朝はカーテンから漏れてくる薄明るい光で充分だ。
目を細めて、取り留めのない言葉が巡る。
桜は、散った。
電話線を引っこ抜いたはずなのに、何度も何度も執拗く鳴り続けるコール。
呼ばれている奴は、受話器を取ることもせずに言い訳を繰り返していた。
4年程前だったかな。真夏だった。
バイトに行こうとしたそのとき、玄関に立っていたのは父親だった。その向こう側にいる人から「頼むからもう出ていってくれ」と聞こえた。その人の顔は、逆光で見えなかった。
私はそれでやっと初めて、うちが家賃を滞納していた事を知った。
バイトが終わった後、携帯に留守電が入っていた。「さっきはごめんね、もう大丈夫だから」と。
それから一週間後、私たちは退去を余儀なくされたのだった。
朝方に玄関の方でドアの閉まる音がした。
お昼の連ドラが始まる頃、父親は酒の匂いをぷんぷんさせて帰ってきた。手にはスーパーの袋に入ったあらゆる酒。
随分と機嫌が良く、無理やりに猫を抱きしめていた。
そのままどうやら部屋に倒れ込むようにして眠ったらしい。が、一度トイレに行ってから様子がおかしかった。
それに、きつい臭いもした。
ゴミ箱の中の汚物。
・・・
どれだけ人をうんざりさせたら、気が済むというのだろう。
頭では分かっているんだ。
この人がいなかったら、私はいなかった。
この人がお母さんを愛したから、お母さんがこの人を愛したから、今があるんだ。
だから紛れもなく、私の中に流れている血の半分はこの人と同じなんだ。
私がこのことでつらそうにしていればしているほど、お母さんは自分のことを責めるのだろう。
2年ほど前にそうやって気づいたとき、そのときからもう口も聞かなくなった。
何も見なくて、何も聞かなくて、何も知らないようにしていないと、私もお母さんもつらかった。
でも、それももう終わる。
未来を見透かす力なんて私にはないけれど、こういうことはいつかは終わるものだ。
終わったあとの世界は、今より悪くはないはずなんだ。
6月16日、家族のうちの誰の誕生日でもないこの日。
お母さん、きっと手紙を書くから。
お母さんが頑張れるように、あたしも頑張るから。
私のお願いを、聞いてくれる?
わがままかも、知れないけど。