解体旧書

 福沢諭吉著『福翁自伝』。
 幕末、明治の激動の中を生き抜き、わが国の明日を先導し続けた人物が、自らを語った。我々はこの書で〝類なき偉人〟の生涯を知り、大きな勇気を与えられるであろう。
 拙ですが、私が全文を現代語に訳します。

 福沢諭吉『福翁自伝』

   第1章 幼少の時            
   第2章 長崎遊学            

   第3章 大阪修業            

   第4章 緒方の塾風           

   第5章 大阪を去って江戸に行く   

   第6章 初めてアメリカに渡る    

   第7章 ヨーロッパ各国に行く    

   第8章 攘夷論

   第9章 再度アメリカ行き

   第10章 王政維新

   第11章 暗殺の心配

   第12章 雑記

   第13章 一身一家経済の由来

   第14章 品行家風

   第15章 老余の半生


 

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<前回より続く>

 

 ≪第4章――緒方の塾風≫

 

そう言えば、何か私が緒方の塾長で頻りに威張って塾の風を矯正したように聞こえるけれども、また一方から見れば酒を飲むことでは随分塾風を荒らした事もあろうと思う。塾長になっても相変わらず貧書生だが、その時の私の身の上は、故郷にいる母と姪の二人は藩から貰う少々ばかりの家禄で暮している。

私は塾長になってから表向きに先生家の賄いを受けて、その上に新書生が入門するとき先生家に束脩(そくしゅう:入学金)を納めて同時に塾長へも金2朱を呈すという規則があるから、1ヵ月に入門生が3人あれば塾長へは1分2朱の収入、5人あれば2分2朱にもなるから小遣い銭にはたくさんで、これが大抵酒の代になる。

 

衣服は国の母が手織り木綿の品を送ってくれて、それには心配がないから、少しでも手許に金があればすぐに飲むことを考える。このために同窓生の中で私に誘われてついつい飲んだ者も多かろう。さてその飲みようも至極お粗末殺風景で、銭の乏しいときは酒屋で三合か五合買ってきて塾中でひとり飲む。

 

それから少し都合のよいときには1朱か2朱持ってちょいと料理茶屋に行く。これは最上の贅沢であって容易にできないから、まずたびたび行くのは鶏肉屋(とりや)、それよりもっと便利なのは牛肉屋だ。そのとき大阪中で牛鍋を食わせる所はただ2軒のみだ。1軒は難波橋(なんばばし)の南詰、もう1軒は新町の廓(くるわ)の側(そば)にあって、最下等の店だから、決して人間らしい人が出入りするのではない。文身(ほりもの)だらけの町のごろつきと緒方の書生ばかりが得意の定客だ。どこから取り寄せた肉だか、殺した牛やら病死した牛やらそんな事には頓着なし、一人前百五十文ばかりで牛肉と酒と飯と、十分の飲食であったが、牛はずいぶん堅くて臭かった。

 

<以下、次回>

 (2018.2.23記)

 

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<前回より続く>

 

 ≪塾長になる≫

 

その後私の学問も少し進歩した折柄、先輩の人は国に帰ったりして、誰もいなくなったので遂に私が塾長になった。

さて塾長になったからといって、元来に塾風で塾長に何も権力のあるではなく、ただ塾中一番難しい原書を会読するとき、その会頭を務める位のことで、同窓生の交際に少しも軽重はない。

 

塾長殿も以前の通りに読書勉強して、勉強の間にはあらん限りの活動、すなわち乱暴をして面白がっていることだから、その乱暴生が徳義をもって人を感化するなどという、堅苦しい事を考えるわけもない。また塾風を良くすれば先生に対しての御奉公、御恩返しになると、そんな老人めいた考えもあろうはずがない。

 

ただ私は本来仮初めにも弱い者いじめをせず、仮初めにも人の物を貪らず、人の金を借用せず、ただの百文も借りたことはない。その上に品行は清浄潔白にして俯仰(ふぎょう)天地に恥じずという、自から他の者との違うところがあるから、一緒になってワイワイ言っていながら、まあ一口に言えば、「同窓生一人も残らず自分のとおりになれ、また自分の通りにしてやろう」というような血気の威張りであったろうと、今から思うだけで、決して道徳とか仁義とか、また大恩の先生に忠義とか、そんな奥ゆかしいことは更に覚えはなかったのです。

 

しかし何でもそう威張り回って暴れたのが、塾のために悪いこともあろう。また自(おのず)から役に立ったこともあるだろうと思う。もし役に立っていればそれは偶然であって、決して私の手柄でも何でもない。

 

<以下、次回>

 (2018.2.22記)

 

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<前回より続く>

 

 ≪書生を懲らしめる(二)≫

 

 それから1ヵ月経ち2ヵ月、3ヵ月経って、こちらもちゃんと塾の勝手を心得て、人の名も知れば顔も知ることになって、当り前に勉強している。

 

ある日その男を引っ捕まえた。引っ捕まえて面談、

「お前は覚えているだろう。オレが長崎から来て初めて入門したその日に何と言った。酒を飲みに行こうと言ったじゃないか。その意味は新入生というものは多少金がある。これを誘い出して酒を飲もうとこういう考えだろう。言わずとも分かっている。

あの時にオレが何と言った。おれは酒を飲みたくて堪らないけれども金がないから飲むことはできないとはねつけて、その翌日はまたこちらから促した時に、お前は一言もなかったじゃないか。よく考えて見ろ。憚りながら諭吉だからその位に強く言ったのだ。

 オレはその時には自から決するところがあった。お前が愚図々々言うなら即座に叩き倒して、先生のところに引き摺(ず)って行ってやろうと思った。その決心が顔色に現れて怖かったのか何か知らぬが、お前はどうもせず引っ込んでしまった。いかにしても済まない奴だ。こういう奴がいるのは塾のためには獅師身中の虫と言うものだ。こんな奴が塾を卑劣にするのだ。以来新入生に遭って仮初めにも左様な事を言うと、オレは他人の事とは思わぬぞ。すぐにお前を捕まえて、誰とも言わず先生の前に連れて行って、先生に裁判してもらうがよろしいか。心得ていろ」

 と酷く懲らしめた事があった。

 

<以下、次回>

 (2018.2.21記)

 

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