ついにソウルメイトを引き寄せる!?

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さて、こじはるを引き寄せることができるでしょうか。


願望実現系の禁忌として、

「特定の人を(好きにさせるという意味で)引き寄せることはできません。それは、相手の思考を無理に変えることとなるからです。」


ホントかどうかわかんないが。悪用すれば、できちゃうのかもしれないけど、優等生なのでやらない。

ティーチャーたちには、それよりは、相性ピッタリの人の方がいいだろうとか、なんとなく説得されるし。


小嶋さん、横山由依、佐藤亜美菜を泣く泣くあきらめ、

どうしても全体的には抽象的でかつ、具体的な条件をびっちり決めたうえで、ソウルメイトを呼び寄せる。

シータヒーリングの方法でやりましょう。これは、誰かにやってもらうことはできにくい。


もし、AKB48の誰かで…とかくらいに特定度を弱めたらいいんだろうか。

知らん人とか、なんとなく不細工な子が来たら困るから、抽選みたいなことをやるのも断念する。


NLPのあの方法や、あんなやり方をすれば、考え方を変えることができる…

けど、まず、芸能人とゆっくり話したりすることが今すぐは難しいので断念。


邪念を引っこ抜くことなく、ソウルメイトをまた呼び寄せることにします。


シータ同級生の方には、髪の長い子が僕のところに引き寄せられてたように見えたという。

ほんまかいな!?

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文字の威力

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言葉の威力と思い込みについて。


これは、僕が書いたかどうか。

それが重要になってくるものが多い。


例えば、メール。


読んだだけで、恋をしたり、

嫌いになったりしてしまうし、できてしまう。


そして、返事が途切れただけで、

嫌なメールを送ってしまっただろうかとか、

相手の心配をすることすら、ありうる。


そんなもん、誰が書いてるか、保証はないはず。

ドコモの人が見て、書き換えてるかもしれないし、

成りすまして、余分なメールを送ってるかもしれないし。


論文なんて文を自分が書いたことにできれば、

その道の権威になることさえ可能かもしれない。


あなたのことが大好きです!!


もし、これを特定の誰かが、自分のために書かれたと思ったなら、

きっと、ドキドキするだろう。



あれ?こんなん、僕書いたかな??

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言霊

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中学、高校、大学院の同級生たちは知らんと思いますが、

小学校、特に高学年、および、大学の後半、あと、いろいろ活動時には、

「さっちゃん」やら、「ゆうちゃん」と呼ばれていますし、呼ばせています。


これは、そう呼ばれたい、という気持ちがそうさせている。


違和感を感じるのは、「さっちゃんさん」、とか「ゆうちゃんさん」

アグネスチャンやレスリーチャンと違うねんから、重ねんなや、

という気もするし、純粋に違和感。


おっさんより、おっちゃん。

お兄さんよりお兄ちゃんと呼ばれたいタイプなんだきっと。


坂本ちゃんやら、KABA.ちゃんと一緒。

オネエって意味じゃないよ。


サンプラザ中野くん もそう。


気兼ねなく、さっちゃんって呼んでくれるとうれしい。

ちょっと、心開いてもらえたんかな、と勘違いもできるし。


あ、なんかまた、素直に生きれそうな気がしてきた。

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ここで敢えて、依存する

テーマ:

すごいだろ、してみることにした。


NLPマスタープラクティショナー、そして、レイキティーチャーです。

また、シータヒーリングの基礎DNA終了です。

これらの認定証を縮小コピーして持ち歩くことにした。


自分に対する自慢である。

僕は、こんなに誇るべき資格を持っているのだと。


どちらもお金さえ払えば取れる認定だとか言ってはいけない。

いや、まあ、言ってもいいが、仮に推してくれる人がいるのであれば、

少なくとも、お金を出して、なおかつ、行かなきゃならないという、手間と努力は要る。

また、どちらも決して安くはないので、お金を払えたことにも誇ろうと思えば誇れる。


そう言えば、ヒプノセラピストやら、催眠術師にもなったけど、

認定証がなくてよかった。すっかり忘れていた。


こんな変なことにたくさんのお金を出して、バカじゃないかと思う人は

少なくないと思う。

特に、同じような道を通っていない方にとっては、そう感じられるのではないか。


確かに、果たして誇れるものなのか、誇りたいのか、そうでもないのかわからない。

ただ、自分がいいなーと思う方法があるのなら、使っていけたらいいなと思う。

使っていけるんだよ、という印としては、修了証や認定証は、強い味方になってくれてるような

そんな気がするから、しばらくはべったり依存してみよう。

先生

テーマ:

学校の先生。


それなりの問題児だった時期もあるのかもしれないが、

大半は、それなりの優等生だったと思うのだが、

先生には大変理不尽な扱いを受けたこともある。


だから、小学校や中・高等学校の先生になりたいと思ったことはないけど、

なんとなく、先生と呼ばれる立場に立ちたいとは思っていた。


人に対する優越を感じたい、そんな醜い意識もある。

あと、なんかしら、自分のいいと思うことを伝えたい。

また、人の面倒を見てあげたい。あるいは、面倒を見てあげてる自分に酔いたい。


別に自分をいじめているわけではないが、どこかで思っていた素直な気持ちを

暴露して、かえってすっきりしている。


大学に通い、なかば、教壇に立つ職業に手が届きそうになった時、

一般の会社員に収まることとなった。


その後も、多くのことを学んだ。


大学まででは学べないようなこと、古武道、その他、もろもろ。

それぞれ、それなりの段位、位を取得したものの、トレーナー、インストラクターの

視覚の一歩手前までしか進んでいない。


今は、きっとそれでいいんだと思う。

しかし、今年の初めに書いた望み一覧の中には、

「先生と呼ばれる立場に立ちたい」

と、書いてあるのだった。

真夏の恋路

テーマ:

いま、あの子に会いたいなぁと思う人が、何人かいる。


多分、その人に会ったら、運命的な出会いを感じるだろう。



そんな勘違いをしそうな情動と季節。

今年も暑いな。


真夏の太陽のごとく、キラッキラ輝く恋をしてみたいけれど、

いろんな意味の勘違いと妥協がごっつい怖い。



案外、ふと気持ちが切り替わったら、仕事って楽しい。

そんな仕事は好きでもないけど、頑張れちゃう。

どっちかというと、心はそっちに流れてほしい。


今年も、セクシーな出会いはないんかいな?


いや、きっとあるな。

そんな、根拠のない自信があるのでした。

スピリチュアルに対する見解

テーマ:

恐らくだけれど、やっぱり多くの人が怪しいと思っていると思う。


別に妄想でもいいし、ホントでもいいけど、

僕らに、いろんな意味で危害がなきゃいいと思うな。


数年前、テレビによく出てスピリチュアルなことを語っていた方のおかげで、

かなり、この分野のことが話しやすくなり、ハードルが低くなった、

と言っておられる人がいましたが、そうでもないと思う。


それはそれで怪しいと思う、脳の先生とかが完全に否定してたりする。

たぶん、高いお金で教材を売っていたり、自分にできそうにない心のことを

できると言い張るところが怖いし、怪しいのだろう。

その点、両者共通しているのかもしれない。

(六法全書を高値で販売してても、これを全部マスターすることで、

 法律の専門家になれます、と言ってもある意味怪しくないだろうところは分かっているつもり)


人は、目に見えないものを信じないとも言うが、

それはそうでもないのかもしれない。

見えても信じない者は信じない。聞こえても信じない。

感じたら、信じそうだけど、そうでもないのかもしれない。


どうなんだろうかと思うこと。


亡くなった方の遺骨は、大切だと思う。

しかし、生きてる人のはがれた皮膚とか、そんなのはゴミだ。


なんだか、考えることすら、めんどくさくなってきたので、

ここで、涼みに行くとしますか。

宗教観(好きか嫌いかどうでもいいか)

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とある勉強会にて。

「この考え方をやってると、宗教もできるかもね。この人を教祖に据えたりなんかしてさー」

こんな事を、教師役の方がおっしゃった。


確かに、そうかもしれないし、おそらくこれは冗談だ。

でも、

「この人は、なんて危ういことを言うのだろう。」

と思ったのだった。


これは、「お金を稼ぐのは悪だ。」という思い込みとか、

いわゆる、外した方が楽になる思い込みの一つで、

宗教に対しての偏見なのかもしれないが、僕はぜひとも外したくない。


かく言えど、通った幼稚園はキリスト教、大学さえもキリスト教。

葬式は仏教で、もちろん、初もうでは神社に行くし、個人的に神社が大好きだ。


宗教が嫌いなんじゃなく、

信心するのが当たり前とか、なんで他の人も宗教をやらないんだとか、

そういう、僕が思うところの危ない思い込みを入れたくないというのが本音だ。


人が成長したり、何かから回復するのは、

医療の力かもしれないし、意識の力かもしれないし、

大切にしていたお守りや、宗教の教祖のおかげかもしれない。

NLPの助けかもしれないし、シータヒーリングやら、ヒーリングかもしれない。

また、パートナーの助けによってかもしれない。


だからと言って、人を誘導したくない。

いや、本当は誘導したいから、怖いのかもしれないけど。


NLPだって、魔法みたいに言って、個人的にはそこそこ賛同するけれども、

あれだけの期間とお金をすったみたいに思っている人だっている。

その気持ちも、なんとなくわかる。


ソースというセミナーに行って、表情がガラッと変わった人もいる。

正直、ちょっと気持ち悪く思ったし、逆にうらやましくも思ったけれど、

私は、行きたくないと思った。その直感に従えたその時は、よかったと思っている。


シータヒーリングもぼろっくそに言ってる人もいれば、

何でもできると目を輝かせる人もいれば、ステップのみを教えてくれるツールだという人もいる。


その辺、ある程度含みおいた上で、僕もいろいろ学びたいし、体験したい。


同じような考えの人が集まるのであれば、僕からもお伝えしたいなーと思うけれども、

そうでないと、あえて言わないつもり。


もしかしたら、それこそが、一番危ない思想なのかもしれないけれど、

できるだけ危なくないように、保ちながらやっていきたい。

ヒプノセラピストとして

テーマ:

そうは言っても

久々に、最近は胸を張ってヒプノセラピストもやってますと言える。

(言えそう。実際は、誰に言ってるというわけでもない。)


催眠術もできる。

できると誰かに言ったわけではないけど。


レイキもティーチャーだ。

誰かにアチューンメントを施す気はないけど。


あとは省略。


でも、いろいろやってみるとわかる。わかった気がする。

少なくとも、自分の中では結論が出る。


何か一つ、スペシャリストになれば、ほぼすべて応用可能だ。



突飛だけれども、とても歌をうまく歌えるということでさえ、

人の心をいやすことができるかもしれないし、

楽しませるということを知っているのかもしれない。


なるほど。


僕はどうだ!?

そうだ、あれに関しては、なかなかのスペシャリストだと思う。


だからこそ、他のことも一流にこなしてみせる。

それは、やるならやろうと宣言したときに発動するんじゃないか。


だから、

胸を張ってヒプノセラピストもやってますと言える。

まじめにシータした

テーマ:
そして、その後の掘り下げは・・・




1.いろんなものに目移りしがちである。


  掘り下げた結果、「他人の言うことにできる限り従わねばならない」
  という契約が入っていました。
  「他人の意見を必要以上に気にかけず、自分の選択で安全に進むことができる」
  という思考に置き換えることにしました。


2.不要なはずの腕時計がほしくて仕方ない。


  5段階掘り下げで、小休止。またも孤独感に到達。
  歪曲され、名詞化が起こっています。ここを解き放たねば。
  
  → ちなみに腕時計は、どうやら要ったらしい。買ってしまいました。




とりあえず、ここまで。
昨夜は、メタモデルを意識して、あるテーマを掘り下げた結果、
孤独感にたどり着き、そこから、その感情を特定させようとして睡魔に襲われました。


しばらくは、この土台探しに取り組んでみようと思います。