2009-05-07 18:57:09

修徳高校パーマ退学事件(最判平成8・7・18)

テーマ:判例

修徳高校パーマ退学事件(最判平成8718

(1)事案

私立修徳高校の生徒だった女子生徒が、車の免許を取得したところ、これが校則違反であるとして、厳重注意を受け、早朝登校処分を受けました。この女子生徒は、早朝登校処分を受けていた10月にパーマをかけました。このパーマについて、1月末になり問題とされました。

そして、職員会議で、無断で運転免許を取得し、その件での処分を受けている期間であるにもかかわらず、再度、パーマという校則違反を犯したことを問題とし自主退学の勧告を決定しました。これに対し、女子生徒は、130日付けで退学願いを出しました。

しかし、その後、3月になり、退学願いを取り下げ、卒業の認定を求めて争いました。


女子生徒の主張の主な点は、以下の点です。

①校則で運転免許の取得を禁止し、さらにパーマを禁止することは、幸福追求権を保障した憲法13条に反します。

②犯した違反に比べて、自主退学という処分は重すぎます。

③弁明の機会もなく、一方的に自主退学を決定したことは、憲法31条の保障する適正手続に反します。


(2)最高裁の判断



憲法上のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体と個人との関係を規律するものであって、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものでありません。ですから、私立学校である修徳高校の本件校則について、それが直接憲法の右基本権保障規定に違反するかどうかを論ずる余地はありません。

私立学校は、独自の伝統ないし校風と教育方針によって教育活動を行うことを目的とし、生徒もそのような教育を受けることを希望して入学します。

そして、

1)修徳高校は、清潔かつ質素で流行を追うことなく華美に流されない態度を保持することを教育方針とし、校則もその方針のもとに定められています。

2)本件校則が、運転免許の取得を、一定の時期以降で、かつ、学校に届け出た場合にのみ認めることとしているのは、交通事故から生徒の生命身体を守り、非行化を防止し、もって勉学に専念する時間を確保するためです。

3)パーマをかけることを禁止しているのも、高校生にふさわしい髪型を維持し、非行を防止するためです。

ですから、これらの校則は、社会通念上不合理とはいえません。

また、

1)修徳高校は、校則において、学校に無断で運転免許を取得した者に対しては退学勧告をすることを定めていました。

2)女子生徒も、その父親も、入学に際し、本件校則を承知していました。しかし、女子生徒は、学校に無断で普通自動車の運転免許を取得し、そのことが学校に発覚した際も特に反省を示さなかったものです。

3)学校は、女子生徒が三年生であることを特に考慮し、本来なら退学勧告であるところ、今回に限り厳重注意に付することとし、女子生徒にも、そのことを告げました。さらに、校長が女子生徒と父親に、今後違反行為があったら退学になることを告げて、二度と違反しないように女子生徒に誓わせました。

4)女子生徒は、それにもかかわらず、間もなく本件校則に違反してパーマをかけ、そのことが発覚した際にも、これを隠そうとし、また、教諭らに対しても侮辱的な言葉を発言したりするなど、反省がないとみられても仕方のない態度をとりました。

5)女子生徒は、これらの校則違反前にも種々の問題行動を繰り返していましたし、平素の修学態度、言動その他の行状についても問題が多く見られました。


これら、女子生徒の、校則違反の様子、反省の状況、平素の行状、今までの学校の指導と措置、さらに、本件自主退学勧告に至る経過等を考慮すると、本件自主退学勧告は違法とはいえません。


こうして、最高裁は、下級審と同様、女子生徒の訴えを退けました。


(3)問題点

この判決は、事案を見る限り、比較的穏当な判決にも思えます。


しかし、いくつかの疑問もあります。

簡単に問題点だけを指摘します。

まず、高校段階で、校則を承知して入学するかという問題があります。校則を情報公開している高校は、この時点ではあまりありませんでした。何が禁止されているか、はっきり確認したうえで入学するということはあまりないと思われます。


また、在学関係を、特別権力関係に近いものと理解するのであれば、ともかく、学校と生徒との間の契約関係と理解するのであれば、契約は、情報提供が十分に行われなければなりません。これを糊塗するために、部分社会論を振りかざすことにはいささか問題があります。


さらに、事実として、10月にかけたパーマが、なぜ1月になって問題になるのか、そもそもそれまで発覚しなかったというのですから、よくわからないところです。仮に、見た目ではわからない程度のものであるならば、それを問題にする必要はどこまであったのでしょうか。


さらに、そもそも運転免許にしても、密告によって学校にばれたというのですが、このような密告によって校則違反が捕まる、などということがあること自体、教育上好ましい雰囲気であるかということも疑問に感じるところです。

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