無心

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ある意味、現状と真実に向き合った結果、他から見ると現実離れしていた感がありましたが、今、現実に戻ってきました。

計画に沿った暮らしをすると決め、昨年末に手帳を買い求めて、使いこなせているとはいえないまでも、ひと月使ったという実感を持った一月末。

敢えて、二月に入ってからこの手帳を持たず、こころのおもむくままに過ごした二週間。
やっとのことで、またこれを手にし、仕事がある現実に戻ってこようとしています。

社会人を5年以上もやっている人が言うことではありませんが、ようやく、先輩の手によらず会議の準備を行えたことがちょっとした自信になりました。

また、予定を書き、実績を書くことも久しぶりな気がします。

なかなか、うまく言葉で表せませんが、全体的に前へと進んでいくんだなと実感しています。
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こころの一週間3

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そんな感じで、こころが少しきれいになったころ、子供たちにであいました。

みんなに心を開くわけではない子供に心を開いてもらえている気がする。

それは、自分が子供の心に近いからか。
(少年の心か幼稚な精神かは知らない)

とにかく、喜びに値するもので、また自分の存在意義を強く認められるものでもありました。

しかしながら、強く気にかかるのは今の自分との折り合いです。

親しい人、身近な人にはしられていたかもしれませんが、次のような感じでよく評価していただくことがありながら、現実はそうでもないようです。

優しい人
まじめな人
リーダーシップのある人

自分を悪く言いたいわけではありませんが、強欲であり、あまりやってはいけなさそうなこともやったことがあったり、人に聞かないと、行動できないところがあったりします。
みんなそうかもしれませんが、自分だからそういうところも知っており、否定の心が生まれたりもします。

親に向け、友達に向け、彼女となりうる人に向け、これでいいんだろうかと思うことがありました。

異性と付き合うことは性欲を満たすこと。
親にそう思われている。
彼女となりうる人にそういう目で見ていると思われている。
そう思っていました。

好きなアイドルには、大してそういう希望があったわけでなく、安心はしていたのですが、今までの好みの異性の条件には、自分よりもずっと若い人がいいというのがありました。

甘えられて自分を確立したい共依存の姿勢のあらわれであり、欲望優位の人付き合いを求めていたのかと思います。

だから、僕が異性を尊重する行動は、全く手出しをしないことでした。
直接の結果でないとしても、最終的には、相手の心をずたずたにしてしまっていました。

こうなったのは他人のせいにはしたくない、でも自分のせいにもしたくない。

いろいろ感じた上で、手放してしまおうと決めました。

そして、強く感じる結婚する感。
うれしいようで、強すぎる感覚は、意図的にウェディングソングを聴いたりとか、部屋を整理したりしていると不思議なことに気持ちが和らぐことが分かりました。

そしてこれが、近づいていることだとも分かりました。

そこで、二つ気付いたこと。
ひとつは、難しいことを考えにくくなったこと。
もうひとつは、こんなことを考えなくてもかなりうまくいってしまうってこと。
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こころの一週間2

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自分には見えない本質というのに気付きました。
厳密にいうなら、気付いてはいないのかもしれませんが。

大げさに聞こえる人もいるかもしれませんが、自分が愛されるに値する人であるという実感を強く持つことができました。

幸せにソウルメイトと暮らしているというイメージは、心に抱いていたものの、パートナーが子を産む、わが子とともに暮らすということはまったく想定に入っていなくて、先日お会いした方々との会話の中で、「子供と一緒に」という言葉を聞いて、感じ入るものがありました。

かつてもきっと誰かがいってくれていたことはあるかとは思いますが、今ここが、自分にしみこんでくるタイミングだったようです。

前に(僕が未婚と知らなかった)職場の方に、「子供は?」と聞かれて何をか思ったという話もどこかでしたかもしれませんが、それとつながってくるのかもしれません。

自分で語るのは少し疲れますので、ここからの話はハイヤーセルフにお任せして・・・

多分、子供のことが出てこなかったのは、敢えてふたをしていたからです。

自分の精神的な幼さをひたすら隠していること。
子を為す際、コウノトリに委ねるまでのプロセス、具体的にソウルメイトを見つけることも含めて、恋愛プロセスが苦手だと思い込んでいたこと。
向上を求めない負けず嫌いであること。
(努力しないが、優越感を好む)
人の心を見透かすのが好きだが、見透かされるのを極度に恐れること。
たとえ実力は伴っていなくても、資格と経験を必要以上に得たいと求めること。

中学校のころから、心理学を学びたいと思っていたけれど意志の弱さで大学で心理学の道に進まなかったこと。
やっと念願かなって、こころの世界に飛び込んだNLPでも、実はかたくなにこころを閉ざしていたこと。
(自分のこころを開いていくツールではなく、他人の心を操縦するツールを期待していた)

時折、夢中で僕を見守ってくれている人からの愛情を拒絶してしまい、結果、遠ざけてしまうこと。

こんなにこころを整理して、みんな結婚していくのかな・・・

そういう思いにも駆られつつ、前進している自分に感謝と賞賛を送りたいです。

そして、なぜか分からないけど今度こそ本当にパートナーが見つかりそうな気がしています。

でも、まだ、あります・・・。
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こころの一週間

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先週は特に自分のこころに焦点を当て、真正面から取り組んだ一週間でした。

ソウルメイトについて。
昨年、初めてソウルメイトセミナーを受講した時よりもいっそう、自分にもソウルメイトが存在するという実感を強くしました。
こと、恋人として考えてみると、自分の理想だと思っていた条件は実は必要なものではなくて、それに気付けば見えるものが広がってくると言うこと。
それから、見えてくると、勝手にモデルを設定してしまい、そこへとことんの愛情を注ぎ込んでしまうこと。

これは、例えば芸能人とかの断片的に見える魅力に、自分のソウルメイトの特性をプラスしてしまって、擬似的な恋愛の世界を作り上げてしまい、ただただ盛り上がってしまうような感じです。
直接係わる可能性が少ない芸能人ならまだしも、ちょっと会っただけの人を無意識にこういうモデルにしてしまった時、それを恋と認めていいのか、迷ってしまうのです。

かと言って、あんまり見て見ぬ振りを続けると、他の人をモデルとして考えてしまうため、「こんなに惚れっぽくていいのかな?」と自問するのです。

つまり、恋と認めているわけなのです。

そんなことに、今更ながら気付きました。

幸せ

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「おもいおもい」
重い思いというのがあります。

ヒーリングの実践会などに参加すると
みんな真剣に、相手の心がいい方向に向くように願ってくれます。

素敵なことだと思います。

まあ、何でもそうですけど。

武道でも相手を倒そうとか、相手よりも強くなりたいという気持ちもあるけれど、相手とともに上達しようなど、相手の上達を願う気持ちもあって動きます。

ひそやかに感動します。

感動して癒されます。

今までこんなに素敵な人はいただろうか。
いただろうけど、気付かなかったななんて思います。

いや、気付いていたけど気付かなかったふりをしていたんだと思います。
我慢する美徳を表現しなくていいところで表現して満足しています。

結婚してもしなくても自分の人生だからいいでしょ。

そういうことを言いながら、のび太のこのセリフに涙したりします。

「ドラえもん、僕は明日結婚するよ。」(『のび太の結婚前夜』より)

素直

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感覚的には久しぶりにシータヒーリングの実践会に参加させてもらいました。

願いを叶えましょうとか、ソウルメイトを引き寄せましょうみたいなのが
最近ちょっと苦手で、
「叶えたいほどの願いはないし、あっても彼女が欲しいくらいだ。」
「彼女が欲しいとずっと思っていながらいないのは、いらないと思っているからだ。」

そういう思い、ブロックがあって、参加したり問題に取り組んだりするのが
実に億劫な気分になってしまっていました。

とても便利な言葉に
「準備ができていない」というものがあり、僕は受け入れる準備ができていないということを武器に何もしないことを心地よく思うところがありました。

何もしなくて心地いいなら、それが悪いとは言いたくないけれども、何かして心地がいい方がいい。

いま、とても感覚がすぐれている気がしていて、(ちょっと専門的な用語になりますが)アナトミーを経験した方々と会うのが痛いという感じがありました。
なんだろうか、見たろう、私らはこういうことが分かっているんだ、と見られてしまう感が怖かったんだろうか、分かりませんが最初は正直そういう気分でした。

好きな人が欲しいと思うことがちょっと恥ずかしかった思春期。
好きな人が欲しいと思ってないことがちょっと恥ずかしい今。
結局は欲しくないんだろうなんて言われると、きっと恥ずかしいです。


今日、気付いたことは、自分だけでシータヒーリングをしていたら、
案外禁忌をおかしていたこと。(否定形でものをいう)

ヒーラーや創造主は困るかもしれないけれど、前よりももっと素直に
自分の潜在意識を語れる、語っているようになったこと。

自分が前に進んでいくことをヒーラーが心から喜んでくれていることに気付くととても嬉しいこと。

最初のペアワークの相手が、直感で組んでみたいなと初めに思った人にかなり高い割合で当たること。

あ、みんな幸せになればいいよな、と思ったこと。

すごいですね。ありがたいことです。