卵巣癌だけど楽しんで生きてる

卵巣・明細胞腺ガンⅠC(2006年・告知~標準治療)
膵臓半分・脾臓・両卵巣・子宮等々摘出していても
服さえ着てればバレません。
無病生存10年を越え、患者卒業しました。

★★「卵巣がん」検索の方へ・・・左下「テーマ」からどうぞ



 2016年6月、経過観察終了。


卵巣がん・特に未産で発病した方の参考になれば幸いです。




2004・3月 34歳・膵臓嚢胞性腫瘍(現在でいうIPMN)で初入院&オペ。一年後完全復活


2006・4月 37歳・婦人科受診。10cm超の卵巣嚢腫と診断


2006・6月 右卵巣摘出時に上皮性卵巣癌(明細胞腺癌ⅠCb)と判明


 1週間後より抗がん剤治療を開始。タキソール+パラプラチンのTJ療法マンスリー6(その後TCと名称変更)


2006・8月  根治目指して左卵巣&単純子宮全摘・骨盤及び後腹膜リンパ節(約70個)郭清


2006・10月 抗がん剤終了。未産で閉経でも、終わったことはしょうがない生きてりゃOK♪




がんを経験してから出会った、丁寧に生きる人たちとの交流。


無理しない毎日は、ゆるやかに幸せです。





2007・1月 ウサギたちを迎え、私&夫+らぶちん4羽の家族になりました


2007・2月 リンパ浮腫など気にせず、イタリア旅行。ついでに脱ヅラしました


2007・4月  CTにてアヤシイ影発見!再発の疑いで精査するも確定せず、奇跡の自然回復!


2007・12月 キモノで接客の和牛料理店にてアルバイトをはじめました^^


2008・4月  NHKクローズアップ現代『がんに負けない・あきらめない』の取材受けました


2008・5月  右手首骨折(T_T)5週間ギプス生活で約2ヶ月休職


2010・2月  天職・歯科衛生士歯に復活するも、運命に導かれ2012・5月引退宣言。※その後ひっそり2015年、復職。


2011・8月  乳がん検診で要精検に(+_+) 石灰化5粒は2015・9月時点で変化なし。


2011・12月 2004のオペ傷を修正(形成外科にて)しました


2012・6月  キモノで接客の和食屋へ、再びJob change !こっちも天職!!





2016年6月。告知から10年・治療終了から9年半で経過観察終診、卒業となりました。


    ・・・・・不適切な表現もありますが、私的闘病記です。ご容赦くださいませ・・・・・



テーマ:

朝晩の冷え込みはともかく、「あ、春の空気だ」と感じる今日この頃(現在まで共感者ゼロ)。

タイトルは、ワタシの好きなものを羅列しただけですが

これ、全部を満喫できる弾丸日帰りの休日を楽しんできました♡

 

女性4名、まさかの現地集合(!)というオトナの旅・・・・

・・・だったら、ワタシ集合前にぜひとも寄りたいところが!!

小田原城と箱根の峠

 

神奈川県西側の昭和生まれなら、大体知ってる懐かしい味。

祖母も母も贔屓なので、私も生まれる前から大好物です。

守谷製パン  

不動の一番人気は、あんパン。  パンよりあんが多い。

子供のころはドーナツ、ロックケーキが好きでした。

今は、ロールパンの生地がしみじみ美味いです。

いくつになっても変わらないのは、買ったらすぐ一個は食べちゃうことww

 

 

年末からずーっと、胸の奥辺りが冷えている感じが消えなかったのが、

パワースポットでのチャージで、元気出ました^^

いい香りの漂う境内。

 

梅の香りって、大大大好き!  香りのする花が咲く木が好き。

梅にウグイス。  ではなくて、メジロ。  鳴きません。

メジロはウグイス色で、  ホーホケキョと鳴く鶯は、黒っぽい。  どっちも可愛いです。

熱海桜は早くも満開で、花吹雪もチラチラ。

ここにも、花の香りに誘われて寄ってきている。  わんさかと。

 

そして、サファイヤブルーの海を眺めながらひたすら温泉に浸かる(漬かる)。(画像なし)

極楽な時間はあっという間でした。

 

幹事さんの素晴らしいプランニング、機転。

ご一緒の姉さんたちの気遣い。  幸せな一日、ありがとうございました。

これでまたしばらく頑張れます(´∀`)

 

ちゃんとした春になったら、またどこか眺めのいいとこに行きましょね~!


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ブログの書き方を思い出したし(笑)たまには近況でも!
などと思った矢先。

だいぶ悲しい、うさぎの半生備忘録。
辛い話ダメって人は読まないでくださいね。


↑まだ動けていた頃。お見舞いに来た娘を愛でるルカさん。


パソコン版では右上にデカデカと見えるカバー写真↑↑のうさぎさん。
右側の大きい子(桜、2007年1/31生まれ~2014年10/20没。享年7歳8ヶ月)の旅立ちから三年。
うちの子達(※母1羽&娘2羽)高齢化半端ないわーと常々感じていましたが
ついに左側の小さい子(ルカさん、2006暮に横浜の警察署から拾得物として譲渡~2017年11/12没、推定13歳)が逝ってしまいました。

子宮がんの骨転移発覚から1年半弱、片脚が動かなくなり、
徐々に両後ろ足とも立たなくなり(でも這いずって動けていた)
お尻が汚れて(うさぎの尿はアルカリ性なので、皮膚が傷む)
毛が抜けピンクの肌が丸出しとなり床擦れになり、
一か八かで下半身入浴を始めてみたら、まさかの大好評(うっとりとした笑顔(* ॑꒳ ॑* )保持する私の手をずーっと舐めて喜びを伝える)
しかも毛が復活してフサフサに戻れました!
うさぎへの抗癌剤は無く、
免疫力を高めるクスリを毎日あげた甲斐あってか骨の破壊は進みませんでした。
しかし、次第に前足も身体を支えることが出来なくなり、
両眼も次々白内障になり、それでも呼べば耳を傾け顔を上げて応え、
ご飯は寝たままながらしっかり平らげるというたくましさ。
さすがは元野良うさぎだわーと尊敬していました。

ほんの5日前まで、何一つ変わりない食いしん坊だったのに
アレ?食べない。と受診させたら肝臓だの腎臓だの数値の上限を振り切る壊れよう。
2泊3日の入院集中治療では、点滴流しまくり1時間ごとの摂食という処置を、
院長先生がほぼ徹夜で看病してくださいました。
実は
「この子はもう生きて帰ってこれないかも」という覚悟の入院でしたが、帰宅できました。
うさぎは声帯を持たないので、声はありません。
しかし、生まれたときの産声は「キューキュー」。そして 、最期の時も鳴いて知らせるようです。
退院してきた日の深夜、そろそろ寝よっかという時間。
こちらが起きている時間に見送らせてくれました。
寝て、朝起きたら…は嫌だね、なんて話していたのを聞いていたのか。最後まで親孝行でした。

うさぎのルカさんを譲り受ける時、家族の大反対にあいました。
そう、その頃の私はまだハゲで寝てばかり
仕事もユメも失った引きこもりでしたので、「コイツ動物の飼育とか無理、しかもウサギは初めてでしょ」という判断は妥当だったでしょう。
うさルカさんは、私がハゲでも気にせず懐いてくれ、次第に頼って甘えるようになり、
私は毎日癒され、励まされどんどん元気になりました。
NHK番組の取材が家に来て、一緒にテレビに映ったこともありました(笑)
思いのほかお金がかかり、働かねば!という社会復帰モチベーションとしても貢献してくれました。

黒い大きな眼、誰よりも柔らかいふわふわの毛皮、控えめな優しい性格。
寝たきり生活は1年弱、オシッコとウンチで汚れた身体をほぼ毎日洗って乾かすのは、疲れた日には辛かったです。
わたしの髪は(一応ロング)3分で乾くのに、うさルカさんは30分要します。ドライヤーも壊れました(笑)
「うさぎの世話があるから」といつも言っていたので、職場では丑島くんと呼ばれました(※闇金ウシジマくん)。

死んでしまったら、ペットロスになるんだろうなぁ。と予想していました。
今はただ、あの子がいつも座っていたお気に入りの場所を眺めて
元気だった姿ばかり次々と思い浮かんでは消えて行きます。

一緒に暮らした10年10ヵ月、すごく幸せでした。
ホントに、来てもらって良かったわ!

「ママ、だいじょぶ?」と心配する娘。
うさぎの絆は強いです。

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