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2016年08月23日(火)

リオ五輪閉幕/吉田沙保里よ堂々胸を張れ!/ わが心のキックボクサー⑫協同ジム/他

テーマ:ブログ

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[随感]リオ五輪閉幕
 ~困難に立ち向かったリオ組織委員会~
 ~開催も危ぶまれた~
[五輪]400㍍リレーは世紀のアップセットだ
 ~日本式改善がもたらした銀メダル~
[五輪]吉田沙保里よ、堂々胸を張れ!
 ~吉田、汝を貶める事なかれ~
 ~後進の指導をする使命~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑫協同ジム
 ~鉄腕・錦を擁してTBSに迫った~
 ~多彩な選手でリングを飾った~

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随感]リオ五輪閉幕

 
困難に立ち向かったリオ組織委員会

 

遠足の日を待ちわびる少年の心と似て、いざその日が来てしまうと、あっけなく過ぎてしまう。リオ五輪も、矢のように過ぎた17日間だった。
日本にとっては実りのあるオリンピックだった。史上最多41個のメダル総数はいうまでもないが、日本では日陰の花のようなカヌーと競歩でともに銅メダル、バトミントン女子ダブルスでは、金メダルと目を見張らせた。今後これらは競技人口が増えるだろう。4年後に力強い味方だ。


五輪旗の引き渡し式では、雨の中、バッハIOC会長から小池東京知事に五輪旗が渡され、大きく軽やかに5度6度と振った。4年後2020年、東京五輪は待ったなしだ。消去法でいけば都知事は、小池百合子女史で正解だったかな。雨の中、和服姿が凛としていた。見栄えがした。
 

 
開催も危ぶまれた

 
リオ五輪は、デモや競技施設の遅れ、はたまた大会直前にはルセフ大統領の弾劾裁判など次々に問題が噴出、大会の開催も危ぶまれた。  

 

選手村宿舎に一部不具合があったり、プールの水が緑色になったり多少はトラブルがあったが、私が心配したようなテロや突貫工事での競技場の建物が崩れる、といったこともなく大会が終了した。目出度し。  

 

ブラジル五輪組織委員会は見事困難に挑戦して、立派に成し遂げた。競技は、時間に正確で「時間にルーズなブラジル人」を想像していた外国関係者を驚かせたという報道もある。ブラジル観が変わった?  

 

巨大イベントを成功させたことで、ブラジル国民は有形無形の誇りと自信を持ったことだろう。サッカーが国技みたいな国だから、自国開催でブラジル代表が金メダルだったのはご同慶の至り。  

 

PK戦になり、最後ネイマールがキッチリ決めたときは、我事の如く胸を撫で下ろした。さあ、次は東京だぜ、用意はいいか。
 

 
[五輪]400㍍リレーは世紀のアップセットだ


日本式改善がもたらした銀メダル

 

日本のメダルラッシュに沸いリオ五輪だけれども、私の一番印象に残るにはやはり、男子400㍍リレー決勝だったね。  

 

日本も驚いたが、外国人からしても、信じられない出来事だったと思う。小国が大国を下したと世界を驚愕させた日露戦争みたいなもので、世紀のアップセット(番狂わせ)だよ、あれは。  

 

ノーマークの日本選手が、アメリカを抜き去って、突然2位に躍り出たのだから、それは吃驚だ。100年経ても勝てないと思っていた相手を抑え、あの最速の男ボルトに食い下がったケンブリッジの走りには、鳥肌が立った。  

 

報道などによれば、予選を全体の2位、37秒68で通過したが、この数字ではメダルに届かない、と選手たちは判断、バトンパスの位置を微調整したという。この結果2秒97短縮、バトンパスの技術で銀を手にした。何とも日本人らしい、緻密な作戦だ。  

 

なにやら、トヨタのコストダウン「改善」を思わせる。絶えず「改善」。小国が大国に勝つために、我々の先達は、戦争であれ、経済であれ散々腐心してきた。リオの400㍍リレーは、日本人の改善の叡智がもたらした銀メダルではないのか。
 

 
[五輪]吉田沙保里よ、堂々胸を張れ!

吉田、汝を貶める事なかれ

 

レスリングの吉田沙保里は、決勝で負け4連覇を逃した。「取り返しのつかないことをした」と号泣、何とも痛々しかった。記録は破られるためにある。吉田よ、汝を貶(おとし)める事なかれ。汝は16年間女子レスリングを牽引してきた。その功績は燦然だ。堂々胸を張れ!

 

人は衰えるものだ。秋山政司さん(日本ライト級19度防衛=報知新聞記者、故人)が私にこんなことを漏らした。「ボクサーというものは、いつでも自分が一番良いときのことしか頭にないんだよ。あと1㌢、避けていれば奴のパンチを喰わなかった、と悔やむんだ。それが分っていても、出来なくなるのが衰えというやつなんだが。」
 

 
後進の指導をする使命

 

ヘレン・マルーリス(米)との53㌔級決勝戦。見ていて、どうも吉田の動きが緩慢で、いつもの切れがない。先手先手と攻められて、切り返しの反撃がない。 なるほど、秋山さんが言ってたのは、これなんだ。脳が指令を出しても、身体が素早く作動しない、これこそが吉田の衰えなのだ、と感じていたら、ずるずると敗戦の道を辿った。  

 

盛者必衰。吉田沙保里も33才、4年後を狙うには些か体力的にも限界だ。引退して更新の指導に当たって貰いたい。  

 

女子レスリングの五輪種目を見据え、世界に先駆けて選手育成に取り組んだアドバンテージも、そろそろ効力がなくなり、外国勢の進出、活躍も顕著だ。吉田には女子レスリング王国を死守する使命がある。

 


【特別連載】わが心のキックボクサー⑫協同ジム

鉄腕・錦を擁してTBSに迫った

 

68年(S42年)、日本テレビがTBSに負けじとキックボクシングの放映に踏み切った69年1月の約1年前に協同ジム創設された。協同プロモーションが興行を仕切った。  

 

ジムは水道橋の後楽園近くの旧田辺ボクシングジムが居抜で使用できた。経営の親会社は、主に外人タレント&ミュージシャンを招聘する業界最王手キョードー東京(嵐田三郎社長)。  

 

先行する野口-TBSラインに、協同-NTVはガチで勝負を挑んだから東京12チャンネル(現テレ東)、NET(現テレ朝)も色めき立って、間もなく参戦に踏み切った。キックボクシング戦国時代の夜明けだ。  

 

68年9月(後楽園ホール)が旗揚げ興行で、メーンは嵐五郎(現在、極真館の盧山初男館長)で、タイのクンスック・カチャーピチットと対戦した。嵐は同局の命運をになったが、ほどなくキック界から姿を消した。  

 

興行本部長が元大山道場(後の極真空手)出の神村栄一氏だったから、この人脈でその後も岩見二郎や曽我康行、大沢昇(12CHがキックを放映さてると、黒崎師範の関係で移籍)など、大山道場勢が加わった。

 


多彩な選手でリングを飾った

 

キックボクシングには、蹴り技をもった実戦空手が最も相応しく、即戦力となれると踏んだのである。69年1月に同局の放映がスタートすると、潤沢な予算に物を言わせて、3度のラジャダムナン遠征を敢行するなど、次第に耳目を集めた。  

 

中でも「電光回し蹴り」「鉄腕」のセンセーショナルな呼び名で、破天荒なファイトをみせた、錦利弘(協同)は、TBSの看板選手沢村忠の向うを張って人気を集めた。  

 

個性豊かな選手も集った。TBSにはない華やかさで次第にリングを飾るようになっていった。千葉元、椎奈孝、近藤一、船田真治、福島三四郎、風間健、異色の外人選手レイモンド・エドラーもいた。コロンビア大学出のインテリだった。  

 

この顔ぶれに、杉並ジムの江口和明、鶴田幸成に中京ジム片山源太、山田ジムフライング・ジャガー、増沢潔らが拮抗した。  

 

私はNTVキックを取材するのが楽しかった。協同ジムのトレーナーはダド・マリノ(比国)のマネージャー、サム一ノ瀬を兄に持つレジ一ノ瀬だった。大らかな人で、日本語が苦手な日系ハワイ人は、まだフリーの駆け出しライターを丁重にもてなしてくれた。  

 

71年6月、全日本キックボクシング・コミッション(石原慎太郎コミッショナー)は設立され、NTV×12CH系の統一王者を決めるトーナメントが始まった。この戦いで猛威を振るったのは、12CH系藤原敏男が所属目白ジムの猛威に、次々に協同の人気選手が陥落して行った。  

 

最大注目の錦利弘も、ウェルター級予選で同系列の増沢によもやのKO敗、同年11月の決定戦でも敗れてNTVは看板選手を失った。それでも同局は76年1月まで放映をつづけた。放映が中止されると、協同ジムも閉鎖されたが、実況は、あの若き日の徳光和夫アナがいた。いまや司会の巨人!  

 

私は69年から本格的なキックボクシングの取材に励み、これにのめり込んだ。キックを通して、ボクシング、プロレスと格闘技全般に興味を持った。その延長線上に、ゴング(日本スポーツ出版社)に仕事を得た。第二の青春遥かなり。

 

 

大雨の後に青空あり

 
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2016年08月15日(月)

美しい柔道・大野将平が見せた武道の心/ ボクシングも4年に1度統一戦を/【特別連載】⑪城東ジム

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[随感]美しい柔道  ~大野将平が見せた武道の心~
 ~トレセン効果が出た~
[五輪]重圧に負けなくなった日本選手
 ~世界に1つだけのメダル~
[王座]F原田が二階級を制した時代
 ~ボクシングも4年に1度統一戦を~
[南進]中国の海洋侵略
 ~日本の覚悟を見せる時だ~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑪城東ジム
 ~下町の太陽・玉城良光を生む~
 ~不倒王の異名~
 ~膝蹴りで内臓破裂~

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[随感]美しい柔道

大野将平が見せた武道の心
「礼に始まり、礼に終わる」は武道の心得だが、柔道級73kg級金メダリストの大野将平はまさしくそれを実践してくれた。

勝者大野の敗者オルジョフを敬う態度に、すがすがしいものを感じた。勝ち誇るでもなく、淡々とした姿は、あの東京五輪で神永を下したヘーシンクを思い起こさせた。

彼の目指すのは「美しい柔道」、これぞ武道の神髄。只、勝てばよいという外国勢の荒っぽい試合を見るにつけ、これは日本古来の柔道じゃないと感じていた私は、彼の言葉に我が意を得たりだ。

かつて黒崎健時会長がいった。「武道の精神が残るのは剣道だけだ。勝っても、粛々とお辞儀して別れる。いまやブドウ(武道)は山梨にあるだけだよ。」ジョークを交えて語った。会長が孫に剣道を習わせたことはいうまでもない。


トレセン効果が出た
それにしても五輪も折り返しの8日目(14日現在)金7、銀3、銅14個計24の数字は予想外の上出来、やはりトレセン効果が大きい、と私は推察するのだが。

平成20年1月に都内赤羽に開所した「味の素ナショナルトレーニングセンター」(以下トレセン) の存在だ。これにより「競技者が同一拠点において集中的・継続的に強化活動が可能」(トレセンについて、より)となり五輪強化選手は、設備が整った施設で練習に没頭できる。

8年を経てその効果のほどが顕著に表れたといえる。何もしなければ、何も生まれない。投資せよ、さらば与えられん!国家プロジェクトとして、取り組んだ成果だ。4年後の東京五輪は、ジュニアクラスが見事に花開くであろう。


[五輪]重圧に負けなくなった日本選手

世界に1つだけのメダル
ここ一番のプレッシャーに弱いとの定評があった日本選手が、リオではまるで別人種のように逞しかった。その最たる例は、体操個人総合の内村航平、奇跡の大逆転で金をもぎ取った。

水泳の平泳ぎ200mの金メダル、金藤理絵は優勝候補のプレッシャーを背負っても、跳ね返して見事大願成就。コーチは言った「人間が変わった」と。やる気を起こさせたコーチが偉い。

ロンドン大会では惨敗した柔道は、男子は全階級がメダルに絡む躍進だ。金3個、井上康生監督面目躍如、選手は指揮官によって変わる。会社も経営者で変わる。ダメな会社は、経営者を変えてみな。

戦争がその最たるものだ。旅順攻略、指揮官を変えたら活路を開いた。「一頭の羊に率いられた百頭のライオンは、一頭のライオンに率いられた百頭の羊の群れに敗けれるものである。」 けだし名言だ。但し重いクラスでの「柔よく剛を制す」の柔道を東京五輪では見たい。100㎏超級リネール(仏)あれは、立っているだけで金メダルを獲った、原沢久喜選手も犠牲者だ。ああいう男をぶん投げるのだ。真の柔道王国到来は、それから。

世界に1つだけのメダルに、嗚咽する勝者は美しい。女性であれ男性であれ。顧みてボクシング、WBA、WBC、IBF、WBOと4団体のチャンピオンが「我こそ世界一」叫ぶ虚しさ。面倒だから4年に1度、真の世界一を決める戦いを敢行してはどうか。


[王座]F原田が二階級を制した時代

ボクシングも4年に1度統一戦を
ファイテング原田さんが活躍した頃は、ボクシングも一団体で文字通り世界で一人だけの世界王者だった。重みが違う。

階級は8階級しかなく(現在17階級)、そこで原田は、フライとバンタム二階級を制した(1960年代)。バンタム王者は”黄金のバンタム”と謳われるエデル・ジョフレ(ブラジル)。この相手に勝った。

ジョフレは生涯2度しか負けていない。その二敗が原田に敗れたものだ。原田に敗けれてその後3年間休養して、再起。何と引退するまで25連勝した。

驚くべきはWBCフェザー級をホセ・レグラから奪取して1回防衛したこと。生涯戦績72勝50KO2敗4分け。こんな伝説の男に勝った原田も凄い。ボクシングが五輪のように輝いていた時代だ。


[南進]中国の海洋侵略

日本の覚悟を見せる時だ
中国の南進は止まることを知らない。南沙(スプラトリー)諸島の浅瀬は見る間に埋め立て、既に軍事拠点化している。7月に常設仲裁裁裁判所で、南シナ海での一連の行為は、違法と断定されたにもかかわらずだ。蛙の面に小便とはこのことだ。

当然東シナ海の尖閣諸島もその視野に入る。6日には接続水域(領海の外側)に中国海警船舶6隻、その周辺には230隻の漁船が群れになって航行、尖閣諸島は中国の島ぞとデモンストレーションだ。領海侵犯は日常茶飯事、それでも日本は「穏便」にと、ひたすら「忍」の姿勢。

これを好いことに中国は増長して、我が物顔だ。気が付いた時には、尖閣諸島に漁民が上陸して五星紅旗を掲げているかも知れない。「実効支配」の先兵だ。もうそろそろ日本政府も、好い子、ぶりっ子をやめ「日本の覚悟」の程を見せる必要があるのではないか。

ボーイスカウトの万国共通の標語にこんな言葉がある。「常に備えよ」


【特別連載】わが心のキックボクサー⑪城東ジム

下町の太陽・玉城良光を生む
ジムは下町は葛飾区金町にあった。私(舟木)は、昭和46年、全日本の統一王座決定戦を前にした城東ジムを訪ねている。

城東ジムは町工場が密集した一角に自宅兼ジムがあり、折しも玉城選手が黙々とサンドバックを叩いていた。薄暗いジムに玉城選手の唸り声が木霊していたのが印象に残る。決戦を直前にした玉城選手の出来具合を取材した。

会長の鈴木実さんは、日本拳法空手道山田辰雄門下、スパルタ特訓で鳴る人だった。不倒王・玉城選手は昼は鉄工所で働き仕事が終えると練習に励んだ。元々は柔道を習っていた。沖縄佃江村出身。ウチナンチューは泣き言をいわない。

不倒王の異名
負けず嫌いだったことが持ち前の闘志に火をつけた。ライト級初代王座を争ったのが後にラジャダムナン・ライト級王者となる藤原敏男選手。71年11月5日、玉城選手は必死に食い下がったが、小差判定負け。

続く72年6月21日に再度藤原選手の王座に挑んだが同じように判定で敗れた。その後藤原選手が王座を返上すると、リベンジは出来なくなってしまったが、玉城選手は2代目全日本ライト級王者として、あるいはWKA同王者として全日本の屋台骨を背負って行った。

玉城選手の凄さは驚異的なスタミナと恐れを知らぬ突進ファイトにあった。玉城と戦ったセンサク・ムンスリン(タイ)後年私に言った。「タマシロ、あれは化け物だよ、俺の膝蹴りやパンチをいくら食っても前進してくるんだから」結局玉城は壮絶なKO敗だったが、試合後が大変だった。


膝蹴りで内臓破裂
腹に受けたセンサクの膝げりで内臓を破裂していたが、我慢して戦っていた。で、試合後金町に帰る電車の中、御茶ノ水駅に差し掛かった時に、激痛が走った。たまらず悶絶、救急車で病院に運ばれた。緊急を要する重症だった。玉城の我慢・忍耐を語るエピソードとして今に伝わる。

72年12月の日本系との交流マッチでは、肘打ちの名手・飛馬拳二(横須賀中央)を4回KOに降し全「全日本に玉城あり」をアピールした。因みに飛馬は、4階級制覇者でポスト沢村の一番手、富山勝治(目黒)と3度戦って3度勝っている強豪だった。

引退後は綾瀬駅前にムエタイを見ながら飲食ができる、レストラン・シアター「タイ料理オーエンジャイ」を経営するなど実業家の側面も見せた。いまも健在、葛飾柴又で「オーエンジャイ&東京北星ジム」を主宰する。玉城良光、生涯戦績105戦76勝(63KO)16敗13引分け。

城東ジムには鹿児島出身、フライ級で活躍した松下浩がいたが、彼の「浩」は、その軽快な動きに惚れた俳優・川口浩が与えたもの。ミドル級王者になった安島貴志もいた。安島は城東ジムから渡辺ジムに移籍、長い選手生命を送った。

沖縄県出身のキックボクサーといえば、日本系の亀谷長保(目黒)が有名(全国ネットのTBSで知れ渡る)だが、玉城良光の功績も計り知れなく甲乙付けがたい。”不倒王”玉城の名は永遠だ。


連日の猛暑に露地栽培のトマトも熟成。

 

畑のヒマワリは強烈な太陽にも負けじ!




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2016年08月08日(月)

天皇のお気持ち表明、政府は早急に検討に入るべき/リオ五輪デリマさんは最も最終走者に相応しい/他

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[随感]天皇のお気持ち表明
 ~明快な「生前退位」~
[開幕]リオ五輪の素朴な演出に好感
 ~地球温暖化を世界に警告した!~
 ~東京もリオの開会式を見習え~
[競技]三宅宏実の銅メダルにはらはら
 ~48㎏級、金メダルはタイ人だ!~
[蝉]何故か鳴声が少なくなった
 ~大地に無数の蝉の穴~
 ~あの故郷の夏の日~
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[随感]天皇のお気持ち表明 
   
明快な「生前退位」 
 
「天皇のお気持ち表明」は、天皇陛下の率直な気持ちを国民に吐露された。「生前退位」を強くにじませたものと、私は受け止めた。陛下の揺るぎない意思として、政府は早急に検討に入るべきだろう。
 
欧州などでは、王位継承は簡単な声明文を読むだけで事足りるが、日本の場合天皇陛下は象徴であるが故に、憲法に抵触する恐れがあるから、それができない。隔靴掻痒(かっかそうよう)とはこのことだ。言いたくても言えない。
 
摂政も望まないというから、陛下の願いは明快である。御希望に沿った形になるのが国民の大多数の願いであろうと思う。憲法改正、皇室典範に絡む問題であろうが、是非、クリアして天皇陛下を楽な立場にして差し上げたいものである。 
 
     
[開幕]リオ五輪の素朴な演出に好感 
 
地球温暖化を世界に警告した! 

開幕の演出を手掛けたのは、ブラジル人映画監督フェルナンド・メイレレナさん。スラムの子供たちを扱った「シティ・オブ・ゴッド」で数々の賞を受けている著名な監督だそうである。
 
社会派たる所以(ゆえん)は開幕式典の随所に出ていた。入場行進を終えた選手たち筒の中に種を植えたら、それが木となり五輪のマークに変身した。自然と人類の共存だ。
 
地球の温度が何度上昇すると、世界は甚大な浸水に見舞われることも掲示した。兎角、華美な演出で、開催国の国の成り立ちを北京もロンドンも莫大な費用を費やしたが、リオは財政難の折、真に簡素なものだった。 
  
   
東京もリオの開会式を見習え 

最終聖火ランナーもてっきりサッカーのペレだと思ったら、アテネ大会(2004年)の男子マラソンで終盤までトップを独走しながら、沿道からとびだした男に襲われ銅メダルに終わった、あのバンデルレイ・デリマさんだった。
  
考えれば、最も相応しい人だ。地味な教科書を読むような経緯は過ぎて、最後は度肝を抜く演出が待っていた。聖火台への点灯は、煌くような太陽のオブジッェが現れた。貯めていた演出家のエネルギーが、ここぞと爆発した瞬間だ。それが聖火だ!
 
環境に配慮した小さい炎が燃え盛る。青い地球を照らす、それが太陽だ!心憎いまでの演出で、地球温暖化へのメッセージを送った。4年後、東京がモデルとするのは、まさしくリオの開会式演出、これだ。
 
華美を排して、明確な開催理念を発信すればそれで好い。それに見合う演出家は果たしているのか?私には見当たらないが。 
 
 
[競技]三宅宏実の銅メダルにはらはら 
   
48㎏級、金メダルはタイ人だ! 
 
女子ウェイトリフティング48㎏級は三宅宏実が、3位に入った。スナッチ(バーベルを一気に頭上まで持ち上げる)とジャーク(バーベルを胸のところで一旦止めてから頭上に持ち上げる)で共に、3回目の成功は、はらはらする奇跡に近い銅メダルだった。ロンドン銀メダルに続く快挙だ。
 
ぐいと持ち上げるときの表情を見て、踏ん張る瞬間、もしや目の玉が飛び出すのじゃないかと心配した。他人より重いものを持ち上げる、単純な運動だが、単純なものほど奥が深い。
 
48㎏で金メダルを獲得したのは、タイ国ソピタ・タナサンだった。タイ国は私の第二の故郷だから、応援したのは当然だ。ほとんど1回目でクリアして、余裕のある優勝だった。タイでは国中が熱狂していることだろう。
 
彼女のような女丈夫(じょじょうふ)がタイの国から生まれたことに驚きを隠しきれない。どういう環境で育ち、どんなトレーニングをしてきたのか、私は大いに興味がある。今度、タイの友人にとくと伺ってみよう。 
 
     
[蝉]何故か鳴声が少なくなった 
 
大地に無数の蝉の穴 

早朝太極拳を行う公園の隅の地べたには、蝉の這い出た穴が無数にある。例年より遥かに多い。だが鳴声はというと、そうでもない。
 
不審に思っていると、ヒヨドリが孵化して間もない、飛ぶのもまだおぼつかない蝉を地上で追い回す光景が見られた。
 
哀れ蝉よ、土中に7年、やっとこの世に出てみれば、ヒヨドリの餌食である。弱肉強食とはいえ何とも無常なものだ。(本格的に夏日になり、蝉の声も騒がしくなった。どうやら牡が少ないというのは杞憂であった、と後で判明)。 
 
  
あの故郷の夏の日 

ヒヨドリが生まれたての蝉の味を覚え、狩りをやるから、鳴く蝉も減少したというわけだ。いや他にも理由があるかもしれない。牡蝉の出生率が低下したとか。
 
夏はやはり降るように蝉の声が聞こえないと、夏らしくない。少年の頃、夏休み。氷の旗を靡かせアイスキャンデー売りのオジサンが自転車でやって来る。チリンチリン、オジサンは懸命に鐘を鳴らして、来訪を告げる。クマゼミの、あの夏の日。
 
入道雲とクマゼミの天を切り裂くような鳴き声。夕方になれば切なく木霊する蜩(ひぐらし)の声、懐かしい、故郷の夏風景!週末はお盆、久しく両親、兄弟の墓参りもしていない。故郷は遠くにありて、都会の青空を仰ぐ…。
 
 
※告知※
特別連載「わが心のキックボクサー」は今週はお休みです。次週から再開いたします。
 
 
渋谷区幡ヶ谷六号坂商店街の盆踊り風景。

 

 
都会のど真ん中、わが露地栽培で獲れたスイカ、キュウリ、ナス、トマト。 
 
  

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2016年08月02日(火)

大集結のキックレジェンドに感謝「第1回キックボクシング・デー」/ムエタイ・トヨタカップ/他

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[随感]都知事に小池百合子女史
 ~増田も鳥越候補も蹴散らされた~
 ~公約都政の透明化は~
[イベント]キックボクシング・デー始末記
 ~OB達が旧交を温めたひと時~
 ~瀬戸会長、竹山さん、ジョーさん~
[ムエタイ]トヨタがスポンサーの試合
 ~日本からタイへ生中継~
 ~ここでもレジェンドの藤原敏男さん~
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[随感]都知事に小池百合子女史 
   
増田も鳥越候補も蹴散らされた 
 
東京都知事に女性初の小池百合子氏が決まった。
自公の推薦を受けなかったことが、逆に幅広い支持を集めたのだろう。崖から飛び降りた!女が腹を括り勝負した!なりふり構わず、都庁に突進した悲壮感が、都民の心を揺さぶった。いつの世も民衆は半官びいき。
 
「都政の安定」を掲げる自公推薦増田寛也も、野党統一候補の鳥越俊太郎も、鎧袖一触蹴散らされた。増田は東京五輪の不透明な金の流れと膨らむ費用を自公推薦では改善出来ず、と鼻っから信用されなかった。岩手県知事クラスの器なのだ。
 
鳥越は76歳の高齢と健康不安、それに女性スキャンダルで、4年後の東京五輪まで持たないだろうと、都民は断定した。政策も具体性に乏しく力強いメッセージはなかった。結局評論家の域を出ず、名声だけでは選挙は勝てないことを証明した。
 
高須クニック院長などの「鳥越候補は認知症の疑い」なるダメ押しの言葉が、ネット上で駆け巡り、投票日が迫れば迫るほど悪材料が噴出、それを払拭できず。最後まで草莽の民の決起は得られず無残な敗北となった。野党統一の選挙戦略は子供だましのレベル。 
 
     
公約都政の透明化は 

私は小池百合子は嫌いな政治家、時の権力者に阿諛追従、すり寄って渡り歩き権力を手中にしてきた、その姿を思い出すだけでも、身の毛がよだつのだ。
 
小池新都知事が真っ先に知事の報酬半減を表明したが、それよりも莫大に膨れ上がった東京五輪の事業費にどれだけ大ナタを振るえるのかだ。
  
政治と金にメスを入れると、高々とアドバルーンを揚げて、都議会のドンU氏と東京五輪のドンM氏と、果たして真向勝負できるのか、けだし見ものだ。あなたに投票した290万都民がいることを忘れないで欲しい。
 
選挙のキャッチフレーズは「東京大改革」「都政の透明化」である。それを遂行することは当然のことだ。小池新都知は、事利権追及チームを立ち上げるらしいから、それは支援しなくてはならない。ぶれないで実行してもらいたいものだ。
 
これらを遣り切れば名実ともに歴史に残る名東京知事となろう。それが本当にできるのか、お手並み拝見。よもやスキャンダルで、途中交代などなきように。2度在ることは3度在るというからね。 
 
  
[イベント]キックボクシング・デー始末記 
 
OB達が旧交を温めたひと時 

7/30「第1回キックボクシング・デー」は盛大に無時終了致しました。参加(約60人)してくださった皆様に心より御礼申し上げます。
 
一つ陳謝しなければならいのは、入場式が出来なかったことです。紅白のカンカン帽も幹事用に揃え、準備万端でした。
 
錚々たるキックボクシングOB達の入場シーンを私もワクワクして、構想を立てたのですが、当日の行き違いがあり叶いませんでした。次回には是非お目にかけたいと存じます。失敗は最高の教師である。
 
今回ほど焦ったことがありませんでした。反省点です。初めの一歩の狂いが最後まで尾を引きましたが、怖い1歩の間違い。それを救ってくれたのは、竹下舞子さんの歌唱でした。お父さんが元キックボクサーという縁で、歌って頂きました。
 
美人で、伸びやかな歌声は心に沁み通るものでした。私の好きな平原綾香の歌うカンパネラを思わせる素晴らしいものでした。改めて御礼申し上げます。因みに公演が控えております。是非どうぞ!

★竹下舞子 バースデースペシャルライブ★ 
2016.8.10[Wed]@目黒BLUES ALLEY JAPAN
OPEN18:00、START19:30 
[ご予約専用TEL]03-5740-6041 
 
  
瀬戸会長、竹山さん、ジョーさん 

藤原敏男さんには今回も、松葉杖の不自由な身でサインやら写真に快く応じてくださいまして、本当に御礼の言葉もございません。60人近い参加者があったのは、紛れもない藤原さんの名声があればこそです。
 
初参加の元仙台青葉ジム瀬戸会長、岸浪さん、岩佐さん仙台から足をお運びくださいまして恐縮です。竹山晴友さん、土屋ジョーさん、颯爽とした姿を見せてくれました。
 
OBたちの健在な今を見ることは、無上な喜びで、同じリングで戦った仲間同士が旧交を温めるシーンは、心が休まる好い光景でした。これこそが私が求めていたもの、キックボクシング・デーの存在意義だ、と改めて得心した次第。
 
梅雨明けの入道雲と、ミンミン蝉のかしましい鳴き声に包まれた「第1回キックボクシング・デー」は男たちの熱い語らいで、盛大な中に幕を閉じました。また逢う日まで。皆さん、恙(つつが)なく! 
 
  
[ムエタイ]トヨタがスポンサーの試合 
 
日本からタイへ生中継 

29日、ディファ有明では、ムエタイオープン・トヨタカップが開催され、主催者ペチンデーボクシング・プロモーション、ビラット会長より招待を受けたので、家内と共に出かけた。一足先に藤原敏男さんがリングサイドに居た。
 
私を案内してくれたのは往年の名選手シリモンコン氏、10数年振りの再会だったがよく憶えていてくれた。しばしリングサイドで藤原さんを交え、通訳を中に挟み会話をすることができた。
 
シリモンコンと藤原さんは、76年3月8日バンコク・ラジャダムナン・スタジアムで戦い、僅差で藤原さんが負けた。いわば宿敵。好敵手同士、お互いを讃え合っていた。 
 
 
ここでもレジェンドの藤原敏男さん 

当日の試合はトヨタが全面的にスポンサードしており、タイ7Chで3時から6時まで3時間に亘生中継された。藤原さんは、外国人初のラジャダムナン・ライト級王者であると、司会者が紹介した。
 
驚いたことに彼の姿を見つけると駆け寄りタイ国大使高官や関係者、レフェリーまで「カップ、カップ、君を知っているよ」と誇らしげに声をかけて来た。藤原さんは、紛れもなくザ・レジェンドです!
 
結局トーナメントを勝ち上がり優勝したのはペットモラコット選手で、賞金30万バーツ(約100万)を手中にした。世界のトヨタがスポンサーのムエタイの試合、なんとも羨ましいものだった。
 
 
集合したレジェンド!
前列左より、サミー中村、瀬戸幸一、後列左より増沢潔、藤原敏男、竹下親子(歌手・舞子さん)バズーカ岸浪、岩佐正夫、佐藤正信の各氏。

  
極真空手の怪物からキックでは日本初の総理大臣杯を手にした竹山晴友さんの熱い挨拶!

  
土屋ジョーさんも新参。びしりとネクタイを締めて先輩に敬意を表す。

  
代表幹事竹井さんが、声をからしてオークション!

  
横井社長(右辺)と愉快な慶応OBたち。真ん中が歌手五木ひろしさんの義父市田さん。

  
スペシャルゲストMC藤原敏男さんは松葉杖で、気持ちよくイベントを盛り上げてくれた。

  
ディファ有明で左より私、藤原、シリモンコン、タイ大使高官の皆さん。

  
トヨタ・カップは日本からタイに実況ライブ中継された。
 
 
(キックボクシング・デー写真協力:藤本和樹氏) 
   
   

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2016年07月25日(月)

残酷過ぎた世界戦 和気は5回にストップすべき/わが心のキックボクサー⑩山田ジム

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<ご案内&御申込御礼>
7月30日(土)PM1時から渋谷区富ヶ谷「麗郷(れいきょう)富ヶ谷店」で開催の「第1回キックボクシング・デー」は、7月20日申し込みが定員50名に達しました。ここに御礼申し上げます。
 
当日は入場式などの演出がありますので、できるだけ御早めにお越しください。尚、ベルトをお持ちの方はなるべく御持参ください。
 
オークション品(パンフ、ポスター等)のある方は、御持参ください。尚、麗郷までの道順はチラシに載っております。不明な点は、アッパー(03-3469-0620)までお電話ください。
 
参加者の皆様には、心からお越しをお待ち申し上げております。
 
「第1回キックボクシング・デー」
代表幹事:竹井克彦
主催:株式会社アッパー


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[随感]トランプ、ドーピング、ポケモンGO
 ~すべては異常現象~
 ~結局IOCは腰が砕けた~
 ~ポケモンGOは危険な遊び~
[拳闘]残酷過ぎた世界戦
 ~和気は5回にストップすべき~
 ~リオスに似たグスマン~
[老後]私の老後の過ごし方
 ~老後は暇なんてとんでもない~
 ~清忙は養を成す~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑩山田ジム
 ~山田ジムはムエタイの先駆け~
 ~増沢、フライングを生む~
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[随感]トランプ、ドーピング、ポケモンGO 
   
すべては異常現象 
 
アメリカ共和党の大統領候補はドナルド・トランプに正式に決まった。彼の演説はアメリカ至上主義、専らアメリカの利益優先、言うことは勇ましく面白く大衆受けはしようが、実際それでお国が成り立つか。共和党の人材不足もここに極まれりだ。トランプは大統領にはなれないと思うけど。 
 
     
結局IOCは腰が砕けた 

ロシアの国家ぐるみのドーピング違反は悪質極まりなくこれは十分な犯罪で、この際IOCは徹底的に膿を出し切るべきだ。ロシア全選手のリオ出場停止処分は勿論のことだ。4年前のソチ冬季五輪から行われていた、と世界反ドーピング機関(WADA)は結論づけている。共産国は、だから信用置けない。
 
IOCはWADAの報告を受けて断固ロシアを出場停止処分にすると思ったら、各競技団体に可否を委ねた。最後は腰砕け、ロシアは最初からこういう結論を見通していた節がある。これだから何年掛かっても五輪の改革はできない。違法薬物もやった者勝ちか。とんだ茶番!
 
  
ポケモンGOは危険な遊び 

スマホゲーム「ポケモンGO」は世界で異常な現象を巻き起こしている。日本でも22日に無料アプリの配信が始まり、海外ににも負けず劣らずの興奮状態だ。
  
これ本当に危険な遊びだ。道路を歩きながらポケモン探し、或いは自転車に乗ってスマホを操っている者もいる。本人は夢中だから、前方から車が来て、慌てて避ける、なんていうのはしょっちゅうだ。柱に衝突したり、そのうちに死人も出よう。危ない危ない。
  
歩道でも歩行の妨げになる。いやだねえ~。オジサンは、駅の通路や階段でスマホ片手に、ノロノロ歩くOLをよく見かけ、いつもイライラするので、これにポケモンGOが加わるのだから、また脳梗塞を起こしそうだ。観光地や繁華街でのポケモン探しは他人に邪魔にならないよう願いたいものだ。 
 
  
[拳闘]残酷過ぎた世界戦 
 
和気は5回にストップすべき 

IBFスーパーバンタム級王座決定戦、ジョナサン・グスマン(ドミニカ)×和気慎吾は、見るに堪えぬ残酷な世界戦だった。21戦21KOのグスマンの強打に、和気は2、3、5回とダウンを重ねた。
 
2回の偶然のバッティングで右頬が割れ出血したことは和気には不運だったが、やはり力の差は歴然で、2回に二度、中盤までに四度ダウン。誰が見ても勝敗の帰趨は明らかだった。
 
私は5回の終了時にレフェリーが試合をストップするか、セコンドがタオルを投入すべきだと感じていた。
 
選手には明日もある。あの頬骨亀裂骨折は傷が深く例え縫い合わせて、治っても縫目が固くなるからパンチを食ったら、忽ちまた開くだろう。多量の出血と戦局では無謀な戦であった。
 
それが11回2分過ぎにKOされるまで耐え忍んだことで、解説氏は「がんばりましたよ」と和気を褒めた。褒めれば良いというものではない。
 
大切なのは、的確な状況説明と視聴者に分かりやすい解説なのに、それもなく解説どころか、オーバーな独り言が多いのは嘆かわしい。
 
かつてTBSの解説者は郡司信夫氏に白井義男氏と具志堅用高氏もいた。重厚な布陣で、テレビのボクシング放送をリードしてきた。
 
そこにはボクシングは、神聖にして侵さべからずのスタッフの精神が脈々息づいていた。なのに同局はいつの間にかボクシング番組から崇高な精神は失われてしまった。昔の光いま何処。
  
  
リオスに似たグスマン 

グスマンは、具志堅が初防衛と5度目の防衛戦で戦ったハイメ・リオス(パナマ)に酷似するボクサー、ただリオスは軟体動物のように全身を動かし的を絞らせず、具志堅が苦戦した相手だった。
 
スキル(技術)の上ではリオスはグスマンを遥かに勝る。但し、強打という点ではグスマンが上だが、彼は、一流のチャンプではない。連続KO記録はあまり当てにはならない。
 
それが証拠には、中盤以降スタミナを消耗してもたつき、何度もキャンバスに尻餅をついていた。明らかにスタミナロス。攻めがラフ、ストレートが鋭利な相手には、脆さを露呈するだろう。
 
WBAフライ級戦、井岡一翔は、前半キービン・ララ(ニカラグア)を攻めあぐんだが、流石後半に入ると相手の動きを読み、スピード豊かなコンビネーションで、11回に仕留めた。井岡がここぞで的確なショートパンチを纏める。やはり非凡、卓越。
 
ララは往年のアルレドンドに似た選手で、空を掃く如きドスンパンチ。井岡には、遣り難いタイプだった。ゲスト長谷川穂積の解説は、端的にして判りやすくほどよいものだった。 
 
  
[老後]私の老後の過ごし方 
 
老後は暇なんてとんでもない 

平成14年8月に日本スポーツ出版社を退職して、休む間もなくアッパーを設立して、いつの間にか14年の歳月が流れた。もうそろそろフィードアウトする頃だと、最近は仕事の量を減らして好きなことをやっている。
 
ところが、仕事が減った分、時間がたっぷりあるかといえば、その逆で特に午前中は分刻みの動きで老後はゆっくりとなんて悠長なことはいっていられない。
 
通常4時45分の起床だが、夏場はサマータイムというやつで、4時20分には起きる。最初にやることは、二階に駆け上がり、仏壇と神棚に水を上げる。二番目は洗浄機から昨夜の夕食時の食器を取り出すこと。それから朝食の食器をセッティング。
 
ここまで約15分、その後、一階に降りて、仕事場のパソコンの前に座りメールをチェックして、5時5分には家を出る。近くの畑に寄り水遣り、5時30分には大山公園でストレッチ、太極拳を公園の片隅で愛好者と、それが済むと6時25分からラジオ体操。
 
7時前、再び畑に寄り、キュウリやナス、トマトを収穫。この季節油断していると、キュウリはお化けのように大きく成長するから困る。今年は例年になく次々にキュウリができる。
 
やはりたっぷりの飼料と、脇芽を細かく除去したせいかもしれない。余ったものは仲間に配ったり、ピクルスにしたりする。毎日キュウリ三昧。
 
7時10分ラジオ体操から帰宅すると、上半身タオルマッサージ、髭剃り、と一気にペースを上げる。洗い終わった洗濯物があれば、これを干すのも私の役目。終わるとやっと朝食だ。
 
パン(トースト)1枚、ジャムは、仏産のサン・ダルフォーのブルーベリー、焼いたハム、目玉焼き、畑で採れたミニトマト2個、バナナ半身、キウイにトマトジュース、ミルクコーヒーが朝の定番。
 
歯磨きは2本のブラシ、普通タイプと極細の仕上げ歯ブラシで入念にする。最後にクリニカで口をぐじゅぐじゅして終わる。このあと、ベロ出し、30回、舌を上部にタッチする運動も30回、ベロ回し20回で終了。これで早朝のメニューは完了。
 
 
 
清忙は養を成す 

習慣は第二の天性という、流れるように消化してなんら重荷ではない。その後もまだある。浴槽の掃除、毎日必ず私がやる。すべて完了するのが9時台、やっとパソコンの前に座れる。「清忙は養を成す。過閑は養にあらず」(言志四録=佐藤一斎)
 
11時になってうとうとして仕事が捗らない。そんな時は4~50分横になる。「I'M SO OLD I'M SO FREE」と老後は暇な時間がたっぷりあるやに想像していたら、とんでもない。やることが沢山ある。読みたい本も星の数ほどある。時間はないぞ!
ちなみにゴルフはやめた。暇がない。
  
すべては己の率先垂範、身体が自然に動く。「人生は後半戦の方が面白い」と誰かが言ったが、まさにその通り。午後は友人と会ったり、仕事の打ち合わせで新宿や神保町に出る。夕方畑に水遣り。「この幸せを味わいたかったら、早くあなたも老人になることだ」
 
夜は10時半には就寝する。早寝早起きの快感は、早朝の空気と風の囁きに勝るものなし。元気があれば何でもできる。その通り、食事もお酒も旨い。一日があっという間に過ぎ去る。今日の終わりは明日の始まり。
 
「ほとんどの人間が、この世の時間は使い放題といわんばかりに人生を送っている。情熱を封じ込め、夢を先送りしている。ところが本当は、人生はつかぬ間の贈り物であって、一寸先は闇なんだ。自分に残された時間があとどの位なのか、知っている者は誰一人いない」(賢者のプレゼント=ロビン・シャーマンより)  
  
  
【特別連載】わが心のキックボクサー⑩山田ジム 
 
山田ジムはムエタイの先駆け 

我が国初の本格的ムエタイジム。会長はタイ大使館職員山田正さん。ジムは目黒区恵比寿駅近くにあった。トレーナーは、TBSキックに参戦していたバイヨーク・ボーコーソ、通称トムさん。
 
ジムが設立されたのは昭和44年初春、つまり同年4月のNET(現テレビ朝日)がキック放映に併せて急きょ設立され、同ジムはタイ選手窓口として重要な位置にあった。
 
私も練習生としてジム創設には些か貢献した。当時私は、目黒駅前のパブ・オーシャンでバイトをしていて、店にタイ人がよく来た。その中に寡黙なトムさんがいて、ある日ジムを手伝ってくれと頼まれ、通ううちに何とはなしに練習生になった。
 
当時はまだ流行らなかった肘打ちや膝げりをトムコーチは徹底てきに仕込んでいた。その甲斐あって、山田ジムは、フライ級三浦進吾、J・ライト級フライング・ジャガー、ウェルター級増沢潔の3人の初代王者を生んだ。 
 
 
増沢、フライングを生む 

NETはキック放映をやめたのを機に、全日本系協同プロの傘下に入り、日テレと東京12の統一初代王者決定戦でも、J・ライトでフライング、ウェルターで増沢がチャンプに輝き山田ジムは、日テレ系として気を吐いた。
 
全日本系では黒崎健時会長のスパルタ指導で、目白ジムは向かうところ敵なしだった。これに激しく闘志を燃やしたのが山田ジム。ムエタイの誇りで、打倒目白に立ち上がる。
  
藤原敏男と階級が同じという点で、佐藤正信、土谷亮が真っ向勝負を挑んだ。とっておきの肘打ちを連発して、藤原を大いに苦しめた。
 
特に土谷は、肘で藤原選手の顔面を切りあわやTKOの局面を作ったが、逆にそれが藤原選手の怒りに火をつけて逆襲に遭う。両選手共遂にその牙城を攻略することはできなかった。佐藤判定、土谷3回KO敗。
 
佐藤は藤原選手が5度目の防衛後同タイトルを返上すると、その後難なく王座に就いた。山田ジムは、ムエタイジムの先駆けとして、キック史に残した功績は計り知れない。OBとして晴れがましい。
 
 
西原商店街夏祭りの子供たちの阿波踊り。

 
ひょっとこ連の颯爽とした阿波踊りは人気を博した。いよいよ夏本番!(23日)

  
ボランティアで今年もたこ焼ならぬたこ揚げを手伝う(24日) 
  
   

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2016年07月18日(月)

幻の日本キック旗揚興行は日本初の異種格闘技戦/【特別連載】わが心のキックボクサー⑨西尾ジム/他

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第1回キックボクシング・デーの詳細はこちら
<イベント申込は7/20日締め切り!>
7月30日13時からの「第1回キックボクシング・デー」(in 渋谷区富ヶ谷 ”麗郷 富ヶ谷店”)は、20日をもって締め切りとさせて頂きます。参加ご希望の方は、早めにお願い致します。

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[随感]防ぎようがないトラックテロ
 ~世界は益々物騒になった~
[季節]ミンミン蝉の初音
 ~梅雨明けはまだ?~
[歴史]キックボクシング旗揚げの切符
 ~重大なことが判明~
 ~何事も疑ってかかれ~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑨西尾ジム
 ~キック旗揚げに貢献した西尾ジム~
 ~人気者ロッキー藤丸を生む~
 ~シュートボクシングと西尾ジム~
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[随感]防ぎようがないトラックテロ 
   
世界は益々物騒になった 
 
バングラデシュのテロも生々しいのに、今度はフランスのニースで花火見物客に大型トラックで突っ込み多くの死傷者が出た。これもISのテロだという。トルコではクーデター騒動、アメリカでは、黒人による警察官射殺が続く、リベンジはリベンジを呼ぶ、世界は出口の見えない混迷の闇に突入した。
 
特にニースでの惨事は防ぎようがないから困る。これからの季節は各地で、夏祭りが開催されるので、念には念の警備が求められよう。用心に越したことはない。馬鹿な輩(やから)がいるから、マネしないとも限らない。 
 
     
[季節]ミンミン蝉の初音 
 
梅雨明けはまだ? 

17日、ミンミン蝉の啼き声を聞いた。まだ梅雨も明けぬというに、一匹だけの叫びは何となく寂寥感漂う。お目当ての雌もいないというに。その後
ミンミン蝉の声は聞かれない。孤独しか。
 
今週末の23,24日は地元西原商店街の夏祭りで、たこ焼ならず、たこ揚げ(油で揚げる)のボランティア。もうかれこれ10年以上も続ける。
 
今年は代々木上原商店街の盆踊りと重なってしまった。従来は31日(日)だったが、都知事選挙ということで、繰り上げになった。毎年家内と楽しみにしていた行事だったから、残念。
 
いよいよ夏本番だ、海の日、九州地方~東海地方に梅雨明け宣言が出た。関東もまじかだ。日本の夏、オジサンの夏だ! 
 
  
[歴史]キックボクシング旗揚げの切符 
 
重大なことが判明 

弊社「アッパー格闘技博覧会」のトップページに超レアなチケットが展示されている。昭和41年4月11日、大阪府立体育会館に於ける日本キックボクシング協会の旗揚げ興行の記念すべきチケットである。
 
このチケットが貴重なものである、といったのは、実現すれば、ムエタイと空手の我が国初の異種格闘技であったからである。山田侃(ひろし)、錦織利明はともに日本拳法空手道(山田辰雄師範)門弟。
 
侃は辰雄師範の御子息であり、錦織はのちに日本テレビキックで、旋風を巻き起こすことになる錦利弘(本名・錦織利弘)なのだ。何故か、弘を明に一字変えている。あの錦がである。まかり間違えば、沢村にとって変わりTBSのエースになっていたかもしれない。
 
ところが、ラークレイ(タイ)とメインで対戦する手はずになっていた山田侃は、欠場、テーパリット(タイ)との対戦が予定されていた錦織も姿を見せなかった。結局、ラークレイとメインで戦ったのは沢村忠だった。
 
日本拳法空手道の高弟・小沼保氏はかつて私に漏らしたことがある。「選手が集まらないで困った野口さんは、連日のように道場にきて、選手を出してくれと必死でした。根負けした山田先生はタイ式が皆目分からず、承諾して実際タイ式の練習を見たらとてもうちの選手の技量じゃ勝てないない、と試合直前に断ったのです。」 
 
 
何事も疑ってかかれ 

従ってこのチケットは幻で価値が高い。恐らく5万円はくだらないと思われる。私も永年この事実に気が付かなかったのは不覚。
 
ある日、チケットをしげしげ見ているとると、可笑しいことに気づいた。旗揚げ戦に山田も錦織も出ていないぞと、よくよく調べてみるやっぱり出場していない。
 
民俗学者宮本常一は父親から「他人が見落としたものをよく見て歩きなさい」と言われたという。宮本は全国を歩き膨大な記録を残した。著書に「宮本常一著作集(51巻+別集2巻=未来社)
 
皆さんも、何事も一度は疑ってみてください。思わぬ発見の始まりになるかもしれない。それが歴史発掘、ミステリーな遭遇に繋がる。
  
  
【特別連載】わが心のキックボクサー⑨西尾ジム(文/村上桂) 
 
キック旗揚げに貢献した西尾ジム 

昭和40年代から50年代にかけて、日本系キックで唯一の大阪の ジムとして数々の名選手を生み出したのが西尾ジムであった。人気 者ロッキー藤丸の所属ジムとして記憶している方も多いであろう。
 
会長は西尾日出(にしお・ひでる)氏。昭和41年4月11日に野口修社長が大阪府立体育会館でキックの旗揚げ興行を行った際に、大阪で興行の実務を担ったのがこの西尾氏であった。それまで西尾氏は大阪野口ジムを大阪で主宰し、世界ランカーの染谷彰久を育てるなど野口社長同様ボクシング界でそれなりに実績を残した。
 
その後はキックに可能性を見いだしたのであろう、西尾ジムを開設した。ただし、当初は岡村プロモーションが窓口となっていた東京12チャンネル系に所属した。その辺りの経緯は不明だが、何年か後に日本系に移っている。 
 
 
人気者ロッキー藤丸を生む 

日本チャンピオンを獲得した選手は、ロッキー藤丸、ポパイ貞男、矢田勝士の3人。ロッキー藤丸(本名:藤崎修一)は昭和48年1月に丹野義彦(目黒)に判定勝ちしライト級王座を獲得。同王座は 同年4月に飛馬拳二に奪われたが、翌49年1月に飛馬から奪還。
 
同年12月に飛馬に判定勝ちし初防衛した後、翌50年1月に伊原信一に判定負けで王座陥落。その後階級をウエルターに上げてからも飛馬拳二や田畑隆に挑戦したが、ウエルター級を制することはで きなかった。
 
飛馬拳二は月刊『ゴング』のインタビューで、ロッキー藤丸は良きライバルだったと認めている。この2人で何度もタイトルを賭けて戦っているのだから当然であろう。
 
しかし、タイトルうんぬんよりも、ロッキーはトリッキーな試合内容で人気を博し観客を沸かせたことが特筆されよう。沢村忠。富山勝治に次いで150戦からのキャリアの持ち主であることを強調しておきたい。そのロッキー藤丸は大阪の地でいまひっそりと暮らしている。
 
ポパイ貞男(本名:佐藤貞男)は昭和50年1月にリュー千景から フライ級王座を奪取した。同年8月の初防衛でリューの双子の兄、ミッキー鈴木に奪われてしまうが、ポパイは西尾ジムが大阪野口ジムを名乗っていた時代からの選手。つまり元ボクサーだった。
 
矢田 勝士は昭和51年7月に伊原信一を判定で下しライト級王座に就く。兄弟子ロッキーが奪われたベルトを奪還した形になった。
 
チャンピオンにはなれなかったが、元プロボクシング東洋、日本ミ ドル級チャンピオンの権藤正雄も所属していた。ヘビー級のキックボクサーとして池野興信、斉藤天心らと対戦し重量級の迫力を見せた。
  
  
シュートボクシングと西尾ジム 

また、タイトル獲得はならなかったが2度バンタム級の王座に挑戦した中村正悟もいた。シーザー武志こと村田友文、黒沢久男、品田伊久夫(後年の力忠勝。西尾ジムではトレーナー専任)など後にシュートボクシングの中心人物となる面々も、当時は西尾ジムからリングに上がっていた。当然ながら後年の姿は想像もつかなかった。
 
今から思えば、昭和41年の旗揚げにこぎつけるまで紆余曲折あったことは容易に想像できる。当事者である野口社長、西尾会長のみが語れる真実は数多くあろう。しかしお二人とも鬼籍に入られた
今、当時の状況を聞いておけば良かったと後悔しきりである。(文中一部敬称略)
 
 
問題のキックボクシング旗揚げの貴重なチケット!

  
ラジオ体操の帰途、日頃太極拳でお世話になっているご婦人方を畑に案内。

  
拙宅に今年もカサブランカが咲いた。
  
  

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2016年07月11日(月)

名勝負を描く天才猪木の掌で踊ったウィリーとホーガン/【特別連載】わが心のキックボクサー⑧渡辺ジム

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第1回キックボクシング・デーの詳細はこちら
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[随感]参議院選挙あれこれ
 ~改憲派が勝ったわけ~
 ~次は都知事選、先ず投票を!~
[差別]黒人は虫けら同然に殺される
 ~米国は今も続く西部開拓史の野蛮~
[格闘技]猪木の掌で踊ったウィリー
 ~動画配信で私が語りたかったこと~
 ~猪木はプロ中のプロ!~
【特別連載】わが心のキックボクサー ⑧渡辺ジム
 ~渡辺信久会長一筋の道~
 ~キックに携わり半世紀~
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[随感]参議院選挙あれこれ 
 
   
改憲派が勝ったわけ 
 
参議院選挙の結果は大方の予想通り自民・公明の改憲派が勝利した。さて選挙が終わって、勝てば官軍とばかり民意の総意と表して、今度は堂々と憲法改正を掲げよう。自民の選挙で都合の悪いことは語らずの戦略は、功を奏した訳だ。国民よ、覚悟せよ!
 
野党連合軍は、一人区でそれなりの成果はあげたものの、最初から迫力に欠けていた。局地戦はやれども、本丸を奪取して新たな政権を打ち立てようとの本気度が感じられず、それだったら自民党のままでいい、と国民は変化を嫌った。
 
アベノミクスは失敗だけど、精彩のない野党より元気のある与党。こんな論法か。民進党が伸び悩むのは、3年間のお粗末な政権運営にもある。有権者の信頼を失ったまま、再生の気力なし。 
     
次は都知事選、先ず投票を! 

次は都知事選挙、タレントも出馬の意向を示して、百家鳴争だけれども、人気投票に終わらせたくない。日本の首都に相応しい人は誰なのか、甘言に踊らされる事なくしっかりと人物を見定めようではないか。
 
先の参議院選挙の投票率は54.7%、これで国の有様、政治が決まる。半数近い国民が権利を放棄しているのだ。これじゃ、いつまでたっても国は良くならないぜ。陰でこそこそいうよりは先ず投票を! 
 
  
[差別]黒人は虫けら同然に殺される 
 
米国は今も続く西部開拓史の野蛮 

アメリカは、人も羨む自由と民主主義の国なのだろうか。5と6日に相次いで起こった警察官による黒人射殺事件は問答無用の殺戮だ。映像に映る光景は無抵抗の黒人を押さえつけ、射殺した。なんと悍(おぞ)ましい。
 
怒った黒人は今度は仕返しだ。ダラス州とルイジアナ州ではデモを警備する白人警察官を黒人が狙撃した。5人が死んだ。目には目をだ。今年に入り警察の発砲で死んだ500人のうち4人に1人が黒人だという。差別は歴然だ。
 
勿論白人以外の黄色人種、ヒスパニックも対象になる。俺はこんな国に住むのは御免だね。「私には夢がある」と言ったのは、人種差別と戦って銃弾に倒れたキング牧師だ。あれから、ちっともアメリカは変わっていない。
 
銃による死者が年間3万人!黒人を虫けらのように扱う国、それが自由を唱えるアメリカの現実、原住民を銃で蹴散らし建国した西部開拓史の精神脈々。そもそも野蛮な国である。その国が世界の盟主だ。民主主義とは銃でしか成り立たないか。 
 
  
[格闘技]猪木の掌で踊ったウィリー 
 
動画配信で私が語りたかったこと 

先般、闘道館の動画配信に出演した。映像に我が身を晒し浅はかな格闘技論をはしたなくも展開してしまった。勿論、泉館長と司会進行のドージョーチャクリキ甘井代表に助けられ、何とか収録が済んだ。マイクの前に出るのは、久方ぶりなので、ほんま冷や汗ものだった。
 
冒頭、アリ×猪木から始めたのですが、要はアリ側がもっと猪木を信用して、試合をプロデュースさせていたらあのような退屈な15ラウンドにならなかった、と私は力説したかったのだ。
 
当時アリは現役のボクシング世界王者で神様のような存在、猪木といえどもアンタッチャブルだったから、あのような拙い試合になり、歯がゆかったのは猪木本人じゃないか。猪木の作・構成・演出であれば、壮大な叙事詩になったものを、と私は悔やむのだ。
 
一方、ウィリーとの異種格闘技戦は、私の最も心に残る戦いで、極真空手対プロレスの対立構図も分かり易く、キラーインスティンクトに満ちた、ものものしい雰囲気が私を虜にした。異種格闘技戦でこれに勝るものなし。
 
当時、昼夜もわかず黒崎師範と行動を共にしていた私は、ウィリーをいかにプロ仕様に変貌させるか、先生のその苦労が手に取るように分かった。
 
「猪木はプロだよ、アマチュアのウィリーじゃ赤子の手をひねるより楽だよ、何が熊殺しだ、いまのままじゃ猫も殺せない」。黒崎師範は口癖のようにいっていた。かくて1か月マンションの一室に閉じ込めウィリーを徹底にしごき、リングに乗せたのだ。 
 
 
猪木はプロ中のプロ! 

人前でおどおどしていたあのウィリーが、試合当日は殺気漂うファイターに変貌していたのには正直驚いた。殺人鬼に脱皮していたのだ。鳥肌が立つような戦慄の試合が終わり、私はそっと尋ねた。「先生、試合の結果はどうですか?」と。しばらく時間を置いて黒崎師範は「やっぱり猪木だね」と一言発した。
 
あれは多分、猪木がウィリーを生かし切ってくれたという安堵の気持ちと、黒崎師範一流の猪木賛辞だと私は解釈した。いささかもウィリーの褒め言葉はなかった。まあ、藤原敏男も大沢昇も先生が褒めたのをめったに聞いたことはないが。強者は強者を知る。
 
ウィリーは、猪木の掌(てのひら)に乗っていただけなのかも知れない。あたかも孫悟空がお釈迦さまの掌にあったように。試合は猪木の腕しぎ逆十字固めがウィリーの腕を捉えたまま、縺れながらリング下に落ちた。
 
両軍セコンドが乱入、大混乱となり、4回4分両者リングアウトの引き分け。後味の悪いエンディングとなったが、私には消化不良の結末でなかった。中身たるや格闘技戦の魅力溢れるエッセンスがここかしこにあり、私は大いに満足した。
 
それにしても私の目の前で炸裂した、2回のあのウイリーの膝げり、猪木のアバラ骨を砕いたような鈍い音は、あれはまさしく黒崎師範が追い求めたプロ仕様のものではなかったか。あの一撃だけで、極真とウィリーの名は不滅のものとなった。
 
私は瞬間、猪木はこれで万事休す、だと思った。猪木も刃物で刺されたかのように、手で脇腹を押さえた。あの猪木が見せた苦痛の表情は、炸裂音共に私の記憶に鮮烈に残る。
 
猪木はあばら骨にひび、ウィリーは靭帯損傷と、共に深手を負った。もし猪木がウィリーの腕を折っていたら、もし極真空手と寛水流の大乱闘になっていたら、思いを巡らせるとあの一戦は、スリリングで、ミステリアスであったからこそ永遠に語り継がれるのだ。
 
「たった一度きりの出来事が、人生を甘美なものにする」
(エミリー・ディキソン)
 
考えてみればホーガンさえも猪木の掌に身を委ねた。だからこそあの奇想天外の舌だし失神事件も生まれたのだ。猪木こそ真っ白なキャンバスに、一気に名勝負を描く類稀なプロレス・アーティストなのだ。彼のプロレス哲学には美学があった。 
 
 
【特別連載】わが心のキックボクサー ⑧渡辺ジム 
 
渡辺信久会長一筋の道 

キックボクシング界で、現在キックの始まりからこの業界に携わる関係者は二人しかいない。藤本ジム藤本勲会長と、今回登場の渡辺ジム渡辺信久会長である。
 
キックが野口修社長の手になり旗揚げされたのが昭和41年4月、渡辺会長は当時ボクシングの東邦ジム(佐々木民雄会長)でプロボクサー(ライト級5勝2敗)をしていたが、網膜剥離を患い選手生命を絶たれていた。佐々木会長は野口ジムの一門ということで、旗揚げに当たり野口修社長は佐々木会長に選手の派遣を要請していた。兎に角、選手が不足していた。
 
そこで葛飾ジムというキック専門のジムを発足させた。ボクシングとの二枚看板は受け入れられないからだ。渡辺はマネジャー兼トレーナーとして、ボクサーを即席のキックボクサーとして、産声を上げたばかりのキックに選手を送り出す。
 
その後、協同ジムの旗揚げで選手募集に応募、採用され、バンコク遠征にも網膜剥離を隠して参戦、敗れた。網膜剥離も露見して、協同ジムのトレーナーに転身した。
 
幸い協同ジムが無名の渡辺に引退式をやってくれて、慰労金として100万円を出してくれた。この金を元に昭和47年晴れて現在葛飾区新小岩の地に渡辺ジムを構えた。 
 
 
キックに携わり半世紀 

日本ナックモエ連盟を創設したり、日本キックボクシング連盟も興したが、各ジムの連合体で上手くいかず、脱退して独自で日本キックボクシング連盟を継続、今日に至る。
 
葛飾ジムでキックに携わってから半世紀、渡辺の歩んだ道は文字通り日本キック界の歴史である。
育てたチャンピオン14人、酒寄晃(バンタム=故人)、沢の太志(ウェルター)、彼は日本人として唯一人、猪狩元秀(弘栄)に土をつけた男だ。
 
小池忍(バンタム)も渡辺明(バンタム)もいた。最近では、小野瀬邦英(ウェルター)、伊藤威(バンタム)を輩出した。錚々たるチャンピオン山脈。
 
渡辺の率いる日本キックボクシング連盟は独立独歩、スポンサーに阿(おもね)ることもなく年5回格闘技の殿堂後楽園ホールで興行を続ける。
 
「大変です、しかし借金はない。後楽園で興行を打てなくなった潔く辞めるよ。」一週間に一度は行くという散髪で綺麗にショートカットされた頭に渡辺会長は手をやった。
 
3年ほど前から興行全般を小野瀬邦英氏に任せているという。「小野瀬が一人前のプロモーターに育ってくれるといいのだが」渡辺の後継者、小野瀬に期待を寄せる。
 
エンセン井上、山本キッドも先生と言って仰ぐこの名伯楽。来年元旦には古希(70)を迎える。ブレナイ、媚びないでキックボクシングの灯を守り続ける渡辺信久の一筋の道に、改めて敬意を表するものである。
 
「あなたが無上の喜びを求めているなら、ずっとそこであなたを待っていた一つの道を歩まなければならない。あなたが送るべき人生は、すなわちあなたが今送っている人生なのだ」(ジョセフ・キャンベル)
 
次の後楽園ホールでの興行は10月2日(日)、不屈のキックボクシングを観戦あれ!
 
 
闘道館の動画配信に出演した。
左よりチャクリキ甘井代表、私、闘道館泉館長。

 
日本キックボクシング連盟渡辺信久会長。

 
適度の雨と猛暑で露地栽培の野菜は化け物のように育つ。

 
さるすべりの白い花、ピンクもすきだけど白も清楚でいい。 
 
 

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2016年07月05日(火)

豪華絢爛7/30はキック界のレジェンドが続々参戦!!【特別連載】わが心のキックボクサー⑦東京ジム

テーマ:ブログ

※残席僅か!会場は、代々木八幡「七福」から台湾料理の「麗郷・富ヶ谷店」に変更になりました。
※詳しくは、チラシをご覧ください。

第1回キックボクシング・デーの詳細はこちら
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[随感]バングラデシュのテロ事件
 ~コーランの教えに反する殺戮~
 ~イスラムは戦争を好まぬ~
[アラブ]ミステリアスなアラブを知る
 ~アラブを知ることは世界を知ることだ~
 ~戒律に厳しいスンニ派の大国~
 ~エジプトの人口の1割がキリスト教!~
[イベント]盛大な真昼の宴になりそうです
 ~土屋ジョー、小野瀬邦英、両氏の参加!~
[風邪]甘く見てはいけない夏の風邪
 ~夏風邪にベッドに沈んだ~
 ~翌日は代々木八幡の七夕祭り見物だったが~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑦東京ジム(文/村上 桂)
 ~名門目黒の牙城を崩した下町ジム~
 ~突然のジム廃業に選手は迷う~
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[随感]バングラデシュのテロ事件 
   
コーランの教えに反する殺戮 
 
バングラデシュのレストラン人質テロ事件は悪魔の仕業としか言いようがない。日本人7人を含む20人が犠牲になった。誠に残虐なただの殺戮にすぎず、犠牲になった方々にはお悔やみの言葉もない。
 
犠牲になった日本人7人は、JICA(国際協力機構)関連のプロジェクトで、バングラデシュのインフラ整備に携わっていた人たちだ。お国の発展に寄与する人々を無差別に殺した。それがイスラムの教えとは思わないが。
 
イスラム武装集団はことを起こすたびに「神(アッラー)は偉大なり」を唱えて、さも人殺しは神のお告げだとばかりに正当化しているが、私の知る限りコーラン(イスラムの教え)は、決して好戦的ではない。
 
「力強いとは、相手を倒すことではない。それは、怒っても当然というときにも心を自制する力を持っていることである」(マホメット)
 
また、コーランには、つぎのような言葉もある。「汝らに戦いを挑むものがあれば、アッラーの道において堂々とこれを迎え撃つがよい。だがこちらから不義を仕掛けてはならぬぞ。アッラーは不義をなすものをお好きにならぬ」(コーラン第3章) 
 
     
イスラムは戦争を好まぬ 

イスラムは、アラビア語で「平和」を意味する「サラーム」から来ている。イスラム自体は「神に全てを委ねる」の意。「コーラン」は、生活の規範に近いものだという。
 
だからして、決してイスラムは好戦的な教えを唱っているわけではないのである。さぞや内外のイスラム教徒は、肩身の重い辛い思いをしていることであろう。
 
ISとISに感化された過激派集団は、自爆テロなどで、世界各地で罪もない人を今日も殺す、果てしない負の連鎖が続く…自爆テロで多くの前途ある若者も死にゆく、何とも割り切れないものがある。 
 
  
[アラブ]ミステリアスなアラブを知る 
 
アラブを知ることは世界を知ることだ 

ここに一冊の本がある。「池上彰が読む『イスラム』世界」(KADOKAWA)この本から引用させていただき、アラブの不思議に迫ってみた。
 
アラブとはアラブ語を話す民が暮らす国を指す総称だという。で、イラン人は、アラブ人ではない?ペルシャ人ですと、てっきりアラブ人だと信じていました、無知でした。あのペルシャ帝国の子孫ですよ、誇り高き民族なのです。
 
ですから彼らは、田舎者のアラブ人と一緒にはしないでくれという。イランとは「アーリア人の国」、訳せば「高貴なる者」。他国の民を下に見ています。シーア派の国です。 
 
  
戒律に厳しいスンニ派の大国 

対する大国サウジアラビアは、預言者ムハムマドが生まれたメッカがある国で、メッカとメディナ2つのイスラムの聖地を抱えている。スンニ派の大国で、戒律の厳しく「コーラン」を一字一句信じて、ひたすら神を思う国。
 
しかるに飲酒はもちろん、音楽踊り、映画などの娯楽も一切禁止、特に女性には厳格な規制がある。女性は外で働くこともできず、家族以外の男性に姿を見せていけない。
 
外出するときには、全身を隠す黒いマント「アバヤ」をまとい、顔はベール「ニカブ」で覆い、男性に付き添われていかなければならない。
 
この国は原則として、観光客も受け入れない。つい最近まで世界一の産油国だった同国も、将来を見据えて、原発を2032年までに16基設置する計画があるという。おとぎの国も、とんだ様変わりだ。 

 
エジプトの人口の1割がキリスト教! 

シーア派とは「アリーの党派」(アリーはムハンマドの従兄)という意味、スンニ派は、慣習や伝統を守る、という意味でスンニ派はイスラムの教徒の85%を占める多数派。総じてこの2派は仲が悪い。
 
最後にピラミッドの国エジプト。多数の国民はイスラムなのに、ここに何と人口の一割のキリスト教徒がいるというのも驚かされる。
 
「コプト」とはエジプトを意味するギリシャ語で、原始キリスト教から派生したエジプト独特のキリスト教であり、イスラム教が入る前から存在しているにも関わらず、イスラムの激しい迫害に遭っているという。これも現実。
 
ざっと紹介しただけでも我々が知らないアラブの世界がある。開けゴマ、空飛ぶ絨毯…子供のころ親しんだ世界が、テロに苦しんでいるのは忍びない。もっと知ろう、もっと親しもうアラブ諸国! 
 
   
[イベント]盛大な真昼の宴になりそうです 

土屋ジョー、小野瀬邦英、両氏の参加! 

7月30日(土)の「第1回キックボクシング・デー」の集い(場所・渋谷区富ヶ谷の台湾料理の「麗郷富ヶ谷店」で開催)は、お蔭さまで20日の締め切りを待たずに満員御礼となりそうです。遺り僅かです。
 
想像した以上の元キックボクサーが集まりました。メインゲストの藤原敏男さんに始まり、増沢潔、バズーカ岸浪、ミッキー&アトム兄弟、元木浩二、金沢市三、伊藤威、小野瀬邦英、菅原忠幸、土屋ジョーの各OBが参加しくれます。
 
まだこれに加わるOBも名前が挙がっております。素晴らしい記念の宴にするべく企画準備中です。
どうぞ期待して御来場願いたいと存じます。
 
 
[風邪]甘く見てはいけない夏の風邪 
   
夏風邪にベッドに沈んだ 
 
とんだ夏風邪にやられて、このブログも今週はダメかなと思いつつも必死で綴っている。1カ月月ほど前から、喉がいがらっぽかったり、鼻水は止まらなかったり、おかしいとは思っていた。
 
それが3日土曜日にとうとう爆発した。友人の病気見舞いに春日部に向かう間、どうにも咳が止まらず、幸い車内は午前中で空いていたため助かったが、夏風邪恐るべしだ。
 
春日部で友人と会っている間も咳が止まらず、久しぶりに会って、話したいこと聞きたいことが山ほどあったのに、早々に引き上げてきた。当日は梅雨の合間の猛暑で、帰りがけ新宿のタイ料理の食材店に寄ったら、限界でやっと帰宅した。
 
それでも家内がトムヤムクンを料理するのを手伝ってなんとか作り終えたら、食欲がさっぱりわかず、どうも味が足りないと思いきや、畑で栽培しているパクチーを冷蔵庫に入れて忘れていた。 
 
     
翌日は代々木八幡の七夕祭り見物だったが 

日曜4日は、竹井さんに誘われて代々木八幡の七夕祭りに出かけた。当日も猛暑で頭くらくら、早々に引き上げよとしたら、元キックボクサーの元木浩二さんと、竹井さんが目に止まった。
 
特等席に陣取って、歌やものまねを見ながら、本木さんから次々に提供される御酒を加減しながら飲んだ。途中、大和武さん(元ボクサー&タレント)がお見えになり、座がにぎわった。
 
その夜はほとんど食事も摂らず、早々に就寝。太極拳&ラジオ体操は3日間休み、こんなことはいままでにないことだ。夏風邪、甘く見てはいけません。 
 
  
特別連載「わが心のキックボクサー」⑦東京ジム(文/村上 桂) 
 
名門目黒の牙城を崩した下町ジム 

昭和40年代、日本系キックのチャンピオンは大半が目黒ジム所属 であったが、その牙城を崩すべく何人かのチャンピオンを生んだのが下町は江東区木場にあった東京ジムである。
 
第一号チャンピオンは美代川正志。昭和46年7月に樫尾茂にTKO勝ちし日本フライ級王座を獲得。この王座は翌47年1月の初防衛戦で永山功(目黒)に奪われたものの、同年9月に同じ東京ジム の三浦正治が奪還した。その後、三浦は2度の防衛に成功した。
 
引き続き、渡貢二が昭和48年6月に王座決定戦で浜野和生(目黒)を判定に下し日本ミドル級王者に、2ヶ月後の8月には岩松幸一が中林茂美(目黒)にKO勝ちして日本フェザー級王座を獲得し、三浦と合わせて同時に3人ものチャンピオンを擁することになった。 
 
  
突然のジム廃業に選手は迷う 

しかし、何人ものチャンピオンを輩出するなど奮闘していた東京ジムであったが、昭和49年の春に突然活動を停止してしまった、その理由は「儲からないから」という現実的なもの。当時は毎週テレ ビ放映があり、エース沢村忠が健在で、第二のエース富山勝治が着々とメインイベンターの地位を築いていた時期であった。
 
それでも一部の選手、関係者を除いては華々しいスポットライトの陰で恵まれない思いをした方々が居たことは記録に留めておきたい。 
活躍の場を失った三浦正治は目黒ジムに、渡貢二は横須賀中央ジム にそれぞれ移籍し選手生活を続けた。岩松幸一は昭和49年1月亀谷長保(目黒)に敗れ初防衛に失敗するとそのまま引退した。
意外にも、ボクシングの世界的名選手だった高山勝義のキック転向第一戦の相手を務めた栗原善太、黒沢春義、双子の前田兄弟など、地味ながらも印象に残る選手が多かった。
 
また、須田康徳の師匠で ある玉村哲勇(初代市原ジム会長)も東京ジム所属として何戦かリングに上っている。同じ日本系でも横須賀中央ジムや西尾ジムなどは定期的に興行を打っていたのに対し、この東京ジムはどういうわけか自主興行はせず、皆他のジムが興行で一息ついていたのに対し、東京ジムはそれが出来なかった、あるいはしなかったのが廃業の遠因だったのかもしれない。(文中敬称略)
 
 
七夕祭で。左より元木さん、中央帽子を被っているのが大和武士さんです。

 
AKBの物まねのお嬢さんがた、子供たちの人気を集めていた。

  
  

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2016年06月28日(火)

イギリスのEU離脱/五輪にゴルフや野球は必要か【特別連載】わが心のキックボクサー⑥横須賀中央ジム

テーマ:ブログ

※会場は、代々木八幡「七福」から台湾料理の「麗郷・富ヶ谷店」に変更になりました。
※詳しくは、チラシをご覧ください。

第1回キックボクシング・デーの詳細はこちら
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[随感]イギリスのEU離脱
 ~壮大な実験の果てに~
 ~理想と現実のギャップ~
[種目]東京五輪の追加種目
 ~肥大化するオリンピック考~
 ~空手界の五輪への取り組み方~
 ~ゴルフや野球は必要か~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑥横須賀中央ジム(文/村上 桂)
 ~4階級を制覇した飛馬拳二~
 ~ヘビー級にジョンソンあり~
 ~名伯楽芹沢会長~
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[随感]イギリスのEU離脱 
   
壮大な実験の果てに 
 
国民投票の結果イギリスがEU(欧州連合)から離脱が決まった。リスクを冒してまで、国民の51%が離脱を選んだ理由は果たして何か、そこの基本的なところが大新聞などでは、全く伝わってこないのがもどかしくて、その理由を探し求めたらネット上に在った。
 
谷本真由美さん、アカウント名@May_Roma(英国在住=情報通信コンサルタント&著述家業)の「イギリスが世界恐慌を起こしてもEUを離脱した理由」がそれで、実に分かり易い。彼女の言によると、離脱は大量に流入する東欧からの移民に主な原因があるという。私なりに解釈して、引用させて貰った。
 
EU加盟国は審査なしで、自由に往来でき、しかも移住も、いかなる自由も権利も保障される。このためイギリスには1年に18万人もの移住者が流れ込み、中でもルーマニアやブルガリアからは年に5万人も押し寄せ、大きな社会問題になっている。独、仏は言葉の壁があり行きたがらない、と。
 
彼らは総じて月収が4~5万円で、(英国の平均は月収25万)高い収入を求めてイギリスにやってくる。そうした外国人に、手厚い生活保障、例えば教育費や医療費は無料とあって、国の財政を圧迫していて、彼らのために、公共の住宅は幾ら建設しても足りず、教室は鮨詰状態と。
 
言葉が分からないので、授業は進まず、病院に行けば、外国人で溢れ、自国民は満足な医療も受けられない現状があるから、年寄りの60%が残留に反対したのかも知れない。てなわけで、誇り高きユニオンジャックの堪忍袋の緒も切れたというわけだ。 
 
     
理想と現実のギャップ 

何故外国人のために我々は犠牲にならなくてはいけないのだ、という率直な不満。もう一つトルコが加盟することに重大な懸念を持つのだそうだ。テロ流入への恐怖だと。
 
このままEUにとどまればイギリスは崩壊する。いまこそ大英帝国のプライドを取り戻す時ぞ、今回の離脱はそうした憤りの爆発とみられるのだ。
 
EUは一つ、崇高な理想を掲げ1993年11月1日に創設された欧州連合も、イギリスの離脱によって、重大な岐路を迎えた。もしもAU(アジア連合)なるものが出来て、入国審査なし、移住も自由になり近隣国諸国からどっと我が日本に、移住者が殺到したら、あなたはどうする?
 
それでも、単一市場、自由往来のメリットをあなたは選ぶ?多分、閑静な住宅街に喫緊の課題である保育園が建設されるのを「子供の声が煩(うるさ)い」と反対する国民だから、それはどだい無理だと思うけど。
 
「創業は易し、されど継続は難し」だ。退くも地獄、留まるも地獄、イギリスは重い選択をした。いやはや、勉強になりました谷本さん。 
   
    
[種目]東京五輪の追加種目 
 
肥大化するオリンピック考 

2020年の東京五輪の追加種目として、国際オリンピック委員会(IOC)は野球、ソフト、空手、スポーツクライミングなど5競技18種目の承認して、8月の総会に一括提案することを決めた、というニュースは開催国日本への大盤振る舞いだ。
 
御同慶の至りだが、野球は参加国も少ない上に、日本のプロ野球も大リーグも8月と申せばシーズン真只中、到底主力選手の参加は覚束ない。そこで金メダルに輝いても、果たしてどれほどの価値があるというものか。
 
ソフトボールにしても、参加チームはたかだか8ヵ国(北京)に過ぎない。空手が本決まりとなれば、待望久しい夢舞台となるが、国内的には全空連(全日本空手道連盟=笹川暁会長)に加盟、若しくは友好団体でなければ、参加はできない。
 
   
空手界の五輪への取り組み方 

詰まりは体協(日本体育協会)に加盟していない団体は五輪に参加資格がない。体協加盟は、一競技一団体が原則、空手は「全空連」だけが加盟団体とあって、東京五輪への参加を見据え逸早く大組織の極真会館(松井館長)と正道会館(石井館長)は同組織と友好団体となった。
 
機を見るに敏、大手が動いたから我々もと弱小道場も、その尻に付いた。五輪へと草木も靡くか、それも否定はしないが、「千万人と雖も我往かん、俺は断じてフルコンタクト(直接打撃)を守る、五輪なんか関係ない」と咆哮する道場主がいてもいいのだが、そんな気骨ある声も聞かない。梶原先生が天国で嘆いているかも。
 
ただし、これからも「同じルールのもとわが団体も五輪に参加したい」と希望があれば、五輪は国家事業であるからして、門戸を広く開放して置いて欲しいものだ。そもそも生い立ちからして、全空連は各流派の集合体でスタートした。
 
新たに空手団体が加わっても、何ら難しことではなかろう。壮大な五輪予選をやれば、それこそ空手人気もヒートする。一石二鳥じゃないのか。オールニッポンで世界を迎え撃て。体協の標語は「みんなでスポーツを!」なのだからして。 
  
   
ゴルフや野球は必要か 

それにしても、ゴルフなどオリンピックの種目にする必要があるのか。マスターズや全英、全米といったメジャーを上回るとは、考えられない。無駄な競技だ。ましてやサーフインやスポーツクライミングだと、オジサンは首をかしげるのだ。
 
五輪の種目を縮小しようという掛け声は聞こえるけれど、その実、足算はあっても、引算がないから競技種目がどんどん膨れ上がる。もう雪達磨式だ。
 
近い将来はゲートボールや輪投げ、ペタングなどお年寄りの競技も加わる可能性もある。面倒だから、キックボクシングもムエタイも入れてしまえ! 
 
  
【特別連載】わが心のキックボクサー⑥横須賀中央ジム(文/村上 桂) 
 
4階級を制覇した飛馬拳二 

日本系キックのリングに、ユニークな選手たちを常に送り出していたのが横須賀中央ジムだろう。エースは飛馬拳二(ひま・けんじ)で、フェザーから始まってライト、ウェルター、ミドルまで4階級の日本タイトルを制覇した。
 
特筆すべきは富山勝治と3度戦い、3度とも判定勝ちを収めたことで、沢村忠も「ウチの系列で一番肝っ玉の据わっているのは飛馬だ」と認めたほど。しかし、ファイトスタイルに派手さのないことで、強さの割にアピール度に欠けたのは不運であった。またウェルター級時代に同じ階級の稲毛忠治(千葉)と対戦する機会がなかったのも残念であった。
  
飛馬氏のエピソードを一つ。どこでの試合かは忘れたが、ある地方興行の時、宿舎で昼食となった。各選手や関係者は食べ終わってそのまま席を立ったが、横須賀中央の選手は飛馬氏に言われて食器を 片付けたのには感心した。
 
私の記憶違いでなければ、飛馬氏のご両親は学校の先生だとのこと。キックのような荒っぽい競技をやって いても私生活までそれで良い訳はない。飛馬氏のその行動にはつくづく感心させられたのを今でも記憶している。 
  
  
ヘビー級にジョンソンあり 

また、同ジムには日本ヘビー級チャンピオンに長く君臨したジミー・ジョンソンも所属していた。池野興信や斉藤天心らと何度も好勝負を繰り広げたのは、当時を知るファンならご承知のとおり。
 
2㍍近い長身とあっては、日本人キックボクサーはちょっと やそっとでは攻略できず、何年かに渡ってジミー・ジョンソンの天 下が続いたものであった。当時は横須賀のキャンプに勤務していた が、その後はハワイに転属したことまでは分かっている。今はどうしているのだろうか。ちなみにジミーの奥さんは日本人である。
 
この2人以外にリュー千景(日本フライ級)、太賀純(日本ミドル級)らのチャンピオンを輩出している。特に太賀純はラズべガスヒルトンのリングで、富山勝治を破ったサミー・モントゴメリーを KOで下し、さらなる飛躍が期待されたものの、その試合後脳内出血 が判明してそのまま引退を余儀なくされたのは泣くに泣けなかっただろう。
 
  
名伯楽芹沢会長 

リュー千景は体格には恵まれなかったものの、タイ人顔けのテクニックでファンを唸らせた。後にボクシングに転向したが、ミッキー鈴木と双子のキックボクサーとしても有名であった。
 
これ以外にも晩年とはいえ亀谷長保に2連勝した金沢一夫、沢村忠の数少ない日本人の対戦相手である梅木清光をはじめ、野本健二、小野寺仁といった面々がリングをにぎわせた。
 
彼らを擁し一時代を 築いた芹沢武会長はまだご存命だと聞く。正確な年齢は分からないが、おそらく90才前後ではないだろうか。一度お目にかかり、昔話に花を咲かせたいものである。
  
  
私の愛するノウゼンカズラ!

  
公園に甘い香りを振りまくクチナシ。
 
 
    

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2016年06月21日(火)

イチローの大記録”ローズの記録を抜いた”はおかしい/【特別連載】わが心のキックボクサー⑤杉並ジム

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※会場は、代々木八幡「七福」から台湾料理の「麗郷・富ヶ谷店」に変更になりました。
※詳しくは、チラシをご覧ください。

第1回キックボクシング・デーの詳細はこちら
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[随感]イチローの大記録騒ぎに一言
 ~P・ローズの記録を抜いたはおかしい~
 ~舛添都知事のサドンデス~
[雑草]ヘクソカズラとはなんぞや
 ~野草・雑草に魅せられて~
 ~夢二と月見草~
【特別連載】わが心のキックボクサー⑤杉並ジム
 ~錦、江口、鶴田等を生んだ名門~
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[随感]イチローの大記録騒ぎに一言 
   
P・ローズの記録を抜いたはおかしい 
 
大リーグ、マーリンズのイチロー(42)が15日(日本時間16日)日米通算安打数が4257本(日本1278本、米国2979本)に達した。先ずはお目出度い。途方もない大偉業である。これは誰もが認めることだ。
 
だけれども、「大リーグ記録を持つピート・ローズの4256本を記録を抜いた!」の各紙のはしゃぎ振りは一体全体何だ。ピート・ローズの記録を抜いた!は間違いだ。ローズは大リーグ一筋の記録だ。しかるに大リーグは、ローズの4256安打だけを最多安打記録として認定している。
 
ローズ氏が不愉快に思うのもよくわかる。大リーグと日本プロ野球とでは、同列に並べること自体が間違いで、歴史も環境も、また試合数も、グラウンドも、ボールの大きささえも違う。それを同列にしての今回の比較、おかしいと思わなのか。
 
比較とは、均等均一のものを較べることだ。明らかに異なるものを混ぜ合わせ、合計で上回るから、勝った抜いたでは、国民性が疑われよう。今後「ピート・ローズを抜いた!」の表現は止めた方がよい。 
 
     
舛添都知事のサドンデス 

舛添東京都知事も、抵抗したけど結局ギブアップした。飽くなき立身出世の野望の果ては、無残なるサドンデス。
 
東大法学部を首席で出て、最終目標は総理大臣だったとか、さぞ断腸の思いだろう。政治のことは夢のまた夢か。あなたが、残した唯一つの遺産、それはSEKOI(セコイ)です。今や世界の共通語です。OMOTENASHI(オモテナシ)の次はSEKOI、う~ん、落差ここに極まれりか。
 
それにしても、こうしたダーティーな都知事を製造しておいて、他人事のように振る舞う自民党都連と公明党は、破廉恥だ。当然、次の都知事選挙に両党は、候補者を擁立する資格は無い。 
 
  
[雑草]ヘクソカズラとはなんぞや 
 
野草・雑草に魅せられて 

最近些か野趣味に陥り、野草・雑草の本を漁っている。これが面白い。例えば「ヘ(屁)クソ(糞)カズラ(葛)」は、つる植物で、空き地や、グランドのフェィンスなどに巻き付きついて、盛夏の頃になると、可愛いらしい花を咲かすのに、名前は何とも痛ましい。
 
彼等自身、こんな汚い名前をつけられているとは心外だろう。葉や茎が凄く臭さいからなのだろうが、屁糞とは、惨(むごい)、偉い植物学者が命名した歴っとした学名なのだろうが、せめて「ヘカズラ」くらいにしたらよかったのにと憐れむのだ。
 
「ドクダミ」は繁殖力が強くて、至る所に見受けられ、この植物も強烈な臭いを放つ嫌われ者。ただ、ドクダミ茶の名で売られているように煎じて飲めば「十薬」といわれ利尿、便通、腫物などに効くと古来より愛用されてきた。
 
だのに嫌われ者の筆頭格なのだ。白い花は可憐なのに誰も振り向きはしない。ただ、千利休が茶花に用いたとの言い伝いもある。だとしたら、利休は死せる野草を活かしてしまう、茶道恐るべし。 
 
  
夢二と月見草 

「オオマツヨイグサ」(大待宵草)は、一般には宵待草や月見草の名で親しまれ、竹下夢二の絵に出てくる鮮やかな黄色い花、「待てど暮せど来ぬ人を、宵待ち草のやるせなさ、今宵も月も出ぬそうな」と夢二が詠い、太宰治が「富士には、月見草がよく似合う」と書いた。
 
北アメリカ原産らしい。荒れ地に夏の夕方咲いて、翌朝には萎(しぼ)んでしまうことで、淡い恋にも譬えられる。野草・雑草と一言で片づけるには惜しい。
 
「ツユクサ」は私の好きな花だ。青紫の可愛い小さな花は、早朝に咲き僅か数時間の命で萎む事から「朝露」を連想させる。品種改良して、花屋で売ってもらいたい花である。別名、蛍草。蛍を籠で飼うときにこの草を入れるからという。
 
ツユクサは朝摘んで家庭に一輪挿しはいかが。何気なくテーブルに飾れば、朝の食卓に凛とし心和むはず。「花の事、座敷のよきほどに、からからとあるべし」
 
愛せよ、野草、恋せよ雑草!(資料/雑草にも名前がある=文春新書・草野双人著、街で見かける雑草や野草の暮らしがわかる本=秀和システム・岩槻秀明著、写真/みんなの図鑑&季節の花300) 
 
  
【特別連載】わが心のキックボクサー⑤杉並ジム 
 
錦、江口、鶴田等を生んだ名門 

実践カラテ「日本拳法空手道」が前身、創始者は山田辰雄氏で、大山空手と並び称された。城東ジム(鈴木實会長)もこの流れを汲み玉城良光を生んだ。
 
NET(テレビ朝日)がキックボクシングを放送(年 月)するに当たり、プロモーターは大山空手とこの日本拳法空手道に声をかけた。そこで誕生したのが極真ジムと、杉並ジム。
 
杉並ジムは、山田辰雄の子息侃(ひろし)氏が継承して、たちまち剛腕で鳴る錦利弘、江口和明、鶴田幸成等の人気選手を輩出した。
 
日本テレビがキックの放送を開始したときに、文字通り金看板となったのは、鉄腕・錦利弘(協同)で、NETキックが消滅した後、江口、鶴田も日テレに合流した。
 
江口は頭髪を7/3に分けたお洒落な選手で、試合ぶりもきびきびして人気があった。NETバンタム級王者、全日本では同クラスに船田、大沢がいて頂点には登れなかった。彼はアニメの制作会社に勤めていたと思うが、イラストがプロはだしだったのを覚えている。
 
鶴田は色白の端正なルックスで女性ファンが多かった。ライト級とあって、全日本のタイトル争いには、玉城、藤原選手がいて突破出来なかった。トーナメントでは、J・ウエルター級に出たのかな、後で調べるつもり。
 
江口と同様、日本拳法空手道で鍛えたパンチは強力だった。鶴田、鹿児島県、江口、佐賀県と共に九州出身である。彼らはその後どうゆう人生行路をだったのだろうか。会いたいものだ。
 
  
茎や葉が嫌な臭いを発することから「ヘクソカズラ」と命名されたが、盛夏のころ可憐な花を咲かす。

  
オオマツヨイグサは、一般的には月見草の名で呼ばれる。

  
ツユクサは短い命の野草、何だか愛おしい。
 
  

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