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2005年12月30日(金)

錯覚。

テーマ:日々思うこと

 今日の新聞の全面広告に、興味深いやりとりが載せられていた(防犯機器の広告だった)。

 答え手は、防犯対策を主に担当している警視庁のキャリア(と思われる)理事官である。

 

 聞き手はバカで、最初から「子供に対する犯罪が最近激増していますが、どうお考えですか」というような質問をしていたが、その理事官はこんなことを答えていた。

 

 「統計上は、子供に対する犯罪数は特に目立って変化していない」

 「ただ強制わいせつや通り魔的な事案は、最近目に付いてきたといえる」

 「誰もが犯罪にいつ巻き込まれるかわからない、そういう不安が根底にあるのだと思う」

 

 妥当な分析だと、私は思った。

 付け加えて言うならば、子供が脅威にさらされているという不安は、いわば「ムードに踊らされた錯覚」なのである。

 なんとなく凶悪犯罪が頻発しているように思えて、なんとなく自分も狙われているような気がして、なんとなく弱い子供はもっと狙われているように感じる。

 明確に対処すべき相手などはもとからなく、経済低迷による社会不安を背景にした錯覚に過ぎない。だから対策といえば「保護者による自転車パトロール」といった、わけのわからない滑稽な迷走になってしまう。

 そしてその錯覚が外部に向けられたときには、「強大な警察力の要請」となる。

 

 同日の東大大学院教授の論評によれば、来るべき下層階級の暴発を未然に防止するための警察力の整備は、日々ちゃくちゃくと進められているのだそうだ。

 しかしそういった警察国家化を許すことで、自分たちの首を絞めようとしているのは、実はムードに踊らされた錯覚に陥った自分たちなのだということは、一般大衆のほうが先に気づかなければなるまい。

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2005年12月28日(水)

腹が痛え(4)

テーマ:私生活的ブログ

 腹の調子は、だいぶ復調してきた。

 けっこう時間が掛かったのは、たぶんチキンを食べ過ぎたせいだ。

 私は鶏肉が大好きで、ローストチキン・フライドチキン・スモークチキン・から揚げなど、これでもかと鶏肉が出てくるクリスマスは、コンビニでも普段は店頭にないチキンがあったりして、つい食べ過ぎてしまう。

 

 看護婦さんのご主人宛に、サンタから「今年はちょっと遅れる」と電話があったのだそうだ。

 結局、エアガンは「値段が高すぎる」ということと、「ご主人の猛反対」で、なしになったらしい。

 半額相当のおもちゃ券にするらしく、「どうしても欲しかったら、正月におじいちゃん孝行をしてお年玉をもらいなさい」という、サンタの手紙がいっしょに入るのだそうだ。

 

 「子を持つ親」というのは、ずいぶん臨機応変な対応をするものだなと、素直に感心した。

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2005年12月25日(日)

腹が痛え(3)

テーマ:私生活的ブログ

 大人には、子供の疑問に誠実に答える義務があると思う。

 それがどんな疑問であろうと、大人は子供に対して、ごまかすことなく向き合わなければならない。


 即座に拒絶することは、「お前を信用していない」と言われているように本人は受け取るかもしれない。

 だめなものはだめだ、などというのは、理由になっていない。

 学校が禁止しているから、というのも同様で、「なぜ学校が禁止しているのか」を説明できなければ、本人は納得できないだろう。

 うるさい! などと怒鳴りつけるのは、愚の骨頂だ。

 

 「まだ早いと思う」というのが、いちばん妥当だろうか。

 1人では問題なくても、友達と集まれば悪ノリしてしまって分別がなくなり、サバイバルゲームに発展したり、人や動物に向けて撃ってしまうかもしれない。もちろん君が撃たれる可能性もある。

 だから君にエアガンをプレゼントするのは、まだ早いと思う。

 こんなところだろうか。

 

 欲しがっているのは1万5千円のものだそうだが、1万5千円あれば「i-pod nano」が買えるし、PSPやNINTENDO-DSも買えそうだ。

 私だったら、何枚か服が欲しい。

 ようするに、エアガンなんかどうせすぐに飽きてしまうのだから、もう少し長く楽しめるものを買ってもらったほうが、本人もよかろうということである。

 

 私は中学時代に、エアガンもガスガンも持っていたので、実は人のことは言えないのだが。

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2005年12月25日(日)

年の暮れ。

テーマ:私生活的ブログ

 腹痛えなあ、と思いながら「明石家サンタ」を見ていた。

 10年以上前にもやっていた記憶があるから、長い番組だ。

 シリアスな話をした人にトイレットペーパー1年分が当たったり、当時は大笑いしたものだ。

 

 しかし八木ちゃんはすっかり年を取って、おばさんになっていた(それでも美人だが)。

 さんまのテンションは往時のままだが、それでも電話をかけるごとに「番号を通知して…」のアナウンスが入り、興ざめであった。

 あまり面白い話もなかった。それはただ単に、私がふてくされているからそう見えたのだろうか。

 

 最後の最後に、「久しぶりにできた彼氏と添い寝していたら、警察が来て彼氏を連れて行った」というのがあって、苦笑いした。窃盗だそうだ。

 スタジオは爆笑していたが、光景がリアルに想像できるだけに、私には大笑いはできなかった。

 

 刑務所の年末年始は免業日になり刑務作業が免除され、形ばかりのおせちと菓子が出るという。

 もしかしたら年末年始やクリスマスというのは、留置場や拘置所のほうが、やりきれないのではないか。

 

 留置場ではおそらくほんの少しだけ変わった仕出し弁当が出て、あとは本当に何も変わらない時間が過ぎていくのを、じっと耐えるだけだ。

 シャバの正月の記憶を思い出してしまう分、それはきっとほかの時期よりも辛いだろう。

 

 自業自得というには、むごい仕打ちだ。

 それでもがんばってくださいと、ささやかながら祈りたい。

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2005年12月24日(土)

腹が痛え(2)

テーマ:私生活的ブログ

 今朝の朝日新聞によれば、私の症状はどうも「感染性胃腸炎」というものらしい。

 なんでも、「おなかに来る風邪」という、結構メジャーなもののようだ。

 腹痛・発熱・嘔吐・下痢と、まさに当てはまっている。

 

 寒いほど長生きするというノロウイルスが主な病原体で、予防には「85度以上で1分以上加熱」が効果的だというから、やはりニラまんじゅうが原因のようだ。

 下痢止めを使用すると、病原体を引き止めることになってしまうから使わないほうがいいらしいが、しかし辛い。

 水分補給をしていれば1~3日で回復するということだが、まだ回復の気配はない。

 症状がおさまっても1週間程度はウイルスが排出されるといい、その間は高齢者に接するべきではないとあった。

 正月には親に会う予定だが、間に合うだろうか(そういえば年内に1度、保護司との面接もあった)。

 

今日は、下手な医師の硬膜外ブロックの日だった。

 お子さんのクリスマスプレゼントは何ですか? と聞くと、「i-pod」だと言っていた。

 まだ小学生だというので、PCから取り込むことができるのかと問うと、「いや、この正月休みに教える」ということだった。

 

 看護婦さんの中学生の男の子は、エアガンを欲しがっているが、ご主人は大反対で、学校も「絶対に所持させないでください」と言っているらしい。

 本人は「絶対撃たないし、コレクションするだけだ」と言っているらしいが、どうも心もとない。

 

 だから私は、「やめといたほうがいいんじゃないですかねぇ」と言ったが、なんとなく思っただけで、明確な理由はない。

 もし私に子供がいたとして、本人が納得できる答えをするには、どうしたらいいのだろう?

 

(明日に続く)

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2005年12月24日(土)

腹が痛え

テーマ:私生活的ブログ

 うちの向かいに認知症(痴呆症)の婆さんが住んでいる。

 昔の人なので捨てられないのか、よく私に「これ召し上がってください」と食べ物を持ってくるが、食べられたためしがない。

 トリ肉、シャケ切り身、いくら、惣菜・・・。

 

 はじめのうちはその婆さんが認知症だということも知らなかったし、「人の家に食えない物を持ってくる」ということが私にとっては想定外で、何度か口にして腹を壊していた。

 

 今回は、ニラまんじゅうだった。

 賞味期限は2ヶ月ぐらい先だったが、それは冷凍保存の場合で解凍後はすぐ食ってしまわなければならず、持ってきたものは解凍してあった。

 やめればいいのに珍しいものだから、レンジで温めて食ってしまった。

 

 翌朝から強い吐き気と強烈な胸焼け、下痢と腹痛で、それが今も続いている。

 とんだクリスマスになってしまった。

 

 来年は食い意地を張らないようにしなければ・・・。

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2005年12月21日(水)

なんか場当たり的というか

テーマ:日々思うこと

 なんか最近の世間のうろたえぶりは、場当たり的な迷走といった感じを受ける。

 女子児童の殺害はたしかに衝撃的で、防げるものは防がなければならないが、これらの事件には、対策に値する共通項があっただろうか。

 

 奈良、栃木、京都と、事件現場は地理的に極端に離れていて、犯人の職業も年代も異なり、うち1人に至っては外国人だった。

 ロリコンの性癖があったのかといえば、京都の大学生はむしろ、小学生を憎んでいたようにも思える。

 

 被害者こそ小学生であったものの、これだけ事件の背景が異なるのに、例えば警備員の配置とか防犯カメラの設置といった画一的な防犯対策で、発生を防ぐことができるのだろうか。

 「なぜ児童を狙った犯罪が起きるのか」を先に究明しないことには、あまり実効性はないのではないだろうか。

 

 それがわからないからとりあえずできるところからやっているのだと言われては返す言葉もないが、保護者がさも恐ろしげに子供の送り迎えをしたり、自転車でパトロールと称して走り回ったりしているのを見ると、なんだか滑稽にも見えるのだ。

 

 四六時中誰かに監視されているような社会を、誰が望むだろうか。

 厳しく管理された社会は、いずれどこかでそのストレスを暴発するような気がしてならない。

 そのとき社会は、膨大なツケというべきコストを払わなければならないだろう。

 

 人手によると機械によるとを問わず、「監視」という行為は、自分たちの首を絞めかねない行為であるということは、自覚しておいたほうがいいように思う。

 

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2005年12月19日(月)

捜査・公判記録を保護観察に活用だとか

テーマ:日々思うこと

 法務省は、保護観察付き執行猶予の判決が確定した人について、本人の生活歴や再犯の恐れなど、捜査・公判過程で得られた情報を検察庁から担当の保護観察所へ連絡する運用を始めた。

 連続女性監禁事件で、検察側が暴行や脅迫の常習性を指摘していたのに、再犯を防げなかったことを重視した。

 

 法務省によると、94年以降、保護観察付き執行猶予の判決を受けた人の再犯・再非行率は35%前後で、ほぼ横ばい。

 法務省は捜査部門との連携を強めて保護観察の実効率を高め、再犯・再非行率の低下につなげる考えだ。

 

 連絡が求められる情報は、薬物使用歴・被害者への加害や再犯の恐れ・自殺、自傷の恐れ、性格、性癖、生活歴など。

 英国では、判決前に保護観察官がこうした情報を調べる「判決前調査」という仕組みがある。だが、日本の刑事裁判には、同様の仕組みはない。

 

 このため、保護観察付き執行猶予者については「ほとんど客観的な情報がなく、保護観察官が、保護者や本人、関係者から話を聞き、それに基づいて保護観察を始めるのが実情」法務省保護局)だった。

 事件の取調べでは、容疑者や被疑者の生い立ちなどを記した身上調書を取るのがふつうだが、こうした情報は保護観察部門と共有されてこなかった(18日付朝日新聞朝刊より)。

 

 


                 調査票

                   保護観察所の予備調査票

 

 

 保護観察所に最初に出頭すると、「書類を持ってきましたか?」と聞かれる。

 書類とは、検察庁の起訴状のことだ。

 次に待合部屋でもって、上の予備調査票を書くように言われる(記念に写しておいたのだ)。

 

 保護観察官が言うには、「起訴状を読んで初めて、私たちはこの人が何をやったかということを知るわけだから、それがないと何にもわからない」とのことだった。

 

 私はてっきり裁判所なり、どこからかすでに情報が行っているものだとばかり思っていたので、かなり意外だったことを覚えている。

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2005年12月15日(木)

刑罰とは

テーマ:日々思うこと

13階段 」より

 

「南郷さんは、これが刑務官としての最後の仕事だと言ってました」

「最後の仕事?」

「そうです。あの方は基本的に応報刑思想を支持していらっしゃる。ところがその一方で、教育刑の理想も捨ててはいないのです。罪を犯しても、大多数の人間は更生できる、生まれ変われるんだとね」

 

「刑務所で行われている受刑者の処遇も、同じように曖昧なんです。犯罪者を懲らしめるためにやってるのか、それとも教育を施して、反社会的な人格を強制してやるのか。実際には、人格教育なんかほとんど行われず、規則で縛って働かせているだけなんですけどね。その結果が、再犯率四十八パーセントという惨憺(さんたん)たる数字になっています。つまり出所者の二人に一人が、また罪を犯して刑務所に戻って来るんです」



 

 「応報刑思想」とは、「被害者がやられたことを、刑として加害者にやり返すという思想」のことをいう。

 ハンムラビ法典というのが最古の応報刑思想で、それがいわゆる「目には目を、歯には歯を」というものだ。

 「教育刑思想」というのは、刑務所内で「社会の構成員として必要な教育を施して、有用な社会人としてまた社会に戻す」という考えをいう。

 

 日本は旧時代から、教育刑思想だった。

 欧米がやれギロチンだの火あぶりだのやっているころ、日本では鬼の平蔵が石川島人足寄場(にんそくよせば)を造り、罪を犯したものを収容した上で職業訓練を施し、また社会に戻していたのである。

 

 その輝かしい再教育思想が、明治以降はガタガタにされたと言ってもいいだろう。

 司法の近代化をあまりに急ぎすぎたため、義理人情という形のないものは置き去りにされ、形はあるが即物的なものばかりが、制度に取り入れられた。

 

 また、刑務所の収容者の6割は暴力団関係だという。

 留置場で「男」に聴いた話では、「いちどくらいは懲役に行かないとカッコつかないから、誰かの身代わりになったり、自分で小さい事件起こして行ってくるんだよ」とのことだった。


(そのうち続く)

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2005年12月13日(火)

まずは自分の足元から

テーマ:日々思うこと
13階段 」より

「法務省はおそらく、監獄法の改正を望んでる。ところが政治家が動かないんで、仕方なくあんな通達を出したんじゃないのかな」

「じゃあ悪いのは、法改正をしない政治家ということですか?」

「表向きにはな。ただ、国会議員が動かない理由も考えなくちゃな。あいつらが動かないのは、犯罪者の処遇、特に死刑囚に関する問題を口にした途端、世間のイメージが悪くなるからなんだ。自分たちの人気取りの邪魔になる」

 


 昨日のニュースだったか、外国人のダンサーや芸能人が日本において人身売買の対象になっているという国際勧告を受けて、入国基準を厳格化するというのがあった。

 外国人のことよりも、今まで散々国連から言われている代用監獄の廃止や、明治時代の法律で運営されている刑務所など、まずは日本人のために変えなければならないことが、ほかに山ほどあるだろうと思う。


 バンザイ突撃や神風特攻隊で散々命を軽視してきたこの国の遺伝子は、人権意識の希薄さという点で、こんにちも引き継がれているようである。

 

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