日本国憲法 第9条

条文

1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


1951年マッカーサーは、アメリカ議会上院軍事外交合同委員会で、本条は幣原喜重郎の発案によるものであると語っているとしているが、マッカーサー主導で起案されたとする説が有力だと思われる。つまり、日本国民の民意ではない!
当時の極東委員会の中の、中国・オーストラリア・フィリピン・ソ連などの国からの、日本の天皇制を保持する批判をそらすためであった。という見解が正解のようだ。


憲法第9条と日米安保条約

もっと簡単に説明するとすれば、日本は一切の戦争を放棄します。軍隊は組織しません。そのかわり、日本国内にアメリカ軍が駐留して、日本に対して武力による威嚇や武力行使をする国があれば、アメリカ軍が応戦しますよ!というのが日米安保条約です。


警察から自衛隊になった

1950年には朝鮮戦争が勃発、アメリカも戦争に忙しくなり日本だけ守っているわけにはいかなくなったが、日本で軍隊を作るわけにはいかないので、「警察予備隊」が組織された。同じ時期、旧日本海軍の残存部隊は海上保安庁を経て「海上警備隊」となっている。その後、警察予備隊から保安隊に改組し、1954年、憲法解釈により自衛のための組織は合憲と解釈して「自衛隊」が組織された。


現実と憲法を考えるべき時がきている!

第二次大戦後の社会情勢では、日本の国は日本人では守れないのでアメリカに守ってもらっていたというのが実情、日本人の「平和ボケ」はここからはじまったと言える。
その後は、社会情勢に応じて憲法解釈を変え自衛隊は今の軍事力になっている。日本の国を守る社会情勢はどんどん変化しているわけであり、はたして憲法第9条が現代の日本にとって現実的に合憲といえるでしょうか?

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2015年07月18日(土)~2015年07月20日(月)
18日の一般公開は午後1時より
19~20日の一般公開は午前10時から午後4時までを予定
開催期間中、夜8時から電灯艦飾実施予定
長崎地本創立60周年を記念して、海自「護衛艦あまぎり」の一般公開をはじめ、陸自・大村駐屯地の装甲車やオートバイの展示、空自のパイロットが実際着用するスーツや陸海空自衛隊の制服試着など、様々なイベントを企画しています!
普段は見ることの出来ない自衛隊の装備品を是非この機会にご覧ください!



会場: 長崎水辺の森公園内 出島岸壁
住所:長崎県長崎市常盤町 地図
TEL:095-826-8844
(自衛隊長崎地方協力本部 募集課 広報室)
公共交通: 長崎電気軌道 出島電停より徒歩10分
車:長崎出島道路を出てすぐ
駐車場: なし
周辺の有料駐車場をご利用ください
料金:無料
URL:http://www.mod.go.jp/pco/nagasaki
主催:自衛隊長崎地方協力本部

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北方領土問題を正しく知ろう!

日本はロシアより早く、北方四島(択捉島、国後島、色丹島及び歯舞群島)の存在を知り、多くの日本人がこの地域に渡航するとともに、徐々にこれらの島々の統治を確立しました。それ以前も、ロシアの勢力がウルップ島より南にまで及んだことは一度もありませんでした。1855年、日本とロシアとの間で全く平和的、友好的な形で調印された日魯通好条約(下田条約)は、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島の間の国境をそのまま確認するものでした。それ以降も、北方四島が外国の領土となったことはありません。


第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させました。それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。


資料リンク:外務省北方領土ホームページ

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