よもよも

気になった文・言葉/覚書


テーマ:

発達障害の人の就労支援をしようと

発達障害の施設の発表会を開いたけれども

結局、そこだけ触わっていても

変化は小さいのかもしれない。

ていねいなアプローチにはなっても

最終ゴールの就労支援への道のりは

かなり遠そうだ。


従来の枠組みを超えた

新しい枠組みをつくる必要があるという話に。

そうだなあと、いまさらながら「協働」という言葉を実感。


今日のクローズアップ現代では

自治体が就労支援として人材育成に乗り出している地域の紹介。

地域産業の人材育成は大事。


企業の現場の人が教育現場で講師に。

地元企業に即戦力として就職。

それを自治体がコーディネート(支援)


昔、アメリカのこのような協働の事例も聞いたことあるけど

それは新規雇用だけでなく確か、シングルマザーなどの

就労支援にもなっていた。


職業訓練校もあるけど

比較的汎用の効く内容になっている。

地元企業が実際に求める技能が身につく

訓練に絞ってもよいのでは。


クローズアップ現代の中で

見識者が言うには

町の地図を眺めて

どういう機関,、施設があるかなど

地域資源をもう一度洗いなおしてみるといい。

と言っていた。


確かに、具体的に地図上で見てみると

新たな枠組みも見えてくるかも。








AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:
「捨てられたものを食べたとき、何かを失ったと感じた」
という言葉を何度も聞いた。
(湯浅誠/朝日新聞記事より)

普段拾って食べるごはんは「エサ」という。
炊き出しのごはんは「お弁当」。
(奥田知志/TV番組より)

「エサ」という言葉には
自分自身をさげすむ気持ちがある。
それだけ自分自身を追い込んでいるともいえる。
社会のごみである、と思う気持ちは
何より自立の妨げになるのだろう。

奥田さんは気持ちのケアをとても大切にしている。
「あなたに対して責任があります。
これから最後までつきあいます。
私が先に死んだら、私の葬式に来てください。
あなたが先に死んだら、私がお葬式を出します。」

社会や家族、人との関係が切れてしまった人たち
見捨てない、という言葉はどんなに心の支えになるか。

奥田さんはこんなことも。
ハウスレスとホームレスは違う。
家がないなどの物質的なこと(ハウスレス)だけでなく
関係性の困窮、家族、兄弟、友人の喪失がホームレス。

よく言われる「努力が足りない」ということに対して
湯浅氏は
「自己責任論」は相手を黙らせ、問題を閉じ込める。
その結果、批判は社会や企業に向かない。

社会をどう変えたいかとの問いには
ストライクゾーンをもっと広げたい。
そうすればボールと判定される人が減り、
多くの人が生きやすい社会になる。
でもそれは一人じゃできない。
だから仲間を集め。「場」をつくり、社会に問いかける。














AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
朝日新聞  be on saturday 09.6.27.
勝間和代

学ぶことはまねること得心し
少しでもいい気づきを得られると
まねることが苦ではなくなります。
そして毎日、まねをくりかえし
組み合わせることで
新しい考え方を学んでいくのです。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
朝日新聞 09.6.25

ボブ・ゲルドフ

大恐慌以来の経済機器を経験する中、
我々は非難する相手を探す。
銀行、規制、当局、市場、静養資本主義、
強欲、思い上がり、グローバリゼーション・・
あらゆる人やものを非難するのは可能だ。

しかし、システムはこれまでも
常にゆがんでおり
利益配分は不平等であった。

世界経済は地球の半分を除外して築かれていた。
我々は1日2ドル未満で生活する30億人の生産性を
過少評価してきた。
彼らが我々の製品を買うのに必要な収入を奪い
病気や教育の欠如、
紛争を押し付けてきた。
そうすることで世界人口の半数の活力、
独創力、知的能力をじょがいしてきたのだ。

皮肉なことだが、経済危機はそれを変える好機だ。
貧しい人々を新しい経済機造に迎え入れ
人類の前進をともに喜び
貢献してもらわねばならない。
各国政府はこの混乱から抜け出すため
度胸をもって、恐れや不寛容さ
短期主義、愚行に立ちむかわねばならない。








いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」の必然を呼び寄せるものとは ──会期前にみる街の事情

久木元拓2009年05月01日号


platform事業の第一弾であるplatform01は、

通りの面がガラス張りで、全面銀色のクールな外見、

床は全面リノリウムでさまざまなグループのダンス公演やその練習、

ワークショップなどが日常的に行なわれている。

そこに通りかかる街の人々が「なんだろう?」と

なんとなく覗き込む「偶然」の風景がよく見られる。

街の中でアートが日常的に行なわれ、

そこに街の人々が遭遇する、

そうした社会の変化を街で実験的に検証していくことが

BEPPU PROJECTの狙いである。



街の風景を残しながら、そこに新しい人々の活動の場をつくり根付かせていく。

山出氏は、それをマイクロアーバニズムとして仕掛けたいという。

新しい人々がそこに住みつきそれまでとは異なるコミュニケーションが誘発されていく。

それは、ローカルな日常の場を、

グローバルな諸関係と接続して認識しようとする場所感覚であるとともに、

既存の空間秩序を内在的に組み替えていく行為であると言えよう。

アートをまちづくりに利用することから一歩進んで、

アートが街にどういう影響を与えるかを検証していく。

そのためには、さらにさまざまな人々にこの地に足を踏みれてもらう必要がある。

来てくれるだけでなく、空物件に新たな人たちが

勝手に住みついていってほしいとも山出氏は考えている。



地方での大きなイベントであれば、やはり行政機関との関わりは無視できず、

今回のフェスティバルでも主催者として別府市が実行委員会とともに名を連ねている。

これは資金面での協力もあるが、むしろその他の団体、

企業からの助成金獲得の保証機関として機能している面の方が強い。

民間の力やアイディアが必要なのにもかかわらず、

資金や環境面で行政に頼り過ぎるプロジェクトは

どうしてもサステイナビリティの面で不安が残る。

山出氏も市民主導で行政が支援するあり方を標榜しており、

別府市のスタンスはそうした点で現状に合致していると言えよう。


地方都市での大掛かりなアートプロジェクトに求められる要素は

都市部とは異なる様相も場合によっては多く見られざるを得ない。

土地に縛られることの意味と無意味を十分に体得したうえで、

真の意味でのサイトスペシフィックな活動が必要となるのである。



いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

組織犯罪のなかで

個人の罪をどこまで問えるのか。

この映画ではナチスが背景になってますが

この葛藤はいつでも私たちの周りにあります。

最近では厚生労働省の問題も。


物語の中で

司法の勉強をする主人公マイケルの教授が言います。

「道徳ではなく、法律が裁く。

しかもその時代の規範にあったものが基準である。」


時代に照らし合わせれば

一看守にどこまで罪の意識を追及できるのか

私の中でも心が重くなります。

「あなたなら、どうしましたか」

裁判官に問い返すハンナに、

一瞬、自身にその状況をあてがい、

戸惑う人は多いのではないでしょうか。


この映画はそうした背景を下敷きにしていますが

ナチスの話を深めようというものではありません。

そのような運命を背負ってしまったハンナという女性、

それをマイケルという男性が

どう受け止め、どう向き合うのか

心の葛藤を描いているものだと思います。


若いマイケルと21歳年上の女性、ハンナの関係が

話題にもなっていますが

この関係はある意味、ハンナの純粋な部分

愚直な人柄をあらわしているとも言えるのではないかと思います。


ハンナという人は裁判でのやりとりでも見えてきますが、

本当に愚直な人なのだと思います。

もし、世渡りを心得るならば、マイケルとこのような関係には

ならなかったでしょうし、裁判でもあのような発言には

ならなかったでしょう。


そのような人となりが見える分、不憫にも見えます。

さらに、おそらく、貧困のため、

教育を受ける機会に恵まれなかったハンナが

文盲であることを恥じ、

彼女なりのプライドを文字通り死守することで

大きな不利益をこおむるいきさつも、胸が痛みます。


対してマイケルは教育も受け、弁護士になり

ある種の正義感もあるわけです。

ハンナに対する情と同時に

彼女から贖罪の気持ちを引き出したい

引き出さなければと思っています。


しかし、ハンナからそうした言葉は出てきません。

失望しているように見えるマイケルにこう言います。

「どんなに思っても(?)死んだ人は死んだままだ」


ハンナに贖罪の気持ちがあったことは後でわかります。


愚直に、生身ひとつで生きてきた彼女にとって

そして時代のイデオロギーに翻弄された彼女にとって

マイケルとの思い出や字を覚えることということだけが

ゆるぎないものであり

そこに生きる気持ちをつないでいたのだと思います。


最後、すれ違ってしまった二人。

生き残ったマイケルの閉ざした心が

開いていくようなエンディングであることに

少し救われた気がします。


この映画のタイトルは(原題)は

「the reader(朗読者)」。

文盲の彼女

現実的、質実なように見える彼女の

活字の世界へのあこがれが

バックグラウンドミュージックのように

全編に流れています。

































いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

今朝、犬の散歩の途中

見知らぬおじいさんに会った。

おじいさんは、

「あんたは、あそこの子か」と。

犬で判断するらしい。


「ちいちゃい頃に見たっきりやけん

ぜんぜんわからん。」


私もさっぱりわからん。


「ちいちゃい頃、こっちおいで、言うても

人見知りしてこんかった」


へえ。人見知りするタイプではなかったと

思ったけど。


あたしが知らない昔のあたしが

ひょっこり頭に浮かんできた。


自分が覚えている自分なんて

かなりの部分、妄想なのかもなあ。









いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。