生き方

テーマ:
鞍馬山にのぼってパワースポットに立ったり、
貴船でえんむすびは買ってはみたものの、今だけなのかもしれないが、
人生のテーマから、恋が抜け落ちてしまったような気がする。

今まで、恋心を持ってしまうと他のことにも頑張れる半面、
色々とおろそかにしてしまうものも出てきてしまったりして、
納得いかない気分になることが多かった。

今、この場で恋が生まれたとして、どう扱おうかと考えた。
何も考えないと、上に書いた想像通りの恋になる。

ここ数日、たくさんシータヒーリングで問題に取り組んだり、
心をきれいにしたいと心掛けていた。

ふと、恋ということが邪魔に感じる。

しかし、このこだわりをなくしてしまったら、どうなるのか。

恋より仕事だ、と言えるほどの仕事人間ではない。

恋も仕事もだ、とこそ言いたい。

しかし、仕事より恋だ、が現実のような気がしていて怖い。


そんな気持ちを抱えたまま、般若心経を読み、シータヒーリングをしている内に、
恋をするのに、ひどく臆病になってしまいました。

恋をするのが怖い。
もう、恋なんてしない。

そんな気持ちをなんとかかんとか見ないように、見ないようにしている。

どうすればいいのか分からず、心を磨くことに一生懸命になっていたら、
恋愛のない世界にたどり着いてしまいました。

しばらく、この街を旅しながら、僕はどうしたいのか、
何を望んでいるのか、また見直してみようかな、と思っている。
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ディスコミュニケーション

テーマ:
人との付き合いは、相手あってのことだ。


当たり前のことだけれど、実は深く考えたことがなかったのかもしれない。

心が強い人ばかりが周りにいるわけではない。
相手がどう考えているか、観察が大事。
たくさん、たくさん、習ってきたではないか。

かつて、受け止めて、受け止めてもらった上で、
げんかいだー!って爆発されてしまったことは何度かあった。
言ってくれたら、ストップがかけられる。

受け止めて、受け止めて、受け止めさせてしまって、
避けることができないところに追い込んでしまいそうにしてしまった。
・・・かもしれない。

恋をするにしても、仕事をするにしても、
人に安心感を与えたいなと思って行動しているつもり。

頑張りすぎると、人を圧迫する。

「この人、悪いことをしているけれど、
きっと悪気でやっているわけではないんだ。」

そういう人に関して、なかなかガツンと責めるのは難しいかもしれない。
分かってもらえるように避けるしかない・・・


ただ、どんな意図があったにしても、どんな意味があったにしても、
いっさいの悪気や下心が、なかったとしたって、
相手の反応がコミュニケーションの結果である。

この前提を、この人生の中、何度も忘れてしまって、
人を傷つけたことは、自分の中では大きな罪であると思う。

不謹慎かもしれないが、叱責していただいた方にありがたく思います。
また、傷ついた方の心のケアをしていただいた方にも嫌われてしまっただろうけど、
ありがたく思います。

ここから、どういう行動をとるか、そこが自分自身の真価だと思います。
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自分がいいなと思う自分の心の状態

テーマ:
鞍馬山にのぼったからか、少し自分のこと好き度が上がっています。


基本的には、僕は自分のことが大好きです。

NLPやら、シータヒーリングやらを勉強し始める前は、
僕自身と全く同じ思考や行動パターンを持っている人が
自分の理想だと思っていた時期もあり、異性となった私を想像し、
えへへとにやけていたこともあった・・・かもしれません。

ツインソウルというのでしょうか?
最近は、それを求めてはいません。
ツインソウルと共に歩むことが必ずしも幸せであるとは
言えないような気もするからです。

片想いをしている自分は、何だかあまり好きではありませんでした。


ここで言う片想いをしている、というのは、
僕が好きになった人の態度が、なんとなく僕のことを好きじゃないように
読み取れてしまって、
「彼女には幸せになってほしい、だから、好きじゃない僕のことを押し付けてはいけない」
「彼女には幸せになってほしい、だけど、どうなったら僕が彼女を幸せにできるかわからない」
と、ひとり勝手に思って、付き合うのを諦めようとしたり、逆にどんどんアピールしようとしたりして、その結果、より一層、うまくいかなくなる気がしたり、そういう状態のことです。


つまりは、結局うまくいかないんだろう、うまく、ようやらんのやろう、という想像が走り、
自分を嫌悪してしまっていたようです。

実際はどうかはさておいて、
僕の恋愛観は、常に本気モード。けっこう、ガツガツしているんだろうなと思います。
結婚まで考えられない人とは、お付き合いしない。
ちょっと付き合ってみる、とかできない。
仲良くなっても、絶対、「付き合って」とか、「好き」とか言わない。

要は、責任を取るのが怖いのです。


恋愛において、成就したなぁという、深く大きな達成感に包まれたことが
あまりないため、自信の根拠となるものがなかったのです。


ナルシストになる必要はないけれど、自分のことが嫌いな人はなかなか
他の人に好きになってもらうのは難しいのでしょう。

自分を変えるためのとっておきの方法。
とっても速く自分を変化させる方法、というふれこみの技術を学び、
それが結果として、回り道だったのかもしれないけれど、少しずつ心の支えになり、
少しずつ、自信になってきているのかもしれません。

しかしながら、人生、先に進んでいくにしたがって、
確実に素敵な人と出会い、いい関係を結んでいく日には近づいているのであり、
自分と、その人と周りの人を少しでも幸せにしていくことができる力が、
僕にもあるんだろうな、ということが実感できてきているのです。

これら、進むのに妨げとなる思い込みは変えることができる。
そして望ましい思考に置き換えることが可能です。

しかし、案外、思い詰めている時はそうしようという気にならない。

不思議なものです。


最近、思い詰めていることがあるわけでもないけれど、
ちょっと、いつもに比べては恋について考えることもあり、
生活について考えることもあったため、時期としてはバッチリな鞍馬山登山。

結構、疲れたためか、無駄なこと、面倒なことを考えていられず、
これが、ありのままの自分なのかな、と気付くことができたような気がしています。

貴船神社の占いも「吉」だったけど、思い通り、希望の通り。

スッキリした心と、少し根拠を持った自信を持った僕がまた少し好きになったのでした。
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あき

テーマ:
前にどこかに書いたかもしれない。

僕はどうにも飽きっぽいようだ。


しかし、細く長く続けたい欲があったりして、
何についても、辞めてしまったとは言いたくないところがある。

それで、趣味について聞かれると困ってしまうのだろう。


そういう場ではない初対面の人に「NLPとシータヒーリングです」とは
言いにくいところもあろうし、「読書です」と言っても、内容を聞かれて、
すぐに答えられるほど、真剣に本を読んではいない。

敢えてここには出さないあれもあるが、それも時と場所を選ぶと思う。
真面目に語りだすと、大いにバカにされることも予想される。
それに、最近、それこそ飽きてきたみたいだ・・・


たとえば、友達や気に入った異性が好きだというものについて、
ぜひ、僕も挑戦してみたい、体験してみたいなと思う。

そういうのが、趣味と言えるのかもしれない。

もちろん、ついていけないようなこともあるかもしれないけれど、
相手が体験したり、感じたことを聞くのは好きだ。

あ、なんかいい感じやな…


文房具が好きなんですよ、と言っても、
高級なノートや、(僕にとっては)めっちゃ高級な万年筆を使うにしても、
そんなに良さが分かっているわけではない。

100円で買ったボールペンもすぐに書けなくなるけど、それ以上に
3万円のボールペンの方がすぐに書けなくなってしまったこともあるし、
書き味がどうこうっていうのも感じない。

300円くらい出して、三菱のジェットストリームを買えばいいんだと思う。

…ということすら、飽きてしまいそうだし、あまりいい趣味ではないと個人的に思う。


例えば、初代のたまごっちをこっそりでもいいから、
「あれからいまだにずっとやってるんですよー」みたいな人がいたら、
それこそ、本当の趣味なんじゃないかなと感心するのだが、
人はそこまで、趣味を何にするかこだわってないんだろうな。

聞くたびに趣味が変わっていたって、好奇心が旺盛なんだろうし、
本当に一つのことが大好きで熱中している人はそれが幸せなんだと思うから、
それを尊重して、楽しいお話を聞かせてほしい。

それも、時々飽きてしまうかもしれないけど、
やっぱり、それが僕の趣味かもしれない。

あるいとう

テーマ:
木村紺さんの「神戸在住」のように、そのものずばり神戸を舞台にしています
みたいなマンガもありましたが、この「あるいとう」というマンガも神戸の北野坂を
舞台としています。

こういうのは、地元民としてはどうしても気になってしまいます。

ところで、映画「僕の彼女はサイボーグ」などは、ロケ地は神戸ですが、設定は東京。
こんなのは排除。

でも、かつて、涼宮ハルヒの憂鬱というアニメを見た時、どう見ても神戸の景色が
描かれていたことから、欠かさず見ることになったのがとても懐かしく思います。

今日言いたいのは、ただそれだけです…。

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オズの魔法使いとロリータ

テーマ:
この週末、異彩を放つマンガに魅かれてしまっていたのは否定できない。

オズの魔法使いは、確かグリム童話ではなかったはず。
そこにまず注意が行くとともに、オズの魔法使いについて思い出した。

小学校の頃、芸術鑑賞会みたいなので、学校に劇団四季かどっかが来て、
オズの魔法使いを見た記憶がある。
その後、読書を趣味にした僕は、オズの魔法使いには続編がたっぷりあると知った。

最近の劇団四季の公演ウィキッドが、オズの魔法使いに関連する話だと知った時、
そのことを思い出して、続編を購入して読もうかなあと思っていたが、
機会に恵まれず、絶版になってしまった。

マンガというのは、大まかに世界観をつかむためには大変ありがたいメディアで、
本屋さんでこの本を見つけたときは、飛びついてしまった。

冒頭に書いたとおり、グリム童話ではないという違和感は外れておらず、
かなり大胆に登場人物の設定をアレンジしてある作品だった。

ドロシーやウェンディ(ピーターパンの登場人物)不思議の国のアリスなどは、
ある意味ニンフェットの象徴であり、清い少女性を持つというイメージがある。

ところで、ニンフェットとはウラジミール・ナボコフの小説、「ロリータ」での
造語であり、14歳くらいまでの少女のことだったと思う。
妖精のような魅力というか、なんというか、そういうことだったと思う。

大学に入ったころ、ロリコンの語源となったロリータが今でも簡単に手に入る
小説の題名だと知り、大学生協で買い求めて堂々と読んでいた。

それを読むことによって、「ロリータ」という本よりも変態性の高い本は、
この世に存在することが分かった。「ロリータ」という小説自体は、
ロリコンな人が好むものではないだろうな、ということを感じることができた。


本筋に戻ると、ドロシーの職業など驚きの脚色を加えられた本作ではあるけれど、
物語の筋は、感動に値するものであり、オズの魔法使いの原作者である
ライマン・フランク・ボームの想像力には脱帽した。

また、このマンガの作者であるかずはしともさんもなかなかの
エンターテイナーだなあと思った。

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桃色メロイック

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コンビニで強烈に異彩を放っていた本。
実際に妹がいない人にこそ、妹萌えが分かるのかもしれない。

多分、本当に妹がいる方にとっては、よいことはあったとしても、
どっちかと言えば、そういう感情に嫌悪を抱くんじゃないかなと、
妹のいない僕は想像する。

可愛く慕ってくれる女性に男性は好意を抱くことがあり、
そういうのにあこがれる気持ちは、分からなくはない。

男性が、人として自立心が高ければいい付き合いになるかもしれない。

しかし、往々にして、精神的幼い男性がこういったことにあこがれる。
そう、精神的に幼いかもしれない僕は思う。

妹がいる友達もいたが、その状況にあこがれたことはなかった。


意外と、ありそうでいて、きっとその割合は極めて低いこのような現象。

もしかしたら、僕はとんでもないロリコンじゃないだろうかと思うとき、
小・中学生と恋をしたいとは思わんよな、と自分の気持ちを確認しながら、
そして、そこそこ大人のアイドルとも本気で付き合いたいとか思ってない
案外、冷静な感情に安心する。

その上で、こういったマンガや小説を読んでみると、いかにも楽しく、
自分の恋愛観がそれなりに正常なんじゃないかなと確信できるのだ。


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すき・うれしい・ありがとう

テーマ:
好きな人に好きと言ったこと、たくさんあるなあ。

付き合ってほしいとか、そういうことあまり考えていなかった時、
付き合えない、友達としか思えないと言われてしまって、
相手は大人やなあと思ったり、意外と振られるのって大丈夫だなあと思ったりしたけど、
家に帰ると、その日はさすがにふさぎ込んだなあ。

好きだと思ってる人に、あれやこれやそれやしていて、
反応が鈍かったりして腹を立てたことがあったなあ。

自分勝手に一人で盛り上がって、彼女のこと何も考えていなかったんだろうなあ。

なのに、こんな自分勝手な子でも好きになってあげられるのは僕しかいないなんて、
とんでもない勘違いを半ば本気でしてた。

告白したら、僕の悪かったところを教えてくれたなあ。
でも、なぜか、何年か後にその子から連絡が来て、何度かデートしたなあ。

二年間、思い続けた人とのやり取りの中で、あなたの思いに応えられないと言われて、
振られちゃったんだと思って、僕はもう見守ることもできないのかなあと言ったら、
とっても寂しそうな顔をされたこともあったなあ。

向こうから、ものすごく盛り上がってアプローチ掛けてくれた可愛い女の子。
メールでデートに誘われて、じっとしてられないくらいそわそわしたのを覚えてる。
とっても仲良しだったけど、もし告白されたら、どうやって振ってやろうかと
そんなことばかり考えていた。
だから、彼女の方から、お祭りの終わりを告げてくれたね。

書ききれないこと、敢えて書かないこともあるけど、いろんな恋の思い出。
自信の持てない僕でも、それなりにモテてたんだななんて、嬉しく思う。
自分勝手なことが多かったけど、だからこそ、少しはましな人に成長できたかもしれない。

今、恋をしているかどうかわからないけれど、恋はしたいとは思っている。

今、恋をできるのは、出会ってきたみんなのおかげ。

もし、今の僕に少しでも魅力があるのなら、少しでもあなたを幸せにしてあげられるなら、
そういう気持ちが、スッと伝わればいいなあ。

これから一緒に恋をするあなたが一番だけど・・・

今まで片想いさせてくれたり、好きになってくれたみんなが、
今、そしてこれからも幸せでいてくれたらいいなあ、と心から思います。

本当にありがとう!

趣味の交換

テーマ:
潜在意識下でお金に対する抵抗があるとか言われると嫌なんだけど、
お金をたくさん使って、趣味を満喫するのは、あんまりやっちゃいけないような気がする。

少なくとも、あまりいい顔しない親の顔が目に浮かぶ。

やってないってわけじゃなくて、学んでみたいものはお金を出して学びに行くし、
欲しいと思った本は買うし、使ってるんだか使ってないんだかわからないような、
高級文具も買ってしまう。

できるだけ、いろんなことに興味を持たないような生活をしたいなと思う。
それは、裏返してみれば、熱心になれる一つのことを見つけたいんだと思ってる。

とは言え、趣味について、出来れば同じ趣味を持ってる人と語ってみたいという
欲望も密かに持っている。

まさかNMB48やら、AKB48の話を誰かとするのもなあって…
でも、誰かの妹とか、10代の子とはそれなりに盛り上がったこともあって楽しかったけど。
喜んでくれたように見えたけど、きっとその人は、僕のことを「いい年して変な奴」
と思ったに違いない、という被害妄想がチラリ。

心を開かない、というか、あまり自分のことを話さないようにしてた僕は、
ここ数年で激変したと思う。

自分の趣味を見てもらおうと思うこともある。
でも、悪い意味ではなく、趣味の合わない人も多いと思う。
ただ、その人たちには、趣味を教えてほしいなと思う。

教えてくれるのを聞くのが趣味になりつつあるかな。

曲解 心理的リアクタンス

テーマ:
あの人を好きになってはいけない。

別に誰に対してもそんなことを思う必要はないと思うのですが、
ちょっといいなと思った人が現れたら、こう感じてしまうことがあります。

しかし、好きになってはいけないと思えば思うほど、相手のことが気になって、
前よりもっと好きになっていっている自分に気付くことがあるかもしれません。


やってはいけない、などの制限がかけられた時、
それに伴う反動形成がされ、自由を求める気持ちが強まり、
結果としてその行動をこれまでよりもやりたい気持ちが強まるという
心理的な現象のことを、心理的リアクタンスと言います。


学生の頃は、勝手によく「あの人を好きになってはいけない」制限をかけ、
結果として、もっと好きになってしまっていて、自分でもどうしていいか分からない状況に
よく陥っていた、いわば僕は恋愛心理的リアクタンスのプロであります。

弟子を取ったことがあるわけではないのですが、
「師弟の関係で(師というパワーを利用して)恋愛アプローチをしてはならない」という
制限を自分に課してしまっていたことがあり、やはりきっちりリアクタンスは働いたため、
慕ってくれる後輩を好きになったこともありました。

そんな僕も、少しは成長し、「あの人を好きになってはいけない」の制限は、
目に見えてなくなったような気がします。
それでも、ややあります。「ナンパはすべきでない」
「そんなに関わりのない人に対して、不自然なアプローチをすべきではない」とか。

そう思えば思うほど、いや、思わなくとも潜在意識で繰り返されているようなので、
どうも通りすがりに近いような異性が気になって仕方ありません。

さすがにそういうのはないなと思って、それなりに意識的に我慢をしています。

でも、最近は、あ、いいなと思った人で、関わりのできた人には
アプローチすることもあります。

そして、仲良くなったら、

この人と付き合わなければ・・ならない、と思ってしまうと、
ああ、心理的リアクタンス。


みごとに、メンタルの大きなブロックを見つけてしまいました。

本日は、シータヒーリング日和です。