

そういうことで、とりあえず何かをすぐ信じたい人、そして信じる神をもちたい人には、キリスト教などの一神教が良いかもしれません。それに対して、仏教は知的好奇心の強い人(哲学などが好きな人)に良いのではないか、とも思います。また、毎週日曜日に教会に行く宗派が面倒だと思う人も仏教で良いでしょう(適当!)



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いよいよ話が佳境に入ります。

疲れていた私は、すぐに眠りました。ゴキブリのことが気になって寝付けないというようなことはありませんでした。エアコンをつけて涼しくなった部屋で、すやすや眠りについたのです。

そして。。。3時間弱くらい眠ったころ、私は夢を見ているような状態の中でゴキブリの接近を知ります。すなわち→夢を見ている状態で(もちろん肉体は眠っている状態で)、はっきりと視覚にとらえたのです。

そのとき見えていたものは、まさしくそのときの部屋でした。そして、ゴキブリが足首の近くまで来ています!

     ゴキブリが接近中!

私は俊敏に起き上がりました(いつもは俊敏でもない)。すると、先ほど眠っているときに見た状況とまったく同じものが見えたのです。私は新聞紙を丸めてゴキブリを叩き、ゴキブリは命を失いました。中くらいの大きさのそのゴキブリは、あるいはもっと大きくなれたかもしれなかったわけですが、死にました。

ゴキブリは死ななければならない~なぜなら、人間はゴキブリが嫌いだから。理由と云っても、それくらいしかないのが本当のところなのです。生まれ変わるとしても、ゴキブリは嫌ですね。


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まず最初に一言。いわゆるスピリチュアル体験というのは、スピリチュアルを信じない人、または信じたくない人には話さないほうが良いでしょう。そういう人たちに話しても、あなた自身が“おかしなことを信じている変な人”と思われるだけです。あなたが損をするだけになります。

そして、そういう人たち~スピリチュアルは非科学的だと主張して排斥する人たち~の多くは、大手メディアの報じることや一種の御用学者たちの言うことをありがたがっているだけ、というケースも多いように思います。

そもそも「科学的」と「非科学的」との分類基準がきわめて流動的なのです。現代科学と言っても、医学について見てみればかぜ薬すら作れないレベルで、もちろん癌も治せません。たとえば、現代医学の処方よりもむしろ「断食療法」などの民間療法で命拾いをしている方も少なくありません(何人かにお会いしました)。

国内では一流とされる大学の医学研究者も、テレビのインタビューで、

 人体のさまざまな働きは、
   まだ10パーセントくらいしか
   わかっていませんよ!


と笑っていました。実に約90パーセントの部分は不明なのです。

さて、前にブログ記事で「天の声」だか「神の声」だかを聞いた件について書きましたが、今回は「ゴキブリの接近を透視?」の件です。話のスケールが小さいのですが、これも一種の透視と言えそうなのでシェアさせていただきます。


 ★↓2年前の初メッセージは 世の中を良くしろ!
 http://amba.to/1h63mhT

昨年のことなのですが、仕事で疲れて夕方から夜半にかけて一眠りしたことがありました。実はその日、仕事部屋でゴキブリを発見していました。私はゴキブリに対してはガス攻撃(あの殺虫剤をブァーと噴霧すること)ではなく、必殺毒薬の置き薬で対応しています。

だから、そのときも、何もせずに「そのうちクスリで死ぬだろう」と思って放っていたのです。でも一眠りする前にふっと、

 あのゴキブリが、
 自分の寝ているうちに顔の上になど来ないだろうな??

という思いが頭に浮かびました。。。
(つづく)

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  「どうすれば信仰を持てるのか?」

ということを考えたことはありますか?

もちろん最初は、家庭環境が大きいです。生まれた家がみんなそろってクリスチャンの場合など、幼稚園から大学までミッション系という人もおられます。また創価学会など新宗教の場合も、一家を挙げて信仰の道を進むというのは珍しくないです。そういうケースでは、幼い頃から信仰生活という形態が「思考する」前に体に馴染みます。

またさらに、いま日本の伝統仏教(既存宗派)に関して言えば、お寺の住職はほとんど世襲という状態ですから、実家がお寺で自分が跡取りということなら信仰選択の余地がないでしょう。この場合、仏教への信仰から宗教者になるというよりは、代々の仕事を受け継ぎ、生活の糧を得るために僧侶という職業に就くことであって、信仰の問題で迷うケースは少ないでしょう。

しかし、こうした例から外れたケース、すなわち周囲に特定の宗教を熱烈に信仰する人もいないし、お寺とも教会ともまったくご縁はない、だけど何らかの精神的問題等から宗教への関心が芽生えた人ではどうでしょうか?

私の場合、比較的に宗教者につながるような血縁はあります。祖父母は父方も母方も信心深い人たちでした。親戚にお寺や教会もあります。しかし、両親が信仰を語るのは聞いたことがないですし、出身校は私学ですが(高校と大学は私立に行きました)特に宗教的な教育も受けていません。市川高校(千葉県内では市川学園とも呼ぶ)に在学中、新約聖書は配布されましたが、読むようにとは言われていません。

結局、私のようなありふれた人間が宗教に近づくとしたら、病気や怪我、事業の失敗、結婚の失敗、何らかの大きな挫折、哲学やスピリチュアルの方から接近、などというのが多いのではないでしょうか? 私は大きな病気や怪我の経験もありませんし、会社を作ったこともないですが、仕事が上手くいかないという期間はかなり長くありました。ようするに、満ち足りた人生ではないわけです。

また、フリーの編集者として怪しい会社から(もちろん、それと知らないで)仕事を受けたり、伝統療法の普及を目指す会社の出版部門の立ち上げを手伝ったり、医療・薬学関連のライターの仕事をこなしたり(そのなかで末期癌から生還した方たちを知りました)、30代から40代にかけてだんだんとスピリチュアルや宗教に接近して行く条件がそろって来たように思います。

たまたま40代前半のころ、家に入れられていた聖書普及団体のチラシを読み、キリスト教に関心を持ちはじめました。また記事にしますが、新約聖書のなかにとても良い言葉があるのです。まぁそんなことで、少しずつスピリチュアルにも宗教にも馴染める精神状態が生まれて、仏教の本も読み始めました。

もともと父方のほうは浄土真宗大谷派(東本願寺)で、母方が曹洞宗でしたから、親鸞、法然、道元といった人たちに関する本を読み進めました。ほーう、宗教は哲学っぽいところもあって難しい、そう思いました。私は学生時代、哲学の本は1冊も読んでいないのです。だから新鮮でもありました。しかし、ガチで信仰という状態には未だに至っていません。

でも精神がスピリチュアルを受け入れる状態となると、自分自身も神秘体験(それも初歩段階)を持てるようになりました。天の声だか神の声だか、これまで三度聞きましたし、透視に似た経験も一度あります。

こうして徐々に、

この世界は“目に見える部分だけではない

と思うようになりました。私も含めて、現代人はみな物質社会のなかで生まれていますし、物質至上主義のなかで暮らしています。もちろん、ここで言っている物質至上主義とは哲学でいう“唯物論”とは異なる、もっと広い一般的な意味です。物質的に豊かなことが何より立派なことで、人間としても社会としても極めて好ましいという価値観です。いまや世界中の多くの人々、特に先進国の国民はそう考えることに慣れ親しんでいます。

しかし、実はほんの二百~三百年くらい前まで(人類歴史のほとんどを通じて)、そんな考え方が一般的だったことはないのです。それを思うと、物質的な豊かさのみを良しとする価値観や精神構造(それは資本主義にも共産主義にも共通の価値観ですが)から一歩下がることがいま大切なように思われます。

結論としては、「見えないもの=表面には現れないもの」に関心を持てるかどうか、そこが信仰への第一歩かもしれません。そもそも、神なり仏なりは通常の状態では視覚化できるものではないのですから。





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さて、前回は日本歴史における仏教の否定的な側面もご紹介しました。なぜわざわざ否定的な側面を書いたかと言えば、こうした事実を知らないと今の仏教界の低迷がわかりにくいからです。もちろん、否定的な話は腐るほどあって、書けば書くほど悲しくなります。石材屋(墓石を売る)との連携とか、差別戒名の件とか、まあ過去をずっとさかのぼれば〔地獄行き〕となった僧侶も少なくないかもしれません。

そしてまた、仏教のなかでの《仏さま》が一神教の神さま、キリスト教やイスラム教などの神さまと決定的に違うこと


 ~仏は創造者ではない~

ことも少しお分かりになったと思います。一神教の神さまは、この宇宙と世界を創造した絶対的な存在ですから、人間とはまったく違う存在であって、しかも人間を裁く存在なのですね(最後の審判というのがありますからね)。

では一神教の世界では宗教は盛隆を誇っているのでしょうか?

詳しくないのですが(行ったことがないのですが)イスラム世界もいろいろのようです。サウジアラビアやイランのような「宗教原理主義国家」もあれば、トルコやインドネシアなどはかなり世俗化しているようです。しかしなお、イスラム教徒(ムスリム》の生活にはイスラムの教えは脈々と生きているようです。もともと、イスラムは実際的な教えが基本でもありますし。。。

キリスト教世界では、スペイン・イタリア(カトリック)やロシア(正教会)などは信仰心の厚い方が多いようです。しかしフランスなどではカトリック離れも急速に進んでいるようで、一概にどうこうと言えません。

面白いのは、カトリックの中心であるバチカンが《仏教を警戒している》という話です。それはなぜでしょうか? むしろ直接的脅威はイスラム教ではないのでしょうか?

おそらく(勝手な想像ですが)、仏教にはなぜかとても新しい一面があって~たとえば、仏教の世界観は素粒子論などの物理学の研究成果にも符号する~それを考えると、今後ヨーロッパなどで仏教が信者を獲得して伸びる要素があると考えているからではないか?

今後は、こうした話題も随時、記事に入れて行きたいと思います。とりあえず、江戸期の檀家制度による底知れぬ堕落・腐敗と、明治政府による廃仏毀釈で、巨大なダメージを受けた日本仏教です。でも死んではいない。東日本大震災の被災現場などで、寝食を忘れて粉骨砕身する僧侶もおられるのです。それが現在の状況です。まだ「仏教はオワコン」とは言えないのではないでしょうか。




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前回の続きです。

釈迦は必ずしもお葬式を重視はしていませんでした(文献からそう推測できます)。それならなぜ、日本では「葬式仏教」という言葉が生まれるほど、仏教はお葬式と密接につながってしまったのでしょうか? その理由は歴史をさかのぼることで見つかります。

徳川幕府の禁教(キリスト教の信仰禁止)は学校教科書にも載っていますね。これは、戦国時代に日本にやって来た南蛮人~すなわちポルトガル人やスペイン人~のカトリック宣教師たちが非常に巧みに、しかも短期間に信者を獲得したようすを見ていた関係者が、一種の《恐怖感》から採用したと云われます。

恐怖感というのは何か? それは、国内の仏教が衰退してカトリックが強くなってしまう~という単純な宗教上の話ではなく、日本がカトリック国(当時はスペイン・ポルトガルが強国だった)に支配されてしまう、すなわち植民地にされてしまう~という恐怖だったと考えられています。

実際、宣教師たちは「貿易商人・スパイ・布教担当者」のそれぞれの顔を使い分けていました。織田信長なども、本願寺や武田信玄など周囲の強敵への対抗上、かれら宣教師やその背後にある修道会と強いコネクションを築いたようです。そして、その理由はもっともな内容です。

たとえば、戦国大名にとって最新兵器であった鉄砲の弾薬材料なども、当初は国内で生産できなかったため宣教師に輸入を手配してもらっていた、などの理由です。もちろん海外の情報も欲しかったでしょう。

信長の場合は、そんなカトリック宣教師側のサービスと見返りに、イエズス会から大陸(主に中国)への軍事侵攻を要求されて断ったために、本願寺の変に見舞われたという説もあるくらいです。まあ実際には、公家勢力の光秀に対する要請もあったような話(最近の歴史研究)で、複雑な要素があるでしょう。要するに、宣教師たちはかなり手ごわい相手だったのです。

それで、むしろ安全保障上の見地からキリスト教を禁教としました。またついでに、日蓮宗不受不施派も禁教としました。そこで信者は過酷な弾圧に見舞われました。誰もが自分が信者(キリシタン)ではないと証明しなければなりませんでした。それができなければ、旅にも出られません。その前に、拷問と村八分でしょうか。

ここで寺請制度(てらうけせいど)-寺檀制度とか檀那寺制度と呼ばれることもある-が導入されます。この制度は、自分の住む地域にあるお寺が「この人物はうちのお寺の檀家さんですよ=キリシタンではないから大丈夫です」と、自分の身元を保証してくれる制度です。

お寺は自分の宗派などに関係なく、とにかく地元にあるお寺なのです。各地域の人が決められたお寺に割り振られたということです。結果、当時の日本国民(各藩の領民と天領の住民)のほとんど全員がお寺の檀家となったのです。別の言い方をすれば、お寺が行政の一部になってしまったのです。

これで、仏教界とお寺は安泰になりました。檀家(信者・門徒)がつねに確保されていて、努力せずとも営業的には安定します。当然、鎌倉仏教を開いた各宗派のリーダーたちのような優れた人材は出て来なくなりました。はっきり言えば仏教は活力を失ってしまったわけです。

檀家の葬式や法事などで黙っていてもお金が手に入る~これが今に至るまで一般大衆の口から頻繁に飛び出る〈葬式仏教〉という言葉(ある意味では、仏教への蔑称です)を生んだ歴史的背景なのです。

坊さんたちは檀家の葬式(読経・戒名・その他)・法事など、いろいろな行事のたびに利益が確保されて左団扇の生活になったわけですから増長もします。お葬式などは地域社会全体で取り組むイベントだったはずで、回らないすし屋の請求書ではないですが、場合によっては「もらい放題」だったかもしれません。

また、実際に記録にも残っていますが、寺の普請などのときに坊さんの要求するお金を工面できなかった檀家に対して、寺側が「檀家から外す=キリシタンでも日蓮宗不受不施派の信者でもないことを保証しない」と脅した例もあります。いやはや、です。

こうした状況が長く続いたわけで、庶民は陰では「坊主丸儲け(ぼうずまるもうけ)」などという言葉さえも口にして、僧侶に対する複雑な心境を吐露していたのです。


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