鹿島立ち
2012年02月04日(土) 12時43分00秒 テーマ:今日の息子
澄み渡る晴天のなか、息子が第一発目の私大受験に出発した。
5日の入試を皮切りに
9日・12日・14日と試験が続く。
自分の成績を省みず、第一志望校受験という意思を貫き通したので、多分、通常の大学受験以上の大勝負になるんだろう。
そんな訳で、物心がついてから 神様をまじで真剣に頼った記憶のない私が・・・
この日の為に、5円玉を握り締め 毎日鹿島神宮に合格祈願に通っていたのだよ。
昨夜のこと、息子が10:40発の東京行きバスに乗るというので
少し早めに出発し、鹿島神宮にお参りしていかないか?と提案してみる。
始めは、乗り気でなかった息子も
『“毎日この母親が 5円だけ放り込んで、大きな音で拍手して、大学合格お願いお願いと言っていたのは こいつの事だったのか、まぁちょっと見ててやろうか”と、神宮の神様が君を見て そう思うかもしれないじゃん』
という、私の言葉に、そうかもしれないと思ったのか(以外と単純な息子だから)
少しは母の気持ちに応えようと思ったのか
『お参りに行くわ』 と言い出した。
息子と二人で、お参りなんて初めてのこと。
晴天の下 並んで大勝負の勝利をお願いして参りました。
さてさて、息子の鹿島立ちはいったいどうなる事やら。
もう母に出来る事は、何にもないよ。
頑張れ!
頑張れ!
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大化の改新から約20年後、まだ日本が飛鳥時代だった頃
百済救済の為、朝鮮半島に出兵し 唐と新羅の連合軍に大敗した白村江の戦いを契機に九州沿岸の防衛が始まりました。
以後、九州沿岸の防衛は 現在NHKで放映中の平清盛が活躍する院政の時代まで続きます。
当初は、東国からも防衛人員(防人)が狩り出され、常陸の国からも天平十年には265人が九州に向けて出立した記録があるそうです。
そして、出兵する前に鹿島神宮に祈りを捧げたことが鹿島立ちと言う言葉の起源なのだそうです。
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5日の入試を皮切りに
9日・12日・14日と試験が続く。
自分の成績を省みず、第一志望校受験という意思を貫き通したので、多分、通常の大学受験以上の大勝負になるんだろう。
そんな訳で、物心がついてから 神様をまじで真剣に頼った記憶のない私が・・・
この日の為に、5円玉を握り締め 毎日鹿島神宮に合格祈願に通っていたのだよ。
昨夜のこと、息子が10:40発の東京行きバスに乗るというので
少し早めに出発し、鹿島神宮にお参りしていかないか?と提案してみる。
始めは、乗り気でなかった息子も
『“毎日この母親が 5円だけ放り込んで、大きな音で拍手して、大学合格お願いお願いと言っていたのは こいつの事だったのか、まぁちょっと見ててやろうか”と、神宮の神様が君を見て そう思うかもしれないじゃん』
という、私の言葉に、そうかもしれないと思ったのか(以外と単純な息子だから)
少しは母の気持ちに応えようと思ったのか
『お参りに行くわ』 と言い出した。
息子と二人で、お参りなんて初めてのこと。
晴天の下 並んで大勝負の勝利をお願いして参りました。
さてさて、息子の鹿島立ちはいったいどうなる事やら。
もう母に出来る事は、何にもないよ。
頑張れ!
頑張れ!
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大化の改新から約20年後、まだ日本が飛鳥時代だった頃
百済救済の為、朝鮮半島に出兵し 唐と新羅の連合軍に大敗した白村江の戦いを契機に九州沿岸の防衛が始まりました。
以後、九州沿岸の防衛は 現在NHKで放映中の平清盛が活躍する院政の時代まで続きます。
当初は、東国からも防衛人員(防人)が狩り出され、常陸の国からも天平十年には265人が九州に向けて出立した記録があるそうです。
そして、出兵する前に鹿島神宮に祈りを捧げたことが鹿島立ちと言う言葉の起源なのだそうです。
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