2012年02月15日
私は男であるべき?! (美に関するワーク)
テーマ:シータヒーリング日記
今朝ふと、ホームページやブログに、自分の顔写真をほぼ毎日のようにたくさんアップしている同業者(昔の事なのでヒーラーやセラピストではありません)について、嫌悪感を覚えていたことを思い出しました。
上目遣いの、自分がかわいく見える角度を徹底的に研究した数々の写真は、どれも似たようなものばかり。
ホワイトバランスを調整していたり、少しぼかしたりして、実物よりもよく見せている写真が日々アップされるのを見るにつけ、どこか軽蔑的な思いを抱いていました。
「大してかわいいわけでもないのに、自分の事かわいいって思ってんのかな?」
「自分大好きやなー(失笑)」
「この写真を見て喜ぶ人がどれだけいると思ってんだろう? 勘違いって恥ずかしいわ~」
そんな感じです。
それがバリバリの美女であっても、おそらく
「たまたまキレイに生まれついたのを鼻にかけて・・・ばかっぽーい」
そんな風に評価したんじゃないかと思います。
例えばこの人たちが「私と違ってあなたはブサイクね」と私に言ってきたり、会っている時に鏡ばかりを気にしていて会話があまり成り立っていない状態だったりするならば、嫌悪感を抱くのも仕方ないかなと思います。
が、彼女たちはただ自分の写真をとって、公開しているだけ。
そこに「私、かわいいでしょ~」「私きれいでしょ~」「私を見て~」というエネルギーがあったとしても、迷惑がかかってるわけじゃなし、それを喜ぶ人もいるのだろうし、どうしてあんなに嫌悪感を抱いたのかしら・・・??
無意識にはまだ残っているかもと思い、第七層にアクセスして聴いてみたら・・・
「私は自分の美をアピールする人が大嫌いだ」という信念を指摘されました。 あは。
実は2010年のアイダホでもせっかくヴァイアナにダウンロードしてもらったのに、ものの見事に「美」に関するもののみ、はじき返していて受け取れなかったんです。
ちょっとずつワークしていこうと思ったのですが、1年以上たってなお、根強く「美」ブロックがあるのですね。
実はこれ、ワールドリレーションズにも関連する信念です。
遺伝的・歴史的レベルで強く受け継いできた「偏見」だから。
「~という人(民族・文化など)が嫌い」というパターンははずしておくと、DNA3もより楽しめるようになりますので、ワールド未受講のままDNA3を計画されている方は、「~という人(民族・文化)が嫌い」系の信念を見つける度にクリアされるといいですよ!
さて、早速ワーク。
「最高最善に変えなさい」とコマンドすると・・・
ある記憶がバラバラ~と再生されました。 第六層の時間の法則内、原因と結果の法則を使用してどうしてこうなったかが示された感じです。
先祖のものなのか? と思うようなふるーい記憶も出てきましたし、この人生において周囲の人々から言われてきたこともたくさん出てきました。
「お母さんに似たらよかったのにね」
「この子、残念ながらパパに似てしまったのよねぇ~」
「鼻が上を向いている」
「口が大きいから」
「え、女の子なの? 男かと思った!」
何の気なしにかけられた大人からの外見への評価の言葉。
小学校でも「ブス」とか「ゴリラ」ってニックネームがつけられていたこと。
それが、中学生~高校生になったあたりから「女の子って変わるよねー」と言われはじめ、特に高校生になってからは他校の生徒からも告白されるなどなど、モテモテの時期がやってきたこと。
「かわいいからって調子にのんな」と、他校の女子に囲まれたこと。 でもそれは私にとっては武勇伝でめっちゃうれしかったこと。
(かわいい?! 私、女子からもかわいく見えんの?!)
それがうれしくて、写真嫌いが一点。 「私って、かわいいんだー!」と写真をとりまくるようになったこと。
そのどれもが、上目遣いの似たような角度で残っていること。 それを見た友達に「ぶりっこ?!」とつっこまれて恥ずかしくなったこと。
「本当の美人って、どんな写真もきれいなんだけどね(あなたは違うよね)」という評価を下されたこと。
その後、音楽業界や放送業界に入り、美しき人々に囲まれて仕事をするようになった20代。
「ラジオDJも顔が大事。君は・・・声はいいけど見た目は残念だな」と、ルックスについて頻繁に否定されたこと。 傷つくことから自分を守るために「ルックスが残念な○○でーす♪」とそれをウリにしちゃった自分。
美しいルックスをもっていはいても、仕事があまりできないと、女性スタッフからはすごく厳しくされている同僚を見てきたこと。
こういったことから、
私は女性を捨てた方がうまくいく
という信念が形成されていました!!!!
自然であることを否定してるやないか・・・・。
捨てたつもりでも捨てられません。 そりゃ、ひずみが生まれますよね。
ということで、これを新しい信念に置き換えます。
新しい信念は
「私は女性であることを100%享受し、幸せに生きることが可能です」
いくつかダウンロードも追加してもらい、完了!
すっごくおしゃれしたい気持ちになってきました。
どうせ、ほとんど誰にも会わないんだし、とノーメイクででかけてきた妊婦健診も、近所のスーパーもきれいにして行きたい気持ちになってきました。
メイク直しする女性をどこか冷めた目で見ていたけれど、あれはあれで身だしなみを整える素敵な行為じゃん!とという気持ちがわいていました。
キレイな色のリップクリームが欲しい・・・。
その上で、ノーメイクででかける自分も愛おしく思えました。
私、自由でいいんだ。
男っぽくも、女っぽくも、無理に作ることはないんだ。 やりたければ、やればいいんだ!!!!
このあと、ちょっと面白いワークのアイディアも浮かんできました。
それはまたの機会にシェア致しますね。
上目遣いの、自分がかわいく見える角度を徹底的に研究した数々の写真は、どれも似たようなものばかり。
ホワイトバランスを調整していたり、少しぼかしたりして、実物よりもよく見せている写真が日々アップされるのを見るにつけ、どこか軽蔑的な思いを抱いていました。
「大してかわいいわけでもないのに、自分の事かわいいって思ってんのかな?」
「自分大好きやなー(失笑)」
「この写真を見て喜ぶ人がどれだけいると思ってんだろう? 勘違いって恥ずかしいわ~」
そんな感じです。
それがバリバリの美女であっても、おそらく
「たまたまキレイに生まれついたのを鼻にかけて・・・ばかっぽーい」
そんな風に評価したんじゃないかと思います。
例えばこの人たちが「私と違ってあなたはブサイクね」と私に言ってきたり、会っている時に鏡ばかりを気にしていて会話があまり成り立っていない状態だったりするならば、嫌悪感を抱くのも仕方ないかなと思います。
が、彼女たちはただ自分の写真をとって、公開しているだけ。
そこに「私、かわいいでしょ~」「私きれいでしょ~」「私を見て~」というエネルギーがあったとしても、迷惑がかかってるわけじゃなし、それを喜ぶ人もいるのだろうし、どうしてあんなに嫌悪感を抱いたのかしら・・・??
無意識にはまだ残っているかもと思い、第七層にアクセスして聴いてみたら・・・
「私は自分の美をアピールする人が大嫌いだ」という信念を指摘されました。 あは。
実は2010年のアイダホでもせっかくヴァイアナにダウンロードしてもらったのに、ものの見事に「美」に関するもののみ、はじき返していて受け取れなかったんです。
ちょっとずつワークしていこうと思ったのですが、1年以上たってなお、根強く「美」ブロックがあるのですね。
実はこれ、ワールドリレーションズにも関連する信念です。
遺伝的・歴史的レベルで強く受け継いできた「偏見」だから。
「~という人(民族・文化など)が嫌い」というパターンははずしておくと、DNA3もより楽しめるようになりますので、ワールド未受講のままDNA3を計画されている方は、「~という人(民族・文化)が嫌い」系の信念を見つける度にクリアされるといいですよ!
さて、早速ワーク。
「最高最善に変えなさい」とコマンドすると・・・
ある記憶がバラバラ~と再生されました。 第六層の時間の法則内、原因と結果の法則を使用してどうしてこうなったかが示された感じです。
先祖のものなのか? と思うようなふるーい記憶も出てきましたし、この人生において周囲の人々から言われてきたこともたくさん出てきました。
「お母さんに似たらよかったのにね」
「この子、残念ながらパパに似てしまったのよねぇ~」
「鼻が上を向いている」
「口が大きいから」
「え、女の子なの? 男かと思った!」
何の気なしにかけられた大人からの外見への評価の言葉。
小学校でも「ブス」とか「ゴリラ」ってニックネームがつけられていたこと。
それが、中学生~高校生になったあたりから「女の子って変わるよねー」と言われはじめ、特に高校生になってからは他校の生徒からも告白されるなどなど、モテモテの時期がやってきたこと。
「かわいいからって調子にのんな」と、他校の女子に囲まれたこと。 でもそれは私にとっては武勇伝でめっちゃうれしかったこと。
(かわいい?! 私、女子からもかわいく見えんの?!)
それがうれしくて、写真嫌いが一点。 「私って、かわいいんだー!」と写真をとりまくるようになったこと。
そのどれもが、上目遣いの似たような角度で残っていること。 それを見た友達に「ぶりっこ?!」とつっこまれて恥ずかしくなったこと。
「本当の美人って、どんな写真もきれいなんだけどね(あなたは違うよね)」という評価を下されたこと。
その後、音楽業界や放送業界に入り、美しき人々に囲まれて仕事をするようになった20代。
「ラジオDJも顔が大事。君は・・・声はいいけど見た目は残念だな」と、ルックスについて頻繁に否定されたこと。 傷つくことから自分を守るために「ルックスが残念な○○でーす♪」とそれをウリにしちゃった自分。
美しいルックスをもっていはいても、仕事があまりできないと、女性スタッフからはすごく厳しくされている同僚を見てきたこと。
こういったことから、
私は女性を捨てた方がうまくいく
という信念が形成されていました!!!!
自然であることを否定してるやないか・・・・。
捨てたつもりでも捨てられません。 そりゃ、ひずみが生まれますよね。
ということで、これを新しい信念に置き換えます。
新しい信念は
「私は女性であることを100%享受し、幸せに生きることが可能です」
いくつかダウンロードも追加してもらい、完了!
すっごくおしゃれしたい気持ちになってきました。
どうせ、ほとんど誰にも会わないんだし、とノーメイクででかけてきた妊婦健診も、近所のスーパーもきれいにして行きたい気持ちになってきました。
メイク直しする女性をどこか冷めた目で見ていたけれど、あれはあれで身だしなみを整える素敵な行為じゃん!とという気持ちがわいていました。
キレイな色のリップクリームが欲しい・・・。
その上で、ノーメイクででかける自分も愛おしく思えました。
私、自由でいいんだ。
男っぽくも、女っぽくも、無理に作ることはないんだ。 やりたければ、やればいいんだ!!!!
このあと、ちょっと面白いワークのアイディアも浮かんできました。
それはまたの機会にシェア致しますね。






