スパイダーマン3

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恋人のMJと将来を誓い合い、すべてが順調なピーター・パーカー。そこに宇宙から来た謎の生命体がスパイダーマンに取り憑き、今まで以上のパワーを得た。が、同時に彼の心も徐々に黒く染まっていく。ピーターは自身の心と戦わなければならず、更にMJともすれ違いが生じてくる。そして、新たなる敵と対することに。ピーターを父の仇と思い込んでいる、かつて親友だったハリー、伯父ベンを殺害した真犯人マルコが変異したサンドマン、そして宇宙から飛来したベノムだ。
 主人公ピーターが、スパイダーマンとしても、ピーター・パーカーとしても苦難を強いられると言う展開。。

 
スパイダーマンのお約束。今回も悩めるヒーローです。うう、鬱陶しい! まあ、それが「スパイダーマン」なのだが。

 なんで、観てしまうんだろう。
 あまり面白とは思えないのだが。1作目から「何処が良いのか?」と思っているのに。どうせこんなもん、と思っていながらも早々に映画館に行ってしまう。うううぅ。幼い頃にあこがれてしまったヒーローは、今でも心を捉えて離さないって、ことか。
 胸を張って、上から見下ろしているような「清らかで、白い歯をきらめかせる一点の曇りもないような」ヒーローよりも、人間ぽく悩む四つんばいの蜘蛛姿のヒーローに、より、親近感を抱いてしまったのです、子供の頃に。胸を射抜かれた?

 アニメは、アニメでいいじゃん。わざわざ、今更映画化しなくても、と思うんだけどなー。
 サム・ライミ監督だから、もう少し楽しめても良かったのでは。。
 う~ん。。2時間20分、長かったぞ。
 そんで、やっぱり、ピーターの彼女、どっしても美人に思えないぞ? そんなにもてるのか? この配役、正しいの? ドイツ系の顔で、あれはあれでキュートだと思う、と言うコメントを、前回の時にいただきましたが。男性の好みもそれぞれって事。う~ん。でも、やっぱり私は、ちょっと悲しい。1作目のときよりも、痩せて少し洗練されて見えたけれど。
 これが、世界的に大ヒットって、わからん。
 でも、「4」が作られたら、また、公開から2週間前後には、観てしまうんだろうなー、私。

 ブラック・スパイダーマンは、悪そうに見えたが精悍な感じがした。あれを見てしまうと『青・
』のスパイダーマンが少し恥ずかしく感じた。
 映画館の前にスパイダーマンのコスチュームの人が立っていたりする。本当に恥ずかしい。

 なんだかなー。すっごくお金をかけて作っている風には思えなかったし、テレビで観ても良いかなーって、思う。でも、私は映画館で観るけれど。千円だから、いっかー。てね。




スパイダーマン3
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パイレーツ




 まず、はじめに。
 見る前にパンフレットを読んではいけない。(ネタばれしてしまう)
 エンドロールの時に席を立ってはいけない。ラストに印象的なシーンがあるので。


 3作に亘った、ディズニーの海賊ものの最終話。大団円に向かって2時間50分もの怒涛のクライマックス。


 七つの海を自由に駆け巡る海賊たちの時代は、終わろうとしていた。
 世界の海から海賊を駆逐しようと企む、東インド会社のベケット卿が、ジャックの宿敵である、『深海の悪魔』デイヴィ・ジョーンズと結託。海賊たちを次々と葬っていく。彼らに対抗するには9人の“伝説の海賊”の結集が不可欠だが、その最後の1人はデイヴィ・ジョーンズが放った怪物クラーケンの餌食になったジャックだった…。ジャックは蘇るのか? そして今や,海賊たちと行動を共にしている、ウィルとエリザベスの運命は?


 登場人物が多い。少し交通整理したほうが良かったのではとの声も聞こえる。しかし、1作目から見て来て、予習復習をして、この日を待っていた我々にとっては、何も混乱することがなかった。ちょい役のキャラのささやかな行動や台詞にも大いに笑わせてもらえた。
 2作目は、中途半端だった。ああいう終わり方は、嫌いだ。いかにも次回作への複線で。だが、完結編は見事だった。飽きずにスクリーンに釘付けになった。
 登場人物が多いので、それぞれにエピソードもある。あちこちに見せ場がある。裏切りとどんでん返しの繰り返しで、誰が信用できて誰を疑うべきなのか混乱するのも、楽しい。

 やはり、予習をしていかないと、苦しい映画なのか? 頭が悪いと、楽しめない?

 私は、大いに楽しめ、笑い、じんわりとした。
 もう、このキャラクターたちとは、お別れなのかーと、さびしくも感じた。


 そんで、ジャックはやっぱり、ジャックだった。
 ウィルとエリザベスが人間的にも成長し、変化していったのに、ジャックは相変わらず。
 ジョニー・デップが、ジャックのモデルにしたと言うあまりにも有名なエピソードがあるが、ついに、その本人、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズがスクリーンに登場した。ワールドツアーの最中でスケジュールが合わないとか、木から落ちて怪我をしたとか、色々聞こえて来ていていたが、無事に撮影が出来た。
 ジョニーがいそいそと見繕った何パターンんかの衣装を、次々に着せ替えられたとか。
 そうして出来上がった、ジャック・スパロウの父親役のキースは、見事な海賊だった。ほんの数シーンしか出てこないけれど、存在感がある。いつも嵌めている「髑髏の指輪」を、そのままに、登場。見慣れたファンにはすぐ分かる。台詞をしゃべっているし、(渋い声だー!)ギターを弾くシーンもあって「うおーーーっ!」な感じだった。
 まあ、そんなお楽しみもあって、実に楽しい映画だった。3時間弱が、あっと言う間。
 エンドロールが流れる中、感慨深くいろんな思いをかみ締めた。そんな最後に、ロマンティックなエピソードのシーンがあるのだが、よけいに余韻に浸ってしまった。


 久しぶりに、満足のいく映画が観られた。そんな感じ。楽しかったぞ。



パイレーツ2



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ハンニバル




 またも、ハンニバル! トマス・ハリスは『ブラック・マンデー』以外、ハンニバルばかりを書いているな。しかも、10年に1作の上梓だったのが、スパンが短くなっている。
 ミステリー好きには、面白くてたまらない作家だ。そして、作品が少ない。これが5冊目の本。
 だが、前作の『ハンニバル』は酷かった。トマス・ハリスは力尽きたか? と思ってしまった。映画も酷かった。
 今回も当然の事ながら、原作を先に読んでから観た。(当方、ミステリ好きである故)
 う~ん。映画では、これが限界か。
 原作では、孤児院を出て美しい叔母に出会うのはもう少し年齢が下で、だからこそ人格形成に影響が大きかっただろうし、子供ながらに残酷な殺しをして行くのだが。
 映画で子供が殺しをしちゃ、まずいって事よね。悪事は青年期から。それが映画では限界だと言う訳だ。ハンニバルが頭部に怪我をした故に悪魔的な天才頭脳を得た、とか。絵画の腕は、叔父譲りだとか、父親の双眼鏡を手放さない、とか。微妙なところが映画化のときに抜けていて、物足りなさを感じた。
 第一、日本女性の役を、またも、日本人が演じていない! 原作にある「無礼者!」と叔母が叫ぶシーンを映像で見たかったぞ。
 原作では、かなり歴史を感じる。古城や、爵位とか古都とか。多数の言語とか。映画では少しも感じないのは、さすがに中世が存在しないアメリカ製作の映画だな~と、おかしな感慨を覚えた。
(アメリカには中世が存在しないから、判りえない所がある。日本には中世があるので判る。と言ったのは、リュック・ベッソン監督。そんなことまで思い出してしまった)

 物足りなさを感じつつ、まあ、仕方ない。こんなものか、頑張った方だ、と思ってしまった。
 そこそこの映画である、としか言えないのが残念。
 1作でもこれまでのハンニバルシリーズを観たことのある人ならば、それなりに楽しめるだろう。
 しかし、彼が成長して、あのレクター博士になるとは、思えない。やはり、別物。
 
『羊たちの沈黙』が映画化されると聞いたミステリファン達は、「やめて~~」と叫んだものだ。小説があまりにも素晴らしかったので。だが、映画は成功した。それによって、過去映像化された『レッド・ドラゴン』まで、新たに映画化されたりした。売れそうならば、なんでもかんでも映画にしちゃうって所だね。
『羊たちの沈黙』は、小説が出てから映画になるまで数年を要した。今回はなんとまあ、短いことか。なんかねー、即席ー? って感があるんですが。

 読後、3週間後に映画を観てしまったので、原作の印象が強すぎた。素直に映画だけを楽しめなかった。
『羊たち~』の時は数年たっていて、新たな衝撃を受けることが出来たし、『レッド・ドラゴン』にいたっては、読んだのは20年以上前だってば。。



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王の男

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                   王の男1

 数々の賞を総なめにした舞台劇を原作に、2人の大道芸人と韓国史上最悪の暴君と呼ばれたヨンサングンの運命を描く歴史ドラマ。

 16世紀初頭の韓国。幼なじみの旅芸人チャンセンとコンギルは国一番の芸人になるという決意を胸に都・漢陽にやってくる。宮廷を皮肉った芸により人気者となった2人だったが、王の側近に捕られ、「王を笑わせることが出来なければ処刑する」と言い渡される……。


 愛、嫉妬、陰謀、人間の欲と情が支配する宮廷内で、その美しさで王をとりこにした男コンギル。女よりも美しく艶やかなその男は王だけでなくすべての男たちを魅了する。王に気に入られて宮廷のお抱え芸人になってからは特にコンギルは王の心を捕らえ、夜毎に呼び出されるようになり、王の女官・ノクスの恨みを買う。


 チャンセンとコンギルは幼馴染の芸人同士という以上の関係性は描かれていないが、果たして友情だけの間柄なのだろうか。

 と、多くの疑問を持つのだが、韓国の原作では、同性愛の話として描かれている。舞台でもそのようだ。映画化に関しては、同性愛的な雰囲気はいっさい除外されているが、雰囲気は感じてしまう。

 …だって、あの執着は、普通じゃないもん。。


 コンギルを演じているイ・ジュンギが美しい! ちょっと化粧が濃いが…。

 コンギルは、言葉少なくあまり語らない。その思いも望みもよく分からない。ただ、流されているように見える。しかし、美しいので回りが放っておかない。本人も自覚しているのか? 長い髪におりぼんつけてヒラヒラさせている…、そんな姿はやっぱ普通じゃない?


 突っ込み所はあれこれあるが、色々と楽しませてもらった、映画。DVDが出たら買うかもしれない、と久しぶりに思った。うふふ。。



   
 キム テウン, 前川 奈緒, チェ ソクファン
  王の男

映画の原作の翻訳ではなくて、映画そのものを起こし小説化。映画の世界そのままに読める。




王の男2


                 
 


 ジェームズ・ボンド原作の1作目を映画化。ボンドの若い頃の事で、昔の話に戻るのかと思ったら、さすがに時代は今。
 冷戦の時代を今更描いても理解不能の世代が多いから、当然か。。悪役ル・シッフルは、各国のテロ組織から預かった金でマネー・ゲームをするファンドの経営者になっている。ストーリーや人物配置はほとんど原作通りでありありながら、現代の話にスマートに描いた脚本のポール・ハギス、さすが。

 新ボンドのダニエル・クレイグだが、歴代ボンドの中ではスタント能力が高い。ほとんどを自身の肉体でこなした。走る、跳ぶ、殴る、蹴る。銃器の使用より肉体を酷使する。傷だらけになり、血を流し、毒を盛られれば危篤状態に陥る。いくら強靭でも、あくまで人間の能力を超えないリアルさにこだわったアクションは皮膚感覚の痛みを伴う。痛そう~。
 そして、007に昇格したばかりの、功名心にはやる向こう見ずな若造という感じがよく出ている。
 強いだけではなく大切なときにそばにいて安心させてくれる男の優しさを持ちながら、情報員としての過酷な道を選ばざるを得ない。そんな機微も、上手く表現している。

 映画として、最高の出来だった。久しく忘れていた、タイトルロールで期待感が盛り上がり、血湧き、肉躍り、期待にワクワクする思いが持てた。テーマソングも、いかにも007らしくて印象に残った。今でも歌える『ゴールドフィンガー』に、近いイメージを、僕は持った。衝撃のラストシーンも、脳裏に刻まれ、これから007はどう生きて行くのだろうかと続きが観たくなる。

 本当に、久々に映画らしい映画を観た、感じ。
 真剣に恋愛をしたボンドの姿にも、心が動いた。切ない~。。

 これからどうなるんだろう。またシリーズが続くのかな。1作目が力強い印象だったので、新ボンドには今後がキツイかも。

 一部では、O(オー)の出てこないと言うことで、不評でしたが…。それこそ次作に期待?

 この映画は12月30日の年の瀬に観ました。有楽町の「サロンパス ルーブル丸の内」で。とても混んでいて満席だったけれども、大きなスクリーンの大きな映画館で観られて良かった。多くの人と共通の時間を持ちながら映画を味わうのも、感動の体験。
 やはり映画は、映画館で! 

イアン・フレミング, 井上 一夫
007/カジノ・ロワイヤル 【新版】

 お久しぶりです。寒中お見舞い申し上げます。

 体調が悪いとか(ちなみにノロウイルスには12月上旬罹った)、モニターが不調だとか、理由をつけて更新をサボっています。なんとも寂しいブログになってしまった。反省…。


 1日は映画の日。さすがに元旦は映画館も休館の所が多かった。振り替えで2日を映画の日にしていた。万人、千円で観られるのだ。

 て、ことで、正月商戦まっただ中。大きな福袋を抱えた人々が多くひしめいている街に、1月2日、映画を観るために出かけた。

 街には多く、人が繰り出しているのに、映画館は、閑散としていた。映画の日なのに。安く観られるのに! 映画どころじゃないって、事か。正月2日に映画館に通う人は、よほどの映画好きに違いないって事なのね。


 こんな風に2007年の映画ライフはスタートした。

 今年こそ、観た映画は、もれなく書き込もうと、志を新たにしたのだった。

オーメン666

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オーメン

 どうせなら、2006年6月6日に観てしまおうと、初日に行ってしまった。
 6月6日に、ネット上、劇場のポスターなどからダミアンの姿がなくなる、と言う話だったが、いるじゃん? 映画公開=姿を現す、のでその他の媒体から消えると言う予告だったが?
 う~む。
 ま、いいや。とにかく観てしまった。
 原作が面白かったから。オリジナルが印象的だったから、気になって…。

 悪魔の弟子の印、666のアザを持つ子、ダミアンのお話。
 6月6日午前6時に誕生した母親不明の赤ん坊を、実の子を亡くしたソーン夫妻が引き取り育てる。その子ダミアンが6歳になった時、家政婦、神父らが次々に謎の死を遂げる。母親は子供に不信感を抱く。父親もやがて驚くべき、ダミアン誕生の真実を知る。そして…。 

 なんで、これもリメイクしたんだろう。ハリウッドはそれほどオリジナルの話が作れないのか。最近ホラーはリメイク三昧。そして、やっぱりオリジナルを超える事は出来ないのだ。意味ないじゃん!
 デジタルで映像がキレイになったから作ってみた? CGが上手くなったから?
「オリジナルを完全に再現した」と宣伝しているけれど、それに何の意味が?

 オリジナルを知らない人には楽しめるだろう。
 やはり怖い話だし。ショッキングな映像があるし。面白いし!
 オリジナルを観てそれなりの衝撃を受けた私にとっては……。
 原作の面白さを、うまくまとめて映像にしている。だが、それはオリジナルがそうだからである。
焼き直しって感じだった。現代に合わせて作り直したのね、って感じ。
 今でもオリジナルの、荘厳かつ恐怖を煽る音楽が耳に残っている。あれは名曲だ。今回のは、音楽が記憶に残っていない~。

 ミア・ファローが、ダミアンの味方である家政婦の役で出演している。『ローズマリーの赤ちゃん』の初々しい妻の姿が、懐かしい。

 それなりに、それなりの映画だった。本当に「焼き直し」って言葉か当てはまる…。時間と暇とお金があったら、観ても良いかも~?



20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
オーメン666





ナイロビの蜂

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ナイロビの蜂


 テレビなどのCMを見ると、まるで恋愛ドラマのように宣伝している。しかし間違い。 
 原作はジョン・ル・カレ。冒険・ミステリの作家である。

 講演会で知り合った二人。庭いじりが趣味の外交官と、女性活動家のあいだに恋が芽生え、結婚した。2人は赴任先のナイロビに渡るが、妻が襲撃され、惨殺される。妻はスラムでボランティアに没頭していた。そして新薬開発のために製薬会社がアフリカ人を治験材料にしている事に気づき、証拠を集めている途中だった。
 愛した妻の謎の死から、夫は妻の行動を辿っていく。なぜ妻は死ななければならなかったのか。男性の影がある。浮気をしていたのか。陰謀があるのか。
 真実を知らなければならないという強烈な思いで夫は行動する。そして、妻の死の背景にある壮大な陰謀を調査していくうちに、自分がいかに妻を愛し、妻が自分をどれほど愛していたかを知る。


 ナイロビという生活に厳しい土地が露わになる。本物のスラムで撮影されたシーンの手持ちカメラが、アフリカの土埃や風まで運んでくるようだ。
 妻の真実を追う夫の目線で、観る者をぐいぐいと引っぱっていく。
 
 妻・テッサ役のレイチェル・ワイズがとても魅力的。アカデミー賞助演女優賞とゴールデングローブ賞助演女優賞を受賞したのも納得。妊婦姿の入浴シーンがあるけれど、ワイズは当時本当に妊娠していたので、あのお腹のふくらみは本物。


 物語の核となるミステリと、夫婦の愛、それに加えてアフリカの厳しい現状なども訴えてくる。
 骨太で考えさせられる、少し不思議なインプレッションが残る映画だった。
 音楽も印象的。永く忘れないだろう。
 久しぶりに上質なミステリを観た。

 

ナイロビの蜂2


ジョン ル・カレ, John Le Carr´e, 加賀山 卓朗
ナイロビの蜂〈上〉
ジョン ル・カレ, John Le Carr´e, 加賀山 卓朗
ナイロビの蜂〈下〉
日活
ナイロビの蜂

   

ダ・ヴィンチ・コード

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ダヴィンチ・コード   小説が原作の映画は数ある。だが、小説と映画は別物であり、原作がまったくそのまま映像になることはまれである。登場人物の性格や背景が変わったり、登場人物が増えたり減ったり、すじが変わったり、ラストまで変化するのが、ほとんどだ。映画は監督のものだ。
 優れた小説が、良い映画になるとは言えない。文章と映像での表現は違うものだ。
 同じように感動できたり、ワクワク出来たりする作品に仕上がれば最高だが。
「原作を読んだ人には分かる」などどは、あくまでも映画を鑑賞したい人に失礼。

 この映画につきまとっている言葉に、「原作を知らないとよく分からない」と言うのがある。つまり、映画では表現しきれなかったのか。それは、映像作品としては失敗だったと言うことではないのか。
 ガイドブックが必要な映画とは…。より楽しみためなら良いが、予備知識として必要だからのガイドブックとは、これいかに。
 
 ワクワクも、ドキドキもしなかった。
 せっかくのダ・ヴィンチの謎も少ししか出て来ない。単に殺人の謎を追いかけるミステリになっている。だが、それも弱い。伏線がわかりやすすぎで、犯人が早い段階で分かる。
 原作のあらすじだけを追いかけてしまったのか、あわただしい。台詞で説明してしまう所が多い。そのために感情が欠如していて、そこに血の通った人物を感じることが出来なかった。

 大きな肩すかしを喰った。迫力に欠ける映画だった。
 ルーヴルで撮影した、甲斐はあったのか。
「難しくてよく分からない」なんて事はないので気軽に観ましょう。
 ミステリ初心者には謎解きが面白いかも…。
 あらすじだけで終わってしまったので、スッキリしている。奥深さはないが、分かりやすい。

ダヴィンチ・コード2


 観るべき所は、ティーピングを演じたイアン・マッケランの存在だ。彼の演技が映画の中で一番魅力的だった。
 そんでさ、、トム・ハンクス。。似合ってないよ。

 

   
ダン・ブラウン, 越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード ヴィジュアル愛蔵版

 ↑ 小説に登場するアイテムや、建物などの写真入り。日本人に馴染みのない道具や古文書、場所等の写真は、読む時の助けになってありがたい。装丁もキレイで愛蔵版にふさわしい一冊である。 


 
ダン・ブラウン, 越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード(上)
 
 
ダン・ブラウン, 越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード(中)
 
 
ダン・ブラウン, 越前 敏弥
ダ・ヴィンチ・コード(下)
 

 

中見 利男

ダ・ヴィンチの暗号を解読する―図説ダ・ヴィンチ・コード

 

 
エハン デラヴィ, Echan Deravy
キリストとテンプル騎士団―スコットランドから見たダ・ヴィンチ・コードの世界

    
ニュー・ワールド  日本でもディズニー・アニメ「ポカホンタス」などでお馴染みの有名なアメリカの建国神話を、「シン・レッド・ライン」の名匠テレンス・マリック監督が実写映画化。
 17世紀初頭、イギリス船がアメリカ大陸のバージニアにたどり着く。彼らの目的は、新大陸の開発と、黄金を手に入れること。しかしその地には、先住民族のネイティブ・アメリカンが居住していた。
 交渉役を命じられたジョン・スミスは、その先住民の村に迷い込んで捕らわれてしまう。ネイティブ・アメリカンの王は、スミスを処刑するように命じる。だが、末娘のポカノンタスが命乞いをして救う。
 彼女はスミスの勇敢でやさしい瞳にひかれ、スミスも彼女の光り輝く美しさに心を奪われる。しかし、それは許されない恋だった。
 自分たちの生活を守ろうとするネイティブ・アメリカンと、新しい世界を開拓しようとするイギリス人。戦闘がはじまり、二人は引き裂かれてしまう。。
 スミスの選んだ、その後の道は。
 ポカホンタスの歩んだ道は…。

 前半は、新大陸の未開の美しさと、ネイティブ・アメリカンの穏やかな生活を知ったイギリス人スミスの驚きが新鮮に描かれている。アメリカって、本当に広いんだな。こういう風景が撮れるなんて。
 描かれたネイティブ・アメリカンの姿は、正しいのかな。あんなに獣のような声を出すの? 彼らにも文明はあったはず。それが無視されている気がしてならない。大自然と生きる彼らの生活のリアルさも、イマイチ伝わってこない。
 自然を神とする意識が抜け落ちている。それは、描いてはいけないことなのか?
「アメリカの建国神話」だから、仕方がないのか?
 ネイティブ・アメリカンのコミュニティを追放されたポカホンタスは、見事にイギリス人たちの生活に馴染む。それも不思議。

 まあ、後半は普通の恋愛映画だった。テレビの宣伝で「タイタニック」を引き合いに出しているが、芸のないことをするものだ。自力でふさわしい宣伝の言葉を作れないのか。そうして、宣伝文句につられて見に行った人は、憤怒するだろうな~と、思うのです。

 オイラにとっては不満の残る内容の映画だった。「神話」だもんな。アメリカ人好みに作られてしまっても仕方がないか。

 お金を出してスクリーンで観たら激怒したかも。。試写会で良かった。
 期待が大きかったので、力が抜けたーーー。


ニュー・ワールド2