2007年06月29日(金)

ハローワーク事業の「民間開放」は慎重に

テーマ:日々思うこと

 今朝の朝日新聞「私の視点」欄に、興味深い記事が載っていた。

 筆者は菅野和夫明治大学教授(労働法)である。

 

 5月の経済財政諮問会議で、ハローワーク内に民間事業者による職業紹介窓口を設け、官民のどちらがサービス的に優れているかを競わせる案が了承された。

 そのことについての論考だが、以下はその要旨である。

 

 

・国際労働機関(ILO)は、長年職業紹介事業を国の機関に委ね、民間業者の介入を厳しく制限してきたが、近年になって労働市場の求人者と求職者の適合機能の強化のため、民間事業者の人材サービスの範囲を広げてきた。わが国でも99年に職業安定法の大改正が行なわれた。

 

・こうした状況下では国の職業安定機関は、民間では採算の合わない就職困難者へのセーフティネットの役割を果たすことが重要になる。実際に高齢者・フリーター・ニート・障害者・生活保護受給者・母子家庭の母といった、「社会的弱者」がハローワークを頼りにしている。

 

・ところが今回の諮問会議案は、このような「弱者である就職困難者」という典型的ハローワーク利用者を試験対象としている。こうした「弱者である就職困難者」を就職させるには、現実には一般の求職者に比べて時間も手間も掛かるうえ、もうけも薄いから、民間事業者が就職困難者の就業に意欲を燃やすとは考えにくい。むしろ就職しやすい求職者をつまみ食いするサービスになるおそれがある。

 

・今回の諮問会議案は、官の事業に民間の手法を持ち込めば何もかもうまくいくという楽観論に頼ることなく、「民が参入することによって起こりうる危機的状況に対する安全策を講ずる」ための試金石とすべきだ。

 

 

 主張には私も全面的に賛成であるが、あえて言うなら例示がやや不完全である感じがする。

 フリーターは、雇用形態が不安定であるからという理由で広義の弱者と言えなくもないが、ニートは「Non Employment, Education and Trainning」の略だから、ある意味「好んで就業しない者」とも言えるし(むしろ精神的な病理を抱えたひきこもりのほうが弱者に近い)、生活保護受給者は「健康で文化的な最低限度の生活」は継続的に保障されていて、ただちに就職困難による生活の困窮に直面しているわけではないから、やはり就職環境における「弱者」とは言えない。

 フリーター・ニート・生活保護受給者といった人たちは、たしかに社会的環境における弱者ではあるが、就職をめぐる環境の中では必ずしも絶対的な弱者であるわけではない。だから「社会的弱者」と「就職における弱者」とは、分けて考える必要がある。

 そして就職における弱者のうち、筆者の例示から抜け落ちている存在が「前科者(ぜんかしゃ)」である。

 

 あまり知られていないが、ハローワークには「専門援助」という部門がある。

 雇用保険法や職業安定法のプロフェッショナルである北村庄吾のどの著作を見ても、専門援助に関する記述はないから、一般にはかなり知名度が低いと思われる。

 専門援助は一般の求職者に比べて、職業相談やキャリアコンサルティングなどの面で、個別に手厚い就労援助を受けることができる(ケースワーク方式という)。

 雇った側にもメリットがあり、障害者の雇用者は「特定雇用開発援助金」として賃金の一部を一定期間支給される一方、前科者の就職に協力する協力事業主は、「雇い入れたものが金を持ち逃げした」等の被害に遭った場合には、矯正協会から被害を弁償される。

 専門援助は第一部門と第二部門に分かれていて、第一は「高齢を理由として就職困難である高齢者」、第二は「外国籍の者、身障者手帳を持つ身体障害者、前科者」をその対象としている(ただし案内板には「外国籍の方、障がいのある方」となっているだけである)。

 特別援助部門では、就職促進指導官が求職者に対して援助を行なう一方、雇用指導官が事業所に対して、障害者や高齢者の職場開拓、雇用指導、助言を行なっている。

 

 なかでも前科者への就労援助は、紹介者に高い守秘義務を要求するという点において、やはり民間にはそぐわないと思う。

 また民間事業者を参入させるということは、「官と民を自由競争下に置く」ということだが、自由競争下に置くということは「利潤追求(=コスト削減)を第一目的とする」ということでもある。

 先に書いたように、就職困難者への職業紹介はたいへん非効率的であって、利潤追求(=コスト削減)のための効率化とは対極にあると言える。

 だからその意味で、筆者も指摘するように民による職業紹介は「就職しやすい者から就職させる」という、およそ「公共」からは遠く離れたものになってしまうのではないか。

 

 「民間にできることは民間に」とは、たしかに構造改革の重要な柱であることには違いないが、こと職業紹介事業については、安易に民間事業者を参入させるべきではないと考える。

 

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2007年06月28日(木)

宮沢喜一元首相が死去、87歳

テーマ:日々思うこと

 宮沢喜一元首相が亡くなった。

 私がその衰えようを見て驚き、ブログの記事を書いたのは 2006年の1月末だから、それから1年半も経つ。

 

 余談だが宮沢政権が誕生したとき、その英語力が堪能であることをとって、ある地方紙は「真に国際的な政治家の誕生だ」と、宮沢氏を祭り上げた記事を書いた。

 その新聞は小泉政権のときには徹底的に悪口を書きまくっていたから、なんのことはない、単に新聞社が宮沢派と親密だっただけのことだ。

 

 ご冥福をお祈りします。

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2007年06月25日(月)

とてもじゃないが信用できない

テーマ:日々思うこと

 義家弘介は言う。

  

(以下は5月9日付  アサヒコム から引用)


道徳教育は子どもが携帯を持つ前に ヤンキー先生が指摘


 道徳教育は子どもが携帯電話を持つ前に――。政府の教育再生会議のメンバーで「ヤンキー先生」として知られる義家弘介氏が9日、国会内で講演し、こう強調した。

 6月初めにまとまる同会議の第2次報告では、「子どもと携帯」も論点の一つになりそうだ。


 義家氏は携帯が普及し、ネットへの接続サービスが始まった1999年を「日本が連綿と守ってきた教育の形が崩壊した年」と指摘。

 「大人が情報を分別して有害なものを子どもから遮断できた時代から、子どもが直接、携帯から『出会い系』『自殺奨励』などの有害サイトに触れられる時代になった」と説明した。

 

 そのうえで義家氏は「子どもが携帯を手にする前、0歳から10歳くらいまでに、道徳心をたたき込まなくてはならない。それ以後は、どんな道徳の教えも意味をなさない」と断言。

 幼児~小学校低学年での道徳教育の重要性を強調するとともに、道徳の「教科化」の必要性も訴えた。

 

 

 携帯が教育を崩壊させた諸悪の根源と言っているが、この男は自分がほんの少し前にやったことを忘れたのだろうか。

 子ども相手に携帯で悪ふざけをしていたのは、ほかならぬ自分ではないのか?

 

 

 本当にこの男は信用できない。

ただのお調子者に他ならない。



 さっきニュースで言っていたが、義家ごときが「最後の隠し玉」なんだそうだ(笑)。

 丸山弁護士も自民から出馬する必然性を問われて口ごもっていたし、参院選に立つ確たるポリシーはない。

 国民もそこまでバカではない。

 別に私は反自民でも親民主でもないが(あえて言うなら無党派である)、義家や丸山氏が国会議員となることは、国益に反すると思う。

 

 まだこの国から政権交代のダイナミズムが消えていないとして、とりあえず政権政党となるのは民主党だ。

 宙に浮いた(消えた)年金や、松岡農水相の疑惑を弁明しないままの自殺、拙速な改憲論議、度重なる強行採決への反発などで、いま民主には強烈な追い風が吹いている。 

 今夏、自民が負けて民主が勝つかどうかは、民主が政権政党を目指す意気込みをここで見せられるかどうかに掛かっているだろう。

AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2007年06月23日(土)

やっぱりやりやがった

テーマ:日々思うこと

 やっぱりやりやがった。

 義家弘介が自民から参院比例区に出馬 するそうだ。

 

 これで「SMAP×SMAP」や「Sma Station!!」で唐突にいじめ特集が組まれた理由 が明らかになった。

 

 やはり、いじめを食い物にしていたのは政府自民党だった。

 すべては義家が教育再生会議担当室長に任命されたときから、決まっていた筋書きだったのだろう。

 

 ただ、もう私の義家弘介に対する評価は定まっている。

 再三書いたとおり、信用できないである。

いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2007年06月09日(土)

もはや死に体の安倍内閣

テーマ:日々思うこと

 安倍首相は松岡農水相が自殺した直後、搬送先の病院での会見で「たいへん安らかな顔をしておられた」と述べた。

 
 少し考えれば分かることだが、閣僚を途中で投げ出さざるを得ず、またその人生を途中で終えざるを得なかった人が、心安らかであるはずがない。

 無念の一言に尽きるのではないか。それとも、死んで楽になったとでも言いたかったのだろうか。

 思えば安倍首相は、伊藤一長前長崎市長が狙撃された直後の記者会見でも、他党党首が「言論に対するテロは絶対に許さない」という声明を相次いで出す中、「捜査機関の厳粛な捜査を待ちたい」と他人事のようなことを言って、批判を浴びていた。

 
 やはり少しピントがずれているというか、この人に正確に国民の声を反映できるのだろうかという疑問を持つのは、私だけではあるまい。

 
 「美しい国」というのは、「自他共に命を尊重する国」でもあるはずだ。その美しい国づくり内閣から、自殺者が出た。

 今まで並べてきた言葉の数々が、とても空疎なものに聞こえる。
 その意味で、参院選挙を待たず、もはや安倍内閣は死に体なのではないだろうか。

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。