今回のIVSの一番良かったセッションは、

最後のジャパンハート吉岡さんの講演でした。

普段はビジネスの世界にいる僕らですが、吉岡先生の

純粋な気持ちとそこから出る圧倒的な行動力にただただ

驚くと同時に、自らを振り返る良い機会になりました。








今回の講演の前に、小林さんからなぜ今回の

IVSで吉岡さんにお願いすることになったか、ということを

話したのですが、実は僕が書いたこのエントリーを読んだ

ことがきっかけだったということを話していてちょっと

びっくりでした。

「若者へのメッセージ」
http://ameblo.jp/usami/entry-11151127871.html







実は僕がこのエントリーを書いたのは、

朝食会でたまたま知り合ったジャパンハートの吉田くんから

半ば強引に(笑)吉岡さんの講演のUSTを見て、とすすめられて

見たのがきっかけでした。

最初は正直ちょっと億劫な感じで見始めたらのですが、

見始めたら止まらなくて、見た後もなにか心がムズムズして

何か自分が出来ることって何なんだろう?って思い、

まずは少しでも多くの人に吉岡さんの考え、想いを知って

もらいたいと思って講演を書き起こしたのがあのエントリーでした。







それが小林さんの目に留まり、こうやってIVSで多くの

経営者の前で話をして、たぶんここからまた何かが

始まっていくんだと思う。

まるで映画ペイフォワードのように。。。







さて、今回の講演ではスライドを使っての講演だったので

より臨場感がある話だったのですが、参考までにメモを

取ったのでシェアします。

(その場で取ったメモなのでかなり端折ったり、

聞きのがしたり、意訳したりして本人の意図とは

異なる部分もあるかもしれませんが、そこは大意を

汲んでもらえればと思います)






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ミャンマーで医療を始めたのは1995年。
なぜ外国で医療するようになったか。
世の中には、医療を受けにくい人がたくさんいる。
日本の東京で倒れても誰かが救急車を呼んでくれる。

でも世の中には、隣に倒れていても医療を受けられない人がいる。
10代の終わりの頃に、そういう人のために医者になろうと思った。
おのずと海外に出て医療をすることになった。

1995年のミャンマーは世界でもっとも医療の程度が低い国だった。
年々社会主義に失敗して、どんどん貧しくなっていった。

最初に働いた街は40万人。ダウンタウンに8万人。周りに32万人。
街の中心に市民病院に3人の医者。内科医、産婦人科、外科。
街の半分が火事になった時、病院の門が15時にぴしゃっと閉まった。
その時に依頼があって、ミャンマーに行った。

僕はミャンマーが軍事体制かどうかそんなことも知らず、現地に入った。
当時私は、その街の少し郊外に居を構えて、いろんな村に診察に出かけた。
32万人に対して現地には1人しか医者がいなかった。
そこに僕がいくことになった。だからものすごいたくさんの診察をした。
朝5時から夜22時まで診察を続けた。

いろんな村、小さな子供達が。手術をしてください、ときた。
でも手術するには場所が必要。
当時診察する家は竹で出来ており、回りにはヤギがいて満足な手術はできない。
そのため手術は断っていた。

でもふとスタッフに聞いてみた。
彼らは交通費だけでも借金して来ているのに
こういう環境では手術できない、と僕は断っている。
この子たちはこの後どうなっていくんだろう。
この子達はこの後、どこかで治療をうけられているんだろうか、と。

スタッフからは治療は受けられない、という答えだった。
ミャンマーでは全てが自由診療。ましてや医者の数が少ない。
しかも難しい病気の手術はできない。
だから彼らはそのまま生きていかざるとえない。
だからこれは運命だと思った。

まずはましな家を借りて、部屋を間切りして、手術用の部屋をつくった。
手術の道具なんてマシなものはなかったけれど、
バスで15時間かけて道具を集めた。
1996年から手術をしている。
毎年2000件の手術を届けてるようにしている。
どのくらいの人に診察しているのか。
街の500人に1人はしたことになる。

その当時は誰も僕のことを知らなかった。
今ではカンボジアやラオスでも手術をできるようになった。

この手術までにたどり着くまでが大変。停電もしょっちゅうある。
今では日本からたくさんの医療者がきてくれてだいぶよくなった。

なんでこんなところでやるようになったのか。

口唇裂。この顔でずっと生きていかなくちゃいけない。
手術前はみんな暗い表情でいる。
みんな手術が終わってかえる時にはすごい明るくかえっていく。

医者とは今の命を救ってこそ価値があると思っていた。
もしかしたら医療の役割とは病気がなおる、なおらない含めて
人生の質を変えていくことかもしれないと思い始めた。
学校にも行けるようになり、恋人もできて、子供もできるかもしれない。

脳瘤。ミャンマーにはたくさんいる。数千人に一人。風土病のひとつ。
現地で手術しても再発してしまう。
僕は脳外科ではないので脳に手をつけられない。

もうこれ以上は断れない、と。
それで手術をしていくこにした。

今みたいに助けられる子供と助けれない子供がいる。
助けられない子供にどう向かい合っていけばいいのか、
というのが僕のテーマになった。

僕も皆さんもいつか死ななければならない。
みんな死ぬ。
でもどういう死に方がいいのか。
たくさんの死を見届けてきた。
自分の生を死から逆算してみてきた。
死に対しての哲学がなければ生の哲学をもてない。
どうやったら幸せに死んでいけるだろうか、を考えた時に、
生まれてきて良かったと生み出すしかないと思うようになった。
たとえ5歳で閉じる命であっても。

僕が目指す医療は、一期一会。
どんな患者がきても、まずは全力を尽くしてまずはむかう。
その人たちに満足して死んでもらう。
たとえ死んでも心が救われる医療を僕なりに作り出さなければ
ならないと思うようになった。

今の国際医療のコンセプトはより効率的に
よりたくさんの人を救う。
当然、難しい人に対しての治療はしない。
死ぬ子供に対して、残される母親のために何ができるだるか。

僕はあることを決心する。
人間というのはおそらくいい記憶しか残らない。
本当につらい記憶は消し去る。
虐待の記憶を受けた記憶は消し去られる。
脳幹に沈んで思い出せなくなる。
もしこの子が本当につらい記憶だった場合、
家族から家族の脳から記憶がなくなってしまう。

だからもしこの中に楽しい記憶があると、
たった一瞬でも残っていると思い出せてもらえるようになる。
生きた証になる。
この家族にこの子が生きた記憶を貼付けたい。
どうせ再発するのは判っているけれど手術した。
どうせ近い将来同じ症状でなくなる。
五年後だって、10年後だって、おっぱい飲んで
すやすや眠った記憶が残るはず。

ミャンマーでこの病院だけが子供が無料でうけられる。
この子の夢は学校に行くことだった。
今は歩けるようになった。
でも予想外のことがひとつ。
あれほど行きたかった学校に行ったのに勉強していない(笑)。

医療を受けられる時に受けられるのは本当に幸せなこと。
この子にも果敢に手術した。
この子を普通の顔にしたかった。
だから僕はだんだん死に向かって悪化している時に、
もう一度手術をして普通の顔にしたかった。
家族で一枚の写真をとりたかった。普通の顔になって。

それで手術した。手術が非常に難しかった。
手術して30分で1500CCの出血して手術ができなかった。
それに対して毎日一人の看護師をつけることにした。
親もうれしいと言ってくれた。
その記憶がその家族に残ったら嬉しい。

ミャンマーでは人身売買がさかん。
僕がしたことは貧しい家庭の子供を預かる施設を
この地域から1000km外れたところにつくった。
最初は28人。今は150人の施設に。

なんでこんな施設をつくったか。
みんなが透明人間になった、この一連を見るとするじゃないですか。
ある日、どこかで売春させられて、hivになって、
警備隊に捕まって、施設に入って死ぬ。
この過程を透明人間として我慢できますか?
僕は我慢できなかった。
だからこういうひとつひとつのストーリーを
消し去ることができると思った。
それをやることで僕が生まれた意味があると思うようになった。
今後300人に、そして今後計1000人に。

僕ひとりの力はたいしたことないけれど、
医療をやらなくてもいい。医者だけれど。
その人たちが幸せにしんでいければ。
医療に関わらなくてもいいと。

何かこれがひとつのチャンスだと思った。
自分たちが正しいと感じる場所で、
この世の中のために何かをやればしていければ。
閉塞していく日本の次の世代が、少しくらい豊かに
生きていってくれるのかなと。
皆さんの生き様を見ている。
そのテレビを見て医者や看護婦になろうと思った人が
たくさんいる。
みなさん見たいになりたい、そんな経営者になりたい、
と思ってもらえるような人に。

僕は常に後ろの目線を意識している。
特に10代、20代の人。
いい人間をつくっていくために。
それぞれのフィールドで。
ともに同じ方向を向いていければ幸せだなと思う。







ちなみに吉岡さんが書かれた書籍はこちらです。

ほぼ講演と同じような内容が書かれています。

お勧めです。

命を燃やせ いま、世界はあなたの勇気を待っている/講談社

¥1,575
Amazon.co.jp

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今年もまたアツい夏がやってまいりました。






毎年、インターンシップには会社を挙げて力をいれて

やっている訳ですが、昨年はそのかいもあって、

jobwebさんの「後輩にオススメしたいインターンシップ」にて

4位となりました。







昨年に参加した学生の声としては、

4位:VOYAGE GROUP
Hさん
「ゲームの作り込みや、社員さんが親切でしっかり見守っていてくれていたこと、選考で選ばれたメンバーが積極的にコミュニケーションを取る人ばかりである点がよかった。 」

Iさん
「参加学生が総じて優秀で、自主的にやる人が多く、一週間ほぼ缶詰状態だったが、おかげでほかのインターンではないくらい参加学生や社員と仲良くなり、充実感も感じられた。この一週間を通じて得た経験、仲間から、自分の進みたい道や大切にしたいものも少しずつ見えてきたことから、就活抜きに自分の人生にとってこのインターンをやったことで本当によかったと思っている。」

Jさん
「課題内容は、最初の2週間はwebの技術を学び中間発表製作をする。次の2週間では4人1チームで新規サービスを考え開発する。苦労した点は、情報共有、新規サービスの企画。グループワークの難しさ、開発の楽しさ、自分の現在のスキルを知ることができた。」



とありますが、今年は、昨年よりもさらにパワーアップ。






単に「楽しかった」「面白かった」、ではなく、

参加することで「圧倒的に成長」できる

インターンシップにしています。

もちろん、これは受動的な参加ではこうなりません。

参加者ひとりひとりが能動的に、かつ主体的に

そして圧倒的な当事者意識を持って参加して

もらう必要があります。

というか、そういう人じゃないとあのテンションには

ついていけないと思います。







逆にいうとそういう人ばかりが集まったすごく

「濃い」インターンシップになっています。

その分、こちらも人事だけではなく、各事業の責任者や

現場のエンジニア、デザイナーなどいろんな人が

本気で関わっています。







そんな「本気」でインターンシップをやりたい、

成長したい!という想いを持っている学生に向けて

今年も4種類のインターンシップを用意しています。

それぞれ毎に目的や日程、やることが異なります。

自分に合ったインターンシップにぜひ応募して欲しいなと

思います。







どんな内容かについてはこちらの動画をご覧いただければ

雰囲気つかめると思います。


体感型ビジネスプログラム
Island 




新規事業創出プログラム
Frontier



もの創り実践プログラム
Treasure



大規模サービス構築プログラム
Sunrise









ご応募おまちしてます!

リクナビ
マイナビ
jobweb






そして、もうひとつ、こちらもお知らせ(ステマ)。

交通費がかかってなかなか東京の企業のインターンシップを

うけられない、とお悩みの学生の諸君!

VOYAGE GROUPの子会社のサポーターズでは

そんな学生に向けて、就活イベントに参加するだけで

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