知覚する世界 ver 3.0

瞑想で知覚した今を生きる世界の話です。


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奥を見ること。

 

 

誰か、嫌いな人が一人いるとしよう。

 

そいつのことをナゼ嫌うのか?

 

その嫌いという感情はどこから来るのかという、自分の感情の奥を見るのだ。

 

見ようとするのだ。

 

その感情が湧いて来るのは理由があるのに、

 

みんながみんな、それを見てみないふりをしているのだ。

 

だから、人生がつらい、悲しい、お先真っ暗なのだ。

 

自分の人生をダメにするのは、常に自分だ。

 

知ってか知らぬかは別なのだが、

 

無意識にでも自分の中に眠っているのだ。

 

 

 

自分の感情が湧いて来る根源を見ようとしない。

 

相手が怒るという感情を抱くのはナゼか見ようとしない。

 

なぜ、そこまで表面上の、目に見えることしか見ないのか。

 

それが誤った人間関係、愛のない人間関係を築く基なのだ。

 

 

・自分はなぜ、あいつを嫌いだと感じるのか?

 

それは、自分にもそういうところがあるんだなぁ、とか過去にもそういう人に人生を狂わされたなぁとか、思うだろう。

 

色々考えて見ても、原因は過去や未来という空想の産物でしかないのだ。

 

過去なんて、いつまで持ち続けても、いつまでたっても過去に生きているだけで、今の自分の人生を生きれないじゃないか。

 

 

未来がどうなるか不安で、それから来る行動なら、起きもしない未来に生きて、今を生きることから逃げるのは、今を楽しめていなじゃないか。

 

だから、人生がつらいと感じるのだ。

 

過去にもこのブログのコメント欄にブログ記事に対する怒りのメッセージなどを書き込む方もおられましたが、自分の怒りを他人にぶつけている暇があったら、その奥を見ることが数倍人生を楽しくさせられるのだ。

 

 

あの人は、全然仕事しないから、一緒に働いているこっちが被害被る!

 

と、思って怒っているだけ無駄なのだ。そんなことにエネルギーを使う暇があったら、自分の仕事をしっかりこなし、その怒りの根源を見ようとした方がエネルギーの使い道にはあっているのだ。

 

嫌いなあの人も、何も嫌われたくて、そんな行動をしているのではない。

 

人に嫌われたい人などいないのだ。そう言っている人がいたとしても、それは本音の本音ではないのだ。

 

その嫌っている人も、苦しんでいるのだ。

 

仕事が嫌いなのかもしれないし、人と話すのが本当は苦手なのかもしれない。

 

長時間立っているのもしんどい病気なのかもしれない。

 

一緒に働くのが嫌な人がいて、仕事するのが億劫なのかもしれない。

 

 

仕事が嫌いだから、サボる。

 

それは、その人が望んでいるのか?

 

俺は、サボるために生まれてきたんだ!と心から胸を張っていう人はいないだろう。

 

仕事が嫌いだから、サボるのだ。

 

嫌いな仕事をせざるを得ない人生を歩んでいる。

 

その仕事から、本当に逃避したいのなら、仕事に来なければ良い。

 

しかし、来なければならない事情があるのだ。

 

それがどんな事情かわからない。

 

しかし、思い当たる節は多々あるだろう。

 

 

苦しんでいるのは、

 

私だけじゃない。

 

あなただけじゃない。

 

私が嫌いなあの人も、

 

あなたが嫌いなあの人も、

 

私やあなたのように、同じように苦しい中でなんとか光を見出して生きているのだ。

 

 

その人が、嫌いかもしれないが、どうか奥を見てあげようではないか。

 

その人が、その仕事を嫌いなら、嫌いで良い。

 

 

 

彼には、そういう弱さがある。事情は知らないが、そういう弱さがあるのだ。

 

誰にだって、弱さはある、障害はある、不自由はある。

 

足や手が不自由ではないにしても、心が不自由なことだってよくあるのだ。

 

誰もが、何かに苦しめられながら必死に頑張って生きている、何かを探しているのだ。

 

 

あの子には、そういう弱さがある。

 

しかし、それをバカにしたり、ネタにすることすらナンセンス。

 

自分にだって弱さはあるでしょう?

 

あたなの弱さを人にバカにされたら、嫌でしょう?

 

両親に暴力を振るわれながら、何十年も生きてきたら、そりゃそういう性格になるよ。

 

大切な人に裏切り続けられたら、そりゃそういう偏屈な性格になるよ。

 

そいつには、そういう弱さがある。けど、本当はいいやつだしよろしく頼むよ、という具合である。

 

なんでもかんでも受け入れる。とは、「良い言葉」とされているが、その言葉の奥の意味を知らなきゃ、何にもならないのだ。むしろ逆効果なのだ。自分が辛くなってしまう。

 

日々の、感情観察、そしてその奥を見ること。人をよく見ること。愛と慈悲の心を少しだけ持って見ること。

 

たまに仕事が嫌いでサボるけど、サボることを一方的にバカにしたり責めたりしたら、もっとサボりたくならない?

 

自分が怒号を浴びせる前に、相手が奥に何を持っているか、これを言ったらどうなるのか、ある程度考えながら、行動すること。

 

 

これが、愛のある人間関係、未来の希望。

 

奥を見ること。

 

 

 

 

 

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