2月12日

よく行く定番の場所。。。興福寺を散策(≧∇≦)b

藤原氏の氏寺である興福寺はもとは飛鳥にあったが
和銅3年(710年) 藤原鎌足の子、不比等(ふひと)が都を見下ろす一等地に創建
現在の地に移ってきたとされている。

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早速 案内図下の猿沢池で腰を掛ける・・・ヾ(・ω・o)オイオイ

天気も良いし 和む~♡

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猿沢池から 
南円堂 に上がる石段の途中左手 やや奥まった場所に 三重塔」が拝見できる。。。

康次2年(1143年)の創建といわれているが 治承4年(1180年)の大火で焼失
その後、鎌倉時代初期に再建されたと考えられている。

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あまり目立った場所でないためか 訪れる人が少ないかも・・・
もっと多くの人々に塔の優美な姿を鑑賞してもらいたいなぁ(*´-`*)


三重塔から北へ進むと「北円堂」がある

養老5年(721年)に 元正天皇によって創建されたといわれ
現存の建物は承元2年(1208年)に再建されたもので興福寺現存中の建造物として最古のものとされている。

境内の見晴らしの良い場所に建っていて平城京を一望できるように建てられているそうで
八角円堂の中では最も美しいと言われているみたいです(*´ェ`*)

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現在、堂の周囲が工事中のため、柵越しに見るしか有りません。。。
(写真を撮りそこねたので2013年夏の写真使用)






日本で最も大きい八角円堂といわれる 南円堂」 

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弘仁4年(813年) 
藤原冬嗣が父、内麻呂の供養と一族の繁栄を願い建立したといわれている。
興福寺は何回もの火災に遭っていて
特に治承4年(1180年) 平重衡による兵火では 南円堂の本尊も焼失したという

また、享保2年(1717年)の大火直後は復興する力もなく建物不在であったが
寛政9年(1797年)に再建されたといわれており これが現存の南円堂であるとされている


南円堂の正面には 弘仁7年(816年)に「金銅灯籠」が立てられたといわれており
現在、「金銅灯籠」はこの場所にはなく興福寺の国宝館に保存展示されている。。。

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御詠歌
春の日は南円堂にかがやきて三笠の山に晴るるうす雲




南円堂から 三笠の山の方角に行ってみましょう(*´∇`*)



☆興福寺 【2】☆へ つづく






     
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