2006年10月31日(火)

美談にしてはいけない

テーマ:日々思うこと

 熊本県を除く46都道府県で世界史の履修不足が起きていた問題で、校長が自殺した。

 死者に鞭打つことを承知で言うが、この人は責任感が強いわけでもなんでもなく、むしろ無責任ではなかろうか。

 

 本来であれば教師は、「何があろうが生き抜くこと」「集団の圧力(≒いじめ)に屈しないこと」、「命が大切なものであること」などを、その姿を持って、自らが何が何でも生き抜くことで示さなければならないのだ。

 同じことは、新任女性教師が自殺した事件 にも言える。

 もちろん管理職たる校長が「一命を副えて」生徒をかばおうとしたことと、新任教師の自分への見限りとは性質が異なるが、「教師」の自殺であることには違いがない。

 

 職責や職位だけが、教師のすべてではない。大人が目の前でのた打ち回りながら、苦しみ、もがき、他人に助けを求め、ブザマに自分を立て直してゆく。

 その姿を見る子供たちは、どれだけの信頼を大人である教師に寄せ、そして勇気付けられることだろうか。

 だからその意味で、教師の自殺は生徒の自殺以上に罪深い。

 

 本当に世間知らずだと思う。

 少し壁にぶつかったからといって、こんなに簡単に、あっさりと死ぬことが、社会に対する罪だということには思いが至らなかったのだろうか。

 ほんの一例を挙げれば、ワーキングプアと呼ばれる人々がいる。家計の主たる維持者が、フルタイムで働いても、収入が生活保護水準を下回り、平均的な生活すら維持できない人々のことだ。

 あっさりと命を自ら絶つことが、不安定な就労環境で、文字通り明日の見通しすら立たない中で、それでもなんとか生きていこうとする人たちの意志と勇気をどれだけくじくかということを、考えてみるべきだ。

 それは言い換えれば、困難に直面する社会の多くの人々に、「こんなに簡単に死なれちゃやってらんねえよ」と思わせてしまう罪である。

 

 自殺ということは、いさぎのよいことでもけじめをつけることでも責任を取ることでもなんでもなく、個人的な逃避以外の何者でもないことは、自明の理である。

 

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         ほんの少し関わり方を変えるだけで、死ぬ必要すらなくなった

       そうした別の世界の手に入れかたを生徒に自ら示すべきだったのだ


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2006年10月29日(日)

前科者の就職

テーマ:保護観察

 横山秀夫の新刊に「真相」 というのがある。

 主人公はかつて犯した強盗殺人の従犯という罪が、すでに刑を終えているにもかかわらず、なぜか世間にしれてしまう。

 そのためにアパートは追われ、就職が決まらず、パチンコ屋で夫婦で住み込みをしている。

 なぜそのようなことが起こるかというと、企業がコストのかからない簡易的な身元調査として、「ネットで氏名を検索する」からだというのだ。

 一昔前までは以前の新聞など捜すのに大変な手間がかかったが、いまはそこそこ大きな事件であれば、地方新聞社のウェブサイトにも掲載されて、簡単に検索できてしまう。

 その弊害だというのだ。

 

 そんなことを以前保護司に話したら、保護司会で保護観察官に話を聞いてきてくれた。

 身柄を拘束されていたり、服役していたりして、履歴書上空白期間ができてしまう人は、職務経歴を詳細に書く書式になっている履歴書は使わずに、就職情報誌に付属の、職務経歴欄が簡素にできている履歴書を使うとよいそうだ(もっとも職務経歴書を別途に提出させる企業も多いので、限界はある)。

 また地域のハローワークには当然、希望者が前科者であると知った上で雇用する「協力事業主」が登録されているし、それ以外の事業主にも「暗黙の了解」の上で、前科がある就職希望者をあっせんする職員が、どのハローワークにもいるそうだ。

 保護司なり保護観察所の紹介でその担当職員にあっせん(職業紹介という)を依頼すると、「暗黙の了解」で、先方企業には履歴書上の空白期間を伏せるなりなんなりして、紹介してくれるという。ハローワーク職員の、表に出ない仕事のひとつである。

 もしバレたら? という、保護観察所・保護司・対象者・ハローワークにとっての不都合は常にあるが、それは「そのときはそのとき」なのだそうだ。

 うーん、なかなかすごい。この世の中、ともすれば血も涙もないものに見えてしまいがちだが、じつは無償の愛とでも呼べるものもたくさんある。筋を通そうとすれば通るというか、少なくとも公的関係には、そういうことも多い。

 

 昨日は保護司との面接日だったが、旦那はどこかに出かけてしまっていたので、晩御飯をご馳走してくれた。

 近所の食堂から出前を取ってくれたのだが、帰りがけにスーパーで弁当でも買おうと思っていた私には、うれしい誤算だった。夕食代が浮いたからだ。

 

 私の保護司は、表紙に「保護司手帳」と金文字で書いてある手帳を使わずに、ミスドの「スケジュールン」 を使っている。

 私があげたものだが、手帳としての基本的な機能は充実していて、人前で取り出してもありふれていて目立たないからということで、重宝しているのだそうだ。保護司は対象者のプライバシーには最大の配慮をしているので、第三者に「あぁこの人保護司なんだな」と分かってしまうことまで、嫌がるのである。

 ポイントが貯まったので、来年のものを昨日プレゼントした。シルバーのバインダータイプである。

 

 

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2006年10月24日(火)

番号持ち運びスタート

テーマ:日々思うこと

 1兆7,500億だったか。

 つくづく孫さんは、高い買い物をしたと思う。

 ボーダフォンなんか買っちゃって。

 

 ソフトバンク同士なら定額で通話もメールも無料になるというが、その戦略が失敗であったことは「LOVE定額」で証明済みだ。

 話せば話すほどオトクになるというが、肝心の通話が低品質なのではどうしようもない。

 何時間話そうが、ストレスになるだけだ。

 LOVE定額で一時的に増えた契約者数も、結局はまた減少していった。

 

 ボーダフォンの音質の悪さには、本当にあきれるばかりだった。

 携帯端末はほとんどアドレス帳とめざまし時計の役しか果たさず、重要な用件の場合はケータイ片手に電話ボックスで通話する有様だった。

 会社丸ごと買い取ったのだから、ボーダフォンがソフトバンクになったところで、通話品質そのものはまったく変わらないに違いない。

 

 ボーダフォンから au に変えたときには、本当に驚いた。

 ケータイなのに固定電話並みの音質で通話できるからだ。

 au で本当に満足している。

 

 ボーダフォンがどんどん値下げしていって、 au が追随して値下げしてくれれば、それで何も言うことはない。

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2006年10月23日(月)

我々の社会は、いい方向に向かっている。

テーマ:日々思うこと

 テレビのニュースを見ていると、「心の荒廃が進んでいる」だとか、「我々の社会は何かを失ってしまった」というような表現を聞くことがある。

 「高度経済成長と引き換えにして、失ったものがたくさんある」という論調だが、本当にそうなのだろうか?

 昔を懐かしむ懐古趣味者たちは、「三丁目の夕日」 の時代はよかったなどと言う。

 もちろん作品に描かれる人情味は否定しないが、そのころの社会には異質な他者や社会的弱者に対する差別が満ちていたし、職業蔑視もあったし、障害者は社会参加できず、男女雇用機会均等法もなかった。

 北野大は当時を、「やっぱり不便だし、不潔だった」と言っている。

 

 現在はどうか?

 たとえば手話で会話している人を白眼視する者はいないし、用務員だろうが靴磨きだろうがトイレ清掃だろうが、かつてあった職業蔑視は、もうほとんど消滅している。障害者も社会の一員であるという認識で社会に迎えられているし、女性に対しては採用・昇進などのさいの差別が禁じられている。

 

 たしかに子供が親を爆殺したり、そういう信じられないような事件が年に1回ぐらい起こる。

 格差と言われるものの拡大や犯罪の低年齢化などといった、個々の問題もある。

 しかし、我々の社会は、「おおむねよい方向に向かってきた」のではないだろうか。

 

 昔はよかったと嘆いても、もう昔には戻れないのだから、今のほうがいい時代だという認識の下で、これからの社会をどうしていくのかという議論のほうが有効であると思う。

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2006年10月18日(水)

留置場の夢を見た。

テーマ:監獄☆日記

 久々に留置場の夢を見た。

 私の身になにか大きなことが起こるときには、絶対に予知夢を見るので(バイク事故の前には病院のベッド上の視点の夢を見たし、逮捕の前には留置場の房内の夢を見た)、何かやらかしてまたブタ箱入るのかなと一瞬思ったのだが、どうも違うらしい。

 

 留置場に入るために5人ぐらい行列を作っていて、そこに私の胸の高さぐらいしかないトンネルのような天井を潜り抜けて、私が冷やかしに行ったりしている。壁に直接作りつけられたベンチに4人ぐらい座って、談笑もしているし、こんな留置場はありえない。

 

 

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2006年10月13日(金)

アネハネハ。

テーマ:日々思うこと

 川口裁判長は姉歯被告に「ベンツとBMWを持っていながら『生活に苦しくてやった』というのは何か違うのではないか」と質問。姉歯被告が「車はローンです」と答えると「弁解になってない。あなたには切迫感がない」と指摘した。

 

 裁判長、姉歯被告に説教 というニュースのくだりだが、思わず吹き出してしまった。

 本当にこの人は、「のれんに腕押し」というか「ぬかに釘」というか、周りがどんなに騒いでも、本人はどこか別次元にいるような感じがある。

 

 善人顔とその雰囲気でもって、メディアも最初は「篠塚支店長の圧力で耐震偽装の構造計算を始めた」という姉歯の言いぶんを完全に信じていたフシがある(宣誓した国会証言で嘘は言うまいという前提もあったが)。

 逮捕前には、メディアは「病気の奥さんがいて、子どもたちはグレていたが、最近仕事を手伝うようになった」、「高校卒ながら苦労して一級建築士になった」という大変好意的な姉歯像とでも言うべきものを、垂れ流していた。

 結局、夫人は投身自殺してしまったが、打ちひしがれているのではないかという大方の好意的な予想に反し、それでもなお、姉歯の「異次元雰囲気」は変わることがなかった。

 

 かわいそうなのは篠塚明元木村建設東京支店長で、郷里熊本では「会社が潰れたのもお前が姉歯に無理強いしたせいだ」と、かつての同僚に責められたりしていたという。

 篠塚を追ったドキュメンタリーを見たことがあるが、メディアスクラムのせいで買い物にも行けず、「しばらくコメを食っていない」と言っていた。

 高校の卒業アルバムの写真は神経質そうで、「カメ」というあだ名がつけられていた、 「自分を信じて買ってくれたオーナーさんの顔が思い浮かんで、眠れない」と言うこの責任感の強い人物は、被告となり拘置期間中に20kgも体重が落ちたという(通常は差し入れ品と購入品が一日中食べられるうえに、運動不足だからかなりの確率で太る)。

 私はむしろ、この人物の名誉回復にこそ、取り組んであげたい気持ちになる。

 

 

     姉歯   篠塚明

 

                         対照的な2人

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2006年10月09日(月)

殺害直前?

テーマ:日々思うこと

 美容整形外科医の娘が誘拐された事件の、初公判があった。

 記事によれば、検察側は「警察が踏み込んだときには、娘は殺害直前だった」という冒頭陳述をしたらしい。

 殺害直前??

 

 以前書いたとおり 、警察は踏み込む前に時間をロスしている。

 しかも、最初に間違えられた棟の住民が「その後向かいの建物が騒がしくなった」と証言しているのだから、最初に間違えた際にも「犯人の側から見ても騒がしかった」であろうことは、想像に難くない。

 

 ということはもし、時間のロスがなければ「殺害直前のさらに前」、ようするに何もなかった状態の時に踏み込んでいたのだろうし、もしかしたら犯人は、向かいの騒ぎを知って殺害を企図したのではないか?

 

 ということは、時間を意味する「直前」という言葉を使うのは間違っているし、少なくともフェアではないということは言える。


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