2008年08月15日(金)

「希望」とは「再生の可能性」なのかもしれない

テーマ:日々思うこと

 「火車」は、生活費のちょっとした不足分をクレジットやサラ金で補ったりしたことから、雪だるま式に借金が膨れ上がる「サラ金地獄」がモチーフになっている。


 そのなかで、再三繰り返されることがある。

 それは、「膨大な借金で首が回らなくなったときには、自己破産という手段がある」ということと、「自己破産を知らない人がいる」ということだ。

 作中に登場する溝口弁護士も、「借金で逃げたり、死んだり、人を殺したり、犯罪に走る前に“自己破産”ということを思い出してほしい」と語っている。

 

 では本間刑事が言うところの、“本来あるべき自分になれない” “本来持つべきものが持てない” の、「本来」とは何だろう?

 それは、「借金がなければ」と言い換えることができはしまいか。

 要するに本間は、「これから先、さらに加速していくだろうクレサラ社会の中で、借金で希望を失った人間たちが、その忿懣を、爆発的に、凶暴な力でもって清算するようになる」と言っているのである。

 

 少なくとも18年前は、まだ日本的雇用慣行が存在していたから、主たる「絶望」の要因は「クレサラの借金」というのが代表格だった。

 しかし最近では、その絶望の要因は「働き方」の問題にまで広がっている(正社員になりたいのになれないなど)から、状況は当時の本間の予測よりも、さらに悪くなっていると言っても過言ではない。


 借金問題における自己破産の意味は、「人生のやり直しを可能にすること」、すなわち「再生」である。

 再生の可能性があれば、「絶望」は「希望」に変わりうる。

 

 では望まずして派遣労働者や日雇い労働者になっている人が「絶望」しているとして、その人たちにとっての「再生」とは何だろうか。

 それはやはり、「正社員就業」であるだろう。

 非正社員から正社員への転換の可能性は、「自分も安定した働き方へ変わることができる」という「希望」になりうる。

 

 ただし加藤のような、「サラ金に借金のある派遣労働者」という人もいるから、問題はそう単純ではない。

 むしろワーキングプアであるからこそ、借金の可能性は高まる。

 (小野真弓は“パート・アルバイトの方でもご融資できます”と言っていたような気がする)

 

 しかしできるところから「絶望」を「希望」に変えてゆく施策にしか、現在の状況に有効な手だてはないのではないか。

 逆に言えば、絶望を絶望のままに放置しておけば、今後も「大義なきテロリスト」が、「忿懣を、爆発的に、凶暴な力でもって清算する」事件は、繰り返し起こるということでもある。

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