恋は熱、愛は情熱

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上手く言葉にはできなかった。いつものことだけれど。
昔はそれでも拙い言葉で、一生懸命伝えようとしていた。
でもそんな情熱ももう、生まれてはこなかった。


代わりに、ある映画のある台詞を思い出す。


「ここではあなたのお国よりもうちょっと人生が複雑なの。
 恋だったら、いつでもできるけど。」


それから、思う。あの人は今どうしているんだろう。何を考えて、何を見つめているのか。
昨日は何時に眠って今日は何時に起きて、何時から何時まで働いているのか。この2年と少し、毎日連絡を取り合って、ケンカしていてもそれだけは伝え合っていた。
別に、それを知ることに意味はないと、分かっている。
ただ、「あの人は今どうしているんだろう」、そう考えるこの気持ちは、愛なのか恋なのか。


多分、彼はあたしのことそんな風にして想ってくれていたのだと思う。
残念ながら、あたしはそんなことほとんど一切考えたことがなかった。
ただ、落ち込むといつも思い出す人。話を聞いてくれるなら誰でもいい、というわけではないけれど
彼じゃないとダメ、というわけでもないのだろう。
実際、留守電に繋がった電話を切った後にすぐ、また別の人にかけて、その人に話を聞いてもらったわけだから。
しかも、いつも冷静になって考えてみると、彼に話を聞いてもらうというのはお門違いだった。彼はそうは思わないだろうけど。


つらいときにつらい本音を話せる相手が、いつも愛する人だとは限らない。
恋をしている相手が、いつも愛する人だとは限らない。


ちっとも成長しない自分が情けなく思えた。


ジーナの言う通り、恋なんかはいつでもできるのだ。
私が、なぜ恋をしないのかと言うと、愛している人がいるからだった。
彼は恋をする相手ではなく、愛するべき人だった。

あなたを失って、また恋をすることはできるけれど
あなたを愛したように、また誰かを愛することはそうそうないような気がする。

あの人は今どうしているんだろう、そう考えながら、今日は眠ることにする。
相手の気持ちが今、全く見えない以上、もう一度連絡を取るのには少し勇気が要った。
もし本当にあたしたちが愛し合っていたのなら、少なくともまだそれを確かめるチャンスはあるはず。
ただし、こんな弱虫なあたしが堪えられるのも、せいぜい3日くらいだろう。

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ふたつのこえ

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何度も何度でも口づけた
あなたのその唇が言ったんだ
あたしの胸を真っ直ぐに射抜く言葉
言い尽くせないほどの愛おしさと
二度とない失望を放つ

あたしは
もう何も怖いことはない
どれだけ泣いても血を見ても
ただ前を見て歩くだけ
死ぬことは簡単だから
今駆け抜ける、あなたが降り注ぐ記憶の中を
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さよなら世界

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あなたが変えた世界に立っている
それは今にも滲みそうな私
誰の世界
そこには手が届かない
一人ぼっちの世界


割れそうな頭
鳴り止まない音
駆け巡る言葉
あなたの、影、残骸


何ひとつこぼさずに
今から行かなくちゃ
そこにあなたがいてもいなくても
行かなくちゃ


いくら涙を流してもいいよ
たとえ血をこぼしても大丈夫


両の足で立って
行かなくちゃ
行かなくちゃ


行かなくちゃ


あなたが変えた世界に立っている
ずっと変わらない私
誰のものでもない私
あなたはもう彼方のひと
私だけの世界


さよなら
さよなら、世界

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決別する

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今日は一日中頭痛。もしくは、頭がグラグラしてぼーっと重たい感じ。
本当は髪を切りに行きたかったんだけど、迷っているうちに夕方になってしまって結局やめた。
何かする気もいまいちしなくて、ずっとテレビばっかり見ていて、でも食欲だけは旺盛で。
そんな自分がふと嫌になる時。
気分や体調の優れない時は仕方がないよね、そんな日があってもいいよね、誰だってそうだよね、なんて自分に言い聞かせる一方で、
そんなこと言ってまた自分を甘やかして、結局いつもダラダラしてるんやん、また自分が嫌になって、悪循環を繰り返す。…こういうのが一番いけないんだよね。
本当は、何かやった、できた、がなくても、もっと根本的に自分を好きでいてあげたいのに。
好きな人に対してもそう。人より優れているとか、自慢できる何かがなくても自分自身の価値を、お互い認め合えればいいのに。
勿論、何かやった、できた自分を褒めてあげることも大事だと思うし、人より優れていることも大事だと思う。
今日「ロト6で3億2千万当てた男」をちらっと見て、少し考えさせられたな。
確かにお金があれば幸せの可能性って広がるけど、お金があっても必ずしも満たされるとは限らない。
毎年七夕がくると思う。願い事を願うことじゃなくて、叶えることじゃなくて、願い事を叶えるちからを手に入れることが何より重要だって。
例えば目の前に魔法使いが現れて、何でも願いを叶えましょうって言われても人生何も面白くないだろう。
人間、努力するから意味があるんだって、当たり前のことながら改めて痛感することがある。
自分は今のままで充分よく頑張ってるとか、これ以上頑張れないとか、自分で自分の限界を決めてしまうから余計にしんどく感じるようになってしまうんだろう。
しんどいから辞めるとか、しんどいから頑張らないとか、そんな自分は大っ嫌い。
ただ個人競技のスポーツみたいに、トレーニングして自分を追い込めば結果が分かりやすく数字に出るってものでもないと思うし
実際自分がそんなに強い人間じゃないことも分かっている。
追い込めば強くなれるのかというとそんな保証はどこにもなくて、そこにはリスクがいつもある。
潰れてしまえば自分がどうなるか目に見えているから、あたしは本当はそれが今一番怖いのだ。
でも、だめだ。このままじゃだめだ。
自分が嫌いなら変わらなきゃ。しんどいなら頑張らなきゃ。
一からもう一度頑張ろう、なんてもうそんな甘えたことも言いたくない。
そもそも人間、だめだからとか嫌だからとかいう理由で一には戻れない。
まず自分の弱さや甘さを認め、そしてそれと闘うんだ。
可愛さ余って憎さ百倍の、自分へ。
自分を救うのは他でもない自分だ。
死にたいなんて考えてる暇あるんなら、まずその前にもうちょっと頑張ってみろよ。